みなさんは「こんな未来がほしいなぁ」と感じたときに「私はできる!」と、自信を持って新しいチャレンジを始められますか? それとも「やっぱりムリかも…」と不安や恐れに尻込みしてしまうのでしょうか。
根拠はないけど自信があれば、軽やかに一歩を踏み出せる。そんな「私はできる!」という思いを、誰もが持てるようにしたいと考えた女性がインドにいます。「Design for Change」(以下「DFC」)の創始者Kiran Bir Sethi(以下、キランさん)です。
2009年11月、TED India でのキランさんのスピーチ映像。DFCを立ち上げたきっかけや、インドでの活動の様子が熱く語られています。
DFCは、子どもたちが身近にある社会的な課題を発見して、それを解決するアイデアを考え実践し、生み出された変化を世界中にシェアしていく、という教育プログラムです。その活動は現在、世界40カ国2500万人の子どもたちに広がっています。
DFCにつながる原体験をもったのは、キランさんが17歳の時。当時デザイン学校の学生だったキランさんの前に、自分のアイデアを信頼してくれる大人が現れて、この素晴らしい感覚を運んできてくれたからです。
そのとき「もっと早く”できる菌”に感染できたらよかったのに!」と思ったキランさん。そこでその体験プロセスをデザインすべく、2009年にDFCを立ち上げました。
インドで開催された「Be the Change 2013」のコンテスト風景。20カ国から子どもたちが集まり、起こした「Change」をたたえ合います。各国からたくさんの「I can!(私は)できる!」がシェアされ、とてもエネルッギッシュな場に
DFCの4つのステップ
DFCの体験プロセスでは、-Feel(感じる)、-Imagine(想像する)-Do(行動する)-Share(共有する)の4ステップを基本としています。
このプロセスでもっとも重要なのは「I can!(私はできる!)」と自分の力に気がつくこと。課題のスケールや社会的な価値は問題ではありません。各ステップを具体的に見てみましょう。
step 1: 感じてみよう。自分がふだん気になっていること!
自分が気になっている周囲の問題や状況、習慣や態度を振り返り、書き出します。
step 2: 思い描いてみよう。よりよい状態にするための方法を!
よりよい変化を生むためのアイデアを出し合い、具体的な活動計画を立てます。
step3: 実行してみよう。友だちや家族、先生と協力しながら!
必要なものを準備し、まわりに協力を呼びかけ巻き込み、思い描いた計画を実行に移します。
step4: 伝えてみよう。「change」の物語を世界中に!
活動内容や起こった変化を撮影・記録し、インターネットを使って地域や世界に共有します。
2012年、DFCが日本にも誕生!
シンプルなフレームワークを世界で展開しているDFCですが、統一した活動内容があるわけではなく、それぞれ独立した組織として運営されています。
日本では2012年に「Design for Change Japan(以下、DFC Japan)」が発足。かねてからDFCに関心を寄せていたメンバーが集まり、ボランティアで活動を進めてきました。
そして2013年2月には、試験的にDFCの教育プロセスを中学校などに導入することも実現。学校や地域で、子どもと関わる大人に向けた学びの場の開催や、実践者向けのガイドブック制作など、DFCをさらに広めるための活動に取り組んでいます。
2014年8月24日に開催されたイベント「『自尊感情』を学ぶ大人の学校」でのワールドカフェの様子。「DFC」では、肩書きを取り払った参加者同士のフラットな関係づくりを目指しています。この日は「“自尊感情”とはどんな感情なのか?」を再定義する機会に。
「DFC Japan」の立ち上げメンバーが、田代純一さんと山本尚毅さんです。
田代さんはふだん日本財団の職員として働いていますが、仕事として展開しているキャリア教育とDFCのフレームワークに共通点を感じたことが、活動を始めるきっかけだったそう。
また、山本さんはアジア地域で、貧困の連鎖を解消するためのプロダクトやサービスの開発と流通を手がける株式会社グランマの共同創業者。山本さんが田代さんにDFCの存在を教えたことが「DFC Japan」の誕生につながりました。
「DFC Japan」設立メンバーの田代純一さん(写真、右から2番目)と、山本尚毅さん(写真、右から3番目)。
ほしい未来をつくる力は、自分の中にある
「I can!(私はできる!)」の感情を持つことは、子どもに限らず全ての人にとって大事なことです。DFCの体験プロセスを経て、実際にどんな変化が起きるのでしょうか。
田代さん DFCの特徴は、社会の文脈の中で自分の力を試しながら「ほしい未来をつくる力が自分の中にちゃんとある」と実感できる体験を積み重ねられることです。
この経験を可視化するためにフレームワークを使いますが、それ以外のルールはありません。各国の教育事情や子どもたちの興味によって、自由にアレンジしてカリキュラムを組み立てます。
日本では学校の方針に合わせて、どんな位置付けで授業を実施するのか、どのようなテーマにするかなど、学校の先生と丁寧にコミュニケーションをとりながら進めたいと考えています。
たとえば、日本ではじめてプログラムを導入した渋谷区の上原中学校では、「通学時、学校生活の中で “おかしいな”と思うこと」をテーマにしました。
フレームワークというと、ビジネスではPDCAサイクルがよく使われています。PDCAとは、-Plan(計画)-Do(実行)-Check(評価)-Act(改善)の4ステップのこと。
このPDCAには「DFC」のフレームワークと違って、Planの前に「人が何かを感じる」プロセスが入っていません。
山本さん DFCのプロセスの中でも、Feel(感じる)、Imagine(想像する)はとても大切な要素です。
これからはライフスタイルがより多様になり、そこから新しい価値観も生まれてくる。これまでとは違った社会の課題も増えてくるだろうと思います。
そうなれば、今までのように「誰かの指示に従って行動する力」だけではなく、「自分の感覚に従って発想する力」が求められるようになるでしょう。既に大学入試もそのような能力を伸ばす方向で改革が進んでいます。
子どもたちには、世の中にいる多様な大人たちと出会ったり、自ら感じたことを可視化し、学校を飛び出て行動したりする機会を持つことが必要です。
「DFC」のフレームワークを取り入れた授業で、Feel(感じる)、Imagine(想像する)のプロセスを経験することによって、学べることは本当にたくさんあると思います。
山本さんは、「アップル」の創始者、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で学生に向けた語ったスピーチの話をしてくれました。
スピーチの中でジョブズは、
先を見て点と点をつなげることはできない。できるのは過去を振り返って、点をつなげることだけだ。
だから将来、その点がつながることを信じなければならない。直感や運命、人生、カルマ、何でもいいからそれを信じること。
やがてつながると信じることで、自分の心に従う自信が生まれる。たとえ人と違う道を歩むことになっても、信じることだ。
という内容を学生に語りました。
山本さん 感じたことからアイデアが生まれる瞬間って結構ありますよね?
でも実際の人生において、Feel(感じる)とImagine(想像する)の間はすごく時間が空いていると思います。でも、「実はその2つは連続しているのだ」とわかってないと、感じたことからなにも行動を起こせない。
スティーブ・ジョブズがスピーチで語った「コネクティング・ドッツ」というくだり。あれは、「Feel(感じる)とImagine(想像する)は時間差でつながっている」と言っているんじゃないか、と僕は解釈しています。
DFCを通じて、子どもたちに気づいてほしい、と思っていることのひとつです。
他人からの評価より自分の心に従おう
とはいえ、他の人と同調して生きることを美徳とする日本人。ふだんの生活で他の人とは違うアイデアがあっても、社会の風潮や他人からの評価を怖れて、自分の感覚に正直になりにくい傾向があります。
山本さん 社会の風潮や他人からの評価ばかりを気にして行動していると「I can!(私はできる!)」と自信を持つのが難しい。
自分が「面白い!」と思っていることでも「これって他の人も面白いのかな? 」と考え出すと、急に不安になって、自信がなくなってしまう。
すると「I can ! 」が「Can I?(できるのかな?)」になっていく。洪水のような情報量と友人や社会全般が持つ“ものさし”に感化されてしまいます。
だからこそ他の人がどう思っていても、自分が感じるところにちゃんと従って動いていくってことが重要だと思っています。
フレームワークを実践する過程では、一方的に知識を与えるのではなく、子どもたちと同じ目線に立つことを大事にしています。そうすることで、生徒との間に信頼関係が育っていくのだそう。
DFCを通じて、Feel(感じる)とImagine(想像する)のプロセスを子どもたちが体験できる機会が増えれば、日本の社会にも新しい流れが生まれてくるかもしれません。
実際に学校などにDFCを導入してみて、どのような手応えを感じたのでしょうか?
田代さん いちばん印象に残っているのは、「自分で思ったことを行動に移したのは、はじめてだった!」という感想を生徒からもらったことです。
山本さん それまでの子どもたちは、たとえば何か不満があったとしても、「あれよくないよね」と言い合ってそれで終わりでした。ところがDFCを通じて子どもたちの意識が「身近にあるささいな不満でも、自分から動けば解決できるんだな」と変わっていったんです。上原中学校の事例では、ある子が「屋上のスペースもったいないよね」と日々考えていて、「農場つくろうか!」と言い出したんです。担当の先生が「それいいわね!」と手伝ってくれたんですけど、自分のアイデアで誰かが動いてくれた経験って、すごく重要だと思うんですよ。
どんな小さな体験でも、自分の意見でコトが動くというプロセスを体験した時に、その人自身の考え方が変わる。日常的に思っていたことをカタチにできるという、そのプロセス自体に価値や意味がある、と子どもたちの変化を見て気がつきました。
「I can!(私はできる!)」を伝染させるには、子どもたちのリアルな感覚に寄り添える大人の存在が不可欠です。
DFCで先生の役割は、“答えを教える”のではなく“ファシリテート”し、解決へと導くこと。プログラムを導入してみると、子どもだけではなく大人にも変化があったと言います。
田代さん 授業が終わった後に変わるのは、実は子どもたちだけではありません。
先生たちも、生徒と同じ目線に立ってフレームワークを実行するうちに、それまで見ていた生徒像とは違った、子どもたちの新たな一面を発見することになりました。授業の後では先生たちも、より積極的になります。
創始者のキランは、「DFCは子どもが大人を巻き込みながら社会に変化を生み出す活動だ」と言いますが、先生たちの変化を感じてその言葉が本当によくわかりました。
もしかすると、いちばん変わったのは周りの大人のほうかもしれません。
「I can!(私はできる!)」は誰にでも伝染する
ところでご自身が「Can I?(できるのかな?)」から「I can!(私はできる!)」に変わった経験はあるのでしょうか?
山本さん 子どもの頃、自分が微細に感じていることを友だちに話したことがあったんです。そうしたら「誰もそんなこと感じてない」って言葉が返ってきて、ぼくは非常にショックを受けました。
なんで自分はみんなと同じではないんだろう?って。これをきっかけに「自分は変な人間なんだ」と自己解釈して、感じたことを口にしなくなりました。
でも大学生になってから、自分の思いに正直に自ら道を切り開いていく同級生や社会人と新たに出会っていくうちに、しだいに自分の考え方や行動が変わっていきました。
どこの時点で変わったかは自分でも分からないんですけど、周りの環境に感化されたことは自覚しています。これってキランが経験した“伝染”と同じような体験なのかな。
田代さん 変わる“きっかけ”って難しいですよね。すごい人の話を聞くことで変わることもあるんだろうけど、時間をかけて気づいたら変わっていたということもあります。人は分かりやすくてドラマチックな物語をつい求めがちですけど、僕たちは時間をかけて“伝染”する環境をつくっていきたいです。
大人の学校終了後に「DFC Japan」のメンバーと、ゲストスピーカーの山陽学園大学教授、近藤卓さん(写真右から3人目)が記念撮影。ひとりでも多く日本の子どもたちに「I can!(私はできる!)」を伝染すべく立ち上がったメンバーの笑顔は「I can!(私はできる!)」の自信に満ちています。
ひとりでも多くの子どもたちが「I can!(私はできる!)」に感染できる未来を目指す「DFC Japan」。現在プログラムをモデル的に導入する学校や、児童センターなど、子どもと関わりのある施設や団体を募集しています。
気になった方は、ぜひお問い合わせしてみてください!
(Text: 村瀬彩)