みなさん、「山伏」をご存じですか?白い装束をまとい、霊山を歩く修行者です。山形県の庄内地方に、山伏修行をしながら市民の手による再生可能エネルギー普及に取り組む男性がいます。加藤丈晴(タケハル)さん(47)。
「幸せで、持続可能な社会を作る」という目標を持ち、庄内に移り住みました。活動には多くの住民が参画し、具体的な事業もスタートしています。一人ひとりができる再生可能エネルギーの取り組みってどんなこと?山伏とどうつながっているの?タケハルさんにお話を伺いました。
庄内は信仰の土地。自然と身体に耳を傾ける
羽黒山での修行風景
タケハルさんは庄内地方南部の山形県鶴岡市在住。「丈哲(じょうてつ)」という山伏名を持って修行しています。庄内地方にある羽黒山、月山、湯殿山は「出羽三山(でわさんざん)」と呼ばれる信仰の霊場です。山中を行く山伏の姿は珍しくありません。一般の参拝客も多く、最近ではパワースポットとして女性や若者にも人気です。
ところでタケハルさん、山伏修行ってどんなことをするのでしょうか?
自然の中を歩き、祈ります。修行中に私語はありません。その場に身を置き、自然と身体に耳を傾けます。再生可能エネルギーの取り組みとはまったく関係ないように思われるかも知れませんが、つながっているんですよ。
タケハルさんがスタッフを務めているのが任意団体「エネルギーシフトヤマガタ」(通称、エネシフヤマガタ)です。再生可能な山形の資源を使い、原発にも石油にも頼らない安全な地域を作ろうと、2011年5月に有志が設立しました。啓発活動や市民の参画による事業化、それらを雇用につなげる取り組みを進めています。
その一つとして県内3カ所で今夏、「やまがた屋根ともソーラープロジェクト」をスタートさせました。複数の民家や事業所のパネルを連結させ、一定規模の出力数を確保して電力会社にすべての電力を売電しています。東北電力管内では初めての試みだそうです。
屋根ともソーラープロジェクトの通電式で、エネシフの仲間と
迅速な取り組みの背景には、参加者の積極性があります。定例会や勉強会には延べ1000人超が参加。Facebookグループの登録者数は420人に上り、8割が山形県の住民です。
山形県内での関心が高いですね。地元の人間が地元を舞台に面白そうなことをしている。だから多くの人が身近に感じ、興味を持ってくれるのでしょう。
タケハルさんが活動を始める際に触発され、その手法を参考にしているのはグリーンズでもお馴染みの西村勇也さん(NPO法人ミラツク代表)。対話の場をつくるスタンスや進め方、ソーシャルメディアの活用法などを学び、勉強会や組織の運営などに生かしています。タケハルさんは「対話によって参加者の自主性が引き出され、お互いが支え合う活動になると思うんです」とその効果を語ります。
エネシフヤマガタの活動は対話を重視する。
自分で生き延びる力を身につける
タケハルさんは横浜市出身。大手の広告代理店で働いていました。通信会社のPRなどを手掛けていましたが、長年の会社員生活の中で仕事と社会の関係について疑問を抱くようになります。
企業の商品が売れれば、担当者としての責任は果たしたことになります。ですが、社会が良くなったかと言われると、そうではない。社会に対して責任を果たしたとは言えません。自分自身が家畜のように思え、生き延びている実感の乏しさを感じ、自分で生き延びる力を身に付けたいと思いました。
それでも会社の中でできることを模索し、NPOと連携する事業やソーシャルビジネスにつながる仕事に取り組みました。しかし、なかなか社会に寄与できる実感を持てなかったそう。
振り返ると、頭でっかちで地に足が着いていなかったのだと思います。地方を活性化したいと思い、何か仕事を始めても、広告代理店として入ると地域に依存心が生まれる。大きなお金を使わせることにもなります。そうした矛盾も見えてきました。
悶々とする気持ちを抱えていた2008年、長男を授かります。タケハルさんは約1年間の育児休業を取得。妻の実家がある山形県上山市で暮らしながら、自分や社会の状況を見つめ、幸せについて深く考えるように。
僕にとって、幸せの必要条件は自分で生き延びる力を付けること、十分条件は好きなことで社会に関わることです。一方、日本は成熟期に入り、過去のような経済成長は望めない。エネルギーや食糧の調達が難しくなる恐れもある。どうしたら外的要因に左右されずに、幸せで持続可能な社会を作れるか。それが命題になりました。
復職後、庄内地方でのグリーンツーリズム事業に携わりました。庄内は、海と山の間に平野が広がる日本有数の稲作地帯。食や文学などの文化も盛んで、映画「おくりびと」の舞台としても知られます。タケハルさんは地元の人々と深く関わるようになり、庄内の魅力と可能性にひかれていきました。
再生可能エネルギーと山伏のつながり
山伏姿のタケハルさん
タケハルさんが影響を受けた人物の一人が、東北芸術工科大学の准教授であり、エネシフヤマガタ代表の三浦秀一さんです。
三浦先生は、地域経済とエネルギーについての問題をバケツに入る水に例えて教えてくれました。地域外から入ってくるお金と、地域外に出ていくお金。バケツに穴が空いて出るお金が多いと、地域は苦しくなります。その外に流れるお金の一つがエネルギーです。
2012年、電力やガソリンなどのエネルギーに対して山形県内で使われたお金を試算すると2410億円に上りました。このうち企業や労働者への対価として県内に残ったお金は1割程度で、ほとんどは地域外に流出したと見られます。
僕は以前、地域経済の問題を解決するには、外から資金を引っ張ってこなければいけないと考えていました。ですが、うまくいく地域は一部。たとえ再生可能エネルギーが普及しても、都会主導のプロジェクトでは都会にお金が落ちるだけです。外から資源を持ってきたらお金は外に逃げていく。反対に、地域で資源を作れたらお金は地域に残ります。
地域経済の問題を解決するために、まずはバケツの穴を少しでもふさぐ。共感する有志が集い、エネシフヤマガタのベースが生まれました。
定例会は毎月、県内4地方持ち回りで開かれる
山伏と出会ったのもこのころです。グリーンツーリズムの仕事として、「まずは体験を」と1日修行に飛び込んだタケハルさん。繰り返すうちに精神的支柱を得たように感じ、この場所で再生可能エネルギーの普及に取り組む意義も見出しました。
自分に欠けていたのは地面との接点でした。自然の中を歩くと、体で自然の理を感じます。頭ではなく体で考えることが大切なのだと、修行を通じて気付かされました。便利さや合理性を重視する地域・社会であれば、地域の中でお金を回すことなどできません。
しがらみも含めた人とのつながり、土地の精神性、文化といった社会関係資本がなければ、地域資源を使った再生可能エネルギーなど実現できない。山伏のような存在が残る庄内であれば、可能です。自分自身が地域で旗を振り、活動しようと決意しました。
タケハルさんは会社を辞め、2011年4月に家族3人で鶴岡市に移り住みました。
電気を「街の会社」から買う。そんな未来のために
エネシフヤマガタは、「手のひら」サイズのプロジェクトを進める傍ら、一定の資金を必要とする事業も行っています。2014年度中に、メガソーラー(出力1㍋㍗以上の大規模な太陽光発電システム)を県内の複数地点に開設する計画です。地元の中小企業や市民の出資で運営。地元の食産品を配当とすることなどを考えているそうです。
お金が残って地域を良くしてくれるエネルギーと、お金が流れ出るエネルギー。みんなに、この二つの違いを理解し、選択できるようになってほしい。特に女性や若者に伝えたいと思っています。
将来、電力事業が自由化され、地域に電力会社を作れる可能性があります。その時、地域の電力は街の電力会社から買う。そんな選択ができるようになっていれば嬉しいですね。
自然を生かし、エネルギーを作る。そのお金で地域を回す。自然と切り離された現代人が、人間本来の暮らしやつながりを取り戻そうとする試みのように思えます。庄内のあかりはすべて「地元産」。山伏が胸を張って言う日が、いつか来るかもしれません。