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辻信一

環境運動、環境について考えている人は「深い快楽」「長続きする快楽」のためにやっているんだと思うんです
文化人類学者として明治学院大学国際学部で教鞭をとる辻信一さん。さらに、環境を守るスローな暮らしを提唱するNGO「ナマケモノ倶楽部」の世話人で、「100万人のキャンドルナイト」の呼びかけ人として活躍する環境活動家でもある彼に、greenzが目指す持続可能な未来「アナザー・ワールド(もうひとつの世界)」について語っていただいた。

──辻さんにとってのアナザー・ワールドはどんな世界ですか?

 スローな世界ですね。じゃ、そのスローな世界って何なのかと言えば、ひとつは「つながり」です。僕たちの世界はつながりでできているわけですよね。第一に自然と人とのつながり。そのコミュニティのことを生態系という。その中に人と人とのつながりがあります。それを文化という。人がつながるのには、時間がかかります。つながるには相手がいるわけで、その相手と折り合いをつけてなきゃならないからね。文化というのはつながりを保ったり、それをより豊かに発展させていくしくみ……というか、しかけだと思います。

これに対して今あるファストな世界というのは、加速する世界、つながりを壊す世界です。なぜなら、この世界の一番主要な要素は経済で、早いもの勝ち。だから、時間が加速するんです。でも、そういう世の中のしくみは、決して長続きしないでしょう? だから、僕らはつながりを維持していかれるところまで、そしてそれを育んできたころまでスローダウンしなければいけないと思うんです。

僕たちは今やね、ともすれば「人を愛すること」ですら、無駄な時間だと思い始めている。一銭にもならないからね。子どもを育てること、鮭が川に戻ってくるまで4年間海の中を泳ぐこと、お米が春に田植えをしてから秋に実るまでかかること、それがみんなムダで待ってはいられない。そういうところまで来ちゃっているんじゃないかな。

僕は環境をテーマにしている人間だけど、そんな僕がもっとも声を大にして言いたいのは、実はそんな僕らが手放そうとしているのは、単に豊かな自然じゃない。“愛”なんだってことです。いとおしむ、あるいは、何かに思いを馳せるだけでもいいんですよ。誰かが待っていることがあれば、そちらに向いて、できれば手伝いたいと、一人ひとりが思えること。“愛”ってスローなものなんです。だけど今みんな忙しくてそれどころじゃないでしょ? だからアナザーワールドっていうのは「“愛”をもっとも高い価値だ」と考えることのできる世界のことなんです。

──なるほど。では、その“愛”に満ちた世界を実現するために、辻さんがしていることを聞かせてください。

 まずは、スローダウンってことですね。確かに僕は海外にまで出かけて行って植林の手伝いをするなどといった、いわゆる環境運動ということをやってきました。もちろん、それも大事なことだと思うんですが、まずは自分自身を変えていかなきゃならないんです。先進国の人々の暮らしぶりが地球を壊してきたわけですよ。だからその中にいて自分の暮らしぶりを変えていかないと……。それを、僕は“スローダウン”と呼んでいるんです。

ホントに小さなことでいいんです。たとえば、水筒を持つとか、わりばしを使わないとか。何でも、自分の都合で1回だけ使ったものを捨てるなんてカッコ悪いことは、したくない。

それから、学生たちや家族と田んぼをやるとか。あ、自家用車を持つこともやめました。車を置いていたガレージの前に木を植えたんです。そうすると、夏の暑いときにその木陰で休む人がいたり、近所の子どもたちがやって来たり、ということが起こって……それをうれしいな、と思うわけです。

あとは、自分が忙しくしていても、家族との時間を大切にすることとか。たとえば、母は年をとるにしたがって動きが遅くなるわけです。それは、ときには待ちきれないくらい遅いんだけど、それに自分が寄り添ってみる。そういったことです。

もうひとつは、若い人たちを応援すること。僕は「教育をする」という仕事に就いていて、若い人と過ごす時間が多いわけだけど、その中で、僕ができるのは「伝えて行くこと」だと思っています。

新しいもうひとつの世界を、若者たちは今、試行してるんですよ。直感とか感性のレベルで。それについては、僕のような年上の人間のほうが「見えること」もあるんですね。あるいは、僕の経験の中で出会ったすばらしい人たちがいるわけです。そういうところに試行している若い人たちをつなげていくこと。架け橋なんていうと大げさだけどね、とにかくフックしたいんです。

たとえばアナザーワールドについて言えば、今、世界には今もうすごい流れができているんですが、マスメディアは取り上げない。だから、多くの人にはわからないんです。ただ、僕は海外に長いこと暮らしたことがあったりして、その流れが見える場所にいるんですね、幸い。だから、そこにフックしてもらいたい。それは「海外に行け」ってことではなく、日本にいながらにして世界の中で今どんどん大きくなってきている「もうひとつの世界」にフックしてもらいたい。そのためのお手伝いをしたいな、というのが僕の仕事だと思っています。

──気持ちはあっても見えてないためにそこにたどり着けない人たちを導く、ということでしょうか?

 そうなんだけど……いや、でも導くっていうのはちょっと違うなぁ。その言葉はあまり好きじゃない。“導く”ほど、僕はわかっていない。何かしっかりした計画があってどこかに導こうというより、僕の直感の中で「これだ!」「これは面白い!」「こういう人がいるんだけど、どう?」ということを伝えたいんです。僕が講義とか講演をするとね、若者の中には、いるんですよ。「さっき聞いた話の中のおじさんに会いたいんだけど、電話番号教えてください」なんて人が。昔はなかったんです、こんなこと。でも、それだけ危機を感じているんですよ、若者たちは。直感のレベルでそういうサバイバルモードに入っていると僕は思います。鈍いのは僕らの世代です。

──彼らは「危機」だと感じているからそうしている、というわけではなく、危機の中にいるから、そういう力を身につけているということですか?

 だと思います。だから、ある面から見れば非常に希望でもあるんだけど。僕、昨日まで宮崎にいたんですが、「綾」というすごいところがあるよ、そこですごい人たちに出会ったよ、と若者たちに投げかけるわけです。すると、そこへ出かけて行って、そこへ住みついちゃう人も出てくる。僕はそういうふうにヒントをいろんなところに投げかける。それだけです。

──その若い行動力がよりよいつながりを生んでいく……。

 そうですね、そして、ひとり一人が物語を……つまり「もうひとつの世界」をつくっているんですね。それはどういう意味かっていうと、「今までの世界」「今までの物語」っていうのはもう