一から家作りをすれば、当然、理想の住まいを手に入れることはできます。けれども、誰もが土地を買い、家を作ることができるかといえば、現実はなかなか難しいもの。
じゃあ、そんな家に、賃貸住宅で住めるとしたら?
自然素材で作られていて、菜園があって、自然エネルギーも利用する家…。「こんな家があったらいいな」を網羅(モーラ)していき、それをさまざまな人が居住しやすい「賃貸住宅」として提供したい!
そんなひとりの女性の思いから始まったのが、埼玉県志木市の不動産会社、株式会社ミヤケンが手がける「モーラの家」です。街の不動産屋さんが手がけた次世代の賃貸住宅の形とはいったいどんなものなのでしょうか?
理屈抜きで実感できる、心地良さ
まずはモーラの家の詳細からご紹介します。
モーラの家は、株式会社ミヤケンが企画し、健康とエコにこだわった注文住宅で知られる一般社団法人天然住宅が監修、天然住宅グループのアンビエックスが設計、同グループの素材工房が施工を手がけた、鉄筋コンクリート造2階建ての、テラスハウスが5戸並んだ2LDK+ロフト付きの賃貸住宅です。
引き戸の玄関を開けた1階はワンフロアをまるごと使ったリビングルーム。全体に木の香りが漂い、国産無垢材の床は素足で歩きたくなる心地よさです。
日当たりが良いのにひんやりと涼しく、風が吹き抜ける室内では、真夏でもエアコンが不要なほど。最高気温35度を記録した取材当日は、太陽熱温水器が70度まで上昇し、いつでもお湯が供給できるようになっていました。
螺旋階段を上がった2階には約6畳のお部屋がふたつ。収納もたっぷり確保し、天井高があるせいか、実際以上に広く感じられます。天井の高さを活用して、約4.5畳のロフトスペースも設置し、ファミリーはもちろん、ルームシェアなどもできるよう配慮された間取りとなっています。
天然住宅とタッグを組んだこだわりの賃貸住宅、その内容は?
驚くのは、細部に至るまで考え抜かれた、健康と環境に対する配慮の数々です。外装や屋根には、太陽光を反射し、屋根通気層による廃熱で蓄熱しにくい無塗装のガリバリウム鋼板を使用。
通常よりも固練りにしてコンクリートの寿命を延ばし、断熱性と調湿性の高いウールブレスを断熱材として使用しました。建物自体が長持ちし、外気温に左右されにくい外断熱工法を用いて、夏は涼しく冬は暖かい環境を確保しています。
内装は有害化学物質を使用せず、床や建具には、国産無垢材の杉板を使用。内装には、一部、接着剤を使わず端材や間伐材を竹ひごで繋いだ森林パネルを活用しました。
コンクリート面は、ドロマイトプラスターを主原料にした自然素材で左官を。マグネシウムを含む石灰岩を高温で焼成・消化したドロマイトプラスターは、それ自体が粘性を持つために糊を混ぜなくても利用でき、合成樹脂や化学物質を使わずに済みます。
洗面台、キッチン、バスルームは、石油製品ではないホーロー製を。配水管には腐食によるサビ水や環境ホルモンが溶け出す心配のないステンレス製を採用。基礎の鉄筋から配線、コンセントまでアースをとり、電磁波対策も行ないました。
そしてお部屋の目の前には小さな菜園スペース。その脇には井戸が掘られ、地下50mから湧き出る水は、菜園での水やりや緊急時の生活用水に利用できます。
さらに、屋根に設置された太陽熱温水器でお風呂や給湯器のお湯を供給し、冬の暖房にはペレットストーブを採用するなど、自然エネルギーの取り入れも積極的に行なっています。
これだけのこだわりと設備がそろって、家賃は12万円。近隣の同規模の家賃相場がおおむね10万円から12万円程度ですから、設備などを考えれば割安といってもいいでしょう。自然エネルギーの活用で光熱費は毎月数千円以上の節約が可能ですし、菜園で野菜の自給もできます。
気になる都心へのアクセスは、志木駅から東武東上線で池袋まで約20分。副都心線で渋谷まで直通で行くことができ、有楽町線も直通利用できます。
都心への通勤圏内の街で菜園を楽しみ、健康や環境への負荷がない、自然素材の家に賃貸で住む…。仕事は続けたいけど少しでも自然に配慮した生活をしていきたいという人や、アトピーや化学物質過敏症などで住まいについて見直したい人、自然素材の家を建てたいと考えている人のお試し居住としてもおすすめです。
不動産業にできる第1次産業支援の形
モーラの家は、3代目社長となるお兄さんとともにミヤケンを切り盛りする宮原元美さんが、健康や環境に対する関心を抱いたことがきっかけで誕生しました。
アトピーだった宮原さんは、今から数年前に食に興味をもち、マクロビオティックを実践していた時期がありました。そこから農業へと関心が移り、株式会社リンカという第1次産業支援を行なう会社を立ち上げて、中山間地へと足繁く通うようになっていました。
まず、食への関心から中山間地の有機農家さんのところに援農に行くようになったんです。その頃には、土地はもともと誰のものでもないはずだっていう意識も生まれていて、不動産業からは少し距離を置いていました。
そのうちに森が荒れているということを知って、農業だけではなく、林業にも関心をもつようになりました。国産材が生かされていない現状を見て、それだったら不動産業にもできることがあると感じて、また街中の不動産業に戻ってきたんです。
現在は少しずつ国産材の良さが見直されていて、自然素材の家も増えつつありますが、それはどれも注文住宅の話。自然素材の賃貸住宅は、ゼロではありませんが数も少なく、自然エネルギー付きとなるとほとんど見受けられませんでした。
ひとり暮らしの女性で一戸建てを必要とする人は少数派です。自分の収入と見合わせても、持ち家なんて現実的じゃないし、結婚したらどこかに引っ越すかもしれない。そういう私自身の実感もあって、賃貸で、私自身が暮らしたいと思える家を作れないかと思ったんです。
ちょうどお兄さんの家を新築するという話が出た時、次世代を意識した家を建ててはどうかと宮原さんが提案し、もともと知っていた天然住宅を紹介していました。
お兄さんも関心をもって見学会などに出かけるようになっていて、所有している土地の活用の話が出た時に、宮原さんが構想を描いていた「自然素材、自然エネルギー付きの賃貸住宅」を建設することに、賛成してくれたのだそうです。
都会の人が土のある生活へと踏み出すきっかけに
モーラの家を作った理由のもうひとつが、援農に行くと、農家の人以上に一緒に行った都会の人たちが元気になって帰っていくことだったんです。
都会で暮らしている人って、土のある生活に憧れや興味はあっても次の1歩がなかなか踏み出せなかったりします。地元であれば自分の地の利もあるし、都会の人に次の1歩を踏み出すきっかけを提供できると思いました。
確かにモーラの家がある周辺はいわゆる閑静な住宅街で、移住といった大それた感覚はありません。都心への通勤も問題なし。今までの生活スタイルを変えることなく、自然との共生やエコについて1歩踏み込んだ生活を送ることができます。
宮原さん自身も入居者に!
モーラの家は現在も入居者を募集中ですが、宮原さん自身が住みたい家を形にしたのですから“自分も住みたい!”となるのはある意味必然的なことで、じつは宮原さんも1部屋を借りて入居する予定なのだとか。
たとえば菜園は、野菜を育てるというだけではなく、隣接した菜園を手がけることで住民同士のコミュニケーションの場になるのではないかと考えています。無理矢理イベントをやらなくても、畑作業をしているうちに、バーベキューをやりましょうとかちょっとお茶しましょうというふうに、自然になっていけばいいなと思います。
問い合わせは多く、構造見学会にも多くの人が訪れました。環境系から建築系の関係者、一般の入居希望者まで、当初予想していたより幅広い層の方々が興味をもってくれています。
自然素材で自然エネルギー付きの住宅は事例は少ないけれど先行事例としてはあるわけで、建物としては全然特殊なことをやったとは思っていないんです。ただ、それを賃貸で、しかも都市部でやったっていうことは意味があるのかもしれません。
少しぐらい高くても、自然素材で作られた居心地のいい家に住みたいと思う人が増え、しかもそんな家が増えて気軽に住めるような社会になれば、それによって日本の林業の問題が解決され、環境への負荷も少なくなり、都会でも、健康的で心地いい生活が得られます。
マス(大衆、大多数)にアプローチしていかないと世の中は変わっていかないよってある人に言われたことがあります。この業界の先駆的な立場にある天然住宅さんとお仕事ができて、完成まではとてもスムーズにいきました。あとはこういう住宅の良さをどう都会の人たちに伝えていくかだと思っています。ここからが私の頑張りどころですね。
どこに価値を見出し、何を大切にするのか、モーラの家が問いかけるこれからの住まいのあり方に、新しい価値観のヒントが見えてきます。