自分の暮らすまちで、まちのためになる仕事を自分らしくできたら。そう思う人は年々増えているのではないでしょうか。しかし、自分には何ができるのか、まちにはどんなニーズがあるのか、ビジネスとして成り立つのだろうか。いざ考えてみると、分からないことや不安になることも多いですよね。
そんなひとたちを支援する、「Mystyle@こだいら」が東京都小平市にあります。代表である竹内千寿恵さんに、コミュニティビジネスを支援する取り組みについてお話を伺いました。
お話しを伺った竹内千寿恵さん(右)とスタッフの鴨志田結花さん(左)
MyStyle@こだいらは、2006年に設立されたNPO法人です。コミュニティビジネスの中間支援組織として、スキルアップ講座や起業の相談会、交流会などの地域のネットワークづくり、地域ポータルサイトの運営等による情報発信などさまざまな取り組みを行っています。
昨年度は2つの大きな取り組みもはじまりました。ひとつは、地域でやりたいことを実現する機会を提供する「市民力UP!プロジェクト」の展開、そして起業支援施設「ハタラボ」の立ち上げです。
地域でやりたいことを実現するための「市民力UP!プロジェクト」
コミュニティビジネスにしても、どんな地域活動にしても、地域のなかでさまざまなひととのコミュニケーションや話し合いを抜きに進めることはできません。しかし実際の現場では、その手法がわからないまま運営されていることで、さまざまな壁を越えられないことが多いのだそう。
コミュニティビジネスを地域で育むには、地域でやりたいことを実現したいというひとたちが、コミュニケーションの場を運営する力をつけることが必要です。それと同時に主催者だけではなくて、コミュニケーションを大事にする市民が増えていくことも大事なんです。
こういった問題意識を持っていた竹内さんたちの思いから、小平市と恊働で生まれたのが「市民力UP!プロジェクト」です。
大きく4つのプログラムで構成。ひとつめの「会議講座」では、コミュニケーションの場をうまく運営する力をつけるために、さまざまな対話の手法などを学んでいきます。
非暴力コミュニケーション(NVC)という手法を取り入れたグループワーク
地域の会議でありがちな場面を題材にしたロールプレイ
2つめのプログラムが「こだいら未来会議」。小平市の未来に関心を持つ市民を対象に、まちの未来を語り合う場を開きました。「こだいら未来会議」という名前にもこだわりがあります。
いろいろと対話を示す新しい用語が注目されていますが、地域ではカタカナを使うことで、逆に分かりにくいと感じてしまう方もいます。さまざまな方に集まってもらうには、誰もがわかりやすい名前が良いですよね。それであえてカタカナを使わず、「こだいら未来会議」という名前をつけました。
地域に必要とされていることはなにか、そして自分がやりたいテーマはなにか。自分と同じ問題意識やテーマを持つ人々との、新しいつながりを生む対話の場が構成されています。
老若男女問わず、たくさんの地域のかたが会場に集まりました。
小平のよりよい未来にできること、必要なことを書いたキーワードが窓いっぱいに。
「自分がこのまちでやってみたいこと」を書いた紙を手に、仲間探し。
こういった対話の場は各地域で広がりつつありますが、ここで終わらせないのが竹内さんのこだわりです。
地域には、こういった場には参加しないけれども、実はずっと様子を見ているひとたちも多いのです。地域の事業では単発の花火のようなことをいくらやっても、その成果が見えないというのは致命傷になってしまいます。だからわたしたちが常に意識しているのは、具現化するための受け皿をつくるということです。
そこで「こだいら未来会議」で生まれた思いやアイデアを具現化する受け皿として用意されたのが、みっつめのプログラム「企画・運営講座」と、よっつめのプログラム「こだいら未来Week」です。
「企画・運営講座」は、「思いやアイデアを実現する活動の一歩として、イベントを開催したい」という人を対象にした学びの場。思いやアイデアを人に分かりやすく伝えるための企画講座、集客するための広報講座、イベント運営のポイントを学ぶ運営講座など、活動のスタートに向けた具体的なノウハウを学ぶ講座で構成されています。
そしてその実践の場が「こだいら未来Week」です。食、農業、子育て、福祉、働き方など、さまざまなテーマで12のグループによるイベントが開かれ、200名近くの住民が参加しました。
人と食とのつながりをテーマにしたグループによる体験農園でのワークショップ。
花小金井界隈の地域資源発見まち歩きイベント「はなこシェア空間デザイン会議」
ママさんグループ「こだはぐ」による、産後ママを対象にした健康イベント
「市民力UP!プロジェクト」から生まれたアイデアのひとつが「こだはぐ(小平はぐくみプロジェクト)」です。
「産後のママの心身をサポートし、助け合える仕組みを作りたい」という思いで集まったママさんでグループを結成。ご自分たちも子育てで大変ななか「こだいら未来Week」で実践を経験し、次のステップに向けて次のイベントを計画しているそう。
専業主婦として子育てしたことが、事業立ち上げのきっかけに
もともと教育関係の会社で働いていた竹内さんですが、「Mystyle@こだいら」を立ち上げる動機となったのは、このまちで子育てをした経験でした。
自分はこのまちに引っ越してきた身だけれども、子どもたちにとってはここがふるさとになるわけですね。ふるさととして、これからもずっと住みたいまちであってほしい。そう考えるようになって、地域の活動に興味を持ちはじめました。
夫が転職を希望したことが転機になったわけですが、それでオロオロするのは、自分も夫も不幸ですよね。やはり私自信が経済力を持たなければと思いました。でも13年間専業主婦だったので、働ける場所はなくて…それで「自分でやるしかない!」と思い立って、今の事業をはじめることにしたんです。
もともと商売を営む家に育って、親戚も自営業が多かったせいか、毎月決まったお給料をもらうのとは違う働き方に抵抗はなかったですね。わたしは「最後はなんとかなる」という楽天性と、「努力しつづけないとうまくいかない」という現実主義の、両方を持った性格なんだと思います。
なんでも、「小さい頃から毎月の売り上げを気にするような子どもだった」という、竹内さん。そう笑って話す彼女にとって、幸せなこととは「自由でいること」だそうです。
私にとって自由というのは、経済的にもある程度自立して、人間関係も自由でいられるということです。
人間関係が自由というのは、自分の周りにいる人間にも自由な選択肢があるということ。夫に稼いでもらうことが前提というのは、夫にとっても自由とはいえないでしょう?それは、私の幸せではなかったんです。
自分の周りの人間にも自由な選択があることが、自分にとっての自由であり、幸せであるという竹内さん。そんな生き方をする竹内さんだからこそ、地域のためになることを自分らしく実現したいというひとたちを、あたたかい眼差しで応援しつづける原動力になっているのかもしれません。
仲間をつくり、まちの仕事をつくる、実験室
小平市の学園坂商店街の一角にある「ハタラボ」
「市民力UP!プロジェクト」に加えてもうひとつ、小平市と恊働で進めているのが、起業支援施設「ハタラボ」の運営です。
「ハタラボ」は、「まちの働く(ハタ)をつくる実験室(ラボ)」を名前の由来として、2013年8月にオープン。コミュニティビジネスをはじめたいひとたちが、気軽に立ち寄って相談したり、仲間をつくったりすることができる場です。
まちの新しい風を感じて翻る「旗」でありたいという願いもこめた目印。
地域で新しい活動を実現するには、人と人がリアルにつながることがとても大事です。Facebookも、基本はリアルに会ったひととの関係を補完するものですよね。最初の頃からずっとこういう場をつくりたいと思っていました。
地域で活躍するクリエイターも参加してリノベーションしたという施設は、白を貴重に、柔らかい色の木の家具が並べられた、優しい雰囲気の内装になっています。1階は入口に地域の情報を集めたスペースとイベントスペース、奥にはスタッフたちが作業をするスペース。そして2階には講座や、コミュニティビジネスの準備をするひとたちが会議に使用できる和室があります。
みんなで工夫し、一緒に取り組んだリノベーション
入口付近のスペースには地域の情報冊子や本が並んでいます。
これまでマンションの一画にある事務所にいた竹内さんたちも、パソコンだけ持って、ここで仕事をするようになりました。
こういう場ができたことで、圧倒的にひとと話す機会が増えました。入口付近のスペースは「縁側」のような役割になっています。起業相談にくるかたは、アポをとってから会うというひとつの手間が減ったので、以前より気軽に悩みやアイデアを持ちかけてきてくれるようになりました。
商店街に開いたというのがまた良かった。市役所の人も商店街の人もふらりと立ち寄ってくれます。お昼ご飯を食べに来ますから、お互いコミュニケーションがとりやすくなりました。
「ハタラボ」の入口にかけてあるコルクボードには、「研究生」、「プチラボ」、「訪問者」、「スタッフ」と分けられた枠に写真が並んでいます。「研究生」というのは、ハタラボを利用し、IDの登録を希望したひと。Facebookでは、そのIDを持ったひとのみ参加できるコミュニティが用意されており、交流に活用できます。
実際そこで知り合ったひと同士が、一緒に活動に取り組みはじめているそうです。「プチラボ」はまさにそういった活動をはじめたひとのためにあり、研究生でやりたいことを計画書として出してもらったひとは、その活動のための場として2階の和室を使えるという仕組みになっているのです。
「全員分は撮れてないんですよ」と竹内さん。研究生は90人以上いる。
ここでもコミュニティビジネスに関する相談会や、さまざまなスキルアップ講座などさまざまなイベントを開催。オープンしてから3月末までの7ヶ月で約900人のひとが訪れ、コミュニティビジネスに関する相談は84件まで上ったそうです。
コミュニティビジネス起業ための連続講座
「地域と資金調達」というテーマで開かれた交流会
「伝わらないものは、ないのも同じ。発信して見える化することが大事」と話す、竹内さん。ハタラボの活動も「市民力UP!プロジェクト」の活動も、チラシをはじめホームページやFacebook、ブログなど「Mystyle@こだいら」が持つ情報ツールで、こまめに告知され、報告されています。
そういった丁寧な発信が良い流れをつくっているのでしょう。「ハタラボ」に相談に来たひとが「市民力UP!プロジェクト」に参加したり、逆に「市民力UP!プロジェクト」の参加者がコミュニティビジネスを実現するために「ハタラボ」を訪れたり、「研究生」や「プチラボ」活用者になったり。
2つの事業は何本もの糸でつながり、相乗効果を生んでいるようです。
こだいらはムーミンママでありスナフキンでもある?
「Mystyle@こだいら」を設立してから約8年。竹内さんたちが小平でこれかの事業を進めてきた一方で、他の地域のプロジェクトをサポートしたり、複数の地域をつなげる世話人を務めたりと、エリアを横断する活動にも取り組んでいます。
地域内の活動と地域外の活動、この両方をやっていることがとても大事なのだそう。
地域を元気にするネットワークをつくり、育むためには、地域に点在するさまざまな組織をつなげるコネクターの存在が必要なんです。だからこそ「Mystyle@こだいら」はそのコネクターとしての役割を果たそうとしています。
と竹内さん。そのコネクターを全うするには、ムーミン谷のスナフキンの要素と、ムーミンママの要素の両方が必要なのだとか。
風の人、土の人、と言いますけど、私たちはその両方を持ち合わせることを意識しています。スナフキンは、旅先からいろんな情報や知恵を持ってきてくれる。それをまちに新しい風を運ぶ役として、たしかに大事なのですが、それだけじゃ足りないんです。
ムーミン谷にはわがままなミーや、ちょっと気難しいヘレンさんなど、個性的なひとがたくさんいますよね。ムーミンママはいつも優しいけれど、言うときは言うタイプで、みんなをひとつにまとめていく。
地域で何かを実現するには、そうやってみんなをまとめていく土の作業がとても大事です。どちらかだけでもだめで、両方の要素が必要なんです。
コミュニティビジネスは山登りと一緒
最近では会社員や安定した仕事についているかたが、「独立してコミュニティビジネスを立ち上げたい」と相談にくることもあるそうです。そんなとき竹内さんは、こんなアドバイスをするのだとか。
山登りと一緒。頂上にのぼりたいという夢は大切にしながらも、いきなり駆けあがっては、だめ。実験を重ねて、コミュニティビジネスとして成立するか見極められるまでは、生活を保証する仕事は捨てないほうが良い。それでたとえ会社員生活を続けたとしても、絶対に実りはあります。
自分が暮らしに望むことが明確になるし、それに関連した新しいつながりもできる。地域で自分がなにをしたいか考えて動くことは、自分にとっても地域にとっても、とても豊かな活動につながります。
自分は地域になにを望んでいて、地域が良くなるためになにをしたいのか。地域のひとと対話し、じっくり考え、自分のやりたいことを実験するひとを増やすことが、地域力を高め、コミュニティビジネスを育んでいくのかもしれません。