サステナブルな取り組みに興味があるけど、どう行動すればいいんだろう?
そんな方に、私たちからお出かけのご提案。といっても、観光地をめぐる旅じゃありません。駅、商業施設、公園……普段のなにげないお出かけが、ちょっと視点を変えるだけで、サステナブルなアクションになるのです。
東急線沿線は、そんな行動のきっかけがたくさんある街。サステナブルな暮らしがある街へ、私たちと一緒に出かけてみましょう!
気候変動ではなく「気候危機」という表現が広く使われた2019年の国連気候行動サミットから何年も経ちますが、いまだに環境問題は深刻化するばかり。対応は急務と言われ続け、さまざまな対策が講じられているものの、なかなか進展は難しい状況にあります。
そのようななか、企業・行政・消費者・市民などさまざまな立場の人たちの脱炭素社会に向けたアクションを生み出すことを目指すプラットフォーム「DO! NUTS TOKYO(ドゥ!ナッツトーキョー)」では、10〜20代の若者と企業や自治体との共創による情報発信などに取り組んでいます。
そして、DO! NUTS TOKYOの若者アンバサダーである大学生5人が発案した、「未来のためのエネルギーを考えよう」をテーマとしたポスターが、2024年11月頃から渋谷駅の大型バナーをはじめ、東急線全駅で掲示されました。

制作されたポスター。「2050年に残し続けたいもの」というテーマで集められた写真と共に、「私が行きたい2050年の未来」「東急電鉄は再生可能エネルギーでこの未来へ走っています」という文言が書かれている(提供:東急電鉄)
「2050年に残し続けたいもの」をテーマに、一般の方から募集した約400枚の写真をモザイクアート化したこのポスター。電車のドアが開いた先に、モザイクアートで構成された電車が覗くデザインになっています。
全路線再エネ由来の電力100%で運行している東急線(くわしくは過去の記事にて)の車両をメインビジュアルに、「私が行きたい2050年の未来」のメッセージと共に、再エネの必要性が表現されました。
今回は、このポスター企画に挑戦した「DO! NUTS TOKYO」若者アンバサダーのひとりである阪田留菜(さかた・るな)さんと、東急電鉄株式会社(以下、東急電鉄)の広報・マーケティング部に所属する中野健太(なかの・けんた)さん、環境ジャーナリストとして環境・エネルギー問題に関する活動を続けてきた枝廣淳子(えだひろ・じゅんこ)さんの三名で、環境問題に関する取り組みについての座談会を行いました。
環境問題の情報を関心のない層に届けるにはどうしたらいいのか、気候変動を止めるためにできることはなんなのか、そして鉄道会社が持つ可能性とは……。専門家と若者による議論の様子をお届けします。
関心のない人に届けるためには、なにが必要?
枝廣さん 私は環境問題に関わるようになって、もう25年ぐらいが経ちます。おそらくお二人が生まれる前から取り組んでいますが、世界と比べると日本の環境意識は低く、なかなか取り組みが盛り上がらないと感じています。
阪田さん 私もいま卒業論文を書いているところなんですが、そのテーマは「日本の若者が気候変動対策に取り組み続けるにはどうしたらいいのか」なんです。
枝廣さん へえ〜! どんな内容なんですか?
阪田さん ちょっと他力本願な感じもありますが、「若者以外の世代の参加が重要なのでは」というまとめにしました。メディアに携わる大人たちが取り上げるからこそ、若者の活動への注目が増すこともあると思うので、多世代の関わりが欠かせないのではないかなと。
枝廣さん 確かに、「若者だけに背負わせないでほしい」という気持ちもありますよね。中野さんは環境PRを担当されているということですが、環境問題の伝え方についてはどう考えているのでしょう?
中野さん 自分はPRに関わり始めてまだ3ヶ月ぐらいですが、環境のPRは伝わりづらいことと、施策の効果を測りづらいことが課題だと感じています。
今まで世の中でつくられてきたPRの制作物も見てきたのですが、小さい文字で「環境に関して、〇〇しています」と書いてあるものが結構多く、これでは伝わらないのではないかと思いました。なので、今は伝え方の工夫をさまざまな角度から考えています。
枝廣さん 環境問題は、なんで伝わりにくいのでしょうね?
阪田さん 環境への危機感を持つのも関心を持つのも、きっかけは人それぞれですよね。だからこそ、伝える側がなにを切り口にして伝えるのかが難しいと感じています。あと、私はお笑いが好きなのですが、やっぱりお笑いと比べて環境は面白くないと感じてしまいます(笑)
枝廣さん なるほどね! たしかにそうかもしれない。
阪田さん お笑いみたいな面白い情報と比べると、環境問題に関する情報を集めるのはちょっと熱量が下がってしまうのを、自分自身も感じていて。
ただ、最近思うのですが、お笑いが面白いのはネタや漫才に力があるというのはもちろん、ファン同士のコミュニケーションに魅力があるからでもあるなと。もしかしたら環境問題も、関心のある人たちでもっと盛り上がれれば、楽しいと思ったり、取り組みたいと思う人が増えるのではと思ったりします。
環境に関する広告が、街中にあってもいいじゃないか
枝廣さん 今はどの企業も、自分たちの環境に関する取り組みをPRしてるじゃないですか。そんな情報の洪水の中で、自分たちの取り組みが伝わるように打ち出していくのは大変ですよね。
そんななかで、「未来のためのエネルギーを考えよう」をテーマとしたポスターの制作はどのような経緯で始まったのか、教えてもらえますか?
阪田さん 2年前ぐらいに、「東急電鉄の全線が、実質再エネ100%で運行するようになった」というニュースを見て、「すごい!」と思いました。でも、私の周りの人はあまり知らないように感じて。その取り組みを広めるために、なにかアクションができないかと考えていたんです。
ちょうどそのころ、駅を歩いているとアイドルの誕生日を祝うポスターを見つけて。そんなふうに、環境問題についても駅の広告で伝えることができるんじゃないか? と思うようになりました。
街中を歩いていると、商品の消費を促す広告や、美容に関する広告などが多い。ですが、気候変動の現状や対策の必要性を考慮すると、もっと環境をテーマにした広告が街中に増えてもいいのではないか、ということを東急電鉄さんに提案させていただきました。
枝廣さん 街中で目にするポスターにはアピール力があるから、環境のことを伝えるために使えないか、という発想だったんですね。
でもポスターは、伝えられる情報量が限られている。加えて、見た人の感性に訴えるのか理性に訴えるのかによって、つくり方も違うと思います。そんなむずかしさがあるなかで、どんなふうにポスターをつくっていったのでしょう?
阪田さん 私の周りの友達も、普段から東急線を通学で使っていても、再エネ100%で電車が走っていることを知らなくて。もしかしたら、再エネの導入が気候変動対策になるということも、あまり関心のない人からしたらイメージがつかないのかなと思いました。なので、地球温暖化や気候変動の現状と、東急電鉄の取り組みの情報、どちらもポスターに入れたいと考えていました。
あともうひとつ、「つくる過程に人を巻き込むこと」もポイントでした。ポスターを貼るだけでは人は見ないし、メッセージも伝わらない。そこで、「モザイクアートをつくるための写真を提供する」というアクションを踏んでもらい、「一緒にポスターをつくる」という方法をとることで、取り組みへの理解度も深まるのでは、と考えました。
枝廣さん いいアプローチですね。
阪田さん ポスターのデザインも私ではなく、もともと気候変動への興味はないけどデザインができる友人がつくってくれたので、表現も柔らかく、環境問題への関心がそれほど高くない人でも受け入れやすいものに仕上がりました。
枝廣さん ただ受け手でいるだけじゃなく、取り組みに関わってもらう。そのつくり方自体に、きっと効果がありますね。「自分がちょっとでもアクションする」という機会をつくることがすごく大事だと思います。
関心のない層に届ける「トロイの木馬作戦」
枝廣さん 私も環境のことをもっとみんなに知ってほしいと思って、20年ぐらい前に本を書きました。環境問題に取り組んでいる人たちには評価されましたが、いかにも「環境問題の本です!」というタイトルをつけてしまったので、本屋さんの環境コーナーに置かれてしまって。
でも、私が本来メッセージを伝えたかった「環境問題に関心のない人」は、環境コーナーには行かない。だから本自体は評価はされたけど、失敗だったなと自分では思いました。
中野さん 届けたかった層には届かなかったのですね。
枝廣さん はい。それでその後に出したのが、『朝2時起きで、なんでもできる!』という本。朝2時に起きる生活をしながら自分の時間をつくって、子育てもして、英語の勉強もして、通訳の仕事に就くまでの経緯を書いた本です。
本の中で2ページだけ、私がずっと発信し続けている環境メールニュースの中でも短くて面白いものを載せて、「こんな活動もしてます。ちなみにここから登録できます」と小さく書いておきました。そうしたらそれを見て、「なんか面白いニュースを出してるな」と登録してくれた人が何千人もいたんですよ!
阪田さん すごい! 関心が異なる人のアクションにもつながったんですね。
枝廣さん そうなんです。これは私にとってすごく学びで、それ以来、「トロイの木馬作戦」と呼んでいます(笑)入口は本当に伝えたいこととは別にしておいて、来てくれた人に伝えたかったことをちょっとだけ持って帰ってもらうんです。
環境問題に関心がない人のことを「無関心層」と言いますが、すごく失礼な言い方だと思っていて。環境のことには関心がなくても、その人たちも何かに関心はあるわけじゃないですか。スポーツかもしれないし、お笑いかもしれないし。だから「環境問題が大事だから聞きにきてください」ではなく、私たちがその人の関心があるところまで出ていかないとダメだと思っています。
阪田さん なるほど……!
枝廣さん さきほど、デザインしてくれた人がもともとは環境問題に関心がなかったと言っていましたが、その方にとってポスターをつくることが関心を持つきっかけになったのではないかと思います。だから「すごいやり方でつくったな、面白いな」と思いました。
阪田さん デザインしてくれた方もそうですし、友達からも「ポスター見たよ」と連絡をもらったり、ポスターの貼られた駅に立って観察してみたら、チラチラとポスターを見てくれる人がいたりして。なにを思ってるかはわからないですが、「目に入ってはいるのかな」と嬉しく思いました。
中野さん モザイクアートは、賛同してもらって写真を集める作業など、つくる過程もすごく大変なので、会社の人間だけだとやりづらい。今回阪田さんのように熱量がある学生さんとご一緒できたからこそ実現したし、社内でも「今までのPRとは一味違うものができた」という感想がありましたね。

2024年10月25日に行われたポスター贈呈式での一枚(提供:東急電鉄)
「いかに正しい情報を伝えるか」に気をつけなければいけない
枝廣さん ポスターをつくる過程で学んだことはありますか?
阪田さん ポスター作成の最後になって、「どういう内容なら載せていいのか」という問題にぶつかりました。
たとえば、グリーンウォッシュ(※)に関する法律がイギリスやフランスなどの国では存在していて、使ってはいけない言葉も決まっていますが、日本だと直接的に規制する法律はない。そのなかで誤った発信をしないようにしないといけなくて……。
(※)企業などがブランドイメージ向上のために、環境に配慮しているように見せかけて実態の伴わない取り組みなどをアピールし、消費者に誤解を与えるような行為を指す。
枝廣さん グリーンウォッシュに対する視線の厳しさも、アメリカやヨーロッパと日本とでだいぶ違いますよね。
阪田さん 結局、広告代理店が出しているガイドラインに目を通したりして内容を決めていきましたが、今後日本でも法律やガイドラインが増えてくるのかなと思いました。
枝廣さん グリーンウォッシュのガイドラインや法律は消費者を守るものですが、つくる側もそういった線引きがあった方が安心してつくれますよね。
中野さん 東急電鉄の再エネ100%の取り組みは、非化石証書(※)を用いることによって、CO2排出量を実質ゼロにしています。情報の伝え方という点でいうと、この複雑な仕組み自体をどう正しく伝えていくのかということも、個人的には課題だと考えています。
※非化石電源により発電された電力の環境価値を取り出した証書
枝廣さん たしかに。いかに正しい情報を伝えるかということは、環境に関する取り組みを伝えていくうえで考えなければいけない点ですね。
気候変動は止められない。でも、できることはある
枝廣さん 残念ながら気候変動の影響は、これからもあちこちで集中豪雨や気温が上がるといったかたちで、否応なく出てくると思います。それに伴って世間の関心が高まることで、阪田さんや東急電鉄さんが出している情報や取り組みがより響くようになるのではと感じています。
ただ一方で、「絶望感を広げないようにしたい」と私は思っていて。気候変動は止められないけど、よりひどくなる手前で抑えられるかは私たち次第だと思っています。
エネルギーに関しては、まず消費量を減らし、それから使うエネルギーを再エネに変えることが欠かせない。けれど、たとえば炭素の排出量がゼロに抑えられたとしても、それまでに出してしまったCO2が大気中に残っているので、温暖化は簡単には止まらないんですよね。
化学物質などが大気中に安定して存在している時間を「大気寿命」と言いますが、実はCO2はこの大気寿命が長いので、一度大気に排出されてしまうとなにかに吸収されるまで長く大気中に残り、温室効果を持ち続けます。
中野さん そうなんですね……。
枝廣さん なので、これから出すCO2を減らしてエネルギーのあり方を変えていくことは最低限必要ですが、それだけではなく、出してしまったCO2を吸収・回収しないといけません。その方法として1番よく知られているのは、植林ですよね。
あとは、海藻などの海の植物によって海中や海底に蓄積されるCO2を「ブルーカーボン」と呼ぶのですが、藻場の再生をして海の中の植物に吸収してもらう方法もあります。
枝廣さん 温暖化を止めるためには、もうひとつ必要なことがあります。木や植物に固定化された炭素は、ある年数が経って燃やされたりすると、空気中の酸素とくっついてまたCO2に戻ってしまう。なので、木や植物が吸収してくれた炭素を大気中に戻らないかたちに固定化する、つまり「炭にする」ということが重要です。
中野さん なるほど! 「炭素固定」と呼ばれるものですね。
枝廣さん そうです。剪定した枝や、籾殻、間伐材、竹など、日本には不要とされる植物系のものがたくさんあるのですが、そのほとんどは重油をかけて燃やされています。そのため、現在は重油のCO2と植物が溜め込んできたCO2の両方を排出している状況にあります。
でも、それらを燃やすのではなく炭にして土の中に入れていけば、大気中のCO2濃度を減らすことができると私は考えています。だから、熱海で炭の事業を起こしたりもしているんです。
中野さん 東急電鉄でも、森林資源の循環に貢献できる“木と人がめぐるまちづくり”を目指す「SOCIAL WOOD PROJECT」というプロジェクトを進めています。木の用い方を見直すことで、いろいろできることがあるんですね。
枝廣さん 電車は1日の乗降者数も多いので、東急電鉄さんのような鉄道会社が環境に関するアクションをすれば、一度にたくさんの人にアプローチできる可能性があると思いますよ。
ポスター制作もそのひとつかもしれませんが、たとえば駅舎をつくった端材を使ってワークショップを開いたときに、それを炭にして売ったり。あとは、沿線の人たちに木でできたものやまつぼっくり、いらなくなった割り箸などを持ってきてもらって、みんなで炭にして持って帰ってもらったり、土に埋めたりすれば、体験しながら炭素循環の話までできると思います。
阪田さん 面白そうですね!
枝廣さん 気候変動は止められない。でも、できることはある。小さくても、できることを一つひとつ積み重ねていきたいですね。
(編集・撮影:山中散歩)
– INFORMATION –
くわしくは、特設サイト『ウィズ・ハート ココロでまちを、サステナブルに。』をご覧ください。