美しすぎる飛騨古川に行って来ました!
「自給自足できる街」をテーマに飲み語り合うgreen drinks 松戸と「カシワがカシワのままであり続けるために」をテーマに飲み語り合うgreen drinks 柏。
お隣同士の松戸と柏が一つになって、やっぱり飲み語り合うgreen drinks 松柏。松柏の由来は鎌倉時代に日蓮宗の僧侶が「松栄えれば柏悦ぶ」と言い、松と柏は共に密接な関係であることを表現した言葉です。
green drinks 松柏とは松戸と柏が共同で開催するgdのこと。隣町同士である松戸と柏はもちろん、松戸・柏と心の距離が近い町同士がお互いに栄え、悦びあえる関係にしていきたいと想って立ち上げました。
vol.3は飛騨古川で「クールな田舎をプロデュースする」をミッションに掲げる「株式会社美ら地球」の白石達史さんとのコラボで、1泊2日のツアーを開催。飛騨古川のみなさんの暮らしの中におじゃまし、飛騨が生んだ観光カリスマ(まじで観光庁認定です)村坂さんとのトークセッションをはじめ、ひだびととの交流や、飛騨の町やお店を見て歩く、里山ダイニングというツアーを満喫してきました。
その様子をレポートでお伝えします。
嫌でしょうがなかった地元・古川でまちづくりを
東京からバスにゆられること6時間。到着した一行は、さっそく飛騨市文化交流センターに移動し、観光カリスマ村坂有造さんとのトークセッションに参加しました。
地元古川を出て東京の大学に進学した村坂さんがまちづくりに興味をもったのは、卒業後、地元に戻り商店町の会合に顔を出したことがきっかけだったそう。村坂さんは当時のことを「とにかく古川が嫌で嫌でしょうがなかった」と語ります。
20代の頃から古川のまちづくりを行う村坂有造さん
なぜなら会合で繰り広げられているのは、いつも同じ話しばかり。東京オリンピックを迎え、すさまじい変化をする都会を目の当たりにしてきた村坂さんはこのままではいけないと思い、居ても立ってもいられず、ある時の会議で勇気を出して発言します。
「将来、息子に店を継がせたい人はどれくらいいますか?」
そこに集まっていた約40人の商店主のうち、手を挙げたのはたった4、5人。このままでは世代交代をした時に、古川町がどうなってしまうのか、答えは目に見えていました。
村坂さんはこの状況をなんとかするべく、生意気な若者だという目にも負けず、民間で行動できる仲間を集めるために青年会を立ち上げます。しかし、最初は設立条件である60名を集めるのがやっと。ビジョンも何もなくこれからの活動を模索していました。
そんな時、古川にちょっとした事件が起こります。なんと大女優・浜美枝さんがやって来られたのです。そこで思い立った村坂さんはなんと浜美枝さんをアポ無しで直撃訪問。「こんな田舎の何が良くて来たのですか?」と滞在の理由を聞いたそうです。
その返事はたったの一言でした。
「古川にはふるさとがあるのよ」
左からgd柏・吉岡、gd松戸・殿塚、村坂さん、美ら地球・白石さん
しかし、村坂さんは最初そのふるさととは何かがわかりませんでした。そこで青年会の仲間と一緒に、古川のふるさとを探すために自主映画『ふるさとに愛と誇りを』を制作。誰かに見せるためではなく、あくまで自分たちのコンセプトをつくるためのプロセスとして映画をつくったのです。
その過程でまちを見直し、寄せ集めが「仲間」として団結した頃に村坂さんに観光協会から声がかかります。これで今まで以上に規模の大きな活動ができると思った村坂さんはこれを受諾し、協会会員の若返りをはかり、観光協会の目標を「まちづくり」へと変更します。
さらには一般市民もまちづくりに参加しやすくするべく、木の国ふるさとづくりの会を設立。誰でもまちづくりに参画できるように制度を整え、一人ひとりが活動できる土壌をつくっていきました。
鯉の放流というソーシャル・イノベーション
村坂さんはその過程で、文化施設の建設の提案、美しい町並みを残すために「町並景観デザイン賞」をつくるなど、次々とまちづくりを形にしていきますが、特徴的なのは瀬戸川をキレイにする取り組みです。
古川の道の脇を流れる瀬戸川は、村坂さんが子どもの頃は、魚をとって食べられたというほどキレイでしたが、時代とともに段々と汚れてきてしまったそうです。「川をもう一度キレイにしたい」そのために村坂さんが思いついたのは「川に鯉を放流すること」でした。
鯉の放流によりキレイな水質を取り戻した瀬戸川
鯉を放流すればかわいそうで川を汚さないようにするだろうというアイデアは、今で言うソーシャル・イノベーション!古川では20年以上も前から既に人の行動のデザインが実行されていたのでした。
村坂さんのすごいところは徹底して、目的意識を共有し、それに参画する制度を整えているところ。これにより、議会、市民から叩かれるのではなく一体となったまちづくりへと進むことができたのです。
古川をただの観光地としてではなく「暮らしが見えて住んでいる人の息づかいが感じられる町にしたい」という村坂さん。そんな想いによって、住民の方々と一緒に少しずつつくられてきた古川という町を2日間かけて見ていきます。
松戸と柏をどんな町にしたいか
力強すぎるくらいの村坂さんとのトークセッションのあとは自分たちのアウトプットの番です。松戸と柏の2チームに分かれて、それぞれどんな町にしたいかを話し合います。
ポストイットに町をどうしたいのかを書いて、模造紙にまとめていきます。
柏チームは談笑しながら書く一方、松戸チームはもくもくと書き続けます。松戸は不満(未来への希望)が多いみたいですね。
最後は順番に発表。松戸の意見は、ビジョン、暮らし、コミュニティ、エリア、食、自然、治安などのカテゴリーに分けられ、世界遺産にしたい、江戸川でアユを釣りたいといった将来の夢から、夜一人で歩いても安心できる町、いい感じのカフェや雑貨屋さんが欲しいなど現実的な意見が出ました。
一方、柏チームは自然風景、アド町ック、脱!没!、自給、居場所、食、働き方、カルチャなどに分けられ、「脱千葉の渋谷」といったイメージ的なものから、自給できてお金がかからない町、働かなくて良い町、みんなで溜まれる場所が欲しいといった意見がでました。
おまちかね!ひだびととの交流
トークセッションのあとは山腰楼という素敵な料亭で、ひだびととの交流。村坂さんはもちろんのこと、一緒にまちづくりをやって来られた元市役所職員の加藤さん、そして最近飛騨に移ってこられた若い方々などたくさんの、ひだびとと交流しました。
古川に伝わる宴会で歌われる「若松さま」。村坂さんと加藤さんに披露してもらいました。
おいしすぎるお料理とお酒を頂いたあとはみんなでパシャリ!
古川の暮らしに触れてみよう
翌朝はオプションで美ら地球さんが主催する里山ダイニングというツアーに参加。実際に古川に暮らす人々の息づかいに触れて歩きました。
右:ガイドの松尾さん。参加者全員の名前を覚えて案内してくれました。
三月商店さん。味噌や麹を売っている商店です。古川の人々は自分の田んぼで獲れたお米を持ってきて、自家消費用の麹をつくってもらうそう。
続いて昨日いただいた日本酒を製造している渡辺酒造さんを見学。案内してくれたのは、なんとアメリカ人のコディさん。
町家カフェで休憩。この素晴らしい建物が壊されてしまうという話を聞いたオーナーさんが、なんとしてでも守りたいと一念発起してカフェをオープンしたそうです。
福山米穀店・精米所さん。ここには町の方々が自家消費用のお米を精米してもらうために持ってくるそう。住民の8割くらいの方が自分の田んぼを持っているそうです。
最後は地産地消ランチで終了。今まで見てきた古川の方々がつくってくれた食材とおもてなしのこころがたっぷり詰まったご飯でした。
自給自足できて古川が古川であり続けた町
僕たちが古川で見たもの。それは、人々が田んぼをやりながら、自分のできることを出しあって支えあいながら、町の良さを維持している姿でした。そしてそれは特別ではなく、いたって当たり前に存在していました。古川の人々の暮らしは、自給自足できる町を目指すgd松戸にとっても、カシワがカシワのままであり続けるためにを掲げるgd柏にとっても、理想的な姿だったのです。
地域経済とか地産地消というのは、これからつくる新しいカタチのように感じてしまいます。しかし古川での2日間でそれは日本人が昔から続けてきた当たり前のことだったのだと、改めて気づくことができました。
これからの生き方を考えたい方、将来の暮らし方に悩んでいる方。古川にはそんな問いにヒントを与えてくれる人々と、掛け橋となってくれる「美ら地球」という会社があります。是非一度、門を叩いて見てはいかがでしょうか?きっと150%のおもてなしで迎えてくれるはずです!
飛騨のみなさん、本当に本当にありがとうございました!
(Text:green drinks松戸 殿塚建吾)