最近はテレビのスポーツ番組でも、プロ野球やJリーグに並んで障がい者スポーツのニュースを報じることがあります。芸術の世界でも、障がい者の手によるアート=パラアートについて取り上げられる機会が増えているように感じます。障がいの有無にかかわらず、それぞれの能力を生かして活躍できる場があるのは素敵なことです。
けれども、表舞台に立つ障がい者に対して、健常者と呼ばれるマジョリティ側からの思い込みや一方的な期待が存在しないとは言えません。ひたむきな姿から生まれる感動物語や超人的な天才の誕生秘話など、さまざまな“バズる”ストーリーに仕立て上げているような、そんな違和感が生じることもあります。障がい者の活躍を応援したい気持ちとどのように向き合えばいいのか、少し立ち止まって考えてみませんか。
「アートを通して人や社会とつながりたい」という障がい者の気持ちを企業が応援する
水性ペンでカラフルなイラストを描くパラアーティストのカミジョウミカさんは、寝たきりの状態で入院中、唯一動かせる手を使って看護師さんなど身近な人を描き始めました。その作品がまわりの人たちに喜ばれたことが、絵を描く原動力になったそうです。
精力的に作品を生み出し続けるカミジョウさんにとって、「描くことは生きること」。けれどもそれは悲壮感が漂うような重いことではなく、「トイレに行くのと同じようなこと」と表現するほど、生活の中に溶け込み、切り離せないものなのです。
ただ絵を描きたいから。絵が好きだから。そして、人と社会とつながりたいから。そんな気持ちでカミジョウさんは日々、創作に打ち込んでいます。
カミジョウさんの作品は、現在実施中の「あしたにエール!キャンペーン」に使用されています。このキャンペーンは、アートを通してたくさんの人とつながりたいというパラアーティストの気持ちを応援するために、ユニリーバが実施しているプロジェクト。4人のパラアーティストのイラストがデザインされたエールトートを作成、抽選で1000名にプレゼントする企画です。
ユニリーバが目指しているのは、ひとりひとりが自分らしくいきいきと暮らせることが当たり前になる社会をともにつくること。その理念から生まれたプロジェクトですが、このような企業による社会貢献活動は、近年非常にさかんになってきています。素晴らしい活動ではありますが、イメージアップや宣伝のため? と思ったりすることも。もっと強い言葉で言えば、企業がマイノリティを利用しているのかも? とさえ考えてしまうことも。
企業の社会貢献活動の裏には、どんな思いがあるのでしょうか。そこで、このキャンペーンを担当した、ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング株式会社の繁田知延さんにキャンペーンに対する考えを聞いてみました。
「恥ずかしながら、パラアートにはこの企画で初めて触れました」と正直に口にする繁田さんですが、実際に作品を目にすると、「どのデザインもかなりインパクトがあり、パラアーティストさんだから、というよりも、それぞれのアートの持つ力を感じました」という感想を教えてくれました。
繁田さんのように、障がい者の作品であるという色眼鏡をかけずに、フラットに観ることが大切だと考える人が多いことでしょう。私も、そういった姿勢がアーティストである本人を尊重する行為だと考えていました。
けれども繁田さんは、パラアーティストの方について深く知るうちに、「作品自体をフラットな目線で評価することが重要で、自分はその視点で作品を捉えられている」と思うことで、パラアーティストの置かれている状況を理解したつもりになっている自分自身に気づいたそうです。
情報や知識を得たり、考えたりした結果、理解したと思うのは自然な流れです。当人にとってそうであっても、理解できているかはまた別のこと。繁田さんの中にも、そういう“つもり”が生まれてしまったのかもしれません。けれども、キャンペーンに関する業務を通してパラアーティストの人たちの思いに触れることで、繁田さんにはさらなる気づきが生じました。
それは、パラアーティストの人たちは、アートを通して「人や社会つながりたい」と思っているということ。つまり裏を返せば、社会やほかの人たちとの間に距離があると感じているのです。そんな課題が存在することを実感して、繁田さんはより深く考えるようになったといいます。
つながるための小さな一歩を踏み出す。きっかけに意識的になってみる
キャンペーンを実施することが決定し、社内の営業部やマーケティング部、取引先であるドラッグストア、そして消費者にキャンペーンについて伝えていくと、プロジェクトの意義は高く評価され、かわいいエールトートのデザインも好評でした。
さらに展示会である「ドラッグストアショー」では、繁田さん自身が、車椅子に乗った障がい者の方を案内するという機会も。その方は取り組みの意義にとても感激されたそうで、「キャンペーンを実施してよかったと心から思いました」と繁田さんは率直に思いを語っています。
このキャンペーンは、繁田さんにとって障がい者や多様性について考えるきっかけになりました。多様性が声高に叫ばれ、障がい者との共生社会を目指す方向に社会が進んでいる一方、実際に自分の生活や仕事に具体的に関わってくるようなことがないと、障がい者の方の思いを想像したり、理解しようとする機会は少ないかもしれません。
実際、車椅子ユーザーの方がエレベーターのない駅での経験などからバリアフリーを求める声を発すると、反発が生じることは少なくありません。特にSNSでは、「わがまま」という言葉さえ目にします。そこまで、無理解や差別意識を剥き出しにできるのは、同じ社会に生きているという感覚が欠如しているからでしょう。
「アートを通して社会や人とつながりたい」と、パラアーティストの人たちが願わなければならないように、つながっていないと感じる状態がまだまだ日本の社会にはあります。
「あしたにエール! キャンペーン」では、つながりたいというパラアーティストの人たちの気持ちが込められた4種類のエールトートが抽選でプレゼントされます。キャンペーンを通して、「つながりたい」という思いが社会に向けて投げられたのです。
つながるためには片側から手を伸ばすだけでなく、もう片側からも手を伸ばす必要があるはず。そうして初めてつながりが生まれるのです。キャンペーンを実施するユニリーバの商品は、身近なドラッグストアで広く展開されています。日々の買い物のついでに、商品棚にある「あしたにエール! キャンペーン」のポップに目を向けることも、つながるための小さな一歩です。
目を向けること、知ろうとすること、想像してみること、考えること。「つながっている」と言えるまでには、いくつもの段階があります。もしかすると適切でない方法をとってしまったり、傷つけるようなことをしてしまったりするかもしれません。理解した“つもり”になってしまう可能性もあります。
それでも、「つながっていない」社会で生きる一員として、ただ傍観しているだけでは、「つながっていない」状態を受け入れていることになります。ドラマチックなストーリーだけでなく、日々の生活の中にある小さなきっかけや出会いを積み重ねて、障がい者の人たちとつながる社会がつくれたら。それは多くの人にとってより生きやすい社会となるでしょう。
身近に障がい者の知り合いがいたりしない限り、日常的に考えたり、意識し続けたりするのは難しいかもしれないからこそ(それは残念なことではありますが)、「あしたへエール! キャンペーン」のような日常生活にあるきっかけに、ほんの少し意識的に気にかけて、そこに込められた意図や願いに思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。消費者がそんなふうに向き合えば、企業の社会貢献活動により深い意味を持たせることができるかもしれません。