『うまれる』、このタイトルにこの映画を作る者の思いはこめられています。戦中の「産めよ増やせよ」ではないけれど、少子高齢化が進む現在、社会的な風潮は「産む」ことをどうすれば促進することができるかという議論に終始してしまっています。しかし、そのような風潮には何か欠けているものがあるのではないかとも思うのです。この映画はそれを「うまれる」という言葉で表現します。「産む」のではなく「うまれる」。
でも、そんなことを言うと、中絶だとか不妊治療だとか、「自然に」生まれない子供はどうなるんだなどという議論が今度は提起されます。確かにそれも重要な問題ではあります。しかし、それを一旦置いてまずは「うまれる」ことの意味をとらえなおしてみようというのがこの映画がやろうとしていることなのだと思います。
ここに登場するのは、子どもを持つことに懐疑的だったが子どもを授かった夫婦、長くは生きられない不治の病を抱えて生まれた子供を育てる夫婦、出産予定日におなかの中で赤ちゃんが死んでしまった悲しみを乗り越えようと奮闘する夫婦、長い年月にわたる不妊治療にもかかわらず子供を授からなかった夫婦。彼らが紡ぎだす物語から見えてくるのは、「うまれる」ことが彼らに力を与え、彼らの人生を新しい物語として編みなおすきっかけとなるということです。
この映画からまず感じ取れるのは「物語の力」です。この映画が物語として力があるというのではなく、ここに登場するそれぞれが「うまれる」ということを自分自身の人生という物語の中に取り込むことで、生きる力が生まれてくるということなのです。
映画の中に胎児記憶についてインタビューをするパートがあり、そこで子供の何人かは「両親を選んで生まれてきた」といいます。もちろんそれは眉につばをつけて聞くべき話しです。でも、そのことが事実であろうと事実でなかろうと、親はそれを聞き、それを物語に編み込んでいくことで、それまで以上に子供への愛情が深まるようなのです。
さらにこの「物語の力」を思い知らされたのは、出産予定日におなかの子供を失ってしまった関根さん夫婦のエピソードです。生まれるのを楽しみにしていた子供をその目前で奪われてしまった夫婦はもちろん悲しみに打ちひしがれます。その悲しみは想像することすら難しいものです。そんな夫婦を救ったのは生まれるはずだった娘椿ちゃんからの手紙だったのです。この手紙は夫婦が相談に行った産科医の鮫島浩二先生が夫婦に向けて送ったもの。その手紙はもちろんフィクションです。でも関根さん夫婦はその手紙によって彼らなりに椿ちゃんの人生を消化し自分たちの物語の一部に織り込むことができるようになったのです。
そして、そこで生まれるそれぞれの物語は必ずしも命の誕生を賛美するというものばかりではありません。18トリソミーという不治の病を抱えた虎ちゃんの育てる松本さん夫婦の物語は、産み育てることの意味について考えさせられます。長年の不妊治療にもかかわらず子供を授からなかった東さん夫婦の物語は、子供を産まない人生について考えさせられます。
映画としてはちょっと不満が残る部分もあります。たとえば、プライベートなシーンで出演者にピンマイクがついていて気になるだとか、ちょっと感動の押し売り的に感じるシーンがあるだとか、そういった表現の仕方の部分の問題。あるいは、シングルマザーや中絶といった問題を扱っていないということ。そんなことが引っかかりまします。
でも、この映画も映画である以上ひとつの物語であり、ある意味では作り手の勝手な「語り」でもあるのです。だからドキュメンタリーであってもこれでいいのだと私は思います。ドキュメンタリー映画、特に社会派のドキュメンタリー映画というのは客観性を担保したり、さまざまな意見を満遍なく入れたりということに心を砕きがちですが、こういうある意味では主観的な語りで話を進めていくという映画も私は好きだし、むしろこれこそがドキュメンタリー映画を作る意味なのではないかと思います。
現実と材料を使って自分なりの物語を作り、それを観てもらう、それこそがドキュメンタリー作家が作家たる所以なのです。そのような意味でも私はこの映画をぜひ多くの人に観てもらいたい。そして一つ一つの物語を味わってもらいたいと思うのです。
もちろん何よりもこれから子供を持つ、とか今子育てをしているという人たちには本当にぴったりの映画、ぜひ観て涙を流して、子育ての悦びを見直してください!
そして、この映画を観て「子供を育てること」について考えてしまったお父さんは、丸の内朝大学の“イクメン講座”に! この『うまれる』にもコメンテイターとして出演している大葉ナナコさんが講師の一人を務める注目の講座です。
映画の中でも伴さん夫婦がマタニティクラスを受講する様子が出てきますが、その講座も伴さん(旦那さんのほう)が我が子が「うまれる」ことを物語として受け入れるのに大きな役割を果たしていました。映画から受け取れるものもあれば、直接人から話を聞くことで受け取れるものもある。どちらも新たな物語を編んでいくため大きな意味を持つ経験になるのではないかと思います。
企画・監督・撮影:豪田トモ
製作:インディゴ・フィルムズ
ナレーション:つるの剛士
主題歌:「オメデトウfeat.KOHEI JAPAN」つるの剛士(PONY CANYON INC.)
配給:マジックアワー
公式HP : www.umareru.jp
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