「もはや芸術的と言えるほど、見事なシャッター街ですね」
それは約5年前、“リノベーションまちづくり”の生みの親・都市再生プロデューサーの清水義次さんが、和歌山市の中心街「ぶらくり丁商店街」の過疎状態を目の当たりにして、口にした言葉です。その道のプロも唖然とするくらい、衰退まっしぐらだった和歌山市。
それが今、興味深い変化を見せています。
20~40代の若手プレーヤーが集まり、遊休不動産を活用して新たなナリワイを切り開きながら、まちが持つ本来の魅力を再編集しようとしているのです。かく言う私も、東京の会社を退職後、つかの間のUターンのつもりが、この変化に惹かれて地元を活動拠点にした人間のひとり。
今回は、このまちに希望の新芽がにょきにょきと生えるきっかけをつくった、大きな要因のひとつ「リノベーションスクール@和歌山」に焦点を当て、和歌山市の今を紹介します。
「リノベーションスクール@和歌山」について
これまで、リノベーションスクールに関する記事はgreenz.jpでも度々登場しているので、「よく知っている!」というひとも多いかもしれませんが、まず、おさらいから。
リノベーションスクールは、遊休不動産を活かしたまちづくりを実践で学ぶ新規事業立案型の合宿プログラム。2011年8月に北九州で始まり、日本各地へ展開しています。
「株式会社リノベリング」が運営主体となって自治体などから依頼を受注。地元NPO法人などを受託先とし、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で取材された「株式会社ブルースタジオ」の大島芳彦さんや、「TED×Tokyo 2014」でスピーカーに選ばれた「株式会社まめくらし」の青木純さんなど、第一線で活躍する講師陣を迎えて、公民一体で当日の運営を行っています。
和歌山市でスクールが始まったのは、2014年2月。和歌山城の北側、いわゆる“城下町”を舞台に、これまで5回開催されました。参加者の顔ぶれは、大学生から会社員や事業主など、年齢もキャリアも様々。のべ参加人数は、市内からと市外からが約半数ずつの約150名にのぼります。
特に注目すべきは、提案プランの実現率。スクールの特徴は、プランが“絵に描いた餅”に留まることなく、その後リアルに事業化される点なのですが、他府県で行われたスクールと比較しても、和歌山市で紡がれたプランは実現率が高いのです。対象物件の事業化は5件、家主と借主の間を取り持って物件の運用をサポートする“家守会社”は4件設立されています。各地のリノベーションスクールの実績と比較しても、これは目を見張る飛躍っぷりだそう!
「リノベーションスクール@和歌山」が始まった経緯
「これ、和歌山市でやれたら面白いんちゃう!?」。その大きな声の言い出しっぺは、和歌山市商工振興課の榎本和弘(えのもとかずひろ)さん。保守と掛け離れた革新派タイプで、行政職員さんというより、“まちの営業マン”という表現がしっくりくるような男性です。
2012年11月、リノベーションスクールの存在を行政仲間から聞きつけた榎本さんは、YouTubeで公開されている実際のプレゼン動画を閲覧。地域のひとたちが遊休不動産を活用したまちづくりをイキイキと提案する姿を見て、雷に打たれたような衝撃を受けたといいます。
リノベーションスクールの様子は、YouTubeで公開されています。上記は、最新の第11回@北九州のもの。
当時、YouTubeにアップされていた動画は全部見ました。いてもたってもいられず、上司にも動画を見せて、「和歌山市の地域活性化のために我々も依頼しましょう!」と懇願したんです。
榎本さんには、「わかやま城下町バル」という、約100の飲食店を巻き込んだ、年2回の地域活性化イベントを継続している信頼があったこと、そして何よりその熱意が通じて、最後には局長も一緒になって企画を後押ししてくれ、約1,600万円の予算枠を確保することができました。
それから、榎本さんによる清水さんへの熱烈アプローチがはじまります。東京で開催されるシンポジウムがあると聞きつけると、早速アポイントを得て、和歌山から東京へ。
まちの現状をまとめた資料を握りしめ、必死の思いでプレゼンしました。その場に居合わせたひとからは、のちに「あの時、まさに鬼の形相だった」と言われたほど(笑)。わずか5分ほどで、清水さんが「はい、よくわかりました」とおっしゃってくださいました。
その後、すでに申込期限の過ぎた「リノベーションスクール@北九州」に、頼み込んで初参加するもパソコン持参と思わず、現地の電気屋に駆け込んだり、風邪をこじらせて39度の高熱を出しながらもなんとか3泊4日の合宿を乗り切ったり…と、想像しただけで心が折れてしまいそうな失敗も乗り越え、無事、スクールの和歌山開催にこぎつけたのです。
では、実際どんな「リノベーションまちづくり」が、和歌山市の城下町で繰り広げられているのでしょう。具体例として、スクールから事業化した3件をご紹介しましょう。
事例1 商店街にある空き店舗を改装、農園レストランに
まず、第1回目の「リノベーションスクール@和歌山」から誕生したのが「農園レストラン 石窯ポポロ」です。芸術的なシャッター街と称された「ぶらくり丁商店街」の中にある2階建ての空き店舗を改装し、2015年2月、無農薬野菜と石窯ピザが自慢の飲食店としてオープンしました。
運営するのは、有機無農薬の野菜生産をはじめ、子どもの農園体験や若者の社会参加支援などにも取り組んでいる「NPO法人にこにこのうえん」です。NPOの理事長を務める男性が、リノベーションスクールで関わったメンバーと家守会社「株式会社 紀州まちづくり舎」を設立して、店舗運営を行っています。
また、「紀州まちづくり舎」は、「ポポロハスマーケット実行委員会」をつくり、毎月第2日曜日に「ポポロハスマーケット」という、“てづくり” と“ロハス”がテーマのマーケットイベントを開催。エリアのリノベーションにも取り組んでいます。
いつもはガランとしている商店街のアーケード下に約100の店舗が出現し、6,000人を超える人々が来場。毎月1度、子どもも大人もこの日を楽しみに集まって、数十年前の賑わいを取り戻しています。
事例2 空きフロアを改装、ゲストハウスなど“シェア”の複合施設に
続いてご紹介するのは、第2回「リノベーションスクール@和歌山」から誕生した「RICO」。ここは、ゲストハウス・シェア住居・シェアオフィスなど、“シェア”の要素を多く取り入れた5階建ての複合施設です。
昭和44年に事務所兼共同住宅として建設され、約7割が空き部屋となっていた状態の物件をリノベーション。スクールの受講生たちが2015年4月に設立した「株式会社ワカヤマヤモリ舎」が運営しています。まちなかの遊休不動産に対して、実体験をもって活用提案ができるようにと、その第一歩として、自ら「RICO」をはじめました。
2015年末にオープンしたゲストハウスは、今では世界各地から来客があり、共有ラウンジでは、旅人と周辺地域のひとたちが楽しそうに交流している姿が見られます。
事例3 水辺のビルを改装、和歌山の名酒が飲める日本酒バーに
そして、第3回「リノベーションスクール@和歌山」から誕生したのが、2016年5月にオープンした「水辺座」です。コンセプトは、“和歌山城の外堀である市堀川を望む、景色を活かした日本酒バー”。
創業130年を超える老舗の酒蔵「世界一統」を対岸に眺めつつ、県内の酒蔵10蔵の地酒を飲むことができます。水辺に建つ遊休不動産を活かし、地域の潜在的資源である川を、舞台裏から表の存在に変えている事例です。
運営者は、スクールを受講したことから最終的に独立して「株式会社 宿坊クリエイティブ」を立ち上げた、もと和歌山県庁職員の30代男性。サポーターからプレーヤーに立ち位置を変えて、和歌山市の活性化に取り組んでいます。
つながりつづける仕組みが、まちに団結をもたらす
どうして、和歌山市の「リノベーションまちづくり」は、これほどまでに順調に進んでいるのでしょうか? もちろん多くの苦労や失敗があってこその今だとは思いますが、他府県との違いはどこにあるのか、榎本さんの見解をお聞きしました。
江戸時代の和歌山は、徳川御三家の紀州藩と呼ばれ、徳川将軍家に次ぐ地位を獲得していました。「その歴史的背景の名残!」といったら、少々大袈裟かもしれませんが「はじめるなら自分から」という、一人ひとりの率先意欲が高いように感じています。
「この市民性は、強みであり、弱みでもある」と、榎本さんは話します。プレーヤーが分離して、お山の大将が乱立すると、目指す世界観が同じであっても、競合として潰しあう可能性があるからです。まさに“船頭多くして船山に登る”ということわざそのもの。
リノベーションスクールでは、3~4日という限られた時間内で新事業の立案を行わなければなりません。そのため、手を取り合ってチームワークを高めながら、必死でまちの未来を考えることになる。このスクールの仕組みのおかげで、和歌山の課題であった分離しがちなプレーヤーが、団結するきっかけになっているのではないでしょうか。
また、リノベーションスクール側のアドバイス通り、家守会社の設立を積極的に行っていたことも、ポイントの1つだといいます。家主と借主たちの関係を取りまとめる家守会社の存在が、複数のプレーヤーたちをつなぎとめる、結び目の役割を果たしているのです。
さらに、2016年7月から月に約1度、半年に渡って、榎本さんをはじめとする和歌山市商工振興課のひとたちと、リノベーションスクールを運営する「株式会社リノベリング」代表の嶋田さんが一緒になって「わかやまリノベーションまちづくり構想検討委員会」を開催しました。
スクールには参加しないタイプのキーマンたちにも“委員”という役割を依頼することで、主要メンバーの定期的な顔合わせを実現。互いの得意分野を理解しあうことで協力体制が生まれ、ここからも新たな企画が多数生まれています。
和歌山市の展望と、まちというチームの未来
公民一体となった城下町エリアの快進撃は、まだまだ留まることを知りません。駅前の道路に一時的に芝生を敷きつめて、歩行者のための憩いの空間にしようという社会実験「SHI-EKI“GLEAN GREEN”PROJECT(市駅“グリーングリーン”プロジェクト)」や、まちなかの川を使ったクルーズ体験、商店街で行うビールフェスなど、スクールが契機となり様々なプロジェクトが始動しています。
さて、リノベーションスクールに焦点を当てて和歌山市の今をご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか? リノベーションスクールだけでなく、その他にも、ここではご紹介しきれなかったまちを盛り上げる様々なプロジェクトが着々と進行しています。
しかし、冷静に見れば、まだどれも新芽の状態であり、和歌山市の人口推移は依然として右肩下がりなのも事実です。「自らここだと選んだまちだから、試行錯誤から学びを重ね、結果が出るその日まで、前を向いて行動しつづけるのみだと思っています」榎本さんは、笑顔で力強く話してくれました。
まちづくりという言葉が指し示すのは、とても大きな未来。だからこそ、行政や民間といったあらゆる立場や職業を越え、私たちは“ひとりじゃないからできること”に、もっと目を向ける必要があるのではないでしょうか。
まちを大きなドリームチームと見立て、ひとりひとりの得意分野から多彩なカラーを持ち寄れば、シャッターという幕はあがり、芸術的なまちづくりが描かれていく。そんな未来が訪れるかもしれません。