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貧困の連鎖から学びの連鎖へ。子どもに学びの機会を設けながら次世代のリーダーも育成する「Teach For Japan」 [マイプロSHOWCASE]

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ある国では、7人に1人の子どもが、学校で学ぶためのお金が足りずに困っています。家庭の経済的な理由によって 、学用品の費用や給食費を出せないんです。

これ、どこの国の話だと思いますか?
実は先進国であるはずの、ここ日本で起きていることなんです。

現在、日本では全国の児童・生徒(小中学生)の約15%にあたる155万人以上が生活保護を受けられる世帯、あるいはそれに準ずる世帯に育っており、国や地方自治体から支給される「就学援助」の対象になっています(2010年度文部科学省調査)。

残念ながら、親の世帯収入が低いほど子どもの学力が低いことが、文部科学省の全国学力・学習状況調査により明らかになっています。また、学力の低い高校と高い高校では、大学進学率に大きな差があります。さらに、学歴は社会に出た後の年収にも影響します。いわば、貧困の連鎖(再生産)が日本でも起こってしまっているのです。

「親の経済環境が子どもの未来を左右してはいけない」、その強い思いをもとに今動き出しているのが、NPO団体「Teach For Japan」です。教育現場とのネットワークを築き、学ぶ意欲を育てることを重視した学習支援事業を行っています。昨年の東日本大震災被災時には、避難などで学習に遅れが出てしまった生徒への学びの場も開設。それは今でも続いています。

子どもを教えながら、教える側も成長する

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寺子屋くらぶの様子。地域の施設で行うこともあれば、学校で実施することも

2010年に前身の団体が誕生し、今年1月にNPOの認可を受けて正式に発足した「Teach For Japan」は、東京や大阪、宮城、福岡など全国10拠点で活動中。各自治体の教育委員会や福祉系団体、NPO法人等と連携して、放課後の学習支援プログラム「寺子屋くらぶ」を運営するほか、学校現場へ教師を派遣するプログラムもスタートさせています。

期間を区切って行われている寺子屋くらぶは、その地域のニーズに合わせて5日間や3カ月間などさまざま。各地のスタッフが更新しているそれぞれのブログには、「子どもたちの集中力は相変わらず凄まじい!」(東北事業部)、「最終日のテスト、いきなり90点の大台が出ました!!!」(関西事業部)と、プログラムでの子どもたちの様子が生き生きとつづられています。

中には、プログラム最終日に生徒を見送ってから、あふれる涙が止まらずにタオルに顔をうずめる学生教師の姿も。そう、寺子屋くらぶでは原則的に、「Teach For Japan」の選抜試験を通過し、研修を受けた学生が教師として指導にあたっているんです。

単なる学力の向上ではなく、どうしたら子どもが学習意欲を持ち続けられるかという命題に取り組む中で、教師たちも成長していきます。一人ひとりの子どもと信頼関係を築きながら、ほかの教師と連携してチームで子どもたちに向き合うには、高いコミュニケーション力やリーダーシップ、それからチームビルディングの発想も重要です。

この経験自体が教師にとっての“課題解決”であり、リーダーになるために必要なスキルを身に付ける場にもなっているんです。子どもが学び、同時に指導する大人も学ぶ。このような学びの連鎖が生まれるのが、Teach For Japanの仕組みの大きな特徴です。

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何かほめられたのかな、嬉しそう。子どもの学ぶ意欲を引き出すことが大切です

このプログラムの元になっているモデルは、アメリカにありました。深刻な教育格差を解消するために1990年に活動を開始したNPO団体「Teach For America」は、大学を卒業した優秀な学生を2年間、教育の現場へと派遣しています。

2011年度の教師の採用は、およそ5,200人。派遣後はそのまま教育現場に残る人のほか、企業へ就職したり起業したり、政界へ進んだりとさまざま。2010年までに全米の43地域1,600校以上の学校に、延べ3万人以上の教師が派遣されており、その教育に触れた子どもは300万人にも上るそうです。

活動開始から20年以上経っているアメリカでは、かつて子ども時代にスラムの荒れた学校で「Teach For America」の派遣教師に出会い、学ぶ意欲を得て大学まで進学した人が、今度は自分が派遣教師となってスラムへ戻っていっています。彼に教わる子どもにとって、彼はまさしくロールモデル。自分の力で貧困から抜け出す、大きな一歩になっています。

アメリカで展開中のTeach For AMERICAは学生の進路希望1位

「Teach For America」のモデルを日本に取り入れたのが、「Teach For Japan」代表理事の松田悠介さんです。元々、中学生の頃に自分の支えになってくれた体育の先生の影響で、体育教師として勤めていた松田さん。でも、実際の教育現場で直面したのは、現場の教師の忙しさ、子どもに十分に向き合えない状況、さらに現場からはどうにもできない格差の問題でした。

客観的な視点で日本の教育を考えたいと、2008年にハーバード教育大学院へ留学。そこで「Teach For America」の活動を知り、すでにアメリカを含め世界22カ国で展開されていたこの活動に衝撃を受けたといいます。日本での実現可能性を探った松田さんの修士論文は、そのまま「Teach For America」への企画書となり、数年の準備期間を経た今年1月、日本が正式にこの活動を束ねる世界規模の組織「Teach For All」の23カ国目の加盟国として認められました。

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Teach For JAPAN代表理事 松田悠介さん

驚かれるかもしれませんが、今や「Teach For America」はAppleやGoogleなどの企業を抑えて、全米の大学卒業生の進路希望ランキング1位なんです。

と、松田さん。なぜ、そんなに人気があるのでしょうか?

一番の理由は、自分自身の大きな成長につながるからでしょう。スラムなどの貧困街で育った、何もかもに投げやりになっているような子どもと向き合うのは、生半可なことではありません。そこで必要なのは単なる頭の良さではなく、子どもの心を開かせて信頼を築くリーダーシップや、みずから課題を発見して解決できる力です。2年間のいわば修羅場を経験することで、人間的にすごく鍛えられるんですね。

そういう素質がある人を厳しく選んでいるので、簡単には採用されませんし、20年以上におよぶ実績が社会的にも認められているので、今ではこのプログラムに参加することが学生のある種のステータスにもなっています。

さらに、リーダーシップや課題解決力を駆使して社会的な問題に取り組んできた人材は企業の注目を集め、高く評価されています。だから、参加者の2年後の進路は多岐に渡り、教師や教育委員会はもちろん、コンサルティングや金融、行政、政治などに及んでいます。そうした卒業生が、各業界で活躍しながら生涯をかけて教育格差の課題解決というミッションに取り組んでいる姿もまた、優秀な学生の参加意欲を高めている面もあると思います。

子どもの可能性を広げることで養われるリーダーとしての素養

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被災地から避難している子どもを対象にした、江東区のプログラムのみんなでパチリ

20年以上におよぶ「Teach For America」の活動は、アメリカの教育に短期的、中期的、そして長期的な3つの効果をもたらしている、と松田さんは話します。

まず、厳しい環境にある子どもたちの学習意欲が向上すること。子どもの可能性を信じ、まっすぐ向き合ってくれる大人と出会うことで、子どもは「自分はできるんだ」と自信を持つようになります。そのためには、教える側の人間性に加えて、子どもに自分で計画を立てさせて達成させるプロセスも大事です。

中期的な効果とは、教育の道を最終的なキャリアとして考えていない人材を巻き込めていること。プログラム開始時のアンケートでは、教育者を目指す人は6-7%で、期間が2年に限られていることが参加のハードルを下げていることが分かります。でも、あまりにやりがいがあるために、終了後には教員など現場のほか、学校や教育系NPOの設立、教育省などを含めて全体の7割近くが教育分野に残るそう。社会的な課題に肌で触れる、貴重な経験になっているわけです。

さらに長期的な効果は、この強烈な経験でリーダーシップを養った人材が、社会のさまざまなシーンで活躍していくことです。元々リーダーの素質がある人を選抜していますが、自尊心を失いかけている子どもと関係を築く中でそれが磨かれるので、彼らは企業に就職してもマネジメントの手腕を大いに発揮しています。

彼らは教育の力を信じていますし、教育によって未来が変わるという手応えを持っている。そういう人が経済界や政界でどんどん活躍すれば、教育を社会全体で解決しようとする文化も広がっていきます。

「Teach For America」の成果を知れば知るほど、これは日本の教育を根本から変える可能性があると強く思うようになりました。日本はかつて「一億総中流」と言われ、今でもその意識でいる人が大半だと思いますが、実は教育格差の問題は深刻です。現に、私が活動する中で知ったある九州の学校では、クラスの7割の家庭が生活保護を受けているんです。

得るものがなければ続かない
教える側の成長を重視し継続的な参加を促す

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学生教師のための研修。理想の教育をみんなで考えます

留学を終えて帰国した松田さんは、企業に勤めながら「Teach For Japan」設立の準備に奔走。実際の運営をスタートさせられる手配を整えて退職、この活動に本腰を入れる力強い姿に、賛同者も増えていきました。誰かがリスクをとって旗を揚げなければ、同じような問題意識を持っている人も様子見のままだったかもしれません。

目に見えて活動が動き出したことで、ネットワークも全国規模へ広がっていきました。メディアに取り上げられることも増え、今では各地の保護者や自治体から「実施してほしい」と声がかかっています。実際の子どもへの効果は、テストの点数から子どもの気持ちの変化まで、定量的・定性的にくまなく調査して実施内容の改善を図っています。

実は、放課後を利用した期間限定の学びの場を設け、現役の学生が指導に当たる、という仕組みは日本独自のもの。「『教えることで成長する』体験をもっと多くの人に、若いうちにしてもらいたい」との考えで生まれた、「Teach For Japan」オリジナルのアイディアです。

新卒入社が一般的な日本では、教育者を志す人でなければ、卒業後に2年間も教育現場に携わろうとする人はアメリカほど多くはないでしょう。それに、学校の現場に参加するには時間もかかります。そこで、現役の学生に門戸を広げ、冒頭で紹介した「寺子屋くらぶ」という形で地域に合わせた学習支援を始めたのです。

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研修の仲間と。プログラムを通してリーダーシップや課題解決力も養います

これまでに参加した学生教師は、約250人。学生教師になるには、書類選考に面接、グループワークと、アメリカ同様に厳しい選抜があり、さらに手厚い研修を経てようやく指導にあたっています。

「Teach For Japan」では、子どもの変化と同じくらい、指導する側の変化や成長を重視しています。なので、寺子屋の実施期間中にも幾度となく学生教師同士のロールプレイやフィードバックを実施し、松田さんをはじめサポート側のスタッフも彼ら一人ひとりに目を配っています。「得られるものがなければリピートしない」と松田さんは厳しい口調で話します。

例えば震災後、多くの教育団体が支援に乗り出しましたが、その8割がすでに撤退していると聞きます。いくら社会的に意義があることでも、単なるボランティアでは続きにくいんです。かたや、私たちのプログラムに参加している学生教師はその7割がリピートしてくれる。だから、指導を通して彼ら自身が手応えや達成感を得て、自分の成長を実感できることが、活動を続けるのに何より重要なんです。

実際に学生教師という仕組みを取り入れてみると、彼らの学ぶ姿勢や教育への真剣な思いに驚かされることも多く、「教えながら学ぶ」ことは学生にも十分にニーズがあったと実感しました。問題意識があってもそれを活かす仕組みがなければ、思いが行動につながることもないんですよね。

「自分も教師に」一歩を踏み出すことから未来は変わっていく

全国各地で展開中の「寺子屋くらぶ」に加えて、学校の現場に参加するプログラムも推進しています。2011年度、神奈川県内の公立中学校と提携し、初めて年間を通じた派遣プログラムを実施しました。現在は、他国と同様の2年間の教師派遣を2013年度からスタートさせるべく準備中。こちらは新卒者や若手社会人のほか、大学院生でも休学しての参加が可能です。

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2011年度は1年間、実際の学校現場に立ちました

日本には塾という独特の文化があり、この費用を払えるかどうかが、学力や学歴に少なからず関わっています。しかし、やはり義務教育レベルの学力保障は9時から3時の正課内で行われるべきだと考えているので、今後はいよいよ学校現場との連携に力を入れていきます。

学校は閉鎖的だとよくいわれますが、そういうイメージや状況を作り上げたのは社会だと私は思っているんです。学校以外の場所に教育現場のことを知っている人がいないから、例えば民間企業と連携しようと思ってもコミュニケーションが成り立たないケースがたくさんあります。私たちのプログラムの卒業生が社会のさまざまなシーンで活躍し、学校と社会との間をつなぐ役割を担ってほしいと思います。

目標は、50年後に日本の教育格差をなくすこと、と松田さん。NPO単独でできることには限界があるからこそ、プログラムの卒業生が社会に出てどんどん活躍してくれることを期待していると話します。子どもを教えることで大人が成長する、この好循環が、ひいては次世代の教育環境の改善へとつながっているんですね。

先日、震災を受けて避難した地域で寺子屋くらぶに通っていた高校生が、「自分も将来は教師になりたい」と言ってくれたそう。被災し、転校し、勉強なんて放棄してもおかしくなかった状況から将来の夢を見出してくれたことが、松田さんは本当に嬉しかったと話します。彼を指導した学生教師も、大きな手応えを感じているはずです。

総じて豊かだと思っていた日本で、意外にも深刻化していた教育格差の問題。でも、「Teach For Japan」に集まる学生やスタッフのように、一歩を踏み出すことから学びの連鎖が次々と生まれています。

学生教師や年間を通じた派遣教師に興味を持った人は、随時募集中なので、ぜひWEBサイトを訪れてみてください。それがあなたの一歩になるかもしれませんよ。

(Text:タカシマトモコ @tomotks

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