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助成金による支援を、「管理モード」から「信頼モード」へ。Trust-Based Philanthropyに基づく資金提供は、日本の非営利団体の可能性を広げていく

助成金はありがたいけど、負担も大きい。

非営利団体の方々と取材を通してコミュニケーションを取ることが多い私は、度々こんな声を耳にします。

本来は、社会課題解決のために活動する非営利団体をサポートすることを目的としているはずの数々の助成金や補助金。大切なお金である以上、適正な手続きや報告義務が生じるのは当然のことですが、慣習化したことで活動の妨げになっているとしたら、それは大きな矛盾です。

今日は、そんな矛盾を解消しようと、「信頼」をベースに、資金提供者と非営利団体の両者にとって望ましい資金提供のあり方を実践しながら探求しているおふたりにお話を聞いていきます。

民間の基金「みてね基金」を立ち上げ、非営利団体への助成事業を行う一般財団法人みてね基金理事の岨中健太(そわなか・けんた)さん。そして、NPO法人エティックの立場からみてね基金の助成事業に伴走し、「トラスト・ベースド・フィランソロピー(Trust-Based Philanthropy)」という概念を提唱する一般社団法人トラスト・ベースド・フィランソロピー・ジャパン代表理事の番野智行(ばんの・ともゆき)さん

おふたりの考え方と実践をヒントに、社会課題解決のために適切にお金が巡っていく、より良い資金提供のあり方を探ります。

助成先団体と同じ目線に立ち、信頼する。
「みてね基金」のあり方

記事の皮切りに、助成先団体との「信頼」をベースにした助成活動を行う「みてね基金」をご紹介します。

「みてね基金」は、子どもや家族を取り巻くさまざまな社会課題の解決に取り組む非営利団体を支援する民間の基金。株式会社MIXIが提供する子どもの動画・写真共有アプリ「家族アルバム みてね(以下、みてね)」の創業者である株式会社MIXI(以下、MIXI)取締役ファウンダー・笠原健治さんの個人資産をもとに、「みてね」が5周年を迎えた2020年4月より助成活動をスタートしました。

「すべての子ども、その家族が幸せに暮らせる世界を目指して」をミッションに、MIXIとNPO法人エティック(以下、ETIC.)が共同で事務局を運営。「難病・障がい」「教育」「貧困」「出産・子育て」「虐待」の5つの領域において社会課題の解決に取り組む団体への資金提供や伴走支援を行い、5年間で約16億円、約100団体への資金提供を実現してきました。活動開始から5年の区切りを迎えた2025年4月には、一般財団法人みてね基金を設立しています。

これまでの助成先団体と基金関係者が一堂に会した5周年イベントにて。最前列中央が、株式会社MIXI取締役ファウンダー・笠原健治さん(提供:みてね基金)

みてね基金の現在の助成プランは、「公募型」と「指名型」に分けられます。

公募型は、事業や組織の強化を目的とした2年間の「ステップアップ助成」(1団体最大1千万円)と、社会変革の創出を目指す3年間の「イノベーション助成」(1団体最大1億円)の2種類があり、どちらも複数年度にまたがる助成であること、また、イノベーション助成に関しては1億円という大きな金額の助成が受けられることが大きな特徴です。

これらに加え、この4月に新たに発表したのが指名型の「継続助成」です。採択団体の更なる後押しを目的に、これまで助成実績のある団体の中から基金側が指名し、助成期間も助成額も都度決定という自由度の高い助成プランとなっています。

2025年4月に新たに発表した、みてね基金の3つの助成プラン(提供:みてね基金)

みてね基金が大事にしているのは、助成先団体と同じ目線に立ち、信頼すること。Trust-Based Philanthropy (信頼に基づく慈善運動、以下TBP)を掲げ、「助成先団体の状況にあわせた伴走支援」、「自由度が高い資金使途」、「申請時計画よりも将来の成果重視」など、助成先団体にとって使いやすい、活動しやすい支援のあり方を意識し、実践し続けています。

民間の機動力がいきたスピーディな立ち上げ

今では子どもと家族を支援する助成金として、また、その使いやすさから高く評価され、活動家の間で広く認知されるようになった「みてね基金」。しかしMIXIの創業者としてビジネスの領域で力を発揮してきた笠原さんにとって、社会貢献は未知の領域だったはずです。

なぜこのような基金を立ち上げようと考えたのでしょうか。みてね基金設立の背景について、岨中さんは、創始者である笠原さんの想いを代弁するようにこう語ります。

岨中さん 「みてね」というサービス自体も、いわゆる“孤育て”をなくしていきたいという想いからつくったものなので、多くのご家族にご利用いただいてる社会的価値のある事業だと言えます。加えて笠原は、「事業で解決できることと、事業じゃないところで解決できることがある」と言っており、後者を自分たちでやろうと思っても、かなり難しいと感じていました。

岨中健太さん。一般財団法人みてね基金の理事。MIXIで20年間に渡り事業運営や新規事業の立ち上げ、カスタマーサポート、障害者雇用など、幅広い業務を経験。現在も複数部門の業務を担当する一方で、みてね基金の事務局業務も手がけている

そう考えた笠原さんが相談したのが、MIXI創業以前から縁のあったETIC.。ETIC.が支援している非営利団体を後押しするかたちで社会課題解決に寄与できないかと話を持ちかけたことから、みてね基金の構想が始まりました。

ときは2019年の終わり。奇しくもその直後に新型コロナウイルスが日本に広まり始め、社会には緊張が走りました。当時笠原さんとともに基金立ち上げの構想を進めていた番野さんは、こう語ります。

番野さん 当時はもう少し段階的なステップを踏んでの立ち上げを想定していましたが、構想段階で感染拡大が起きたため、この状況で何ができるのかという話になりました。

東日本大震災のときもそうでしたが、緊急事態になると非営利団体がいち早く動きます。でもそのスタート時点で団体には資金の手当がなく、他の助成金や政府の補助金が動き出すまでには、まだまだ時間がかかる。私たちから笠原さんに、「民間の機動力でスピーディに、資金がないなかで動く団体を支援するのはすごく価値があることかもしれません」とお話ししました。

番野智行さん。新卒でETIC.に入社後、コンサルティング会社に取締役として転職。2010年に独立し、ETIC.に再び合流。豊富な知見をいかし、みてね基金には立ち上げから伴走している

笠原さんと共に立ち上げに奔走していた岨中さんも、緊急性を感じ取りスピードを重視して柔軟に決断しました。

岨中さん 感染拡大により、外出ができず子育て家庭が行き詰まってしまったり、子どもの居場所が閉鎖されてしまったり、子どもの領域の活動に大きな影響が出ていました。私たちもノウハウがあったわけではないので、ここはもうETIC.さんに細かな判断をお任せしようと。最速でやらなくてはいけないので、審査も簡略化することにしました。

当時、助成金の多くは対面での面接や印刷書類の提出が慣例でしたが、みてね基金ではMIXIのIT企業ならではの効率的な進め方を採用し、募集プロセスも審査もスピーディーに遂行していきました。その結果、2020年4月半ばに助成プログラムの公募を開始し、その1〜2ヶ月後には助成先団体を決定。一気に53団体に対して約3億円の助成を行うという、類まれな規模とスピードでの基金スタートとなりました。

自然に浮かび上がった「信頼」というキーワード

初めて助成事業に取り組み、子どもにまつわる社会課題の現場に触れた岨中さんは、すべてのプロセスにおいて大きな気づきが得られたと振り返ります。しかし当時は緊急事態の中のスタートだったため、基金としてのあり方をしっかり議論したわけではなかったそう。

ただ、ETIC.の立場で岨中さんと一緒に立ち上げに奔走した番野さんは、現在大切にしている「信頼」という考え方の原点となる期間だったと言います。

番野さん 申し込みのあった団体の審査をしようと思っても、過去の考え方が通用しない未知の状況では何がインパクトのある活動なのか私たちもわからないんです。私たちが決めるよりも、それぞれの課題や当事者に最前線で真摯に向き合っている団体の方々が必要だと感じることを信用するしかない。

だから、インパクトを生むかどうかというロジックの前に、「真摯に課題に向き合って、お金を託せる団体を信頼しましょう」といった話をしていました。

そして実際、助成先団体のみなさんは、想像以上に助成金を有効に活用してくれたと感じたそう。

番野さん 助成先団体から報告していただいた内容を聞いて、「なるほど、私たちが細かく考えなくても、現場で真摯に活動されている方々に託すことで生まれてくる価値があるのだ」と実感しました。それはみてね基金に携わったメンバーの共通の体験だと思います。

岨中さんも深く頷き、こう語ります。

岨中さん 本当にそうです。私は20年間に渡り笠原と密接に仕事をさせてもらっていますが、笠原自身がユーザーに近いところでプロダクトをつくっていきたい人間で、組織の中でプロダクトをつくっているスタッフがちゃんとユーザーのことを見て判断することを大事にしているんですね。現場の人間と笠原の意見に齟齬が生じても、最終的に「現場がそう思っているなら、それが良いと思う」と考える。

やはりそこには「信頼」があります。ETIC.が信頼するNPOの方々であれば私たちも彼らを信頼しましょうと、自然に「信頼」というキーワードが浮き上がってきた感覚がありました。

「応募や報告の負担が大きい」……。助成金の矛盾に触れて

ある意味「信頼」をベースにせざるを得ないような緊急事態の中で始まったみてね基金の助成活動。その後の関係者間の議論でも「信頼が大事だよね」という言葉が自然に出てきたと言います。その背景には、助成先団体とのコミュニケーションのなかで見えてきた、これまでの助成金におけるさまざまな矛盾がありました。

番野さん 助成先団体の方から「現場の状況が変化したので、使途を大きく変更したいんですけど、ダメですよね?」といった問い合わせを複数いただいたんです。事務局内では「その方が活動の価値が高まるなら、全然いいですよ」とお答えしました。

番野さんはETIC.の業務で多くの非営利団体との関わりを持ってきましたが、これまでも助成金に対して、活動を助けるものであるものの、負担が過度に大きいといった声を多く聞いてきたと言います。

番野さん 何人かのリーダーから「応募や報告に関する負荷が大きく、団体の活動を阻害している」という声も聞いていました。

適正な手続きやある程度の報告義務があるのは資金の性質上、仕方ないし、必要なことだとは思っています。ただ、応募や報告の場面での過度な負担が、非営利団体の大切な活動時間を必要以上に奪い、インパクトを阻害しているかもしれないという議論も耳にするようになりました。

助成金が、非営利団体の活動が生み出すソーシャルインパクトを阻害することもありえるという矛盾に直面したふたりは、みてね基金において、その矛盾を解消するための仕組みを少しずつ取り入れていきました。

たとえば、無駄な報告はなるべく減らしていくという意識を常に持ち、報告書の項目を見直したり、団体の状況に合わせて頻度を変えて柔軟に面談を行うようにしました。この面談の目的は「報告」ではないと岨中さんは強調します。

岨中さん たとえば「これだけイベントを開催して人が集まりました」といった報告を受けたとして、私たちはそれを達成するためだけではなく、その先にあるもののために支援しています。ですので、目線が手前に留まっていると感じたときには「それも大事ですが、本当はもっとこっちを目指さなきゃいけないですよね」と、足元を見過ぎない目線の合わせ方をします。

ただ現場のこともすごく大事なので、現場の課題から見えてくる先のゴールを常に意識しながらコミュニケーションを取ることを意識しています。

目線を先の方に置いて考え、面談のコミュニケーションの中で基金側から計画や体制の変更を提案することもあるのだとか。その中に基金の関係者で対応できないことがある場合は、専門家に入ってもらって支援体制を厚くすることもあると言います。番野さんは少し客観的に、みてね基金のあり方についてこう分析します。

番野さん 私は、一人の生活者として、笠原さんやMIXIという会社は、徹底的にユーザーの目線に立って「MIXI」や「みてね」などのサービスを一つひとつ丁寧に育ててこられた会社だと思っています。私はそのカルチャーが、このみてね基金のやり方にとても合っていると思って見ています。

多くの助成金はまだまだ「単年で一定の成果を出してください」といった短い時間軸で話をしがちです。でも、社会課題は短期間で解決できるものではないですよね。実際に活動してみたら想定と違うこともあります。岨中さんたちはそのことを事業の経験を通してすごく理解されているので、社会課題の領域にも、その時間軸を持ち込みながら取り組んでいらっしゃる。遠くを見据えつつも今必要な現場の動きやニーズにもしっかりと目を向け、よりよい活動をつくっていくという目線がとても大きかったです。

このあり方は助成先団体にも大きな変化をもたらしており、「伴走支援が本当にありがたかった」「『本当にやりたいのはそれではないのでは?』と問われて涙を流すようなこともあった」といった声も届いています。

しかしこういった伴走支援は、当然のことながら基金側にとって大きな負担となります。「なぜそこまでできるのだろう?」という問いが浮かびますが、みてね基金では助成先団体のことをどのような存在だと感じているのでしょうか。

岨中さん 「支援先」ではなく「起業家」のように捉えていますね。みなさんのやりたいことに関わらせていただいて、知らないことに対して一緒に向かっていけるという楽しさは、営利の世界でも非営利の世界でも同じだと思っていて、それがより困難であるほど、ある意味私たちも燃えるわけです。世の中にないものをつくっていくこと、解決が難しいことに挑んでいくことが、私たちにとっての面白みでもあったりするんですよね。

「それでは助成先団体から受け取っているものもある?」と聞くと、「めちゃくちゃ多いです!」と岨中さん。

岨中さん 私たち自身はもともと、社会課題のことさえ知らなかったんです。社会課題に向かう起業家のみなさんやETIC.の存在も含めて、非営利活動の領域の構造も知らなかった。

だから助成先団体の方に課題を教えていただいて、その支援の機会をいただいているという感覚が強いです。自分のお金や時間を、現場で汗を流して取り組んでいらっしゃる方々が必要とすることに使う機会は、私たち自身の力では見つけられないですよね。

「支援」という言葉を使っていますが、どちらかというと私たちは「笠原の私財を活用した助成活動に参加させていただく」という感覚ですし、知ったからにはちゃんと「こういうことをやっている人がいるよ」と伝えていくことも、私たちの役割として重要かなと思います。

みてね基金ではnoteのマガジンサイトを開設し、助成情報の他、社会課題に取り組む団体の想いを伝えるインタビュー記事も配信している

岨中さんによると、笠原さんが個人の活動としてみてね基金を立ち上げ、5年にわたり活動している様子を見て、MIXIの社員の方からも社会課題に対する関心を伝える声が届いているそう。現状MIXIの事業への直接の影響はないとのことですが、岨中さんのお話から、営利と非営利の世界が緩やかに交わっていくようなイメージが湧きました。

みてね基金では、助成先団体とのミートアップイベントも度々開催。「どうしてもお金を出す側と受ける側という構造になってしまうので、そこに陥らないように常に意識しています」と、岨中さん。イベントでは笠原さんも自らの言葉で助成先団体に直接想いを伝え、対等な関係性を築くことを大切にしている(提供:みてね基金)

TBPという旗を掲げ、日本の助成金のあり方を変えていく

立ち上げから5年。みてね基金は、一般財団法人みてね基金を設立し、大切にしたい概念として「トラスト・ベースド・フィランソロピー(Trust-Based Philanthropy)」を掲げました。

Trust-Based Philanthropy(以下、TBP)とは、助成を行う団体と非営利団体の間に「パートナーとしての信頼関係」を築き、柔軟かつ長期的に支援を行う考え方です。直訳すると「信頼に基づく慈善活動」。2020年に米国でムーブメントが生まれたのをきっかけに、各国の文化や法制度に合わせて応用され、世界へと広がっています。

資金提供者の「従来の支援スタイルが不均等なパワーバランスを生んでいるのではないか」という問いを起点に生まれたTBP。「現場のことは現場が一番よく知っている」という前提で、受給団体のニーズと専門知識を優先するフェアで包括的な資金提供のあり方を実践に落とし込むために、「無制限な資金の提供」「複数年の支援」「簡素な手続き」など6つの原則が提唱されています。

TBP が提唱する「信頼を行動に変えるための6つの実践」(一般社団法人トラスト・ベースド・フィランソロピー・ジャパン提供)

番野さんによると、これらの原則もTBPの絶対条件というわけではなく、資金提供者が本当にやりたかったことを実現するためのあり方を考えるためのきっかけとして提案されたものだそう。

みてね基金は、もちろんこれまでも「信頼」を大切に活動してきましたが、法人設立と同時にTBPのあり方をより色濃く体現した助成プラン「継続助成」を新たに発表しました。一般的な公募ではなく指名性を採用し、採択実績のある団体のなかから総合的に判断した上で支援先を決定し、助成期間や助成額も都度決定していく「継続助成」。このプランを新設した背景について、岨中さんはこう語ります。

岨中さん 社会課題に取り組むためには年月が必要だという前提でこれまでも複数年支援を実施してきましたが、資金が切れてしまうと今までやってきたことができなくなりますよね。

本来であれば資金提供者同士がもう少し手を取るのが理想だと思います。たとえばみてね基金の助成が終わるタイミングで他の資金提供者に対して、「この活動はすごくいい発想をしているから支援しませんか」といった、ある種ファンドレイザー的な役割も実現できたらと思いますが、今のところはできていない。

であれば私たち自身がまずやるべきは、これまで支援してきた団体を、お互いの信頼をベースに追加で支援することだろうと思い、継続助成をつくりました。

金額などはまだ何も決めておらず、「未知の世界へ進むということです」と笑う岨中さん。他に類を見ないプランのように思えますが、実際はどうなのでしょうか。

番野さん 日本ではまだ公募で選考するのが当たり前です。でも、たとえば私が所属するETIC.は、幸いにも長く応援してくださるような資金提供者の方々がたくさんいます。その結果、「いい活動をしてコミュニケーションを取っていけば、応援を続けてくださるんだ」という気持ちになり、本来やるべきことに集中できています。

みてね基金は、まだこういった概念が広まっていない日本において、象徴的な活動になるのではないかと思って見ています。

私自身も取材を通して数多くの非営利団体とお付き合いする中で、「助成金が切れたら活動を続けられない」という危機感を抱いて活動されている方々に多く出会ってきましたが、「そうなるとアクセルが踏めないですよね」と番野さんは続けます。

番野さん 無条件で支援を受け続けられるという甘えを持ってはいけないのですが、アクセルを踏んでちゃんとやるべきことをやれば見てくれている人がいるという関係性がどうすれば増えるかと常に考えています。もちろんお互いの意識として、「急に梯子を外さない」ということや、逆に「いい加減なことをしない」ということも重要になってきます。

お互いに信頼しあえる関係性をベースに、大きな社会的インパクトを目指す指名型の継続助成。一方でみてね基金では、これまで通り公募の助成も継続していきます。こちらに関しては、これまで支援経験のない団体への助成を見据えているとのこと。ここにも、これまでの助成金における課題感が反映されています。

岨中さん 一般的な公募プログラムの課題として、名前が知られている団体や成果を出している団体にお金が集まりやすいということがあります。一方で、とても頑張っていらっしゃるのに、なかなか注目されない団体もたくさんいらっしゃいます。

みてね基金では、これまで支援してきた団体は指名型の継続助成で支援させていただいて、公募型ではこれまで支援したことのない団体にしっかり光を当てていきたいと考えています。

番野さん 公募型はどうしても競争になるので、普通に審査をするとやはり実績のある団体が選ばれます。投資や受験の世界はそれでいいのかもしれませんが、社会において「誰も取り残さない」という視点で考えると、力のあるNPOが活動しているエリアの子どもたちはサービスを受けられて、そうではない地域にはお金が回らないということになる。もしかすると公募型だけでは、知らず知らずのうちに格差の拡大に加担していると言えるかもしれないと最近考えています。

番野さんによると、TBPの考え方自体も、公平性やインクルージョンを重視しているとのことです。

アイデアも実力もある団体には、金額も期間も制限を設けずに支援し続けていくこと。
公平性を大切に、光の当たりにくい活動にも支援を広げていくこと。

みてね基金は、現在の日本の助成金がまだ取り組めてないけれど、社会課題の本質的な解決のためにはとても大切なことに、TBPという旗を掲げて全力で取り組み始めたのです。

管理モードか信頼モードか。
TBPを掲げた先に見据える世界

スタート時より信頼を大切に歩んできたみてね基金が、改めてTBPという概念を掲げたことは、日本の助成金のあり方に一石を投じる象徴的なできごとのように思えます。そこにはどんな意図があるのでしょうか。今年2月に一般社団法人トラスト・ベースド・フィランソロピー・ジャパンを立ち上げ代表理事に就任した番野さんは、その意義についてこう語ります。

番野さん ここ数年、ビジネスで成功された方や富裕層の方から「フィランソロピー(社会貢献)をやりたい」という声がすごく広がってきています。金融機関の方からも、富裕層の方々からの相談が資産運用から社会貢献に変わってきたと聞きます。

そうやって踏み出してきた方々が資金提供をするときに、管理モードなのか、信頼モードなのか。TBPの考え方を広く認知してもらい、2つのモードを状況に合わせてちゃんと使い分けることができる助成金や資金提供者が増えていくと、さまざまな非営利団体の可能性がもっと広がると思うのです。

さらに、TBPという考え方を起点として普段は意外に横のつながりがない資金提供者同士が関係性を築き、役割分担をしたりパートナーシップを結んだりすることが可能な世界が生まれたらいい。その方が実は、それぞれの資金提供者が実現したかったことが現実に近づいていくんじゃないかと思っています。

7月に開催された、一般社団法人トラスト・ベースド・フィランソロピー・ジャパンの設立記念イベントには、オンラインも合わせて約100名が集った(提供:一般社団法人トラスト・ベースド・フィランソロピー・ジャパン)

まだTBPが日本で認知されるのはこれからというタイミングですが、番野さんは確実に社会の変化の兆しを感じ取っているようです。この記事の最後に、岨中さんと番野さんが、みてね基金、そしてTBPを通して見据えている世界を共有していただきました。

岨中さん 最近若い起業家の方から、「笠原さんのやってることはすごいですね。僕もやりたいです」と言ってもらえることがすごく増えました。日本にもそういった流れが生まれてきつつあるのかなという感覚を持っています。

ただ、みてね基金のやり方が正解だとは決して思っていません。いまはすごく心地いい状態で、このやり方のほうが私たちも楽しめますし「世の中のためにもなるのではないかな」という感覚がありますが、これからまたさまざまなことをインプットして改善し続けていきます。一緒に動く仲間が増えていくと嬉しいですね。

番野さん この社会の状況を良くしたいと思っている人の裾野が確実に広がってきている中で、非営利団体も資金提供者も市民も、それぞれがどのようなかたちで自分たちの社会をつくっていくかということを、改めて考えるタイミングに来ていると思います。

そんな中で今すごく感じているのは、資金提供者には、お金を出すという以上にできる仕事があるということです。

さまざまな団体の実践を見るということは、課題や解決策に関する情報が集まってくるということです。「もっとこんな実践があったらいいのではないか」と一緒に考えつくっていくこともできる。岨中さんは「心地いい」と言いましたが、単にお金を出して書類を集めるだけではなく、基本的なことをしっかりやった上で、資金提供をしているみなさん自身も楽しく心地よく人としての貢献を感じられるような道筋を一緒につくっていけると、良い流れができるのではないかと思います。

これからTBPを軸にさまざまな人と学びの場などをつくっていきますが、その先にどんな世界ができるのか考えると、難しいけれど楽しみだなという気持ちがありますね。

難しいけど、楽しみ。

この言葉には、資金提供者、支援先団体の両者にとって心地よいフィランソロピーのエコシステムをつくり上げていくのはそんなに簡単なことではないという覚悟と同時に、みてね基金を通して変化の兆しと心地よさを感じとってきたおふたりの確かな手応えを感じます。

これからの日本のお金の巡りをよくするキーワードとなるであろうTrust-Based Philanthropy。社会課題の解決に、想いとともにお金がちゃんと巡っていく未来はそう遠くないのだと思うと、なんだかワクワクしてきませんか?

「管理」よりも「信頼」を。
信じられる未来は、すぐそこまで来ているのかもしれません。

(撮影:廣川慶明)
(編集:増村江利子)