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「農と都市近郊の暮らし」小さな農を取り込み、商売にした生活の記録

農と都市近郊の田園暮らし

なんのために生まれて なにをして生きるのか わからないままおわる そんなのは嫌だ

今回取り上げる「農と都市近郊の暮らし」の「おわりに」に書かれたアンパンマンのテーマソングの一節、筆者は息子の保育園の送り迎えの車中で聞くその歌を真面目に考える。そして、「生の目的」として「生命の持続」という突き詰めた答えを得る。そして筆者は書く、

サスティナブルな社会への突破口は、都市近郊への移住を促進して田園型の社会への移行を進めることです。

と。

この本の著者後藤雅浩さんは現在、埼玉県羽生市で農業をして農産加工品を販売すると同時に、建築士としても一級建築士事務所を運営している。そもそも建築士だった彼は30歳のとき、阪神大震災の被害を目の当たりにし、都市型社会のもろさにがく然としたという。そして子供たちの時代を持続可能な社会にするために「小さな農」を取り込んだ都市近郊の暮らしを始めることを決意した。この本はその生活の記録であり、これからそのような暮らしを始めようという人たちのための羅針盤でもある。

この本で最も印象的だったのは非常に実際的だということだ。「農のススメ」的な本はたくさんあるが、その中には都市生活から脱出し、田舎に引っ込んで自給自足生活を送るなんていう内容のものも多い。現実に今都市で生活している私たちがそのような生活に一足飛びに飛び込むにはあまりに障壁が多く、実際にできる人はほとんどいない。それに対してこの本に書かれているのは、都市近郊でそれまでのキャリアを生かした仕事をしつつ、小さな農を生活に取り込み、そこからも一定の収益を得ながらサステナブルな生活を送ろうという生活スタイルについて書かれているのだ。

しかも、そのために必要な準備やさまざまな手続き、備えるべき知識といった具体的なことまでが書かれており、この本を読めば自分が実際にそのような生活に飛び込んだときのイメージがわきやすくなっている。別に農的生活を送ろうなどと考えてはいなかった私などでも、ふんふんとうなずきながら読んでしまうのだ。

Creative Commons: Some Rights Reserved. Photo by Asa-moya

Creative Commons: Some Rights Reserved. Photo by Asa-moya

というわけでいろいろと納得させられることが書いてあるわけだが、私が一番「なるほど」とうなったのは「商農のススメ」である。伊藤さんはまずこう書く

田園生活をゼロからスタートさせる方は、農をなりわいにして生計を立てるという専業での「農業」の意識(呪縛といってもいいでしょう)を、最初は取り去ったほうが言いように私は思います。

つまり、いきなり農業で生計を立てようというのは無理な話で、だから専業農家でも自給自足でもない商農を伊藤さんは勧める。商農とは加工品を作ることで利益を上げやすい作物を作って収入を得るというスタイル。自給自足を目標にするとさまざまな作物を作らなければならず、初心者には難しいが、商農なら一つ一つの作物について熟練していけばいい訳で比較的容易に農のある生活に入っていくことができるというわけだ。実際に伊藤さんもバジルペーストや玄米もちといった商品を売ることで農のある生活に定着していった。

そして、それがいいと書いてあるだけでなく、農産加工品を売るために必要な設備や許認可、提出する書類なども書いてある。営業許可をとる際は加工所を作る前に保健所に相談しほうがいいなんていうアドバイスもあるのがいい。

もちろん、具体的なアドバイスが多いからと言ってこれから農のある生活をしようという人に向けたハウツー本というわけではなく、農に関心がある人なら読んで楽しめ、学ぶことがある本になっている。

著者は、糧工房というパン屋(本が書かれた時点では隣の加須市にあったが、現在は羽生市の自宅に移転)もやっているのだが、そこでは週代わり店長という感じで農を生活に取り込もうという人たちを受け容れたり、地域の人々と交流したりする場となっているという。

そこに表れているのは人と人とのつながりが大事だという考えだ。まず農業をやっていくには地域の人たちとのつながりが重要だし、商品を売るには顧客とのつながりが大事である。

文字通り地面に根を張り、そこを中心に周囲の人とつながっていく生活、それはまさに地に足がついた生活だ。しかも著者はそこにインターネットなどの現代的な要素も取り込んでいく。そんな生活を都市近郊で送ることができるということを書いたこの本は、サステナブルな生活を目指すあらゆる人にとって生活のヒントになるのではないかと思う。

農と都市近郊の田園暮らし
農と都市近郊の田園暮らし

後藤 雅浩 (著)
出版社: 毎日新聞社
単行本: 192ページ