川崎市に暮らす重度の化学物質過敏症の早苗さんは、オーガニックコットンの服しか身につけることはできず、食べるものもほとんどすべて手作り、家の前の道をタバコを吸っている人が通りがかっただけで呼吸困難で失神しそうになる。青森のリンゴ農家の木村明則さんは十年以上にわたる努力の末、無農薬無肥料のリンゴ栽培を世界で初めて成功させた。
このふたりの人生がひとつの「いのちの林檎」で結ばれる。
この映画は、何よりもまず化学物質過敏症というその実情を知られていない病気についての情報を、多くの人に伝えようというもの。この病気が病気として認定されたのはなんと昨年(2009年)の10月、それまでは正式な病気として認められてすらいなかったのです。そして、さまざまな症状が複合的に生じることから診断も難しく、ほとんどの場合はうつ病などの精神疾患と間違われるのだそうです。現在患者数は70万人から100万人といわれ、その原因はシックハウスが一番多く、ついで農薬やタバコ、ちょっとしたきっかけで誰もがかかる可能性がある病気なのです。
早苗さんが化学物質過敏症になったのは十年以上前、家の近くにゴルフ場があり、そこで農薬が散布されるたびに心臓発作のような症状を起こすようになったのです。それからどんどん症状は悪化し、もはや自宅で暮せないほどに。早苗さんはお母さんの通子さんと空気が吸える場所を求めて放浪生活を余儀なくされるのです。
この映画を見ると、私たちの生活がいかに化学物質にまみれているのか思い知らされます。現代を生きる私たちはみな日々、体内に化学物質を溜め込んでいっているのです。食べ物から、飲み物から、そして空気から。この病気が発症するのは、体内に取り込まれた化学物質の総量が飽和値を越えたときだといわれます。早苗さんほどの重度の患者はごくごく限られた人数ではあるものの、私たちも着々とこの病気へと近づいているかもしれないのです…
ここに映る早苗さんは本当に目を背けたくなるほどの苦痛をいつも抱えています。しかも、撮影されることによっても早苗さんの症状は悪化します。それにもかかわらず早苗さんはこの病気についてなるべく多くの人に知ってもらいたいという思いで苦しみに耐え、カメラも前にその姿をさらすのです。その想いが伝わってくるその画面から私は目をそらすことができませんでした。
対照的に木村さんはずっと笑顔を顔に浮かべています。農薬で奥さんが体を痛めたことから無農薬の栽培を始めた木村さんでしたが、今まで誰もやったことのない挑戦、約10年もの間、無収穫の日々が続き、ついには畑が競売にかけられることになって自殺をしようと山に入ったこともあったそうです。栽培に成功した今でも、その作業は決して楽ではありません。でも、木村さんは笑顔を絶やさず、つらそうな顔をみせることはありません。
実はこの笑顔こそがこの映画の核心なのだと私は思いました。早苗さんはほとんどの場合は笑顔を浮かべることはできませんが、お母さんの道子さんはなるべく笑顔で早苗さんと接そうとします。通子さん自身も化学物質過敏症であるにもかかわらず、つらい時も笑顔で早苗さんを励まし、早苗さんのためにやるべきことをやるのです。
この木村さんと通子さんに共通するのは、どんなにつらくてもあきらめることなく解決策を探す努力を続けること、そして幸せなときはそれをかみ締めて笑顔を絶やさないことです。その勇気と努力には本当に頭が下がります。
私たちが未来に向かって何かをやり遂げようというときに必要なのはこの忍耐力と笑顔なのではないでしょうか。困難には忍耐力で耐え、いいことがあったら素直に笑顔で喜ぶ、そんな積み重ねこそが未来への道を切り開くのです。
この映画は早苗さんの苦しみを通じて化学物質過敏症について知るとともに、木村さんと通子さんを通して忍耐と笑顔の大切さを学ぶことができる作品です。「面白いよ」と勧めるにはあまりにきつい作品ではありますが、決してただつらいわけではなく、そこには生きるということについての真実があり、苦しさの中にある希望を感じることもできるのです。
おそらく、化学物質過敏症を正面からとらえた世界初の映画、現代社会が生んだ病気とともに生きるためのヒントがこの映画にはたくさんあります。
この『いのちの林檎』の完成上映会が10月15日、北沢タウンホールで行われます(チラシ [ 表 / 裏 ] *PDFファイル)。10時半からの1回目は化学物質過敏症の方たちとその家族限定の上映会、2回目以降は一般向けの上映会となります。なかなか患者さん同士が情報を交換できない中で、このような機会は非常に貴重なものになるのではないでしょうか。