命あるかぎり、私たちが飽きることなく続ける「食べる」という行為。でもその時、まっくらで何も見えなかったとしたら? そんな驚きの食事を体感できるイベントが、2012年11月、代々木VILLAGEにある「kurkku+(クルックプラス)」でおこなわれました。その名もズバリ「まっくらごはん」。
コンビニ弁当やファストフードは便利ですが、いっぽうでそれらが体に及ぼす影響については無関心である若者が増えています。このイベントは、そんな若者たちへ向けて「saji」というフードプロジェクトを展開し、国内外で活躍するフォトグラファーMIHOさんによるものです。
“とりあえず”おなかを満たしていませんか?
いま食べているものが、10年後のあなたのカラダをつくる 。
それが「saji」のメッセージ。
数年前に実施されたある政府機関調査によると、20代男性で「毎日コンビニに行く」という答えた人は約2割。時間がないからコンビニ弁当で。お金が無いからファストフードで。作るのが面倒くさいからカップラーメンで。それは確かに時間やお金を節約でき、より多くのことを生み出せるようになるかもしれません。
でもそれは、”とりあえず”おなかを満たすだけのものではないでしょうか 。そこには何か大切なものが欠けている気がしてなりません。そうだとしたらそれは、とても残念なことだとMIHOさんは言います。
MIHOさん
米(こめ)文化、和食、和菓子など、日本にはすばらしいものがたくさんあるのに、それをきちんと知ることなくコンビニに走ってしまうのだとしたら、それは本当にもったいない。
フランスで生活していた彼女は、異国の地で日本の食文化の素晴らしさを再発見します。そして感じたのは、自分がそうだったように、多くの日本人もまたそれを知らずにいるということ。そして、食への関心が低い若者たちがいることにも。フードカメラマンであるMIHOさんはそれまで以上に「食」に関心を注ぐようになります。そして日本の若者が抱える食に対する課題、それを改善するために自分には何ができるだろうと考えました。
自分の手で、舌で、感覚で素材を確かめてみよう。自分で作るごはんは、思っている以上に簡単で楽しいし、そして何より美味しいよ!
まずは知ってもらうことからなのではないか。「食」を知る。その入り口のひとつが「まっくらごはん」なのです。
どうして暗闇で?
それにしても、どうして「暗闇」で、なのでしょう?
光のない場所では、視覚という感覚がなくなります。その感覚がなくなったとき、人は「食べ物」や「素材」をどう感じとるのか? そうして改めて食事を味わってもらいたい、とMIHOさんは考えました。
イベント参加者たちは「五味五色五法(ごみごしきごほう)(※)」というあらかじめ与えられたヒントをもとに、いま自分の口に入っているものはなんだろう? 普段の食事では使わない全く別の感覚、それを暗闇の中で研ぎすますのです。
「まっくらごはん」をはじめるきっかけとなったこんなエピソードがあります。MIHOさんが、手軽で栄養値の高い日本のファストフード “おにぎり” のすばらしさをフランス人に伝えたいと思ったときのこと。
恐らく、日本人である自分がにぎるおにぎりと、フランス人のそれとでは味や食感が違うはず。どうしたらそれを分かってもらえるだろう?
友人とそんなことを話していた彼女は、「目で見る(視覚)」以外の感覚がそれをとらえるのでは?ということに行き着きいたそうです。
イベントに話を戻しましょう。会場の外で今か今かと開始を待つ参加者たちは、時間になると一人ひとり暗闇の中へと案内されます。テーブルには5品のお料理が、縦一列にきちんと並んでいます(見えませんが…)。
「はい、それでは一つ目のお料理をお食べください」という合図とともに暗闇に飛び交うのは、「え、なにこれ?」「ああ…あれ?」「ん、わかった…」「あ、おいしい」という声。
「はい、終了〜!」完食したあとの参加者をパッと灯りが照らします。さあみんなで答え合わせ。笑いあり、悔しがる叫びあり、納得できない感あり、話し声は途切れることがありません。そして最後にもう一度、今度は「視覚」とともに同じお料理をいただきます。正解の多かった人もそうでなかった人も、同じ体験をした参加者をつつむのは不思議な一体感です。
※「五味五色五法」:和食の定式で、五味(甘、塩辛、辛い、苦い、酸っぱい)、五色(白、黒・紫、黄、赤、青・緑)、五法(蒸す、焼く、煮る、揚げる、生)のこと。
未来をつくる若者たち
これからお父さん・お母さんになるであろう若者たち。そして彼らの子どもたちは日本の未来です。コンビニ弁当が悪いのではありません。時間がなければ利用すればいい。でも極端に野菜が不足し、かわりに脂質や糖質の多いバランスの悪い食事を摂取し続けるなら…。それは生活習慣病という恐ろしい病を引き起こす原因となっていくのです。
情報が多すぎて大変だと思うけれど、未来のために何が大事で、そのために自分は何をピックアップするのか、そこに意識をむけてもらえたら。
そう語るMIHOさんがとても大事にしていることがあります。「簡単に楽しく」ということです。「saji」の活動は表現力豊か。若者が関心を向けやすいようようにとさまざまに工夫がほどこされているのです。
思わず目がくぎづけになる写真やイラスト。角界のアーティストや職人さんとのコラボレーション。それらの集大成ともいえるのが年1回発行されているフードマガジン「saji」。その根幹には、「いいものを食べていれば、いい思考になり、イライラしなくなる…。食がもたらす心の豊かさやハッピーな毎日を知ってほしい」そうねがう気持ちがこめられています。
忙しい日々を生き抜く私たちは、「食」と向き合うことをおろそかにしてしまいがち。それでも、コンビニで買う内容をちょっと吟味してみるとか、「まっくらごはん」のようなイベントに参加してみるとか。ひとつ行動を変えてみる。その先にみえてくるのは、自分と大切な人との10年後の未来かもしれません。
「saji」について調べてみよう。