日本の伝統産業の技術を活かしてベビー・キッズ向けの商品を制作する、0から6歳の伝統ブランド「和える(aeru)」。昨年の3月にgreenz.jpでも紹介させていただきましたが、その後、この一年で商品もずいぶん増えました。「桜の木のはさみ」や「こぼしにくい器」「和紙のボール」などアイデアに富んだ、とても機能的でかわいい商品が揃います。
これまでを振り返って、日本の伝統産業に対する思い、これから向かう方向など、「株式会社和える」の代表・矢島里佳さんと、デザインパートナーの「NOSIGNER(ノザイナー)」代表の太刀川英輔さんに伺いました。
伝統産業の枠にとらわれない、「和える」という新しいフレームをつくる
甲斐 以前、お話を伺ったのがちょうど一年ほど前で、一作目の「徳島県から本藍染の出産祝いセット」の発売時期でした。その後、この一年間に次々と商品を出されていますが、どれも初めの商品より身近で値段も手頃なものになっている印象があります。
矢島さん そうですね、もともと「和える」のコンセプトは“日常生活の中で使えるもの”です。初めの商品も、赤ちゃんが毎日身につける産着や靴下、フェイスタオルを丁寧に染め上げて揃えたセットでした。
その後も常に伝統産業をいかに日常使いの品にするかを大切にしています。まだ商品として世に出ていないものもありますが、この出産祝いセットから始まって、こぼしにくい器のシリーズや、和紙のボールなど、子どもの成長に合わせてあったらいいなと思うモノをつくっています。
「株式会社和える」の代表・矢島里佳さん
太刀川さん 製品にベビー・キッズ以降のライフステージを想定することも、この一年で新たに気付いた視点です。例えば6歳まで使ったあと、一生愛せるような商品にするにはどうしたらいいか。こぼしにくい器は、離乳食をこぼさずに食べられるように使う道具だけれど、年齢とともに使い方を変えられるようにしています。
大人になっても愛着を持って使えて、握力が弱くなってしまった高齢者が使うとさらに使いやすい、というように、時間軸のある視点を持つようになりました。
デザインパートナー「NOSIGNER」代表の太刀川英輔さん
甲斐 「和える」は伝統産業を維持するひとつの可能性として期待されることが多いと思いますが、その手応えを感じていますか?
矢島 あえて言うならば、「和える」は、伝統産業を“守る”ためにものづくりをしているわけではないのです。日本の伝統産業の技術を活かして、日本人の生活や心をより豊かにしたいという想いが先にあります。
子どもたちが日本の手仕事に自然と触れられる環境をつくって、幼少期からその感性を磨くお手伝いができたら嬉しいです。そのために日本の素晴らしい伝統技術や素材を使わせていただいている、という方が近いかもしれません。
太刀川 伝統産業における“いいデザイン”の意味が変わってきている、と思います。伝統産業には、それぞれに紐づく文化があるのだけれど、残念ながら一般の人たちが伝統文化そのものから退き始めているんです。
例えば「嫁入り道具」を贈らなくなってしまったことによる木工産地のダメージは、実はとても大きい。今まで多くの伝統産地では、鏡台なら鏡台というひとつの産業のなかで、見た目の美しさや、使いやすさといった基準でデザインが判断されてきました。でも実際には、鏡台を贈るシステムそのものが崩壊しているんです。
だから伝統産業における“いいデザイン”は、すでにある枠組みのなかでクオリティを追求することではなくて、背景の文化を問い直し、関係を繋ぎ直すことだと思っています。茶道具のための伝統技術を、離乳食のために使うことは、そもそも問いの部分を設計し直しているようなもの。「和える」は、伝統産業の新しい枠組を作る挑戦でもあるのです。
産業は生き物。求め続けることでクオリティがあがる
甲斐 伝統技術そのものを守るというよりも、どんな製品をつくるのか、何にどう生かすか、が問われているということですね。
矢島 「和える」の商品をつくる過程でも、職人さんたちの技術は常に進化し続けています。今までにチャレンジしたことのないことをお願いすると初めは試行錯誤ですが、それまでの経験を活かして、どんどんイメージ通りの物に近づけてくださいます。そしてある時、イメージを超えた素晴らしいものができるんです。最初の試作品段階の「こぼしにくい器」と比べると、今、実際に販売をしているもののクオリティはかなり上がりました。
「愛媛県から砥部焼のこぼしにくい器」
「これだけ進化するんです!」と、太刀川さんが見せてくれたのが、一連の製造過程の「こぼしにくい器」。はじめはこうだった、という試作品は年月を経るごとにどんどん変化して、素人の私から見ても明らかに佇まいが違っていました。ラインがシャープになって、初期の頃のぽってりした印象がスッキリ、美しくなっています。
矢島 もちろん、ある一定の精度を超えてからでないと売りには出せないので、職人さんにはいつも頑張って頂いています。本当にみるみる商品が変わっていく姿を目の当たりにすると伝統産業の技術は生き物だと感じます。職人さんの腕も進化する。だからお仕事を継続的にお願いし続けることが大事で、保護しているだけでは産業は輝きを失って死んでしまうと思うのです。
昔から平和な時代にこそ、日本の伝統文化・産業は大きく発展してきたように感じます。人々が生活を楽しむ余裕があって、職人にレベルの高い要求をし続けるからこそ技術が飛躍してきました。戦後、高度経済成長期に一度置いて来ざるを得なかった日本の伝統文化・産業を、今もう一度見直して新たな文化を生み出していく時期にさしかかっているのではないでしょうか。
エルメスやグッチに学ぶ、手工業の職人のネットワークづくり
甲斐 いくつかの商品が、すでにオンラインショップで「入荷待ち」の状態になっています。人気が出れば数を量産しなければなりませんが、伝統産業の技術を使うとどうしても時間がかかりますよね。今後和えるは、どれくらいの生産量や生産体制を目指すのでしょうか?
矢島 職人のネットワークをつくって、職人の手仕事を用いながらも中量生産ができるくらいの規模を目指しています。すべての産地がそうできるわけではないですが、1つの産地で複数の職人さんにお仕事をお願いできるような体制作りを、今から準備しています。
太刀川 例えばエルメスやグッチは、それぞれの国内に巨大な職人のネットワークをつくることで、大量のハンドクラフトを世に出すことができています。ブランド側はそのネットワークに同じケリーバックを発注して、職人間のコミュニケーションを活発にすることでクオリティコントロールをしています。それが現代の日本の伝統産業では、大きな需要がないことや、産地間の職人のコミュニケーションが少ないために実現できていません。「和える」は需要をつくりつつ、きちんと供給する体制もつくる、両輪をやっていきたいんです。
矢島 さらに職人の世界では、1人の職人を育てるのに最低5年、一人前になるのには10年かかります。やりたい人が居ても、仕事が定期的にないとなかなか雇えません。そこに和えるがお仕事をお願いし続けられるようになりたいと思っています。一方で、きちんと、その仕事をやりたい人と雇いたい側の架け橋にもなっていきたいのです。
世界で一番目の高いお客様=子どもたち
「宮崎県から桜の木のはさみ」
甲斐 商品開発のヒントはどこから得ているんですか?
太刀川 基本は自分たちが親になったら欲しいものや、子どもの頃欲しかったものを目指してつくっているのですが、商品のアイデアは職人さんから得ることもあります。「桜の木のはさみ」も、はじめは宮崎の職人さんがつくっていたものをリ・デザインして、より良いモノにしたものです。
矢島 「和える」では、お母さん方にリサーチしたり、マーケティングしたりといったことはあまり行いません。もっとも目の高いお客さんは子どもです。子どもたちは、感性が豊かなので、頭で理解するよりも先に、感じたままに物の善し悪しを大人に教えてくれます。商品を手にした時の反応はダイレクトで、見て触って、好きか嫌いかだけ。気に入ってくれると、よく使ってくれます。今まで野菜を食べられなかったお子さんが、「こぼしにくい器」に入れると食べられるようになったと聞いたときは、とても嬉しかったですね。
甲斐 今後さらに、「和える」で考えられていることはありますか?
太刀川 海外に行くと、日本のイメージがいまだに“歌舞伎、ニンジャ、ゲイシャ”といった偏ったものであることに驚きます。本来、日本は世界に尊敬の念を持たれているような、とてもレベルの高い美意識を持っています。現代における日本的なライフスタイルをもっと海外に出していけたらと思います。
甲斐 日本的なライフスタイルというと、具体的にはどんなことでしょうか?
太刀川 まだ言葉としてうまくブラッシュアップできていませんが、茶道や華道などの「道」と重なる部分があると思っています。モノだけでなく、所作も含めて、必然的に残るべきものだけが残った状態を尊ぶ、それが日本人が大切にしている美意識だと思います。
矢島 そんな日本の価値観を体感できるような空間をつくりたいねって話しているんです。ホテルでもなく旅館でもない滞在型の場で、日本のライフスタイルを身体で感じて共感してファンになってもらえたら嬉しい。ぜひ海外の方々に来ていただきたいです。
「京都府から草木染めのブランケット」
「和える」の商品はオンラインショップで購入できるほか、伊勢丹新宿本館6階のマタニティ新生児ショップでも常設販売しています(一部商品)。今後は商品を直接手にとってもらえるよう、全国に売り場を設けていくことも予定しているのだそう。ベビー・キッズの商品販売にとどまらない動きも出てきそうで、まだまだ進化し続ける「和える」。これからの挑戦が楽しみです。