アフリカを拠点に活動するNGO「PLAS」。2005年の設立以来、様々な形でエイズ孤児の支援活動を行っています。組織運営なんて全くの素人、という7人の設立メンバーが勢いだけでスタートしたというPLASは、どのようにしていまの姿に至ったのでしょうか。
お話を伺ったのは代表理事の門田瑠衣子さん。「まず、動くことです」と語る門田さんのメッセージは、社会起業を考える人達を強く力づけてくれることでしょう。
1台のベッドに10人の赤ちゃんが寝かされていた
「PLAS」の活動はウガンダの小学校に校舎を提供するところから始まりました。現在は現地の人々にエイズに関する正しい知識を得てもらうための啓発活動なども手がけています。そのきっかけとなったのは、大学院2年生の時にボランティアで訪ねたケニアでの体験でした。
現地NGOスタッフと一緒にエイズ孤児の孤児院を訪ねたのですが、そこにいる子どもたちのあまりの多さにショックを受けたのだそうです。
「エイズが蔓延している」という情報はあったものの、実際に街ではそれほど深刻さを感じなかったんです。でも実は社会の裏側みたいな所に隔離されているというのを見せつけられました。一つのベットに10人くらいの赤ちゃんが並べて寝かされているような孤児院が、いくつもあるんですから。それで日本に帰ってきてから、同じような思いを持っていた仲間達とPLASを設立したんです。
門田 瑠衣子さん
「バイトしてサークルに行く普通の学生」が大変身!
今でこそ勢力的に活動をこなす門田さんですが、大学2年まではバイトしてサークルに行く普通の学生だったそう。大きく変わったのはある授業がきっかけでした。日本人が使う品物を作るために途上国の人たち、モノによっては子どもたちまでもが低賃金で働かされているという事実。そこで居ても立ってもいられなくなって参加したのが、フィリピンのボランティア活動でした。その大変身ぶりは周囲の人も驚くほどだったとか。
それ以来、定期的にボランティアをしに海外に行き、大学院でも難民など国家の庇護下にない人々の安全保障について研究していました。また当事者側の気持ちを知るために、熊本にある地元の村おこしイベントで外国人ボランティアの受け入れもしましたね。だから大学2年を機にガラリと変わったのですが、その時の変わり様はいまだに大学の先生に話題にされるくらいです(笑)。
偏見に賄賂…。次々と起こるトラブル!
門田さんが帰国した頃、ボランティア先を斡旋したNGO「NICE」のメンバー向けのメーリングリストに一通の投稿が流れます。それは「エイズ孤児について語り合おう」という呼びかけでした。投稿したのは門田さんと同時期に、ウガンダでエイズ孤児と会った加藤琢真さん。それを読んで集まった7人で「PLAS」を設立することになります。
とはいえ、と言っても勢いで始めたようなもの。NGO運営のノウハウなんてまるでない素人集団だけに、「これからどんな大変なことが待ち受けてるかなんて全く考えていなかった」と門田さんは言います。そんなPLASが最初に手がけた活動の舞台はウガンダでした。
ウガンダに、エイズ孤児が通う校舎がぼろぼろの小学校があったんです。あまりにぼろいので雨が降ると授業ができなくて。ここに校舎を提供することにしたのです。およそ2ヶ月ほどかかったのですが、前半は私達が現地に行って地元の大工さん達と設計を詰めたりして、後半は20人くらいのボランティアに来てもらって、一緒に校舎づくりをしました。
とは言え、いくら校舎が完成しても生徒が集まらなくては仕方ありません。門田さん達は完成後も地元の人を招いた発表会を開いたりと、様々な案を出しあって実行していきます。そうした働きと、もともと少人数制だったり音楽教育に力を入れていたりなど良い教育方針を持っている学校だったこともあって、多くの生徒が通ってくれるようになりました。
やはりエイズ孤児への偏見が強いので、「エイズの子が来る小学校をつくってもらいたくない」という意見も地元にはあったのです。情報が足りてない地域では、いまだに「エイズは前世の因縁や悪霊によるもの」なんていう迷信があって、差別の原因にもなってたりしますからね。他にも役人に賄賂を要求されたこともありました…(苦笑)。
トラブルは続々と起こります。大工さんとのコミュニケーションもうまくいかず、法外な報酬を要求されたり、現場に来てくれない人の家まで押しかけることもあったとか。ですが校舎づくりを続けていくうちに次第に住民たちの態度が変化していきます。力を貸してくれる人が一人、また一人と増え、地域全体でバックアップしてくれうようになったのです。
「問題の解決には、やはり対話とコミュニケーションが大事なことを実感しましたね」と、門田さんは確信を込めてそう言います。地道な対話こそが、道を拓いていくのです。
日本人が大挙して押しかけてコンクリートの床の上に寝袋一つで寝ながら、ウガンダの子どものために学校建ててる姿がどこか響くものがあったのかも知れません。決して豊かとは言えない暮らしをしている現地の人が心配するくらい、粗末な生活で大工仕事してるんですから(笑)。最後の方には大工さん達までもが「今後はボランティアでやらせて欲しい」と申し出てくれたんです。
保護者達を巻き込んだ学校運営に
こうして軌道に乗り始めた小学校ですが、もうすでに「PLAS」の手を離れています。目標はあくまでも現地の職員たちが、自分たちだけで持続的に運営していくということ。帳簿なんてつけたことがないという職員達に収支の記録をする方法を教えるところから始めたのが、今では事務的にも経済的にも完全な自立を果たしているのです。
運営の方針として重視したのが、エイズ孤児や親がHIVに感染してしまった子どもの通学の無料化と、財務状況も含めた完全なオープン化。こうした試みが生徒たちの親に意外な影響を与えます。
苦しい財政状況も全て正直に知らせていたら、無料のはずの家庭まで、自主的に学費を払ってくれるようになったんです。一般の家庭からは学費をいただいていましたが、とても満足な状況とは言えません。それを知った保護者達が「自分たちにも学費を払わせてほしい」と、言ってきてくれて。
もちろん全額ではありませんが、学校運営について当事者意識をもってもらえたのが良かったのだと思います。
設立後2年はバイトと掛け持ち。でも続けたかった!
アフリカと日本を行き来するにはそれなりの資金が必要となります。資金繰りはいつでもどこでも頭の痛い問題となりました。
ウガンダでの活動資金はワークキャンプ(合宿型ボランティア)の参加費として調達しました。同じような方法はその後の活動でも重宝したのですが、とても満足とは言えません。頼みの綱の寄付は、設立したばかりで実績のないNGOにはなかなか集まらないのです。
「JICA」の助成金がもらえるというかなり例外的なラッキーもあったものの、門田さん自身、設立してから2年くらいは3ヶ月バイトして資金を貯め、3ヶ月アフリカ入りするといったペースだったそうです。
そうやっていくうちに少しずつ実績が積み重なってきます。すると私みたいなお願い下手な人間でも、寄付のお願いをしやすくなりますし、サポートしてくれる個人や企業も出てきます。そうした方々のお陰で、なんとかそれらしく資金繰りすることができるようになってきました。
ETIC.さんで会ったメンターに組織運営について色々とアドバイスをいただけたのも大きかったですね。
こうして”素人集団”から徐々に脱却していく「PLAS」ですが、新たな問題に直面します。創立メンバー達が就職などの事情で思うように活動のための時間を確保できなくなってしまうのです。そんな中、門田さんが「PLAS」に専念することに決めたのは、このまま活動が小さくなってしまうと考えた時に「なんとしても続けたい」と思ったからでした。
まず動く。現場に行かなきゃ当事者の方々と思いを共有できない。
門田さんが考える今後の目標は、もっと多くの国に現地支部を設置すること。それも日本の本部が各国の支部を直轄するのではなく、支部の全てが対等な関係で助け合うのが理想だそうです。ボランティアに全く無縁だった女子大生がNGOの代表として活躍する。その過程で学んだのは「まずは行動すること」の大切さだそうです。
心の底から何かをしたいという気持ちって、実際に現場に行き、そこの当事者の方々と思いを共有しないと得られないものだと思うんです。だからとにかく動いてみる、現場に出向いてみるということが大事なんです。
「自分には準備が足りない」と思っていたら、いつまで経っても何もできない。できる自分になるのを待たずに、背伸びしてでもすぐ始めてしまった方がよい。これから社会的起業をする人たちに、門田さんはそう薦めています。
門田さんも現地でのやり取りは英語で行なってますが、留学経験などありません。学校や大学の課外授業で習っただけの英語力で現地に飛び込み、スタッフたちとコミュニケートしているのです。
存在自体に価値がある。そうエイズ孤児に伝えたい。
ウガンダの学校の後にも、経済的自立を手助けするためケニアの学校で菜園を作るなど、様々な支援を手がけていきます。こうした地道な活動を続けていくことで実績やノウハウが蓄積され、人のつながりも広がって行きました。
少しずつ、これまで見えなかったものも見えてくるようになるなかで、いま力を入れているのは現地での啓発活動。エイズへの知識不足が差別や感染拡大の原因となっていることを、門田さんはひしひしと痛感したのです。
特に必要なのが、母子感染についての啓発です。例え母親がHIV陽性者でも、出産時に適切なケアをすれば子どもが感染する可能性を3%以下にまで落とすことができるのです。それを知らないがために感染してしまう子どもがたくさんいるんです。
この活動ではまず現地で啓発リーダーを育成し、その人達を通じて地域住民達に情報が伝えていくという仕組みです。これまで各地で実績を積んだことが認められて、国や県知事などの協力が得られたのがとても大きな力になっているのだそうです。
私がエイズ孤児達と会ってショックだったのが、彼らがお父さんやお母さんが亡くなったのは自分たちのせいなんだ、自分が悪い子だからなんだ、と自分たちを責めてしまっているということでした。それで自分たちに生きていく価値がないと思っている。
でも誰にだって生きる価値はあるし、何かができるから、生きる価値が生まれるわけでもない。存在自体に価値があるんです。私は「PLAS」の活動を通じて、そういう事を多くの人に伝えていきたいですね。
門田さんのメッセージに共感したら、まずは「PLAS」の活動に関わってみては?迷ったらまず行動する。そうしたらきっと何かが見えてくるはずです。
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