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家は、暮らしに合わせて変えられる。建築家・中辻正明さん、雅江さんに聞く、“住まい力”の養い方

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(撮影:北嶋俊治)

どこに住み、どんな暮らしをつくるのか。本当に必要なものは何か。「暮らしのものさし」は、株式会社SuMiKaと共同で、自分らしい住まいや好きな暮らし方を見つけるためのヒントを提供するインタビュー企画です。

日々生活している「家」の仕組みがどうなっているか、みなさんは知っていますか。

例えば携帯電話、家電など、身の回りのものがブラックボックス化されていて、長く付き合いたいと思っても、自分で、あるいはメーカーでさえ数年後は直すことができなかったりします。

賃貸住宅では、瑕(きず)をつけてはいけないと画鋲の穴にまで気を遣ったり、新築住宅では不具合があると施工ミスかもと不安になったり、家に手を入れたり、DIYでちょっとした修理をすることもままならないなんていうことも…。

けれども、建築家の中辻正明さんは、最近その傾向が変わりつつあるといいます。

プロに任せっ放しだった家のことを、自分たちの手に取り戻す。自分で選び、手を動かしたいという人が増えていると言うのです。今回は中辻さんに、より積極的に住まいに関わる方法を聞きました。

自分たちでものを選ぶネット世代の家づくり

住む人の夢を叶える住宅の設計を数多く手掛ける建築家の中辻正明さん。スタイリッシュなデザインでありながら、住環境に配慮したきめ細やかな住まいは「渡辺篤史の建もの探訪」など、数多くメディアに取り上げられています。

東京・恵比寿にあるマンションの一室、妻の雅江さんと共に構える自宅も兼ねた設計事務所、中辻正明・都市建築研究室を訪ねました。
 
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事務所兼自宅にて。中辻雅江さん(左)、正明さん(右)。

夫妻はふたりの子どもの育児の真っ最中。依頼主がファミリーの場合、子ども連れで打ち合わせを行うこともあるそうで、中辻さんの誠実で気さくな人柄が伺えます。

正明さん 私たち設計者は、建て主の家に上がって打ち合わせをし、時には収納やキッチンの中も見せてもらうのが仕事です。アフターメンテナンスも含め、長いお付き合いになるので、自分たちの情報だけをクローズするのはフェアじゃないなと思って。

そんな住み手とのオープンな関係を重視する中辻さんですが、数年前から、クライアントの変化に気づき始めたと言います。

雅江さん 30代のファミリーが多いのですが、みなさんよくインターネットで調べているので、家に関する情報量がすごい。好みがはっきりしていて、器具や設備に対するこだわりがあり、ピンポイントでものを選ばれます。

以前は、こちらから照明なども提案していましたが、今は逆にクライアントから提案を頂くことも増えています。選ばれた照明をどう空間に合わせるか、建築家もコーディネート力が求められていると感じます。

ネットによる情報のオープン化で、私たちもメーカーのカタログなどに簡単にアクセスできるようになりました。これまで専門家に集約されていた住宅設備の情報が一般の人にも手に入りやすくなったことで、設計者とクライアントの役割が変わっているのかもしれません。

建て主自ら家の部材を調達

さらに興味深いのは、建て主自ら器具や建材を発注し、施工現場に支給する動きです。通常、設備や建材は工務店が業者を通じて調達します。これまでは住み手が直接買うことは難しかったので、実際の値段がいくらなのか、わからないままでした。

卸値に納品の手間や送料、経費や利益も計上する複雑なシステム、それにより定価と仕入れ値が違う業界の特質など、住宅業界の流通自体がブラックボックスと言われても仕方ありませんでした。

ところが、10年程前から、建材や設備をネット販売する会社も出てきました。それによって住み手が直接注文することが可能になり、費用を安く抑えられ、自分の好きなアイテムを探してくることができるようになります。ネットを駆使した「施主支給」という新たな方法、中辻さんはどう思っているのでしょうか。
 
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今の建て主像の先駆けだったという2005年竣工の幸手N邸。床のタイルやフローリング材、キッチン照明などを施主支給した。(撮影:北嶋俊治)

正明さん 床のフローリング材もネットで売っている時代なので、当然の流れだと思っています。クライアント自身で好みのものを見つけて、しかもデザインも品質も良く、価格も安ければ、止める理由がない。

ちょうど10年前に出会った幸手N邸の建て主は、今のクライアント像の先駆けのような方でした。施主支給のタイルメーカー、品番指定に、当時はカルチャーショックを受けました。

けれども、建築関係のイベントのお仕事をされていたので、現場への理解も高く、工務店との調整や納品確認をしっかりしていただいたので、こちらはデザインと監理に集中できました。この時、施主支給の良い経験をすることができました。

住む人が自分で器具や材料まで調達するのは、当然手間がかかります。工務店や設計者によっては、あまり積極的でないことも。施工への関心や工務店や設計者との円滑なコミュニケーションは欠かせないようです。

自分で支給することのメリットとデメリット

では、実際住み手が建材を手配する場合、どのような手順で、進められるのでしょうか。

正明さん 初めの計画の段階で、ご要望と予算に開きがあり、クライアントが家づくりに積極的に関わる意志がある場合、それとなく打診してみることが多いです。照明やタオルハンガー、スイッチプレートなどのこだわりの数点であれば、どんな方でも大丈夫です。

ただ、フローリングなどの数量計算の必要な建材、キッチン設備などの大物になると、建て主のタイプにもよります。

支給品の決定や発注、納品の段取りを工事の進行状況に応じて、進めていくのは、時間も労力も掛かり、負担にもなりかねません。ですから、コスト削減だけが目的の施主支給はなかなか難しいのです。

もちろんメリットがある分、デメリットも認識しておくことが必要です。

注文した商品は工事現場で受け取り、その場で不具合がないか、中身の確認をしなくてはいけません。そのため、現場に足繁く通う必要が出てきます。

また壊れていた場合の責任の所在をはっきりさせないと、交換やメンテナンス費用がかさむ場合も考えられます。取り付け費用が余分に掛かり、結果、思うようにコストダウンできないこともあります。

さらに、商品の仕様、給排水、配管との関連や寸法の確認など、工務店とメーカーの間で確認が必要なこともたくさんでてきます。
 
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中辻さんが“住まい力”があると感じた大和K邸。掃除が行き届き、新築時よりもきれいなくらいという。タイルやフローリング材、エコキュートなど大型機器も住み手が直接ネット注文した。フローリングは建て主自ら塗装。(撮影:北嶋俊治)

正明さん 住む人の“住まい力”が問われます。竣工した家の中に新築の時よりもきれいで心地良い家ってあるのですが、そういう住み手には“住まい力”がある。メンテナンスを楽しめるか、義務と感じるかの違いでしょうか。

一緒に家づくりに関わりたいという強い気持ちがあって、マメで、時間の融通がきいて、家族の理解が得られる人は施主支給や自主工事に向いています。反対に、自分の手を動かしたくない人には向かないかもしれません。

最近は自分たちで塗装するクライアントも増えています。家いじりってやってみると、かなり面白いはずです。

部品を選ぶことで、取り付け方や仕様にも詳しくなります。不具合がおきても、仕組みがわかっていれば、自分で直すこともできるかもしれません。価格を安く抑えたり、自分の好きな設備器具を取り入れるだけでなく、家づくりにより深く関わることによって、今までブラックボックスだった家の仕組みがわかる。

それによって、家が買うものから、自分で手入れするもの、変えられるものになれば、より自由な暮らしも実現できるのではないでしょうか。

子どもの成長や季節ごとにしつらえを変える

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よく家族で散歩に行くという近所の公園にて。

中辻さんの考えるこれからの暮らしについて聞きました。

正明さん 自分たちに子どもができ、スペースが必要になっても、簡単に住み替えできません。それで、建築をどれだけゆるくつくれるか考えるようになりました。

つくり込まずに、間取りを変えたり、動かせたり、分解できるようにしたい。人の住み方、年齢、環境に応じて変わる暮らしに、いかに寄り添えるか。

30%の快適なシステムをつくるくらいの気持ちで、あとは住み手にゆだねたいと思うようになってきました。そういう暮らし方も“住まい力”が必要とされますね。

自分たちの暮らしに合わせて、住まいをしつらえる。中辻さん一家が実践しているのはどんなことなのでしょう。

雅江さん 私たちは子どもの成長や季節によって、レイアウトをしょっちゅう変えるんですよ。ベッドではなく、布団にして、寝るところも夏は涼しいところに移動したり。

残念なのはマンションなので、キッチンや浴室などの水回りが固定されていて、手を入れづらいことです。

自宅の一角に設けられた仕事場スペースも家族の人数が増えるにつれ、狭くなったり、場所が移動したりするそうです。後から取り付けられたとおぼしき収納スペースもありました。

かなり自由で大胆な暮らし方を実践している中辻さん。きっと、必要に応じて、工夫する術を知っているのでしょう。住宅を熟知した建築家だからこそできるようにも見えますが、家は手を入れてこそ、自分たちの住まいになるものという認識の違いかもしれません。

そうした“住まい力”も住み手がより積極的に家づくりに関わることによって、養われるのではないでしょうか。まずは身の回りに自分で手入れできそうなものがないか、探してみることから始めてみませんか。