みなさんは、「ベン&ジェリーズ」というアイスクリームブランドを知っていますか?
1978年、カネなし、人脈なし、落ちこぼれの2人組が、人口約4万人の小さなまちのガソリンスタンドを改装した1軒のアイスクリーム屋から始まったベン&ジェリーズは、今や日本を含む世界35か国にひろがり、世界のみんなを幸せにする企業に成長しました。
なぜそんなグローバル企業の紹介をするのかって? それは、ベン&ジェリーズが、信じられないくらい本気で「人を幸せにする」ことを追求しているからです。
今回は、自称ヒッピー起業家の鈴木菜央が、ヒッピー起業家の先輩であるJerry Greenfield(以下、ジェリーさん)に、人を幸せにする企業のあり方について、話を聞きました。
ひとりの人間としてビジネスをする
菜央 こんにちは!今日は本当にありがとうございます。ジェリーさんは自分のことを、ヒッピー起業家だと思っていますか?
ジェリー ようこそバーモントへ! 日本にもヒッピーはいるんですか?
ベン&ジェリーズを創業したジェリー・グリーンフィールドさん
菜央 いますよ!
ジェリー この国では、ヒッピーの評価は分かれているんです。ひとつは、汚い、働かない、ただの怠け者、というもの。もうひとつは、ヒッピーとは、平和と愛を信じていて、周囲に困っている人がいればそれを助け、人間はみんな平等で、公平な世界をつくろうとしている人、というもの。
僕が信じているのは、それなんです。みんながベン(・コーヘン。共同創業者)と僕を“元ヒッピー”とか“ヒッピービジネスマン”と呼ぶのは、僕にとっては褒め言葉なんです。
菜央 普通の市民としての感覚を失わずにここまで会社を成長させてきたことが、驚きです。規模と意思の両立は、大変だったのではないですか?
ジェリー ええ、努力していますからね(笑)。ただ、最初の頃は簡単だったんです。創業者のベンも僕も、ビジネスの訓練を受けていないし、「ビジネスはこうあるべきだ」っていう固定観念にとらわれる必要もなかったから。だから、第1号店は、僕と仲間たちの、芸術的な表現でした。
1978年に開業したベン&ジェリーズ スクープショップ第1号店
ジェリー 僕たちは、あるがままの、ひとりの人間としてビジネスをしたいと思っていました。いつも正直でありたい、と。なにかイメージをつくり上げるほどのお金もなかったし、ただ、正直に、オープンでいようと。
会社名を「ベン&ジェリーズ」としたのは、ステキな会社名を考えるよりも、2人のリアルな人間がやっているんだよ、と伝えたかったからです。
共同創業者ベン・コーヘン(左)とジェリー・グリーンフィールド(右)
ジェリー ただ、ある時点から、本当のビジネスの領域に入ってきてね。でもベンも僕も、それが嫌だった。元ヒッピーだから(笑)。当時の僕たちのビジネス観は「ビジネスは従業員、環境、コミュニティを搾取することだ」というものだった。だから、もうビジネスをやめよう、という話をしていたんです。
ベンは共通の友人でレストランを経営していたジェフ・ファーマンのところに相談に行った。彼は僕らよりも少し年上で、過激なんだ。そこで彼はベンにこう言った。「そんなに今のビジネスが嫌いなら、好きなやり方に変えちゃえばいいじゃないか!」と。その時から、僕たちはビジネスを違うカタチでやるようになったんです。
菜央 その一言が、今のベン&ジェリーズをつくったんですねぇ。
ベン&ジェリーズが愛されている理由
菜央 ベン&ジェリーズは、30年以上愛されているわけですけど、その理由は何だと思いますか?
ジェリー それはいくつかの理由があるでしょうね。
一つは、とても高品質な製品だということ。最高の原料をつかって、リッチでクリーミー。
もう一つは、珍しい、変わったフレーバーがたくさんあることでしょう。大きなチャンク(塊)のクッキーやらチョコレートやらがゴロゴロ入っているアイスクリームが珍しいからだと思います。
3つめの理由は、コミュニティに対する姿勢。ビジネスのパワーをつかって、よりよいコミュニティづくりを一緒にやっていくという姿勢です。
ベン&ジェリーズは、ずっと、コミュニティの中で、良き隣人として責任を果たしていきたいと思ってきました。自分たちのパワーを、よりよいコミュニティのために使いたいと思っています。
ベン&ジェリーズは好き嫌いが別れる会社だと思います。嫌いな人もいるでしょう。でも、いいんです。ベンは、「うちが100%のマーケットシェアを取ることは絶対ない」と言っていました。商品をできるだけたくさん売るよりも、お客さんと共に、より良い社会をつくりたいと思っているんです。
ベン&ジェリーズはバーモント州内の家族経営酪農家からミルク、クリームを調達している
ジェリー 経済的価値と社会的価値の創出を通して、人々をつなげてより良い社会をつくりだすことのほうが、単純に利益を追い求めるよりも、ずっとすばらしいことじゃないですか?
そうそう、ベン&ジェリーズのアイスクリームの特徴である、大きなチャンクが生まれた理由を、知っていますか? それは、最初のチーフテイスター(フレーバー開発責任者)だったベンが、味が分からなかったからなんです(笑)。
現在のチーフテイスターたちにフレーバーの開発現場も見せていただきました
菜央 なぜバーリントンで起業したんですか? ほかにもいいところがありそうかなと。
ジェリー ベンと僕は、ニューヨーク市のすぐ外、ロングアイランドで育った幼なじみなんだ。僕は医者になりたかったんだけど、なれなくて。二人で思い切って、新しい商売をやろうと思い立った。
ペンシルバニア州立大のアイスクリーム製造通信講座を5ドルで受けて(一人2.5ドル!)、1977年にバーモント州バーリントンに移ってきて、小さなアイスクリーム屋を開きました。
その理由は、アイスクリームが大好きだったし、この街にアイスクリームパーラーがなかったから。でも、素晴らしい場所で、すぐに好きになった。60万人しかいないバーモント州で一番都会のバーリントンでも、人口はたったの4万人。とっても田舎。
小さな街だから、お互いに助けあって生きていこうって気持ちがあるんです。
最初のスクープショップは現在、目抜き通りのチャーチ・ストリートに移転した
社会をつくるビジネスのつくりかた
菜央 フェアトレード、気候変動問題、同性婚、平和運動などなど、ウェブサイトを拝見していると、本当にさまざまな社会的なプロジェクトに取り組んでいます。今一番重要だと思うプロジェクトは何ですか?
ジェリー 2つあります。ひとつは遺伝子組み換えの原料のラベル表示を求める運動。これは今、アメリカで大きく盛り上がりつつあるムーブメントになっています。市民は買って食べるものの原料を、知る権利があると考え、支援しています。
現在、64か国でラベル表示の義務があるそうですが、アメリカには、ないのです。それは、巨大な食品産業やバイオ化学企業がラベル表示をしてほしくないから。僕自身も、ベン&ジェリーズも、この問題については非常に活発に活動しています。
ベン&ジェリーズの公式ウェブサイト(米国版)より。「遺伝子組み換え原料のラベル表示を義務化しよう。消費者は知る権利がある」
ジェリー 面白いのは、親会社であるユニリーバはこの問題に対しては、ベン&ジェリーズと立場を違えています。それでもこういった活動ができているのは、ベン&ジェリーズの役員会が実行すべきことを提起して、実行していくことができている証拠だと思います。
もうひとつは、ベンが非常に活発に活動していて、僕もサポートしている、「Stamp Stampede(“政治からお金を引き出そう!”といったニュアンス)」という運動です。
この国では、お金持ちの個人や企業が、政治家に献金することに対する制限がまったくないのです。こうした献金が、普通の人々の声をかき消す結果につながっています。政治家は、本来、市民の代表であるべきなのに、です。
この問題に対しては、たくさんの団体が活動を展開していますが、ベンのやりかたはとてもユニークです。賛同した数万人の市民が、それぞれが手元に持っている米ドル札に、「このお金は政治家の買収には使われません」と書いたスタンプを押して、そのお金を日常生活で使う、という活動です。
今では2万個以上のスタンプが全米中にわたっているので、スタンプを押された、たくさんの米ドル札が流通しているはずです。
これはベン個人のキャンペーンでベン&ジェリーズのキャンペーンではありません。ベン&ジェリーズには過激すぎます(笑)。これら2つのキャンペーンが、今僕たちが一番積極的に取り組んでいるものですね。
規模を拡大すること、価値観を守ること
菜央 そもそも、なぜ規模を拡大しようと思ったんでしょうか? バーモント州限定のビジネスで留まっていたほうが、ハッピーだったとは思いませんか?
ジェリー あまりそういうふうには考えませんでしたね。どうせやるからには、社会に影響を与えたいから。1978年に小さなアイスクリーム屋として創業して、数年後には小さい規模ですが、卸売りを開始しました。
そのころ、ベンとジェリーと同僚たちは、とにかく24時間働いて、寝ても覚めてもアイスクリームを売ることばかり考えていました。ほんとうにヘトヘトになってね。なんのためにアイスクリーム屋を始めたんだろうって思い始めたんだ。もう止めちゃおうかと考えたって話はさっきしましたね。
で、そうしないことにしたわけだけど、1984年頃にはビジネスを拡大していくために、どうしてもお金が必要になった。そこで、はじめて公に株式を販売しました。バーモント州の住民限定で売りに出され、75万ドルを集めたんだよ。
1枚は126ドルというとても小さい金額に設定して、どんな経済的状況でも、参加できるようにした。金持ちや洗練された投資家のためのものではなく、近所のみんなのための債権にしたかったんです。結果、バーモント州の100世帯に1世帯がベン&ジェリーズの投資家になってくれたのです。
その1年半後、さらにお金が必要になったため、また少額の株しか買えなかった人々も株を売ることができるよう、株式を国全体に公開することにしたわけです。その年、僕らが持っていた株式を寄付して、「ベン&ジェリーズ財団」を立ち上げました。
僕たちの価値観を守っていくことはいつも大変なことだった。僕たちを取り巻く利益至上主義の社会は、ベン&ジェリーズにプレッシャーをかけてくる。「フツーの企業になれ」「メインストリームの企業のようになれ」とね。
最大の試練は、12年前に行われた、ユニリーバによる買収だったと思う。はじめは、誰が買収しようと、僕たちの価値観をサポートしてくれないだろう、と思った。ところがユニリーバは、僕たちの価値観がベン&ジェリーズの成功にとって重要な要素だったと認識していて、僕たちのやり方を尊重してくれたんだよ。
その後、ベン&ジェリーズ内部とユニリーバでは、「僕たちがフツーの会社になっちゃったんじゃないか?」という懸念が沸き起こったんだ。そして、ユニリーバと僕たちの間で、ベン&ジェリーズを再度、過激化しようという話し合いが持たれたんだよ。そんなこと、信じられるかい(笑)?
今、僕たちのCEOを務めているヨーステイン・ソルヘイムは素晴らしい人間なんだ。彼はユニリーバに20年以上務めるベテランなんだけど、ベン&ジェリーズが掲げる価値観を熱狂的に支持してくれている。
こんなエピソードがあります。数年前、ニューヨークで「オキュパイ・ウォールストリート(ウォール街を占拠せよ)」というかなり普通じゃないムーブメントが起きたのは知ってる?
これは、富める1%と残りの市民の間にある、圧倒的な経済的格差について問題提起する活動なんだけど、一般的には反企業的な活動として捉えられてる。特定のリーダーがいなかったり、社会をつくるのは我々だ、という無政府主義的な要素がすごく強かった運動なのね。
そこで、ベンと僕はニューヨークでも、シアトルでも、アイスクリームをスクープしてまわったんだよ。
で、ベンと僕はその活動に参加したんだけど、ベン&ジェリーズは公式にこの運動をサポートすることにしたんだ。これは、相当すごいことなんだよね。
こっそり教えるけど、ヨーステインのお母さんは息子のことをとても心配したらしい。こんな活動をサポートするなんて、あまりにもラディカルすぎる!とね(笑)。
菜央 うーん、すごいですね。なかなかないことだと思います。どうやってそのような関係を維持していくんでしょうか?
ジェリー ユニリーバがベン&ジェリーズを買収した時、僕たちは条件を提示したんです。それは、独立した役員会を設置すること。
役員会の責任は、革新的な方法で社会をより良い場所に変えていくという、ソーシャルミッション(社会的使命)の遂行を監督すること、さまざまな活動がバラバラにならないように、一つのブランドとしてまとめていくことです。
また、ユニリーバの責任は、アイスクリームを売ること、つまり日々の業務全般と財務です。
ということで、ユニリーバから来ているヨーステインは、役員会と、ユニリーバの両方に、ソーシャルミッション、業務全般、財務のことなどを報告するわけです。彼はユニリーバに雇われているにもかかわらず(笑)!
まあ、役員会はなかなかユニークな集団なんだ。アクティビストの集まりなんだよ。彼らは普通の役員会とは違う要素を、会社にもたらしてくれる。
フツーじゃない役員会の面々。「アイスクリームのためのヒーローたち。正義に飢えてるぜ!」
ジェリー そんなわけで、数年前、ココア、バニラ、コーヒーなどの原料をすべてフェアトレードに移行することと、昨年は原料をすべて非遺伝子組み換えに移行することを公約として掲げました。
背景のオルガンは、かつて店舗に置いてあったもの
日本の読者へのメッセージ
菜央 なるほど。かなり本気ですね。最後にグリーンズの読者に向けて、何かメッセージはありますか?
ジェリー 数年前に日本に行ったけど、とても素晴らしい旅でした。僕は日本人の文化があまりわかっていないけど、個人としてもですが、特にビジネスの世界でアクティビストとして行動することがとても珍しいことだと聞きました。
まずは僕たちベン&ジェリーズのアイスクリームを食べてもらいたいのはもちろんだけど、それだけでなく、僕たちのミッションである、近隣の人々、そして世界の人々のために、より良い社会をつくる活動に共感してもらえたらいいなと思っています。
菜央 ありがとうございました!
ジェリーさんのインタビュー、いかがでしたでしょうか?
僕はこのインタビューでたくさんのことを感じ、学びましたが、最も印象的だったのは、ひとりの人としての感覚を失わずにビジネスを行うことの難しさと、可能性の大きさです。
僕(私)は、ひとりの人間として、楽しく働きたい。
ひとりの人間として、友人のためになることをしたい。
ひとりの人間として、社会がいいところになるように努力したい――。
ひとりの人間としては、そう思って生きている人は多いでしょう。だけれども、人が集まると、その「あたりまえ」のことが、一番むずかしい。
ところが、ベン&ジェリーズは、それぞれが普通の人として、感じることをとても大切にしながら、アメリカのほか、35か国でビジネスを行うまでに成長した。つまり、グローバルで社会を良くする活動を展開している存在になったわけです。
これが未来の企業のあり方、本来の企業のあり方なんだ、と希望を感じました。そして、グリーンズの今後のあり方を考える上でも、大きくインスピレーションを受けました。
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