千年後は無理かもしれないが、百年、二百年後の世界には責任があるのではないか。つまり、正しい答はわからないけど、その時代の中で、より良い方向を出してゆく責任はあるのではないかということです。 2010.10.16 グリーンズ編集部 千年後は無理かもしれないが、百年、二百年後の世界には責任があるのではないか。つまり、正しい答はわからないけど、その時代の中で、より良い方向を出してゆく責任はあるのではないかということです。 一星野道夫