不意に轟く爆音。
耳に飛び込む怒号。泣き声。叫び声。
そこらじゅうに散らばるガラスの破片や、コンクリートの塊とむき出しの鉄筋。
誰もがそんな景色を目にすることなく、平穏に1日を終えたいと願う一方で、悲しいことに世界中で戦争やテロが続いています。
今回紹介するのは、テロが今も起こり続けているアフガニスタンで開発された「Ehtesab」。命の危険を知らせてくれるアプリです。
テロに関連している可能性のある爆発、殺人、停電、渋滞など、身の回りで命の危険につながるような事態が起きたとき、アラームで通知してくれたり、詳細を教えてくれる「Ehtesab」。このアプリがあれば、毎日あらかじめ危険を回避し、安全な道を通って通勤したり、帰宅することができるんです。
1年間のうちに、アフガニスタンでテロによって亡くなった人は8681人(2019年のデータ)。これは、全世界のテロによる死者数のおよそ41%にあたります。
そんなアフガニスタンで暮らす人々に提供するべく「Ehtesab」を開発したのは、現在アメリカで人権を学ぶSara Wahedi(サラ・ワヘディ、以下、ワヘディさん)。母国に貢献したいという想いでアフガニスタン政府の職員として勤務していた2018年、帰宅途中の路上で自爆テロに遭遇したのが、アプリ開発のきっかけだったといいます。
衝撃的でした。ガラスがそこらへんに散らばってぐちゃぐちゃ。私にとっては、今でもトラウマのできごとです。
幸い大怪我もなく、私はあわてて家に逃げ帰りましたが、外には軍や警察らしき人たちが押し寄せ、家では停電が続き、不安な日々を過ごしました。
そのとき、停電がいつ回復するのか、停電の原因は目撃したテロだったのかなど、なにも情報が手に入らないことに気づいたんです。そこで、テロや、それに付随して起こりうる停電、道路封鎖、渋滞など、安全に関する情報をまとめて手に入れられるアプリを思いつきました。
以前から、FacebookなどのSNSでは、テロが起こった場所の情報などを入手できたそうですが、誤ったものも多く、信頼できる情報源ではなかったのだとか。そこで「Ehtesab」では、市民に目撃情報を通報してもらうシステムをアプリに組み込み、専門スタッフが、SNSや政府が発信する情報と通報を照合。そのなかで、「正しい」と判断できたものだけをアプリで通知する仕組みをつくり、情報の正確性を担保しています。
現在は、アフガニスタンの首都カブールのみがアプリの適用範囲であったり、スマホでしか使用できないなど、アプリ使用上の制限がいくつかありますが、今後はそういった制限を取り除き、より多くの人にアプリを使ってもらえるようにするのが目標だと、ワヘディさんは言います。
2021年8月のタリバン侵攻以降、これまで以上に緊迫した状況が続いています。
私たちも、安全に関する情報を市民に発信していること、また、スタッフの多くが少数民族や女性であることから、タリバンによる迫害の標的となる可能性が高いため、オフィスを閉鎖し、スタッフの国外退避を今も模索しています。
ただ、生まれたときから戦争とともに生きてきた若いスタッフたちに、折れるという選択肢はありませんでした。沈黙するということは、タリバンを優位に立たせること。
正確な情報を手に入れられることで、「ほっと一息」つける人を増やすために、私たちはこれからも活動を続けていきます。
争いをなくすことは、できるんだろうか
これまでの人類の歴史上、いつの時代にも争いはあったといいます。実際、“もっとも平和”と言われる現代においても、内戦、紛争、テロといった文字をニュースで目にすることは少なくありません。そのうえ、2022年2月にはロシアがウクライナに侵攻。悲しいことに、「戦争」という言葉が私たちに鮮烈に響く時期を過ごしています。
「戦争」と聞いて私が思い出すのは、「ロシアに住んでいるおばあちゃんには、もう何年も会えていない。ジョージアのパスポートでは、ロシアに入れないから」という、おばあちゃんがロシア人で、自身はジョージア人の先生の一言。
15年ほど前、ロシアとジョージアが領土問題で争っていた頃のことです。今は渡航できるようですが、戦争というのが、どこか遠い国の話でも、過去の話でもなく、生々しく聞こえたのはこのときが初めてのことで、今でも強く印象に残っています。
そういった争いの裏にあるのは、複雑に絡み合った個々の信条や、政府の思惑、経済的利権など、解くのは簡単ではない事情の数々。大学で政治学を専攻し、そんな事情を知るにつれ、世界は気が滅入る場所のように感じたこともあります。私1人が犠牲になれば世界が平和になるような仕組みだったら、どんなに気が楽だろうと想像したこともあるくらい・・・
ただ、私たちは自身が自覚している以上に思い込みで生きているため、テロ・貧困・飢餓など、世の中で起きているものごとをつい悲観的にとらえがちで、「長期的な目で見れば、世界は確実に良くなっている」と、『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』の著者、ハンス・ロリングさんは言います。
昨今の緊迫した情勢を目にしていると「本当にそうなのか?」という疑いと、無力さを感じつつも、世界に生きるすべての人が安全に暮らせる世界をつくっていくためにできること、考えられることはきっとあるという希望を持ち続けたい。
命の危険を知らせるアプリ「Ehtesab」を紹介しないでもいい社会にできるよう、今ここで生きている私たちになにができるのか。
せめて「わからない」と諦めず、考えることを放棄しないでいようと思っています。
(編集: スズキコウタ)