みなさんは子どもの頃、勉強が好きでしたか?
もちろん、「好きだった」と言う人もたくさんいらっしゃると思いますが、いわゆる一方的な“知識の詰め込み型”の授業に疑問を感じていた人も、少なからずいるのではないでしょうか?
今回ご紹介する愛媛県松山市の「affetti(アフェッティ)」は、なんと“授業をしない“学習塾。授業をしない代わりに行っているのが、徹底的に子どもと向き合うことで本人の夢と目標を結び、子ども自ら勉強する環境をつくること。その指導方針が評判を呼んでいます。
経営しているのは、孕石修也(はらみいししゅうや)さん。愛媛大学在学中に起業したこともあり、静岡県の出身ながら、大学卒業後もこの地に根付いて活動を続けている26歳の若者です。
親、友達、学校、地域…。それぞれが絶えず変化するなか、子どもを取り巻く環境もめまぐるしく変わっていきます。そんな昨今を孕石さんはどう感じ、どのような方法で、どのような思いで子どもたちと向き合っているのか、お話を伺ってきました。
徹底的に向き合い、夢と目標を結びつける
「affetti」は、松山市の萱町商店街の一角に教室を構え、地域の人が集まる場所として夜まで明かりが灯っています。
ここでは、決められた講義時間はありません。週に3回ほど子どもたちが来塾し、それぞれが自主的に決めた時間の中で学習するスタイルをとっています。その上で、週に1度の孕石さんとの面談が行われ、そこで子どもの悩みや夢、どう行動しているかなどを、徹底的に向き合って聞いていきます。
子どもとの週1回の面談。真剣な孕石さんに、塾生も正面からぶつかってきます。
教室内には「対話の間」が。子どもとの時間を大切にするために設けられています。
大人も子どもも、何も考えなくていい環境に慣れ過ぎてしまったんじゃないかと思っています。偏差値という客観的基準によって、いつの間にか偏差値を挟んだ向き合い方しかできなくなってしまったのではないかと。
大人は「自分の時はこうだったんだから…」という前例に当てはめて、子どもに「勉強しなさい」という便利な言葉を押し付けてしまいがちですが、「なぜ勉強するのか?」の問いにはなかなか答えられない。でも 本来、勉強って夢という目的を見据えた学習、すなわち手段であるべきだと思うんです。
そこで、孕石さんが大切にしているのが“夢と目標を結びつける”ということ。それができれば勉強を強制する必要などなく、子どもたちが自ら考え、勉強を始めるのだと孕石さんは言います。
自分の進みたい方向、目標が見えてくると、自ずと勉強に前向きになれます。それは如実に子どもたちの表情や目に表れてくる。だから、その方向性を見出だすための“向き合う時間”を大事にしています。
室内に掲示されたミーティングのスケジュールボードは子どもたちの手づくり。
「affetti」では、入塾の際に独自の「セルフクエスチョン・ワークシート」を使った面談を実施。入塾希望の子どもたちに、「絶対成功すると保証されていたら、どんなことに挑戦する?」や「今、死ぬ時に後悔するとしたらどんなこと?」などの問いに答えてもらい、自らの夢について考える時間をつくります。
これが入塾後、最初に行う作業です。「なんで学習するのか?」という問いに結びつけることで、「大事なことをやっている」と感じられるようになるし、僕と子どもたちの信頼関係づくりの一助にもなります。
また、子どもが親御さんと一緒に来たときには、お互いの良いところを書いてもらい、“大事な人のことを考える時間”を意図的につくることもしています。
もちろん、それでもうまく向き合えない子もいます。生徒一人ひとりに合わせて、少しずつ向き合う角度を変えていく。時間を置いてみたり、いろいろと試行錯誤をしながら、生徒が向き合いやすくなる“安心感”をつくりたいと思って取り組んでいます。
とても柔らかな、お父さんのような雰囲気をもった孕石さんのもとには、休憩の合間もたくさんの子どもたちがやってきます。そして、なんでもない会話でも、子どもたちから向かってきたことに対して、時には手紙のやり取りもしながら、孕石さんは丁寧に受け止めます。中でも特に心に残っているという一通を見せてくれました。
手紙には、心理カウンセラーになりたいという女の子の夢と思いが綴られています。
この手紙をもらった時、彼女の中で一筋の光が見通せるようになったのではないかと感じました。どんな方向に進んでいきたいのか、親も子どもも分からなくて、足踏みをしていたのに、誰かと向き合って話をして、目的を共有したことで、やることがはっきりしてきたのだと思います。
そして、子どもが変わってくると、親御さんにも変化が出てくるのだと、孕石さんは話します。
学習する目的がはっきりして子どもが頑張れるようになると、成績も自然に良くなります。すると、不思議と親も変わってくるんですよ。
それまで頭ごなしに勉強をさせていたという人が、子どもと正面から向き合い、子どもが取り組むことと、自らが取り組むことを区別する“課題の分離”ができるようになってくる。これはとても大きな変化だと思っています。
原体験は大学時代の大きな挫折
孕石さんが若くして、このような指導方針を持つ学習塾経営をすることになったのは、孕石さんが大学3年生のころ、子どもたちに遊びの場を提供しようと、仲間と学生団体「affetti」を立ち上げたことがきっかけ。その年の秋ごろには「学童保育事業をやってみないか?」と、ある地元の経営者から声を掛けられ、トントン拍子でその事業をスタートすることになったそう。
意欲に燃えた孕石さんは未経験ながらテナントの一画をを借り、事業を設計。主に土日の経営を任され、共働きの親に代わって、子どもを遊びに連れていくというサービスをつくりました。
当時は子どもたちと一緒に、多くの場所に訪れました。
事業はまずまずの滑り出しをしますが、経営者からの指示を受け続けていくうちに、徐々に孕石さんの“やりたいこと”と“経営方針”とが乖離していってしまったのだとか。
経営者に対して自分の意見を言えなかったんです。いつの間にか、“やりたいこと”が“やらなくてはならないこと”になってしまっていました。そんな状態のときに、新たなテナントを借りるための初期費用を工面するようにと言われてしまって…。
当時の孕石さんには、とてもそんな余裕はありませんでしたが、アルバイトで貯めた貯金などで、なんとか費用を捻出します。生活費も事業にあて、一時は住んでいたアパートを立ち退き、借りたテナントに住んでいたこともあるそうです。
見かねた友人たちが心配して「やめなよ」と声を掛け始めますが、孕石さんは、責任感から「自分はできる」と自身を追い込んでいきました。
起業や経営への憧れがあって、自分で自分を追い込んでしまいました。でも、そんな生活が長く続くはずもなく、ある時、糸がプツンと切れようになって、逃げるように静岡の実家に帰りました。
自分に対する無力感もありましたし、何より通ってくれていた子どもたちに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
しかしある日、数日間ふさぎ込み続ける孕石さんに対し、お父さんが声をかけます。「お前は幸せになるために生まれてきたんだ。お前がもう一回やりたいと思うなら、払った費用を埋めてやるから、もう一回やってみよう」と。
その言葉を受け、孕石さんは自分自身と深く向き合う時間をとりました。結果、「自分の心に聞いていなかった」ことに気がつき、自分に正直に生きるために、学童保育事業をやめる決心をしました。同時に愛媛に戻ることを決めた孕石さん。自身が感じた“自分と向き合う時間”の大切さを、将来を担う子どもたちに伝えていきたいと考えるようになっていきました。
偏差値ばかり気にして、何となく愛媛の大学に入って、自分のやりたいことが分からなくなった。でも、苦い経験をして自分自身と向き合ったことで、その時間の大切さを痛感しました。偏差値だけでもなく、勉強だけでもない、子どもと向き合う事業をしたい。そう思うようになったんです。
フリースクールを選べる社会を目指して
学習塾をスタートさせてもうすぐ5年。子どもからの口コミが広がって生徒の数が徐々に増え、新たに隣のテナントを改装し規模を拡大するまでになった「affetti」。今後について、孕石さんは次のように語ります。
これからは、フリースクールでも学校の単位が取れるようになります。不登校の子どもでも、チャンスが与えられる社会になってきている。「affetti」が“教育機関”として認定されれば、ここで卒業してもらえるようになる。それを見据えて、今は地道に準備しているところです。
孕石さんは、既存の学校ですべて補完しようとするのではなく、フリースクールという選択肢を子どもたちに提示し、選べる社会をつくっていきたいと考えています。
好きな人と好きなことができる社会だからこそ、そのための教育は欠かせません。“時代を生き抜く力を育てる場所”であると同時に、やりたいことを応援できる場でもありたいですね。そのためにも、今はパートナーとなる従業員を育てていきたいと思っています。
“目的地”へ向かうための“目標”が定まると、具体的に何をすべきかが見えてくる。すると自ずとやる気が出てくる、というのは私たち大人も一緒ですよね? でも、知識や経験が不足する子どもたちの多くは、自分と向き合い、目的地である夢も、そこに向かうための目標も自分だけではなかなか導きだすことができません。
そこに大人が押し付けずにサポートし、「何のために?」を自らと対話し、理解した上での学びを促すことができれば、それは彼らの“ほしい未来”への何よりの第一歩になるのではないでしょうか。
もしあなたの周りに「勉強が嫌い」と嘆く子どもがいたら、その子と向き合って、「何のために学ぶのか?」を、一緒に考えてみてはいかがでしょうか。もしかするとその子の人生が変わるような気づきを見つけることができるかもしれませんよ?
(Text: 浜田規史)