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禅の国際会議「Zen2.0」で学んだ、個性を伸ばして大切にし、自分も人もハッピーに働くための4つの真理

禅とは心の本来の姿を知ること。

禅とマインドフルネスの国際カンファレンス「Zen 2.0」の会場、鎌倉・建長寺の石澤彰文老師によれば、禅とはマイルドな心に戻るための道。

それは、しぼんだりギザギザしていない、風でしなやかに揺れる柳のように柔軟で、ふっくらしたまぁるい円のような心なのだそうです。

私たちの心は本来、そのように清らかで、明晰で、自由なものだということを頭だけではなく、心や体も使って体験して知るのが禅です。

鎌倉時代のエライお坊さん、道元禅師は、それを体現するためには坐禅のみならず、料理の方法、掃除、洗顔、用便後の尻の拭きかた(!)に至るまで、24時間体制ですべてを丁寧に生きて、在るべきようにつとめなさいと指導されました。

ところが人生の中で疑問が出たら「頭(だけ)で考えなさい」と教えられてきた私たち。

心は亡くして忙しくすることが奨励され、体は「目が小さい」「毛が薄い」と罰せられては、ダイエットで迫害される毎日です。

「分断」や「孤立」といった言葉がまかり通っている社会の中でマイルドな心を持って生きることは正直言って難しく、日本の10歳〜39歳までの死因の1位は「自殺」だとも言われています。(厚生労働省自殺白書平成30年度版

ここで少し、わたし自身のお話をします。

新卒で第一志望だった出版社に入社し、退職するまでの14年間、日本のトレンドをリードする世界でバリバリ働きました。それは私の人生の中でキラキラと光る財産となる経験でした。

たくさん働いて、多くの知識を頭につめこんで、いろんな人を知って、会って、たくさん稼いで一人じゃ着られないほどの洋服やバッグを毎シーズン買って、雑誌のイメージを損なわない働き者でオシャレな編集者でいること。
それが私のすべてでした。

anan編集者時代。ソフィア・コッポラ監督来日インタビューに際してホテルで化粧直しをしているところをライターさんが激写したもの。スカしていました。

仕事じゃないと会えないような方々のお話を伺いつつ、自分の周りの大切な人たちの声は「忙しい」「疲れている」とないがしろにしてきたように感じます。それは自分の声も含みます。

その後、会社を辞めて4年半のあいだアメリカで暮らします。英語は語学学校で絵本を読むところから始まって、大学に行き直して、その後の2年間はホームレスになりました。

禅センターで山籠りしながら典座(てんぞ:料理を司る僧侶の役職名)と一緒に毎日30〜100人分の料理をつくったり、ボランティアしながら与えられた部屋や食事でその日を暮らし、何もなければ貯金を切り崩して民泊やモーテルでの生活。ほとんどお金を稼がず、買い物もせず、貯金とお布施で暮らしていました。

帰国を目前にして、カリフォルニアにある友人の農場で餌をやりながら豚まみれになる様子。

山から降りて帰国した今は、世間の常識からかけ離れたことをするのではなく、忙しいからと切り離していた日常をもう一度見直すことで、「自分らしく生きる」とはなんだろうと暗中模索しています。

それは現実世界から逃げ出す形ではなく、チャレンジしたり、社会と深く関わり、貢献出来るものでありたい

国際カンファレンス「Zen2.0」が開かれたのは、そんなふうに私が5年間のキャリアブランクを経て、浦島太郎状態でアメリカから東京に戻ったすぐのことでした。

住民票を移した区役所で前年の収入額を申告していると、そっと職員の方から国民年金の減免手続きの紙が渡され、目前には「ハローワークの手引き」が。

山を降りたからには就職活動をしなければ!と焦ってネット登録したら、やってくる求人は「面接確約!アダルトな動画の編集です」って、それって絶対AVですよね? と苦笑い。

とある会社に呼び出されて自己紹介するも、「え、心理学を学んだ後にホームレス? 禅センターでは何やっていたんですか? え、マーケティングや編集じゃなくて、料理??」みたいな調子で話も上手くかみ合わないのです。

そこで自分のプロフィールに疑問を感じて、「やはり社会にうまく適合できるように、自分らしさは封印して、社会の歯車としてうまく噛み合う形に変わらなければ」と思っていた矢先のことでした。

ツ、ツライ……。

そもそも仏教でも、「この世の中は一切が苦しみだ」といいます。なんてネガティブな! と思いますが、そこから自由になれる方法を説いているのも仏教。八正道(はっしょうどう)という全一性のある8つの道を説いています。

©Zen2.0

さて、禅仏教とマインドフルネスの国際カンファレンス「Zen2.0」2019のテーマは、「つながり」です。

では私も、過去に行ってきた極端な2つの生活をつなげて、持続可能で幸せな働き方にむかう八正道のひとつ、全一性のある生計の立て方を見つけたい。

暑苦しいぐらいにそう願って参加した私には、Zen2.0代表発起人のおふたり、登壇者、ボランティアスタッフ、そして会場参加者のみなさんから、自分らしく生きて社会とつながるために四正道ならぬ、”4つの道”が授けられました。

これをひとり占めしたらもったいない。ということで、この場を借りてみなさんにもシェアさせていただきたいと思います。

Zen2.0流 自分らしく生きて、世の中と深くつながる4つの道。

1. 本気になって精一杯を伝える。

©Zen2.0

禅においては文字や言葉だけではなく、全人格をそのまま弟子に伝えること(人格の相伝)が重要だと言われています。

それはZen2.0が始まったいきさつにもみられます。

代表発起人である三木康司さん宍戸幹央さんが「鎌倉を元気にすること」を目的とした有志団体の仲間と鎌倉駅前の居酒屋で飲み交わしたときのこと。「鎌倉を、世界に向けて禅を発信するマインドフルシティにしたい!」という彼らの情熱が人を動かしていきました。

まだ開催の確定もしていないときにZen2.0のパンフレットをつくって米国サンフランシスコでバラまいたという三木さん。

すると偶然、今回の登壇者のお一人、アメリカの超名門大学、スタンフォード大学で学生たちにマインドフルネスを教えているStephen-Murphy Shigematsu(スティーブン・マーフィ重松先生)の奥様が目にしたことから「面白そうね。彼が行きたいと言っていたわ」とご縁ができたのです。

命を燃やすような本気本物の心に打たれることで、「この人のために働こう」「この人を助けよう」と人は突き動かされ、大きな力や流れとなっていきます。

それは道なきワイルドな道程でありながら、まるで仏法を守護する龍に後押しされるようで、不思議な安心感に包まれているものです。

2. 無心になる

Zen2.0登壇者のおひとり、グリーンズならぬ全身グリーン、緑色の洋服に身を包んでいた鎌田東二先生。ひときわ異彩を放つ先生を、私はいつも目で追ってしまいました。鎌田先生は、哲学者、宗教学者であり、神職の資格を持つ、神道ソングライターとしての活動もされています。

Zen2.0における講義は、早稲田大学の教授である熊野宏昭先生にファシリテートされ、竹笛と石笛の演奏から始まりました。

先生の竹笛は福井県の一本さんが山に入り「笛にしていいですか?」と尋ねて「いいよ!」と応じた竹のみを切り、一本たりとも無駄にすることなく使い切って作ったという品。©Zen2.0 

石笛の石は、1995年8月5日、広島に原子爆弾が落とされた時刻にアイルランド・アラン諸島のイシニュア島で先生が拾ったもの。

先生が戦後50年の祈りを広島に向かって捧げながらイシニュア島の海岸線を歩いていると、石の方から「吹いて!」(なぜか日本語)と叫び、目の前に飛び込んできたのです。

先生が「はい!」と答えて吹いたその日から、24年間毎朝吹きつづけるという仲なのだとか。

鎌田先生 利口とは、口利きと書きます。草木も石もおしゃべりするんです。利口であるためには、あらゆるものの声を聞けなければなりません。そこで異種間コミュニケーションを成立させるためには、完全受動態である必要があるのです。

心ある血が通った人間だからいいところも当然ありますが、ときには全くの受動性を発揮している石や木にならって無心になることも必要です。

自分に何かがあると思うから、入ってくるものに抵抗をしてしまう。ぶつかり合うから、心がふっくらとした円になれないのです。

理論はこうだとか、論理はそうでないとか、理屈や分別をつけたり、コントロールしようとするのではなく、まっさらな状態で向こうから授けてくるものを素直に受ける。

自分の命には目的があると信じ、大いなるメッセージを聞く。

そうすることで計画に従う人生から、流れに乗った人生へと2.0(バージョンアップ)していきます。

3. 枠組みを超える

「沈黙の中のつながり」についてお話されたのが、Kathleen Reiley(キャスリン・レイリーさん)。キャスリンさんは、メリノール宣教会のシスターでありながら、クリスチャン禅堂で坐禅指導をされています。

そして国立がん研究センター中央病院の小児科で、呼吸法を教えています。

病室で目をつぶって沈黙のなか、一緒に1分ほど手をつないで呼吸すると、とても難しいガンを抱える子の親の心が落ち着いていくのだとか。それが病を抱えた子供に対する一番のギフトになるのだそうです。あるとき、死にゆく男の子の枕元で、彼の母、キャスリンさんは3人で沈黙を味わいながら坐りました。亡くなる3日ほど前に彼は「僕死ぬのは全然怖くないよ」といい、本当に穏やかに逝ったのだそうです。

キャスリンさん 沈黙を守って坐れば、目に見えない不思議なつながりが芽生えます。坐禅は自分だけのためにしているのではありません。あなたが坐るほどに、宇宙全体も清くなるものです。人の苦しみが自分の苦しみであり、人の喜びが自分の喜びであるということを体験していきます。

キャスリンさんが一緒に坐るのは、病院から一歩も外に出られず亡くなる子どもたち。それに対して社会で働き、悩めるのは選択肢があるということなのです。

アメリカ先住民は、人種を赤、黒、白、黄色の4色で区別し、魂とつながることでその区別性を超えて精神的な目覚めを迎えると考えていた。

カトリックと日本の禅、異なる宗派の交流で心をひとつにするキャスリンさんからは愛を持って、自と他、生と死、西洋と東洋、自然と人間といった枠組みを超えた関係性を問い直すことで、人生の目的を思い出すことを学びました。

4. 思いやりをもつ

Zen2.0の後に足を伸ばしたキャスリンさんの坐禅会のちらし。

「坐禅の坐は、土の上に人と人、と書きます。そのどちらも自分であり、一度立ち止まって自分と向き合う時間が坐禅です。つきつめていくと、それは真実の自己を見つめること。自分への執着や損得勘定を弱め、もう少し相手の立場になって考えてみませんか?」と、Zen2.0のオープニングセレモニーで坐禅指導されたのが、建長寺の村田靖晢さんです。

実は会期中に、持参した水筒を無くしてしまった私。それは私がアメリカで暮らしていたウパヤ禅センターや、奉仕生活をしたタサハラ禅センターでの大切な相棒であり、思い出の品でした。

するとZen2.0ボランティアスタッフの方が、無くした本人以上に真剣に各会場くまなく探してくださったうえ、さらには後日こんなメッセージをくださったのです。

貴重な三連休の日をZen2.0のために頂きながら、お返しすることができず、本当に申し訳ございません。もしお手数でなければ、どのような水筒であったかご連絡頂けましたら、お送りさせていただくことはできますでしょうか?

エーーーーーーーー!?

彼女は、縁もゆかりもない私に対して、Zen2.0に足を運んだというそれだけでつながりを見出し、損得勘定抜きにして私に水筒を贈ろうとしたのです。さらには後日、三木さんからも「こちらの水筒ではありませんか?」と写真付きのメッセージが送られてきました。

まさに、優しさのリレーです。

何かが起きた時の対応の仕方で、その人がどれだけ当事者意識をもって、人や社会と深くつながっているのかを見て取れます。

表には出ないけれどおそらく一番大切な、このような思いやりの積み重ねで支えられているZen2.0。それらが結ぶ感動が「他の人にも知ってもらいたい」「来年も足を運びたい」と未来に続く味方やファンをつくっていくのです。

Zen2.0で学んだこの4つの道、本気になって精一杯を伝える無心になる枠組みを超える思いやりをもつとは、実は私が会社を辞めてからアメリカの恩人たちに繰り返し教えられてきたことでもあります。

それなのに私は日本に帰国し「とはいえ実生活に落とし込むのは、現実的じゃない」と、その学びを捨てようとしていたのです。

Zen2.0に参加する前の私は、会社を辞める前と、辞めてアメリカで山籠り生活をしていた自分につながりを見出せず、「やはり自分らしさは封印して、社会の歯車としてうまく噛み合う形に変わらなければ」と思っていました。

アメリカで暮らしていたニューメキシコ州サンタフェにあるウパヤ禅センターでは、毎朝6時に台所を目覚めさせる際には必ずロウソクに火を灯し、線香と水を仏陀に供えていた。

それはある意味、組織の中でうまく自分を機能させようとする自覚だとも言えますが、本当に大切な人たちからは「それじゃ、アヤ、キャリアも持っていたものも全て手放して“自分らしく生きたい”と挑戦してきたことを、今度は“日本に帰ってきたから”と全部ナシにするの?」と鋭く指摘されてもいました。

会社を辞めたときに心配をかけて泣かせてしまった母親でさえも「あなた、それで本当にいいの?」と後押ししてくれます。耳が痛い……。

実は、本稿を書くにあたって事前に行われた打ち合わせで、greenz.jp編集長の鈴木菜央さんがおっしゃったことがあります。

鈴木菜央 greenz.jpはアクセス数をかせぐことを第一目的にはしていないから。「こういうムーブメントや考えもあるんだ」って思った他の媒体がそれに続いてくれるような、そういう記事を届けていきたい。だから土居さんのこの取材、やりましょう。

うまくいく保証はなくても、アメリカだろうが日本だろうが、この4つの道を真剣勝負で社会の中で実行している人たちがいる。

今、私がそんな人たちとつながっているということは、自分を他の誰かに変えてしまうのではない形で、無心でできることをやる覚悟を決めなさいということだろう。

そう決心すると不思議なことですが、アメリカの師がとても尊敬している方から直接「私の本をぜひあなたに翻訳してもらいたいの」と電話をいただき、筆者自らによる仕事依頼が来たのです。

そこで、きっとこの4つの道を自分でタッチアンドエラーして、体験の中で学びなさい、そういうことなんだ、と理解の遅い頭で解釈することにしました。

「受けたもう」の精神を胸に、自分のおかれている視点や受け皿の大きさをなるべく超えて、悩みながらも引き続き冒険していきたいと思います。

(編集: スズキコウタ)

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