「おとな大学」インターン生が企画・運営する「異学種交流会」
大人になるとはどういうことでしょう。マニュアルのないこの問いの答えを探して、私たちは悩んだり迷ったりします。
精神科医フロイトは、人生の晩年にこう答えたそうです。「愛することと働くこと」。
愛することと働くこと。その二つについて考え、若者が大人になっていくためのユニークな実践を行っているのが、豊島区の若者支援事業「おとな大学」です。
若者支援を行うNPO法人「NEWVERY」に所属し、「おとな大学」ディレクターを務める山本絵美さんに、ご自身が「おとな」になるまでのストーリーと、現在のご活動への想いを伺いました。
大人になる「きっかけ」づくり
「おとな大学」は豊島区と、地域の方の有志が集まり池袋にある閉校施設「みらい館大明」を運営するNPO法人「いけぶくろ大明」、そして「NEWVERY」の三者協働の若者支援事業として、2011年11月よりスタートしました。
豊島区の地域力を生かし学校や会社とは異なる若者の学びあいの場を、これから社会に出る、あるいは社会に出て間もない16歳~29歳くらいの若者に提供しています。
活動拠点である、元小学校だった校舎では、最前線で活躍する多様な職種の「おとな」から直接話が聞ける講座や、学校の枠を越えた出会いを提供する「異学種交流会」、人と本がつながる場をつくる「ブックカフェ講座」などの取り組みが行われています。
人と本がつながる場をつくる「ブックカフェ講座」
参加者は、学生と社会人が半々。山本さんは、模索を続けた日々を経て、今は「おとな」の一員として、インターン生や参加者の若者たちと話し合いながら、企画・運営を行っています。
新しい人に会うこと、新しい本や映画に出会うことは、人生において大きな発見になります。一人の経験は、誰かにとっての大きな力になります。同時に、一人の経験は、すべての人に当てはまるわけではありません。そういう両面性を持っているので、多様な人の話を聞いて、違いを知り、そこから自分の輪郭を見つけていくことが大切なんだと思います。それが視野と可能性を広げることにつながります。
新聞記者、映画会社、そしてNPOへ
「ずいぶん寄り道したようにも思いますが、振り返ってみれば、全てはつながっているんですよね」。山本さんにとっても、”おとな”になることは一筋縄ではいかなかったようです。
「おとな大学」ディレクターを務める山本絵美さん。「NEWVERY」事務所にて。
新聞記者という仕事に漠然と憧れた高校時代。地元・関西の大学に進学した山本さんは、10大学が集う新聞サークルに所属します。活動を通し、他大学と交流する中であることに気が付きます。
学校によって新聞の「カラー」が全然違うんですよね。例えば、スポーツに力を入れている大学があれば、カルチャーを主な取材対象にしていた学校があったり。「メディアは何を伝えて、何を伝えないのか」。そんなことに興味を持ち始めました。
大学で山本さんはメディア学科を専攻。講義を通してメディアについて学ぶ中で、映画に強く惹かれ始めた時期でもありました。特に映画館で映画を観るという、文字メディアにはないあの一体感。「場」の魅力に引き込まれ、大学3年生の就職活動では、映画の魅力を伝える宣伝の職に就くことを目指します。
しかしながら、当時は就職氷河期。映画産業も狭き門でした。周りは就職先が決まり焦りが募るものの、自分に嘘は付けない。「業界のことを改めて調べると、アルバイトから社員になることも多いと知って。作戦を変えました(笑)」。
山本さんは大学4年生の夏、思い切って上京します。映画祭のボランティアをしながら、夜は映画の夜間学校に通う生活。そこで出会った人たちの紹介で、映画のイベントを取材する仕事を経て、映画配給会社の宣伝の職に就きます。
劇映画からアニメーションまで、さまざまなジャンルの宣伝を担当する中で、ドキュメンタリー作品に携わることが増えていきます。作品一覧には、パレスチナ問題や派遣問題など、社会的なテーマが並びます。担当の作品が変わるごとに作品背景の社会問題について勉強をしていたと話す山本さん。
監督たちはもちろん、その時のテーマの最前線の方々と仕事をするので、作品が変わるたびに調べ物をしたり。知らないことの多さに、驚く日々でした。
なかでもある作品に、強い衝撃を受けます。それは、河瀬直美監督の『玄牧(げんぴん)』。自然分娩でのお産を行う医院を題材にしたドキュメンタリー映画です。スクリーンに映し出されたお産の様子はとても穏やかで、山本さんの持っていた出産の「痛い」「怖い」というイメージが一変します。
「出産って、”選べる”んだ」ということを初めて意識したというか。もちろん出産は一人ひとり違っていて、全ての人が自然分娩を選択できるわけではないのですが、当時の私は出産の多様な側面について考えたことがなく、そのことに気付くきっかけになりました。
「何を伝えて、何を伝えないのか」。それはメディアだけでなく、学校教育にも言えることなのかもしれない。宣伝を通して、「高校生にこの映画を見てもらいたい」。そんな想いに突き動かされ、山本さんは「高校生試写会」を企画します。
勉強や部活に多忙な都心の高校生。なんとか集めた約30人からの反響は、想像以上でした。
思っていた以上に、みんなリラックスして、感想を聞かせてくれました。試写会後の監督を交えた座談会では、お母さんから聞いた自分が生まれたときの話、弟や妹の出産に立ち合ったときの話など、おそらく毎日顔を合わせるクラスメイトとも話題にしたことがないことをその場で話してくれて。企画したスタッフ皆で、本当に良い場になったねと話したことを覚えています。
その時、このような普段会う機会の少ない大人と若者がつながる場がもっとあればいいけれど、自分の経験から考えても少ないように思いました。そして、「いまの社会にこういうものがあったらいいな。」と思ったことに、ちょっとでも自分でアプローチができた。そんな感覚を、この試写会を通して持つことができました。
豊島区に導かれて
何かを掴みかけている。そんなタイミングで、東日本大震災が起きます。会社からの帰り道、交通手段が止まり自転車や徒歩で帰宅する人たちと並びながら、山本さんはふと思います。「どんなに大変なことが起きても、いや、だからこそ、人は住むところに帰るんだ」。夢中で東京に出てきてから7年。「住む土地」の重要性に初めて気が付いたと同時に、それを意識してこなかった生活に違和感を持ち始めます。
もっと地域とのつながりが感じられる土地へ。引越しを考えたとき、山本さんが選んだのは豊島区でした。豊島区は文化と歴史を持ちながら、池袋モンパルナス、トキワ荘など、街が若者を受け入れ、育てる文化も持っているところに惹かれたからです。
同時に仕事に対しても、「場作り」に強い関心を持つようになってきました。転職の情報収集をしていたある日。豊島区にあるNPO法人「NEWVERY」のホームページにたどり着きました。そこには、「おとな大学」開校のお知らせとそれにかかわるスタッフ募集のお知らせがあったのです。
見た瞬間、「これだ!」と思いました。何がしたいか、まだ具体的に言葉にできなくてモヤモヤしていたときに、やりたいことが目の前に現れたんです。
応募書類には、今まで携わった映画のこと、あの高校生試写会のこと、熱い想いを綴りました。こうして見事、採用通知を手にします。現在、「おとな大学」のディレクターとして、全体のマネジメント、企画運営を担当し、一年半が経ちました。NPOの仕事は全く初めてでしたが、周りには手助けをしてくれる大人たちがいました。
「愛することと働くこと。それって、生きることそのものですよね」
山本さんの喜びは、「おとな大学」の取り組みに参加して、”ちょっと自分が変わった”という参加者の話を聞くことです。
例えば昨年行ったブックカフェ講座のあと、普段は気にしていなかった本屋の本の選び方や並べ方を一つひとつ注意してみるようになった、という声を聞きました。インターン生の中には、地域にもっと関わる仕事がしたいと、進路を変更した子もいます。ちょっとだけ自分が変わる。それは、いずれは世界が変わることにつながる第一歩だと思います。
また、運営上で気を付けていることは、「なるべく若者にお任せすること」なのだそう。
時には大人がサポートする必要はあります。これから社会に出る、もしくは社会に出てまもない若者は成長過程なので、自信がないところもあります。ただ、みんな社会と自分とのつながりについて考えているし、世の中のことをもっと知りたいと思っている。逆に教えてもらうこともたくさんあります。だから思い切って頼る、任せる。自分たちで工夫してもらう。
すると、大人が考えているものよりもっと発見があったり、おもしろいものが生まれたりする。そういうとき、彼らはすごく輝く瞬間というものがあります。表情、行動が変わっていくんです。
学校の枠を越えた出会いを提供する「異学種交流会」
「おとな大学」が行っているのは、「きっかけ」を渡すことです。ずっと一緒にいることはできないし、世界が変化するスピードはとても速くて、ますます予測しづらくなっています。「おとな大学」が提供するのは、「考える素材を得る」「考え方を身に付ける」「考える機会を得る」こと。答えがひとつではないことに対して自分で考える力を身に付けることが一番大切で、そのきっかけ作りを心がけています。
今後の目標は、おとな大学をさらに多くの人に知ってもらうことなのだそう。関わる人が増えるほどに、出会いの魅力が増していくからです。また、一緒に運営を担うインターン生を募集しているとのこと。
もし、何だかモヤモヤしていて、自分の可能性を信じたいけど信じられなかったら。それはもしかして、自分の中にあるものだけでは答えが出ないかもしれません。そんなときは行動してみましょう。
愛することと働くこと。「それって、生きることそのものですよね」と、山本さんは微笑みます。
例えば人に会うこと、本と出会うことから始めましょう。「おとな大学」で、一緒に一歩を踏み出せたら嬉しいです。
いつか振り返ればきっと、それは一本の道になっているのでしょう。