すっかり梅雨も真っただ中ですが、6月と言えば衣替えの季節。夏の服をクローゼットから引っ張り出してきたものの、ツンとしたナフタリンの匂いがなかなか取れなくて困ることがありませんか?
最近では防虫剤としてナフタリンなど化学合成品がよく使われますが、かつて日本ではクスノキからつくる“樟脳(しょうのう)”という天然成分を使っていた時代がありました。匂いを嗅いでみると、ナフタリンと違って、柑橘系の爽やかなと言ってもいいような香り。絶滅寸前だったこの樟脳に価値を感じて、復活させたブランドがあります。
樟脳(しょうのう)って何?
樟脳を使った防虫・防臭剤のブランド「日向のかおり」は、日本で残り一軒だった樟脳の生産を宮崎県で新たに始めて立ち上げたもの。
そもそも樟脳って何?と思われる方も多いのでは。クスノキのエキスという意味ですが、簡単にその製作過程を説明すると、クスノキをチップにして水蒸気で蒸らし、冷やしてできる結晶から水分や油分を抜いて乾燥させます。そうしてできる真っ白い成分が天然樟脳の結晶粉末です。「日向のかおり」では、これをそのまま袋詰めにしたものと、樟脳油を入れたシリカゲル状のものと2種類の商品を用意しています。
今回、サンプルとして送っていただいたのはこんなもの。
個人差もありますが、不快な匂いじゃないと言われるお客さんも多いのだとか。私には、メンソール系に柑橘系のすっとした香りが混じって感じられ、むしろよい香りかも?と思ったくらい。
実は、今でこそ国内で樟脳を生産しているのは、「日向のかおり」の生産者と、もう一軒福岡にいる生産者のみですが、20世紀の初め頃、日本は世界最大の樟脳生産国だったと言います。樟脳は、1600年代の江戸時代に韓国からその技術が伝えられ、昭和34年頃まで作られていました。塩やタバコと同じ専売品で、映画のフィルムに使われるセルロイドの原料でもあったため、かなりの量をアメリカを初め世界各国に輸出していたのだそう。まだ記憶に新しい『竜馬伝』に登場した岩崎弥太郎が土佐商会で外国を相手に商売しようとしていたのが、まさにこの樟脳の輸出でした。
それが、昭和34年以降、日本での生産量はどんどん減り、この「日向のかおり」の元になるプロジェクトが始まった5年前には、福岡県に一軒残るのみ。なぜ、そんな樟脳をわざわざ復活させたのでしょうか?
宮崎県日向市の森林組合の協力で進んだ、樟脳(しょうのう)復活への歩み
今、販売面で「日向のかおり」をサポートしている柳沼覚さんに伺いました。
もともと、林野庁が進める“木づかい運動”に仕事で関わる中で、各地域に放置された森や、材木の再利用の問題などを検討する会に参加していました。そこで出会った方が、樟脳に目をつけて新たに商品化を検討するプロジェクトを立ち上げられ、私もそこに参加したのがこのブランドに関わるようになったきっかけです。宮崎県日向市の森林連合組合の方々が大変協力的で、みるみる間に試作品ができ、製品化への道筋ができました。
中でも熱心だったのは、今「日向のかおり」の販売主でもある藤山健一さん。使われなくなっていた地元の工場を安くで譲り受け、リサイクル品を使って製造工場を短時間で作り上げました。
森林組合のメンバーも、林業に将来性が見いだせず何か新しいことをやってみなければという気持ちが高まっていた時期だったと言います。メンバーで当時唯一残っていた福岡県みやま市の生産者の元へ視察に出かけ、そのやり方を教えてもらいながら、より効率的に改善をして、樟脳づくりの試行錯誤を繰り返しました。
ところが、生産の方が何とか形になりそうな目処が立ったにも関わらず、難航したのは販路でした。コストを埋めるだけの販路が見出せず、プロジェクトは消滅寸前にまで追い込まれます。
パッケージの担当をしていた柳沼さんは、一年毎に日向市を訪れる機会があり、この話を仕掛けた東京側の人間として責任を感じていたと言います。
何とかしたいとずっと思っていました。藤山さんとは頻繁に電話ででも話をしていて現状を聞いていましたので。土地を売ったよ、という話を聞いたとき、プロジェクトを一度仕切り直して、藤山さんを主体にして新たに始めることを決めたんです。
そして、2010年夏にはオンライン上に“日向のかおり”ショップを立ち上げます。
その後取扱い店も増えて、今ではネットに4店舗、リアルの9店舗で、商品を販売しています。まだまだ商売として儲かっているとは言い難いですが、ネットでの注文も増えており、少しずつでも売っていきたいと言う柳沼さん。
ナフタリンは匂いがなかなか落ちないデメリットがありますが、無臭の防虫剤では、人が無意識に強力な殺虫成分を吸っていても気付かないという危険性があります。樟脳の場合は、匂いには好き嫌いがあると思いますが、殺虫ではなく防虫としての穏やかな効き目で、ムシを寄せ付けずに衣類を守ります。匂いがするので不要に人が吸収しないで済み、香りもいつまでも衣服に残らずにすっと消えるんです。
私自身、樟脳のことは全く知りませんでしたが、実は日本では300年以上昔から親しまれてきた天然防虫剤だったことがわかりました。そもそもクスノキは匂いがきついので一般の木材としては使いにくく、廃材になることが多いものを利用しているのだとか。
これから少しずつでも甦るといいなと思う商品です。