突然ですが、あなたの身近に外国人はいますか?
観光地など旅行客が目立つ地域もありますが、生活者として暮らす外国人を目の当たりにすることはまだ珍しいかもしれません。しかし実は、法務省入国管理局の発表によると、平成30年末の時点で、外国人の中長期滞在者と永住権所有者は合計273万1,093人(出典: 平成30年末現在における在留外国人数について)と、過去最高に。
「外国人が身近にいないのではなく、接点がないだけ」と話すのは、今回お話をうかがった「カフェ・サパナ(以下、サパナ)」の筒井百合子さんです。
サパナは大阪府豊中市にあり、日替わりで多国籍家庭料理のランチが食べられるカフェ。毎日いろいろな国の家庭料理をその国の人が振る舞う、とてもユニークなお店です。とは言っても、腕をふるう人にプロはいません。ひとりのお母さんだったり、お父さんだったり、留学生だったり、何らかの理由で日本に暮らしているいろいろな国籍の地域住民です。
そんなシェフたちの国籍があらわすように、提供される料理はバラエティ豊か。ネパールやインド、タイなど馴染みのあるものから、パキスタン、ウズベキスタン、ルーマニアなど、かなり珍しいものまで。サパナは、食という文化を通じ、多国籍の人々が交流する場となっています。
“国際交流”というと、楽しそうで華やかなイメージがありますが、その裏側には、意思の疎通が難しかったりぶつかりあったりと、苦労な面もたくさん。それらをまるごと受け止める場として機能してきたサパナは、どんな役割を果たし、何を生み出してきたのでしょうか?
「特定非営利活動法人国際交流の会とよなか」事務局長。市民による身近な国際交流を目的として発足した当団体にボランティアスタッフとして関わったことをきっかけに、さまざまな活動を通じて団体を支えてきた。
地域の外国人サポートを行うNPOが始めた“目に見える活動拠点”
サパナの運営母体となっているのは、「特定非営利活動法人国際交流の会とよなか(TIFA)」という団体。代表の葛西芙紗さんが1985年に立ち上げ、2000年にNPO法人となりました。
時は、大阪万博の直後。日本にやってくる外国人が増え、国内でも外国に関心を持つ人が増えつつあった頃、豊中市内で、青少年の国際理解推進や海外からの訪問者との交流会などを行っていた葛西さんは、豊中市からの「子どもたちだけでなく、一般の大人も対象となる国際理解活動をしてほしい」という依頼に応え、市と共同で「身近な国際交流」という10回連続講座を企画。講座には30人が熱心に参加し、それを修了した有志の人たちによって、TIFAが結成されました。
豊中市は、大阪大学があるため、外国人が多い地域。留学生、研究生、職員など、大学に関係する外国人が多く訪れ、住んでいます。また、府内でも有数のベッドタウンであり、家族で住みやすく、結婚を機に来日した外国人が多いのも特徴的です。
TIFAは設立以来、「外国人・多文化を持つ人たちとともに住みやすい社会を目指す」を目標に掲げ、日本と海外の架け橋としてさまざまなサポートをしてきました。駐在員や留学生、国際結婚した人や就労者など、日本で生活する上で何らかのサポートを必要とする外国人に対し、その人や時代のニーズに合った支援をしています。
「その人たちが来たことで地域がもっと豊かになり、双方にとってプラスになるように」という願いで、当初から“いつでも何でも相談できる場”として機能してきたTIFAですが、その活動内容は様々。海外からのスタディツアーの受け入れ、留学生が生活するための家電手配や支援金調達のためのバザー、日本語教室、子育てサロン、国際こどもキャンプ、ホストファミリー紹介、就労支援、学校や病院への付き添いなど、実に多岐にわたります。
ところが、これらの活動の様子は関係者以外の目に触れることが少なく、活動内容がなかなか周知されないのが課題でした。そこで、“目に見える活動拠点”として、外国人が日替わりでランチを提供するカフェをつくる案が浮上したのです。
筒井さん TIFAは本当にたくさんのことをしているんですが、なかなか多くの人に伝わらないんですよね。外国人によるお料理教室をする中で、「食文化にもっと触れられるカフェがあればいいね」と話していました。外国の人は自国の文化をみんなに紹介できるし、日本人も気軽にそれを体験できる交流の場になるので。ビジネスはみんな素人で、自信があったわけではないんですが、2012年にスタートしたんです。
“多国籍コミュニティ”の難しさを越え、7年続けてきた
サパナで働くスタッフを、オープンに際し必要に迫られて募集したわけではありません。TIFAの活動にかかわったいろんな国の人がこの企画に賛同し「やりたい!」と手を上げ、現在のように多国籍のシェフたちが揃いました。
オープンから7年経った現在、経験を積んだ3人のメインスタッフとさまざまな国籍の日替わりシェフたちによる運営が軌道に乗り、サパナは日々多国籍の人たちで賑わっていますが、ここまでの道のりには、多くの問題やトラブルがあったそう。「最初は大変だった」と筒井さんは振り返ります。
筒井さん 最初はジェットコースターみたいな日々でしたね。思ったのと全然違う料理が出てきたり、1食の量が足りなかったり多すぎたり。ドタキャンする人もいるし、内輪揉めもあるし(苦笑) でも、最初は一人のシェフだった人がスキルを身につけ、他の人のことをサポートできるようになるなど、だんだんとうまく回るようになってきました。
多文化の集まりって、やはりコミュニケーションが難しいんですよね。みんな考え方が違うし、思ったことをどれくらい口に出すかということにもお国柄があり、ストレートに言う人、溜め込む人、いろいろです。もちろん言葉の問題も。日本語はおろか、英語もあまり通じない人もいます。そんな時はメニューを絵に書いたり、身振り手振りで説明したりして対応しています。
違う文化を持つ人と触れあうことが、「自分の当たり前が当たり前ではない」ということを知る機会に。それが日常的に起こるサパナでの活動は、相手のことを理解する力や相手に理解してもらう力が身につき、ひいては日本社会でたくましく生きていくためのトレーニングにもなっているようです。
また、日替わりのシェフも含め、女性スタッフが多いサパナでは、ワークシェアリングを心がけているそう。育児や介護などで臨機応変に休みを取ることができるよう、NPO運営の面でも、カフェ運営の面でも、一人で抱えてしまわないよう、働き方にも配慮しています。
サパナでの経験を活かし、ステップアップしていく人も
サパナがもたらしたものは、料理を中心とした各国の文化を通じて生まれる“交流”ですが、それ以外にも注目すべきは外国人シェフたちの“ステップアップ”。取材日の担当シェフで、台湾出身の游(ユウ)さんも、サパナで経験を積んでステップアップを実現したひとりです。
游さんがサパナで働き始めたのは6年前。きっかけは、とあるアクシデントでした。来日後、他の多国籍レストランで働く予定だったはずが、大量の食材を買い込んだとたん、そのレストランの企画が頓挫。游さんは途方に暮れ、夜も眠れなかったそうです。
そこで紹介されたのがサパナでした。それまでは焼きビーフンしかつくれなかった游さんですが、サパナでシェフとして活躍する中で料理の腕もめきめきと上達。今ではサパナ以外に神戸でのレストランでも働く、多忙な料理人へとステップアップしました。
游さん サパナに来て、すごく変わりました。最初は焼きビーフンだけだったけど、料理人になりたくて頑張った。結婚して日本に来たけど、最初は友達もいないし電車にも乗れず、家と市場との往復だった。でも今はどこにでも行けるよ。サパナはすごくいい。みんな優しいし、ここで友達ができた。ここで働いていて、本当にすごく楽しい。
サパナでは游さんはもうベテラン。急に来られなくなった人の代わりをお願いすることもあるそうですが、「安心感がある」と筒井さんも厚い信頼を寄せています。
筒井さん いろんな国際交流があるけど、その入り口として“食べ物”は最適だと思います。食べながら交流できますからね。そして、自分の国の料理を食べてもらって、「美味しい」って言ってもらえたら嬉しいですしね。
料理を通じて母国の文化を地元のお客さんと共有し、喜ばれることは、料理人としての自信がつくだけでなく、自身のアイデンティティでもある母国が認められる気分にもなるのではないでしょうか。不安だった日本での生活を、サパナをきっかけに前向きに変えられたのは、游さんだけではないはず。
また、サパナで働いたことで力をつけ、次のステージに進んだ例は他にも。腕を磨いて、自分のお店を開いたペルー人やチベット人などもいるそうです。
筒井さん 「ここでの経験がステップになった」というのはおこがましいかもしれないですけど、きっかけになったということはあるかもしれないですね。そういう人がもっと出てきたらいいですよね。
サパナは、カフェという形を取った駆け込み寺であり、サロン
実は、TIFAとして多くのサポートをしても、つなぎ止められない人はどうしても存在します。留学生としてやってきても、卒業後は学校側のフォローも少なく、言葉の問題でなかなか就職できなかったり、職場や学校になじめなかったりと、さまざまな理由で日本に住み続けられなくなって帰国する人たちがいるのが現実です。そこにはまだまだ多様な文化や国際的な感覚を受け入れられていない日本の課題があるのだと感じさせられました。
“国際交流”と言うと楽しそうなイメージがありますが、「知り合ってしまったら、それだけじゃすまないですよ」と話す筒井さん。サパナができたことで、悩みを抱える外国人がTIFAのサポートを頼りやすくなったそう。
筒井さん サパナでは、入り口に「One Stop Cafe」と書いたオレンジ色ののぼりを立て、外国人のために“何でも無料で相談できる場”にしています。大層なことをしてるわけじゃないんですけど、ただ、窓口にしてるんです。
このカフェがあるお陰で、外国人は気軽に話せる。学校や会社があまりサポートしてくれない場合もあるし、公共施設の相談窓口は敷居が高くて行きにくいでしょう。そういうところに行けずに困っている人に、気軽に来てもらいたいと思っています。
サパナは、カフェという形を取った駆け込み寺であり、コミュニティスペースであり、サロンでもあるのです。そしてここに集う人はみんな、多様な文化を持った人たち。「食」というひとつの文化を通じたコミュニケーションのもと、人がつながり、困りごとを解決し、時間をかけながらも理解し合うというこのしくみは、「助け合おう」と意気込むよりももっと自然に「仲間になる」ことに機能していると感じました。
つまり、サパナのような存在こそが、国際交流の本質的な役割を担う、あるべき姿のひとつではないでしょうか。
筒井さん サパナは、今までのTIFAの活動のつながりでできているので、なかなか簡単にできるものではないんですよね。同じような店は多くはないと思います。
最初は、ビジネスも素人のメンバーばかりで「エイヤ!」で始めましたけど、なんだかんだで7年やってきて、今ではTIFAの活動にとってなくてはならないものになりました。これからの時代にも必要なものだと思うので、続けていけたらなと思います。代表は、「もっと広い場所はないのかな」なんて言っています(笑)
サパナがあることで、言葉や生活面でのサポートを受け、友人や仕事、さらには自らのステップアップまで得た外国人たち。それぞれにさまざまな事情があって、ここでは日々、出会いと別れが繰り返されています。
もちろんいいことばかりではありませんが、筒井さんは「帰国するときに、『日本で暮らして楽しかった』と思ってもらいたい」と言います。来日時の日本での暮らしへの期待感と帰国時の温かい思い出。そんな“楽しかった”ことの記憶としてサパナでの時間が残るよう、彼らは活動しているのです。
国を越え、本来は出会うはずのなかったかもしれない人々が出入りするサパナ。本当の“国際交流”を体感したい方は、美味しい食事とともにぜひその醍醐味を、サパナに味わいに来てください。