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突然ですが、クイズです。
皆さんはフィリピンの山岳地帯に住む、貧しい農民の生計を向上させるプロジェクトを担当していると想定してください。担当したプロジェクトの一つは、農民に子ヤギを貸し付けて育ててもらい、ヤギが子ヤギを産んだら、そのうちの何頭かを返してもらって別の農民に貸し付けるというもの。
学校の先生の月収が2万円くらいのフィリピンで、農民はヤギを1頭4,000円で売ることができます。ヤギは農民の住む村の周りの草を食べて育ちますし、ヤギの繁殖能力は高く、子ヤギはどんどん生まれます。
このヤギのプロジェクト、成功すると思いますか?
この取り組みは、2005年から「GLM Institure(ジーエルエム・インスティチュート。以降GLMi)」という国際協力を行なうNPOが、フィリピンのヌエバ・ビスカヤ州で実際に行ったプロジェクトの一つ。いったん成功し、多くの農民の生計向上に役立ちました。
しかし、この話には後日談が。うまく農民の生計が向上し続けるかのように見えたこのプロジェクトですが、GLMiが管理をしなくなったら、たちまちうまくいかなくなってしまったのです。その理由は、農民がヤギを食べてしまったり、全部売ってしまったりしたから。
理由を聞くと「なぜそれを想定しておかなかったのだろう!」と思うかもしれません。しかし、国際協力においては、想定しておかなくてはいけないことが多岐に渡ります。
国際協力の人材育成をおこなう「GLMi」
GLMiは、国際機関で活躍する人材を育成するための取り組みを、現地事業の開発を通じて行うイノベーティブな教育機関です。このGLMiは、グローバルリンクマネージメント株式会社というシンクタンクの有志が設立しました。
グローバルリンクマネージメント株式会社は途上国のニーズを踏まえた国際協力の推進を目指して、平成2年に設立された社会開発を専門とするコンサルティング会社。スタッフ全員が、国際機関、ODA実施機関、国際NGOなどで働いた経験を持つ、開発援助の超一流のプロフェッショナル集団です。
このグローバルリンクマネージメント株式会社が営利目的の法人では行なえない事業を行うべくして作ったのが、GLMiなのです。つまり、GLMiの専門性は非常に高く、経験も豊か。GLMiの活動について、フィリピンでプロジェクトマネージャーを務める相馬真紀子さんにお話を伺いました。
成功したプロジェクトは、きれいごとじゃなく人の心を動かすものだった
GLMiでフィリピンのプロジェクトマネージャーを務める相馬真紀子さん
国際協力は、プロジェクトが終了した後も現地の人がすすんで行ない、続け、広めたくなるような仕組みを作らないとダメなのです。啓蒙は大切なことですが、自分の直近の生活を苦しくすることを続けるのは難しいのです。
ヤギのプロジェクトが失敗してしまったのは、結局現地の人が続けたいと思えるような仕組みになっていなかったからでしょう。国際協力実務者がいかに高度な専門性をもっていても、人の心を動かすための方法はそのときそのときで違います。それを探っていかないとならないのです。
と相馬さんは言います。そして、多くの成功例のなかで、うまくいった事例を2つ紹介してくれました。
そのプロジェクトは2つとも、山岳地帯の森林の荒廃を食い止めるためのもの。フィリピンの山岳地帯は、ラワン材やマホガニー材を大量に伐採しすぎたり、近年になって導入した農業の方法が悪かったりして、森林が荒廃して禿げ山になっています。
そういった山の場合、大雨が降ると土壌が流出してしまい、もともと貧しい山岳民族の畑が流れてしまいます。また、川に大量の土砂が混じり、ダムが土砂堆積によって壊れてしまったり、下流地域に土砂が堆積して被害をもたらしたりします。
この状態を改善するために行なったものの1つが「等高線耕作」と呼ばれる方法。フィリピンの山岳地帯では、山頂からふもとに向かうように畑の畝が作られているのですが、雨が降ると畝に沿って水が流れてしまいます。そこで高い技術が必要になりますが、等高線に沿って畝を作るようにし、畝の間には木を植えるようにしたところ、台風でも土砂が流れない畑になったそう。
等高線耕作の様子(写真提供=GLMi)
この等高線耕作は、GLMiが協力した地域以外にも自然に広がっていきました。相馬さんは言います。
このプロジェクトが協力した地域以外にも広がっていったのは、台風の影響が原因でした。2009年はフィリピンに大型の台風が上陸し、縦断して大きな被害をもたらしましたが、その時にも等高線耕作をした畑は流れませんでした。
その様子を見た、向かいの山の農民が等高線耕作を真似するようになり、広がっていったのです。
もう1つの例は、自然農法で作った野菜を、フィリピンのお金持ちに高く買ってもらう取り組み。フィリピンは貧富の差が非常に大きいので、貧しい山岳地帯の農民が有機農法で作った味が濃くておいしい健康な野菜を高く買ってもらう仕組みを作ったのです。
オーガニック野菜の販売を始めた(写真提供=GLMi)
有機農法を山岳地帯の農民に勧めるにあたって、相馬さんたちが資料を作って説明したところ、その方法は実は農民たちが昔やっていた伝統農法とほぼ同じだったことが判明。しかし、農民たちは慣行農法(農薬や化学肥料を使った通常の農法)の方が生産性が高くなると農薬会社に教わったと言ってGLMiの勧める方法に疑いを持ち、なかなか有機農法を取り入れようとはしませんでした。
そこでGLMiはフィリピン人に尊敬を集めているJICAの農業の専門家に協力を要請しました。
フィリピンでは日本の農業は非常に尊敬を集めており、農業研修としてフィリピンの農業指導者が日本に農業を学びにやってきたりします。つまり農民にとって日本の農業の専門家は、自分たちに指導をするフィリピンの農業指導者よりも上の存在。その専門家から、「あなたたちの伝統農法は素晴らしい」と言ってもらうことによって、自信を持って、喜んで伝統農法に取り組んでくれるようになりました。
対話の場、混沌としたものが生み出す価値
こういった経験をするなか、相馬さんは次第に「もっと外の世界に触れないといけない」と感じ始めたそうです。
国際協力の世界って、意外と「閉じている」と感じたのです。政府の援助機関だけでなく、民間企業や民間の財団、国内で活躍するNPO等、もっと多様なアクターとの協働がないと、新しいことは始められないのでは、と考えるようになりました。
またロジカルに考え、きちんと計算をすると、理論的にはプロジェクトはうまくいくように計画できます。でも、実際にはヤギのプロジェクトのように、マジメに考えすぎると見落とすものもあります。もっと外の世界に触れて、フランクに考えることが必要だと思いました。
そこで相馬さんが参加し始めたのが、現在のNPO法人ミラツクが行なっていた合宿やダイアログ。ここでさまざまな分野の人に出会い、対話によってそれぞれの人がすでにもっている知識や発想が繋がり合うことで新たな発想が生まれることを経験して、対話の場を国際協力の分野にもっと取り入れたいと感じたそうです。
清里で行なわれたミラツク合宿の様子(写真提供:NPO法人ミラツク)
国際協力というと他国の問題に援助をするように思われることもあります。でも、私たちがみな「地球市民」であると考えると、他国の状況もヒトゴトと捉えて見過ごすことはできません。特に環境問題などは、どこかの国が大気汚染をしたら、ただちに自分たちの問題になるのです。自分たちの問題なのだから、それは「支援」ではなく「協力」です。
「国際協力」をもっと多くの人と対話をして考えることで、GLMiからの一方通行のものではなく、GLMiが何もしなくても現地の人が思わずやりたくなるようなプロジェクトが、考えられるのではないかと思いました。
対話を生かした国際協力の担い手を作る仕組み
現在、GLMiでは複数の大学と連携して講義や合宿をおこなうことに加え、「国際協力塾」と「国際協力塾合宿」という取り組みを行なって、国際協力の分野で活躍する人材を育てる取り組みをしています。
「国際協力塾」では、国際協力を仕事としている人と、国際協力を将来の仕事として志す人が参加するセミナーです。参加型開発、ファシリテーション、BOPビジネス、交渉術など多岐にわたるテーマで開催し、ワークショップ形式で、ディスカッションやプレゼンテーション、対話を取り入れたセミナーを行っています。
また「国際協力塾合宿」では、東京でのオリエンテーションの後、実際にGLMiがフィリピンなどで取り組むプロジェクトに2週間参加して学ぶという研修です。
国際協力塾合宿に参加して卸売市場を見学する塾生たち(写真提供:GLMi)
今後GLMiでは、対話をいかして国際協力分野で活躍する人材を育成するための取り組みをすすめていくとのこと。専門知識に加えて対話によってみんなが進んでやりたくなるようなプロジェクトがもっと増えれば、地球全体が一歩ずつ良くなっていくに違いありません。
社会人も学生も参加できる国際協力塾。皆さんも、一度参加してみてはいかがでしょうか?