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持続可能性=未来から前借りしないこと!関西から世界に羽ばたく”野菜提案企業”「坂ノ途中」

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(C)坂ノ途中

特集「マイプロSHOWCASE関西編」は、「関西をもっと元気に!」をテーマに、関西を拠点に活躍するソーシャルデザインの担い手を紹介していく、大阪ガスとの共同企画です。

グリーンズ読者なら、なるべく有機野菜を選ぶ人の方が多いかもしれません。安心して食べられるオーガニックな野菜の需要は伸び、若い世代を中心に農業への関心は高まっています。

しかし「農薬や化学肥料を使わずに野菜をつくりたい」と考える新規就農者が直面するのが、「販路がない」という現実。新規就農者が確保できる農地は小さく、しかも水はけが悪かったり獣害がきついなど、条件は良くないことがしばしば。そのため、彼ら、彼女らの野菜は、少量だったり不安定になりがちです。

それが大きな理由となり、流通企業や八百屋さんからすると新規就農者は「付き合いにくい相手」と映ってしまうことが多く、なかなか販路を確立できないのです。

一方で、志のある飲食店や八百屋さんも、有機野菜をいつも安定的に入手することに苦労をしている様子。「本当は扱いたいねんけど、あったりなかったりするからなぁ」そんな声があがっています。

よい野菜を作りたい人がいて、それをほしい人がいる。京都市にある「坂ノ途中」は、その二者の架け橋となる会社です。

「いい野菜を作りたい」と「いい野菜がほしい」をつなぐ仕事

「坂ノ途中」は2009年7月に設立。新規の有機農家の起ちあがりを支援し、農薬・化学肥料不使用で栽培された農産物の販売を行う“野菜提案企業”です。ユニークな社名「坂ノ途中」には、現在29歳の若き創業者、小野邦彦さん(代表取締役)の「成長の途上にある有機農家のパートナーでありたい」という想いがこめられています。

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「坂ノ途中」の代表取締役、小野邦彦さん

「坂ノ途中」の仕事は、提携する生産者と「何をどれくらいつくる?」からともに考え、収穫を迎えた野菜を自社の販路で販売していくこと。レストランや自然食品店、デパ地下スーパーなどへの卸売りや、インターネット通販や直営店舗で個人向け販売も展開しています。

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この日は、とれたての大根を自然食品専門店へ配達

大切にしているのは、「できるだけ生産者さんと顔を合わせ、共に考え成長していく」という姿勢。自社のトラックで一軒一軒農家さんを訪ね、収穫したお野菜を直接受け取ります。手間も時間もかかりますが、生産者さんとの信頼関係は日々厚くなっていきます。

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関西の40軒程度の生産者と提携。畑で生育の状況を確認(C)坂ノ途中

提携している生産者さんは40軒程度。扱っているお野菜の種類は年に300種類程度にもなります。新しい野菜への挑戦意欲が高い生産者さんが多く、「紫ニンジン」や「カーボロネロ(黒キャベツ)」など目を引く西洋野菜から、「聖護院ダイコン」「宇陀金ゴボウ」など地域の伝統野菜まで幅広くカバーします。少量ながら丁寧に育てられたお野菜を口にすると、料理のプロも「本当においしい!」と目を丸くして驚くのだそう。

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お客さんからのお褒めの言葉もフィードバック。生産意欲につながります(C)坂ノ途中

とはいえ、最初から順調だったわけではありません。創業当時は提携する生産者さんも得意先もわずか二、三軒。ほんの少しのお野菜を求めて軽トラで近畿中を走り回ることも。しかし、そんな誠実な姿勢が生産者さんにも得意先にも評価され、次第に販路が広がっていきました。

「野菜提案企業」ってなんですか?

“野菜提案企業”を旗印とする「坂ノ途中」の仕事は、野菜を運ぶだけではありません。飲食店向けに季節のお野菜を使ったメニューを提案したり、実際に畑を訪問するツアーをコーディネートしたり。生産者さんとも定期的にミーティングをし、「この野菜は評判がいいので来シーズンはもっと増やしませんか?」など、作付けの段階から一緒に取り組んでゆきます。ときには考え方の相違から議論が白熱することも…。

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どのような野菜をどれくらい作るか、生産者とのミーティングで計画を練る(C)坂ノ途中

「坂ノ途中」が仕入れた野菜を購入できるのはプロだけではありません。2011年8月、自社出荷場の半分のスペースを改装した「坂ノ途中 soil」という八百屋さんをオープン。誰でも手に入れることができるようになりました。また個人向けには、通販サイト「坂ノ途中 web shop」が順調です。

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soilとは「土壌」という意味

こちらのお店では、栽培面積がとても小さかったり、収穫量が不安的な提携農家さんの野菜を優先的に扱うことで、環境負荷の少ない農業を行う生産者を応援しています。野菜のほか、オーガニックのお米、お茶、おまめ、オリーブオイル、コーヒー、お菓子なども販売。「坂ノ途中soil」では「将来は就農したい!」と考える若者がスタッフとして働いていて、農業のリアルを学ぶ機会にもなっています。

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珍しい野菜の調理法をアドバイスしてくれたり、時には慌ただしい出荷の様子を見ることができます

「未来からの前借りはもうやめよう」

「坂ノ途中」では、農薬化学肥料不使用の野菜だけを扱う、加温栽培のものは扱わないなど、取り扱いに関する厳しい基準が設けられています。「環境負担減を前面に打ち出しながら同時に安定供給を目指す」という、農業の”常識”とは反対ともいえる無謀な闘い。代表取締役である小野さんがこれに挑んだのは、ある強い想いがあったからでした。

僕たちが農薬や化学肥料を使った野菜を売らないのは、それが「健康に悪い」「安全でない」といった視点からではないんです。

農薬や化学肥料に依存すると、確かに「今」の収穫量は増えるしコストは抑えることができるんですが、やはり土は痩せ水は汚れていきます。つまり、「今」楽するために、コストを抑えるために、将来に負担を押し付けているだけなんですね。私たちはこれを、「未来からの前借り」と呼んでいます。

「未来からの前借り」をやめるためには、農薬や化学肥料に依存せず、土づくりを主体とした農業ができる生産者さんが増えることが必要です。そしてそのためには、就農したてでも、収穫量が不安定でも取引できるパートナーが必要だと考え、「坂ノ途中」では現在の活動をしています。私たちの活動を通じて、農業を持続可能なものに変えてきたいと考えているのです。

現状、土を疲弊させる悪循環におちいった農園、菜園はとても多いのだそう。ではなぜ、そういったことが起きるのでしょうか。小野さんは「想像力の欠如」が原因だと考えています。

人間って目の前に人には優しくできるんですよ。でも遠くにいる人にも優しくするには想像力が要ります。化学肥料を多投すると、流れ出た肥料が河川を富栄養化させたり赤潮の原因になったりします。でも多くの人は「海なんて遠いところにあるし、知らんし、別にかまへん」なんです。

化学肥料の原料となるリン鉱石やカリ鉱石は希少な鉱山資源で、将来的には枯渇することが目に見えています。それをふまえると、将来世代に化学肥料に依存せざるを得ない痩せた農地を残すことってとても罪深いと思うんですが、この問題が議論される機会ってあまりないんですね。「将来のことなんて、知らない」ということでしょうか。

僕はそういう、「遠く」を思いやらない考え方に疑問を持っていて、地理的にも時間的にも、「遠く」で何が起こるかを想像することって、とても大切なんじゃないかと思います。

「持続可能な暮らし」の大切さに気がついた海外放浪時代

小野さんと野菜との結びつきは、幼少期までさかのぼります。奈良県の斑鳩町で生まれ育った小野さん。両親は「家庭菜園と呼ぶにはちょっと大きすぎる」畑で自給的農業にいそしみ、おかげで食卓には両親が育てた新鮮な野菜が並ぶ環境で育ちました。そして京都大学への進学とともにひとり暮らしを始め、農業を見つめなおすきっかけを得たのです。

中高生のころは「もっとカロリーの高いものが食べたい」と思っていて、野菜に囲まれた暮らしが恵まれたものだなんて考えもしなかった。ところがひとり暮らしをして、初めてスーパーの野菜を食べたとき、あまりにも味が違うので驚いたんです。そうやって両親を見直すとともに、「農業っておもしろいなぁ」と思いはじめました。

そんな小野さんが「持続可能な暮らし」の重要性を見つめるきっかけのひとつとなったのが、大学時代の海外放浪生活でした。

大学を1年間休学して、上海からイスタンブールまで、ずっと陸路で旅行しました。中国からベトナム、ラオス、中国の雲南省に戻って、チベット、ヒマラヤを越えてネパール、インド、パキスタン、イラン、アルメニア、グルジア、トルコ……。

チベットでは、だいたいずっと標高4000メートル以上の高原を移動し続けたんです。そこでは植生も人々の暮らしも僕たちの知っているものとは全く違っていて、まるで違う星にいる感覚です。パキスタンの北部では氷河を一人で見に行きました。見渡す限り自分以外誰もいないところで、氷河がきしんでいる音を聴いていたり。それらの経験は、やっぱりかなり強烈だったんですよ。

「人間は自然をコントロールできると思いがちやけど、ぜんぜんそんなことないな」「今よければそれでいいという考え方を捨てないと、人間の暮らしは持続できないな」と、素直に感じました。そして自然にあわせた生き方を提案するフィールドとして、有機農業にたどり着いたんです。

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海外放浪で特に印象に残ったチベット。自然に寄り添う暮らしの大切さに気がついた(C)坂ノ途中

開け!ゴマ!アフリカで「ごま」の栽培?!

こうして学生時代に「農業分野での事業をはじめよう」と考えた小野さんは、起業に必要な知識とスキルを身につけるべく、卒業後はフランス系の金融機関に就職。2年と少しで退職し、「坂ノ途中」創業。飲食店向けの「野菜提案事業」を皮切りに、都市型野菜市の運営、畑見学ツアーなど続々とプロジェクトを立ち上げていきます。

「坂ノ途中」の仕事を説明するなら、農家さんにとってのマネージャー兼、バイヤー兼、コーディネーター兼、経理といったところでしょうか。新規就農者に焦点をあてて、彼ら/彼女らの野菜を販売していくという会社は前例がないんです。それだけに、すべてにおいて未知の世界。一つひとつが勉強だし、チャレンジだと思っています。

小野さんにとっての大きなチャレンジ。そのひとつが昨年の夏から試験的にスタートさせた、アフリカのウガンダ南西部における「ゴマ」の栽培です。気候変動の影響でウガンダ南西部は今、雨量が減少しており、作物が育たず、農家がたいへん困っているのだとか。
また、いわゆる途上国でこそ、農薬や化学肥料の使用量が増加傾向にあり、環境へのダメージが深刻化しています。

この課題を何とかできないかと思っていた小野さんは、京都のゴマ油メーカー「山田製油」とともに「ゴマ栽培プロジェクト in ウガンダ」を発足。小野さんは現地の人々にオーガニックでの栽培方法を伝えることで、環境を保全しながら、生産者の生活を維持し、ひいては持続可能は農業を全世界で広げようと務めているのです。

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小さなゴマが遠く離れた日本とウガンダをつなぐ(C)坂ノ途中

どんな農作物を育てるにも重要なのは“適地適作”だと思います。ゴマは乾燥に強く、雨量が少ない地域でこそむしろ良質なものが栽培できます。農薬や化学肥料に頼らずとも育てやすく、初期費用もかからないので、現地の生産者さんに歓迎されています。生産者さんの意欲も高く、品質のさらなる向上も望めます。

実は当初、生産者グループの多くの方はゴマをみたことがなく、「これが本当に乾季でも収穫ができるのか?」と半信半疑でした。うちのスタッフが現地に駐在して種まきや間引きの指導をし、試験栽培ではなんとか収穫までたどり着くことができました。来期にはもうすこし規模を拡大して、数トン程度の収穫を目指します。

いいゴマがほしい日本と、ゴマの栽培に適したウガンダ。作物を通じて人と人を結ぶという「坂ノ途中」の想いは、海を越え、いよいよ世界規模へ広がりつつあります。

とはいえ、どんなにスケールが大きくなっても、小野さんの活動の核にあるのは、とてもシンプルな、たったひとつのこと。それは未来の人の暮らしを思いやる「持続可能な農業」。そのぶれない想いが今、たわわに実りはじめています。

(Text:吉村智樹)

吉村智樹(よしむら・ともき)
京都市在住・大阪市勤務の放送作家。
『ピーチ流!』(よみうりテレビ)『大阪芸大メディアキャンパス』(ラジオ大阪)など関西ローカルのテレビ・ラジオ番組の構成を手がける。
大阪芸術大学「映像計画学科」(現:映像学科)を卒業後、編集プロダクションにて関西のタウン情報誌の編集に携わる。
情報番組への参加をきっかけに独立し、放送作家として日々、台本の執筆にいそしむ。
「関西の街歩き」をライフワーク、『VOWやねん!』(宝島社)『街がいさがし』(オークラ出版)など路上観察に関する著書、プロデュース書を多数上梓している。