『トム・ソーヤーの冒険』に登場する木の上の秘密基地、ツリーハウス。「いつかトムとハックのように、仲間とツリーハウスをつくりたい!」と夢見たことがある人も多いのではないでしょうか。
神奈川県相模原市緑区(旧藤野町)で「mossrock山」を運営する石毛了一さんは、そんな憧れを現実のものにした人です。藤野の森を購入してツリーハウスをつくり、「きらめ樹間伐&ツリーハウス体験キャンプ」などのプログラムを提供しています。
思わず胸が高鳴ってしまうような楽しい活動を行っている石毛さんですが、その背景には、「日本の森の現状を、多くの人に知ってもらいたい」という熱い想いがありました。
「mossrock山」を運営する石毛了一さん。mossは苔、rockは石、岩を意味する単語。「石毛」という苗字から連想して名づけたといいます。
ちょっと珍しい、針葉樹のツリーハウス
石毛さんの家は、JR中央本線藤野駅から車を20分ほど走らせた牧野というエリアにあります。ツリーハウスが建っているのは、そこから更に山道を登ったところ。さっそく案内してもらいました。
少々小ぶりなツリーハウス。7人まで入ることができます。
木々の間を縫うようにつくられた急峻な道を登っていくと、少し平地になっているところがあり、そこに1棟目のツリーハウスが建っていました。ツリーハウスというと広葉樹の曲がりくねった枝に包まれるように設置されているイメージがありましたが、まっすぐな針葉樹の上にもツリーハウスは建てられるのですね。
針葉樹のツリーハウスをつくっているところが長野にあったので、そこのつくりかたを参考にしました。友達がちょこちょこ手伝ってくれたので、製作には10日もかからなかったと記憶しています。
廃材に色を塗ってつくった扉。お洒落!
中に入ると、少し高くなっている分見晴らしが良く、風も心地よく通り抜けていきました。読書や考え事が捗りそうです。
何時間でも居座りたくなってしまいますが、先に進みましょう。また少し奥へ足を運ぶと、2棟目のツリーハウスが見えてきました。1棟目の3倍ほどの大きさです。
木々の間から覗くツリーハウス。
3本の木に支えられて建っています。
1棟目が割と簡単にできちゃったから、2棟目も気軽に企画しちゃったんですよ。でも、こっちは1年かかりましたね。ワークショップ形式にして、友人だけではなく外からも人を呼んでつくりました。2013年から2014年にかけて、ワークショップを11回開いたのかな。
最初はみんな「こんなところにこんな大きなツリーハウスができるの?」と唖然としていましたが、楽しみながら参加してくれて。完成したときは、「本当にできちゃった」という不思議な感覚でした。
ツリーハウスの中には、まさに秘密基地!といったワクワクする空間が広がっていました。広さは9畳ほど。床と天井を貫く2本の木にはハンモックがかけられ、小さな水場とカセットコンロまで設置されています。ハムエッグとコーヒーのような軽食なら問題なく調理できそうですね。
備え付けられた木製家具もセンスが良く、「ここで過ごしたい!」という気持ちになります。きっと、夜になるとまた幻想的な雰囲気になるのでしょう。
数人で宿泊する人もいれば、1人で数日間滞在する人もいますよ。読書会や瞑想の場所としてもおすすめです。
ツリーハウスのすぐ隣にはトイレもあります。汲み取り式ですが、おがくずに消臭効果があるため、臭いは全く気になりませんでした。
子どもや女性も参加できる、きらめ樹間伐
「mossrock山」では、このツリーハウスと「きらめ樹間伐(きらめきかんばつ)」をセットにしたキャンププログラムを提供しています。
きらめ樹間伐とは、木の表面の皮をむくことで、木が地面から水分を吸い上げることを止め、ゆっくりと立ち枯れさせた後で伐る間伐手法のこと。「NPO法人森の蘇り」という団体が推進しているやり方です。
通常の間伐方法で伐った生木は重いので運び出すのも一苦労ですが、きらめ樹で伐った木は乾燥しているため軽く、少人数で山から下ろすことができます。
また、伐採後の乾燥時間が少なくて済むのもメリットのひとつ。木は水分を大量に含んでいるため、乾燥が進むにつれて変形や収縮が起こります。そのため、伐採後半年から一年かけて天然乾燥するか、機械を使って人口乾燥させた後でなければ、木材として使うことができません。
けれども、きらめ樹の場合は伐採するときには既に木が立ち枯れして乾燥しているため、手間と時間を大幅に短縮することができるのです。
それに何より、きらめ樹は子どもや女性でも簡単にできるんですよ。皮をむくのは楽しいので、子どもは目を輝かせてやりますね。たくさんの人が林業に参加するきっかけになる。それが一番の魅力だと思っています。
きらめ樹で間伐した木材を使い、石毛さんは特注家具を製作しています。パン屋さんの棚、イベント用のハンガーラック、金魚すくいの木枠など、ユニークな依頼が多いそう。
石毛さんの工房。天然乾燥した木は香り高く、樹木が発散するフィトンチッドもそのまま残ります。工房内も優しい木の香りが充満していました。
また、フローリング材や壁材といった建材にすることも。フローリング材というと合板の上に厚さ15mmほどの天然木の薄板を貼付けたものが一般的ですが、石毛さんがつくるのは100%天然木でできた厚さ30mmのフローリング材です。
きらめ樹材は天然木を贅沢に使っているけど、他社と比べると値段もほとんど変わらないんですよ。一部の裕福な人のものにするんじゃなくて、一般の人に広く買ってほしい、という値段設定なんですね。
そういった点も含めて、きらめ樹材で建材や家具をつくるのはすごく意義のあることだと感じているんです。やりがいはありますね。
真っ暗な森を見て、「このままではいけない」と思った
石毛さんはなぜ、「mossrock山」の活動を始めるようになったのでしょう。その経緯を教えていただきました。
もともと僕は、家具屋で働いていたんです。勤め先の工房が藤野にあったからこっちに来て、「藤野って面白いまちだな」と気に入って。家族と住む家を探しているうちに、家と山がセットになったこの物件を見つけました。
なぜか昔から、「山がほしいな」と思っていたんですよ。それと、ツリーハウスをつくることも夢でした。だから、「ここはもしかして、やりたいことに挑戦できる場なんじゃないか」と思って、購入を決めました。
そうして森へ入った石毛さんは、あることに驚いたといいます。
森の中が真っ暗で、木々の間に草が生えていないんですよ。これはヤバいな、おかしいな、と思いました。さっき「山がほしいと思っていた」と言いましたけど、特に林業や環境問題に関心があったわけじゃないんです。「間伐が必要だ」という話を聞いたことはあったけど、実感したのはそのときが初めて。それから、日本の森について考えるようになりました。
戦後、国の政策により大規模なスギ・ヒノキの植林が行われましたが、安価な外材の流入などさまざまな要因から林業は不振に陥りました。そのため、人の手が入らず放置された森が全国各地に増えています。
間伐などの管理をされることなく育った人工針葉樹林は、木々がひしめき合い十分な光が入らなくなります。すると、下草などが生えず、微生物も減り、山全体が脆弱になって土砂災害などが起きやすくなってしまうのです。
日本は国土面積の約7割が森林ですが、木材自給率は3割前後で、世界でも有数の木材輸入国と言われています。自分たちで植えた木を使わずに荒廃させて、海外のジャングルや豊かな自然林を食いつぶして木材を消費しているんです。海外からは“山食い虫”と呼ばれているぐらいで、これはとても恥ずかしいことだと思っています。
外国の木材に頼らずに、自分たちが豊富に持っている木を活用していこうよ。そんな気持ちで、きらめ樹間伐を行っています。
間伐をして森に光が入るようになると、眠っていた種が芽吹いていきます。最初は真っ暗だった石毛さんの森も、少しずつ新しい草や木が生えてきました。
昔の人は、子や孫の世代を思って一所懸命植えてくれたと思うんですよね。それが時代の変化でお荷物のようになってしまっているわけですけど、僕らが使えばいいだけの話なんですよ。僕らが日本の木をしっかり使うことが、日本の森だけじゃなく、世界の森を守ることにもつながるんです。
石毛さんは、ツリーハウスに憧れて「mossrock山」のイベントに参加した人に、こうした状況を伝えています。最近では、子どもたちにも興味を持ってもらおうと、イラストレーターでもある奥さんのいしげしょうこさんに絵本を描いてもらいました。イベントで披露したところ、参加した子どもたちは真剣な眼差しで話に聴き入っていたといいます。
ツリーハウスやきらめ樹を通して森で目一杯遊んでもらいながら、森について知ってもらう。堅苦しく講義をするよりも、自然と森への興味や愛着が芽生えるのではないでしょうか。一度参加した人が、友人を連れてまた来てくれることも多いというのも納得です。石毛さんが「楽しさ」を大事にしているからこそ、なのでしょうね。
数百年先の未来につなげていく
二児の父である石毛さんは、現在も家具屋で働きながら「mossrock山」の活動をしています。少しずつ、「mossrock山」に時間を割く比率を増やしていきたいと考えているそう。今後の展望を教えていただきました。
ここはあと数年したら、間伐も終わってあまり手を入れなくてもよくなります。そうしたら、全国の間伐を必要としている森に行って、ツリーハウスをつくりたいんです。その土地の人を集めてきらめ樹間伐をして、その木材でツリーハウスをつくり、人が集う楽しい場にしたい。
だから、まだ自分のところの2棟しかつくっていないのに、名刺には「ツリーハウスビルダー」って書いちゃいました(笑)
ツリーハウスだけじゃなくて、竪穴式の縄文ハウスもつくってみたいし、先日は講師を呼んで竹のコクーンチェアをつくるワークショップも開きました。普段の生活では体験できないことを体験できる機会をつくって、関心のなかった人を森に呼べたら、と思っています。
遠い存在になってしまった森が、再び身近なものになる。そんなきっかけを生む場所が全国に増えていくといいですね。
木々の生長は百年単位なので、いますぐに結果が返ってくるものではありません。でも、何百年も先の未来に、きっと森は蘇って豊かになっているはずです。次の世代につなげていけるものなんですね。そういうものに携われているのは、幸せだな、と思います。
「憧れのツリーハウスを体験したい!」というみなさん。まずは、藤野の「mossrock山」を訪れてみませんか? 森で遊んで石毛さんと話をするうちに、きっと森への関心がむくむくと湧いてくるはずです。
(撮影:袴田和彦)