「CSV」は耳慣れない言葉かもしれませんが、経営学者のマイケル・ポーターがCSRの次の概念として提唱している「Creating Shared Value」=共有価値の創造を意味します。
今回は、「CSVとはいったい何だろう?」ということを、「企業(コーポレート)」と「起業(アントレプレナー)」の2つのセッションそれぞれで議論し、その結果をシェアするという形式で考えて見ました。
こちらでは「企業(コーポレート)」セッションの様子をレポートします。
ご登壇いただいた方々
「企業(コーポレート)」セッションのゲストは、雑誌オルタナ副編集長の木村麻紀さん、ガリバーインターナショナルの北島昇さん、富士通研究所の岡田誠さん、本田技研工業の篠原道雄さんです。まずは話題の提供としてそれぞれにライトニングトークをお願いしました。
木村麻紀さん(雑誌オルタナ)
最初は木村さんから「CSV」について整理をしていただきました。オルタナは環境とCSRにフォーカスしたビジネス誌で、2010年の8月号では「ドラッカー、コトラー、ポーターのCSR」を特集しています。
コトラーは2008年の『競争優位のCSR戦略』のなかで、「本業と離れた所ではなく、企業の中心に戦略的CSRを据えることで社会貢献と企業の利益の両立という『新しい価値』を創造できる」と述べています。そして、その新しい価値とはどういうもので、それによって資本主義社会はどう変わり、企業はどう対処すべきなのかについて書かれたのが『共通価値の戦略』(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年6月号)です。
ポーターの「企業は社会と共有できる価値を創出せよ」というメッセージを、木村さんは「win-win-win」の関係を生みだすことと言い換えます。例えば、「フェアトレードの商品を買うのはCSRだとすると、オーガニックの商品を扱うために生産者を育て上げるのはCSV」であり、それによって企業としては商品価値が上がり、生産者は収益が上がり、環境負荷も低減して社会も得をするのです。
北島昇さん(ガリバーインターナショナル)
続いてガリバーインターナショナルの北島さん。中古車の下取りと販売を行うガリバーは、震災直後の3月14日に被災地に車を1,000台届けるということを即断し、誰に車を提供するかを決めるために、ソーシャル・ワークショップサービスBlabo!などソーシャルメディアを活用しました。その一連の動きが「タッグプロジェクト」です。
北島さんは「すぐには行政が機能していなくて、車を渡したくても渡せない状況の中で、どうすればいいのかわからなかった。そこで、わからなかったら聞けばいいという発想でタッグプロジェクトをはじめた」と言います。
ただ車を渡すだけではなく、ヨガの先生を一緒に被災地に行き、その際に声だけでも届けたいという人たちの言葉を車に書いて被災地に届けるということもしました。そしてその経験から「車が何かと出会って新たな価値を生むということが実感できて、車が持つソーシャルバリューというものを体感できた」と語ります。
岡田誠さん(富士通研究所)
次は岡田さん。富士通研究所は未来のステークホルダーを想像しながら新しいサービスやプロダクトを考えるフューチャーセンターという取り組みで、認知症という課題に取り組んでいます。
「企業にとって認知症という課題がどういう意味があるのかを研究する中で、象徴的な場面に出会った」と言いながら、ある写真を見せてくれました。その写真というのが、温泉旅行に行った際、認知症の方を囲んでその家族、福祉関係者、旅行会社の人みな笑顔を浮かべているというもの。
「これは立場の違う人達が認知症の方を笑顔にしようとしている、そういう写真」であり、「立場の違う人たちでも『これをやりたいな』と同じゴールを目指すのが共通価値を作るという事かなと思っている」と言います。
そしてフューチャーセンターは「未来に関係するかもしれない関係者を巻き込む場であり、実際に富士通とNECが一緒に取り組んでいますが、競合他社でもこの場では仲間になることができるのです」と締めくくりました。
篠原道雄さん(本田技研工業)
最後は篠原さん。「本田技研が提供しているのは、移動する喜びであり、その個人の価値を創造することです。ただ個人の価値の追求によって生まれる社会への悪い影響については、CSRという言葉が叫ばれる前からずっと、責任をもって取り組んできました」と言います。
その例として、60年代に誰も取り組まなかった排ガスの少ない自動車を売りだしてロサンゼルスに青空を取り戻したこと、2000年頃にタイでそれまで主流だったツーストロークに変えてフォーストロークのバイクを導入し、2003年にはシェアを70%に伸ばしつつ、大気汚染を緩和することに成功したことを挙げます。
そして、今回の震災ではインターナビのフローティングデータ(インターナビを搭載した自動車の実際に走行データ)を使って、道路が通行可能かどうかをGoogle Mapに載せるという決断(関連記事)を11日当日にし、14日には公開したという事例もご紹介いただきました。
駆け足ながら内容の濃い話の後、それぞれにもう少し踏み込んだ話をお聞きしました。
それぞれにとっての”CSV的なもの”
北島さんはタッグプロジェクトが成り立ったプロセスについて、ガリバーという企業がそもそも「世の中になにか起きたとき、『出番だ』という気持ちになる」という体質があると言います。また昨年、ビルボード広告を首都高沿いに掲出する際キャンペーンのキャッチコピーをBlabo!を使って募集した経験があったため、「ソーシャルメディアの力を信じる」という決断がすぐできたそうです。
岡田さんは、認知症フレンドシップクラブというNPOと一緒に活動をしています。認知症というフィールドを選んだことについては、「みんなが乗ってきやすいイシューだった」と振り返り、「未来のステークホルダーが集まるためには、『強い思いを持った問い』が必要です。「高齢社会の課題」と一般化してしまうとつながりが弱くなる。」と言います。日本には実は認知症患者が250万人おり、25年後には445万人と推定されています。「日本に住むほとんどの人が直面する、ほぼ確実にくる未来です。ある意味、十分、企業がかかわるに足る規模なのです。」と付け加えました。
篠原さんはインターナビを使った運行実績情報マップについて、「2007年の中越地震の時に、インターナビによって道路の運行状況が把握できることに気づいた」と言います。そして、「3月11日直後、行き止まりの道だけでなく、津波の水がここまで来ているというようなこともわかってきた。そこですぐにGoogle Mapに載せようということで動いた。地震の支援に役立たないかという目を持ってやっていたことで、非常に早く対応できたのだと思う」と説明しました。
ここで木村さんから「ご自身の会社で、次に取り組みたい社会的課題は何でしょうか?」という質問が。
これに対して、北島さんは「被災地への支援を社内的にも持続可能な取り組みをして行くこと。そのためには出来ることをしっかりやること」、篠原さんは「世界を見ると何十億の人達が移動手段としての車を手に入れる。その時にエネルギーを使わないような車をどう提供するかということ。もうひとつは高齢化していく中で、安全を確保するために車がどこまで人を支援できるかということ」、岡田さんは「働く意味を考えたい。大きな課題もありますが目の前の課題を解決することも大事で、そのためには私達自身が働く意義をちゃんと考えること」とお答えいただきました。
質疑応答:CSVは企業活動のど真ん中にある
トークセッション後は一度となりの方と感想をシェアし、その後で会場を巻き込んだ議論の場となりました。
最初のコメントは、実際にタッグプロジェクトでガリバーから車を提供していただいたという方から北島さんへ「たくさんのアイデアがある中で、どう優先順位を決めていましたのか?」という質問が。北島さんは「すごく悩んだけれど、最終的には”取り組み自体に優劣をつけない”と決めることにしました。最終的には全て時系列なんです」とお答えいただきました。
次の質問は「CSVを企業価値と社会価値の両立と考えると、これを本質的に追求している会社というのは殆ど無いと思うが、CSVを実践していくためには何が必要だと思うか」という非常に難しいものでした。
これには岡田さんが「もともと日本の会社というのはCSV的発想でやってきているのではないか。誇りに思えるから働くと胸をはって答えられる時点で、その仕事はCSVなのかもしれません」と答えます。篠原さんは「我々のもともとの仕事は価値をつくることなんです。個人に売るんだからCPV(Creating Personal Value)を提供する会社、今後もそれを追求していけば、エネルギー消費量やCO2が少ないという形で社会に対しても価値のシェアが出来るんじゃないか」と答えると、岡田さんは「もしかしたらCSI(Creating Shared Issue)のほうが先なのかもしれません。課題を見つけて共有することで、どんな新しい価値をつくっていけるのか一緒に話せる土台ができる。」とさらに新たなキーワードを提案しました。
北島さんも「昔から日本の企業はCSVだったというのは肌感がある」といった上で、「世に言うCSRとマーケティングが混ざり合ってきているという実感はあるが、取り組むべき課題があいまいなまま、ブームだからとCSVというフレームにはめようとするのはすごく怖い」といいます。「個人でも企業でも、いま自分だからできることを見つけてそれを素直に始めて見ることが必要ではないか。」とコメントしました。
最後に木村さんが「CSVの原点となる「課題を見つけていくこと」を通り越さなくてはCSVを語るべきではないということを確認できたんじゃないか。課題を発見するためには一人一人が当事者となって参加できるプロセスが必要で、それが組織の中で出来る時代が来ている。いま、若い世代のビジネスパーソンは社会貢献意識を持っている方が増えているが、そういった課題を発見することを大切にする風土のある組織じゃないと、意識の高い若い人を受け入れることができない。それが競争力につながっていくそんな時代のスターティングポイントに立ったのかなというのを非常に強く思いました。」と感想を述べました。
最後に編集長のYOSHより、「既にCSVに取り組むコーポレート側と、個人の思いから新しいビジネスをはじめているアントレプレナーが一緒になることで、企業は新しいビジネスチャンスに気づき、起業家は事業をスケールしてゆくことができる。もちろんお互いを単に”利用する”のではなく対等の立場で課題を共有し、コラボレーションしながら共通価値をつくっていく、そんな時代に入っているのかもしれません。」と締めくくりました。
この後は、今回の目玉である、「企業(コーポレート)」と「起業(アントレプレナー)」セッションそれぞれの参加者が出会い、感想をシェアする時間が設けられ、会場全体で気づきを共有しました。
最後に両方のセッションのゲストの方々から一言ずつお話いただきましたが、ゲスト自身も「CSVについてよく知らなかったが、自分たちが既にやっていることに近いのでは」と言っていたのが印象的でした。
起業側からも企業側からも、CSVを通じてビジネスと社会的課題の距離が縮まってきている感じがあるということが伝わってきて、まさに企業と起業が交わり合う今回のカンファレンスと同じことが、世の中で起こりつつあるのだということが感じられました。
ソーシャルイノベーションのフィールドで、多くの優れた企業と起業家が集まったこの素晴らしいイベントに満足しています。
「企業(コーポレート)」セッションでは、いかにCSRからCSVへシフトしていくのかを学ぶことができました。企業が行うものであっても、高い社会貢献性があることが求められているのも興味深いことでした。ホンダ、富士通などこの分野で進んでいる企業の具体的な取組みを知り、大変参考になりました。
一方の「起業(アントレプレナー)」セッションでは、さまざまな若い起業家による草の根での活動を知ることができました。社会をよりよく変えていこうとする意欲に、ただただ感心いたしました。
交流会のセッションでは、参加者同士がよりスムースに意見交換できるように、ダイナミックな方法で会場を使用したレイアウトは大変効果があったと思います。ご参加いただきありがとうございました。
「起業(アントレプレナー)」セッションのレポートも読もう!