Googleの人工知能「AlphaGo」が囲碁の世界チャンピオンを破るなど、人工知能がめざましい発達を遂げ、このままでは今まで人が担ってきた仕事が奪われるとも言われる昨今ですが、コンピュータに仕事を任せることで人間はよりクリエイティブな仕事ができるようになるという考え方もあります。
福岡にあるスマートフォンアプリ開発会社「からくりもの」代表の岡本豊さんは、ITという現代の「からくり」を使ってそんな未来をつくろうとしています。長野から福岡へ出てきて感じた「バスの不便」を解決するためにつくったアプリが、今や48万超のダウンロードの公式アプリに。そんな岡本さんが描く、天神の、福岡の未来とはどのようなものなのでしょうか。
1983年生まれ。2006年に長野工業高等専門学校を卒業後システムエンジニアとして経験を積み、2010年福岡に移住。フリーランスプログラマーとして活動後、2012年「株式会社からくりもの」設立。2013年、iPhoneアプリ「バスを探す 福岡」でMashup Award 9 Civic Hack賞を受賞」
「自分の便利」が48万人の便利に
長野のシステム開発会社で経験を積んだ岡本さんが福岡へと移住してきたのは2010年。スマートフォンが普及し始めたこの頃、フリーランスで「ITなんでも屋」として仕事をはじめた岡本さんは、知人からちょうど発売されたばかりだったiPad用の写真集のアプリをつくってほしいと依頼を受けます。
それまでアプリはつくったことがなかったものの「とりあえずできます」とだけ答えて、帰りに入門書を買って、1週間ぐらいでつくってお持ちしたら喜んでいただけた」という形で初めてのアプリをつくったのです。
そのことを周りの仲間たちに話したところ、それ以降、アプリの仕事を次々と紹介されるようになり、気づけば「アプリ専門」に。さらには1人では受けきれなくなって周りのプログラマーに手伝ってもらい、2012年には仲間と会社を起こします。
そして、会社をつくったのをきっかけに、普段はなかなか一緒に仕事をすることがない仲間と何か1つのものをつくろうと1泊2日の社内合宿を企画。そこで岡本さんが長野からやってきてから感じ続けていた「バスの不便さ」を解決するアプリをつくることになります。
福岡の方はご存知かと思いますが、福岡は世界でも名古屋と1位2位を争うくらいバスが多い街で、便利なんだけど複雑で外から来た人間には難しかったんです。
北部九州のほぼ一円でバス事業を営む西鉄は、当時からサイト上でバスのルートや現在地を検索できる機能を提供していて、これをアプリにできないかってずっと思ってたんですね。バス停の位置情報は国土地理院が公開していたので、それを組み合わせてみんなでばーっとつくったんです。
このときつくったアプリ「バスを探す 福岡」。2012年の9月に公開し、1ヶ月で数千のダウンロードがされるというなかなかの反響があったのだそうです。嬉しかったものの、その反面「ビビってしまった」という岡本さんは、西鉄さんの顔色をうかがおうと知人のつてを頼って会いに行きます。
表向き、もっとアプリを良くしたいのでこういうデータいただけませんか? という話をしたら、担当者の方はとても好意的にアプリのことを捉えてくださっていて、その場では和やかに話は終わりました。
1ヶ月後くらいに検討結果をお話したいのでお越しくださいと連絡をもらって行ったところ、データ提供は難しいけれど、それとは別に公式アプリをつくるとしたらどれくらいかかるのか見積もってもらえないかって言われたんです。
岡本さんも「そんな話をいただくなんて思っても見なかった」という予想外の展開で、公式アプリをつくることになり、2013年12月に公式版アプリ「にしてつバスナビ」をリリース。これまで48万以上ダウンロードされるアプリとなりました。
「非公式のアプリは自分が一番愛用していたんじゃないか」というくらいに、自分の不便を解決するためにつくったアプリが、大企業の公式アプリに採用されるというサクセス・ストーリー。
岡本さん自身「素振りしてたらホームランになっちゃったみたいな」と表現するようなまぐれ当たりのようにも見えますが、このような「運」が巡ってきた背景には、やはり岡本さんの「想い」がありました。
「からくり」の原点
岡本さんが現代の「からくり」をつくるようになった原点は高校時代にありました。高校2年のときにいじめに関するボランティア団体を立ち上げたという岡本さんは、その理由をこう話してくれました。
いじめのことをやろうと思ったのは、親友がいじめで自殺してしまったからなんです。僕はいじめがあったことも知らず、彼が悩んでいたことも気づけなかったのがとっても悔しかった。
非常に辛く、悲しい経験ですが、岡本さんはその経験から、「同世代なら相談しやすいだろう」と中高生の相談役になる活動を開始。メディアでも取り上げられるなどして、北海道から沖縄まで全国に約50人の仲間もできたのだそうです。
しかしそこは高校生。お互いに連絡を密にすることは難しく、情報の共有もままならなかったことから、岡本さん自身がプログラミングを学んでデータベースを作成するなどして活動を続けていったそうです。そしてそれが「不便をITで解決する」原点になったのです。
この経験が、「からくりもの」につながり、「にしてつバスナビ」へとつながったわけですが、岡本さんにはその時もう1つ思ったことがありました。
非営利活動の場合、本業が他にもあったりして、時間をなんとかつくって活動をする人が多いわけです。それなのに、事務処理に追われてしまって、やりたいことがやれないような実情があると感じたんです。
そういう部分こそコンピュータに任せられればいいけれど、資金不足のため頼むこともできない。だから自分がそういった非営利団体などのためのシステムをつくれるような小回りの効く会社をつくればいいと思ったんです。
非営利団体のようなお金も時間もないような団体でも使える、便利で安価なシステムをつくること。それが岡本さんの1つの目標になったのです。
だれにでも使えるからくりで非営利活動も効率よく
そんな岡本さんがいま力を入れているのが「とひと」というプラットフォームです。これは、全国に数千あるボランティアセンター向けのクラウド型業務支援システム。
きっかけになったのは、学生時代お世話になっていた長野市のボランティアセンターからの相談でした。
長野市はオリンピックのときに何千万円の費用を投じてボランティアのシステムをつくったんですけど、2010年ころにはそのシステムをつくった会社もなくなっていて、メンテナンスができなくなってしまっていたんですね。
ちょうど独立したときにそんな話を聞いて、「クラウドサービスであればそんなにお金をかけなくてもできますよ」という相談をさせていただきました。
さらに、岡本さんによるとボランティアセンターのほとんどは「紙で業務をやっていて、ボランティアを紹介してほしいとなった場合でも、大量の紙のデータを調べたり、職員さんの記憶に頼ったりするしかない」そうで、長野市のようにデジタル化されているのはまれとのこと。そのため「それをシステム化するお手伝いができれば」と思っていたのだそうです。
そこで、長野市で使えるシステムを他の団体でも使えるようなプラットフォームとして「とひと」を立ち上げたのです。
ユーザーはまだ、4つ、5つの団体だけですが、これから色々なところに使って頂けるようにしたいです。
ボランティアセンターにかぎらず、非営利活動の分野とか、中小企業向けに現代のからくりを届けたいというのが本当に本当の原点なので、この「とひと」のようにたくさんのところから薄くお金を集めることで、便利なサービスを使えるようにするということをやっていきたいです。
本当に素晴らしいとしか言いようが無いのですが、そのような目標を実現するための場所として福岡を選んだのはなぜなのか、続いてそのあたりのことを聞いてみました。
IT業界内外のパイプになって福岡・天神を幸せに
岡本さんがオフィスの場所として選んだのは、福岡市の繁華街である天神エリア。福岡・天神駅から歩いて10分ほどの場所です。
オフィスにて。「今はスタッフ4人ともリモートワークを行っているので、オフィスは小ぶりでいいんです」と岡本さん
オフィスには、事務所立ち上げの際につくったロゴ入りの枡などが
「普通の人が使うIT」をつくるのに、長野は保守的すぎて難しいと感じたし、東京はつくる人も多いので埋もれてしまうだろうと思いました。
福岡に何度か来たことがあったんですけど、福岡の人は新しいもの好きで、新しい物が来たときに距離を置くんではなくてとりあえず触ってみようという文化があるなと感じていました。
それにちょうどそのころ商店街がツイッターを使ったり、「大名なう」というハッシュタグで盛り上がったりしていて、きっと面白いだろうなと思ったんです。
「大名なう」というのはちょうど2010年頃に、ツイッターを使って、天神エリアの中でも若者が多く集う「大名」地域とその周辺(天神、赤坂、警固など)を盛り上げるために起こったムーブメントのこと。
商店主やお客さん、まちに来るさまざまな人に「#daimyo」というハッシュタグを付けてつぶやいてもらおうという取り組みで、色々なメディアなどにも取り上げられました。
そのような「新しもの好き」という特徴に加えて、さらに重要だったのが「ITコミュニティの活発さ」だったといいます。
来る前から観察はしていて、当時から「アイプ」(福岡でITを通じたコミュニティづくりを行っているNPO法人)が、マンションの一室でアイプカフェというスペースをやっていて、そこで週に何回も勉強会が開かれていたんです。それくらい活発なITコミュニティがあるんだなとは感じていました。
来てみて感じたのは、東京だとコミュニティが巨大なので、細かい分野でセグメント化されてしまうんですが、福岡だとほどほどの人数なので、ITというくくりだけでみんな集まれて、いろんな分野の人と顔と名前がわかるくらいの距離感で知り合えるんです。
そういうコミュニティがあったからこそ、最初アプリをつくったときにすぐにみんなに知ってもらえたし、すぐ紹介してもらえた。それはすごく大きかったし、福岡に来てよかったと思いました。
そんな岡本さんが、福岡や天神にこれから求めたいのは「IT業界の人とそれ以外の人がつながれる場」。
「長野を出る前に、長野のITコミュニティの場作りだけはしてきた」という岡本さん。昨年末に、その時に種を蒔いた「NSEG」(Nagano Software Engineer Group:長野のIT勉強会)の人たちと学校の先生やデザイナー、町の人たちを集めて、困り事をITで開発するワークショップをやったのだそうです。そのような「場づくり」が福岡でもできればといいます。
福岡市もITに力を入れていて、スタートアップ支援を増やそうとスタートアップカフェを運営していたりするんですが、まだ需要と供給がなかなかうまくくっついていない感じはしています。
プログラムを書く人って人付き合いが得意ではない人が多いんですが、僕はコミュニケーションが好きなので、技術を持っている人とそれを求めている人のパイプになれたら面白いなと思います。
ぜひ岡本さんには、岡本さんが言うところの「ハッカー(コンピュータをカスタマイズして自分に使いやすいようにする人)」が集まっていて、そこに行けば色々気軽に相談できるようなカフェをつくってほしいと提案しましたが、カフェでなくともきっとそれを実現する新たな「からくり」を考えてくれるに違いありません。
岡本さんの想いの中心は「非営利活動や中小企業に現代のからくりを」というところにあるわけですが、それは実現すれば、天神や福岡はもちろん、全国、全世界にとって便利なものになるはずです。岡本さんはこうも言っていました。
人間がやらなくてもコンピュータができる仕事をコンピュータに任せて、人は人にしかできない創造的な仕事をするとか、早く家に帰って家庭の時間を持つとか、そういうことを実現するのが会社としてのミッションですね。
非営利活動でも、個人の活動でも、そのように自分にとって大事なことをするために時間を使えるようにしたい。話を聞いて思ったのは、それを実現するのに一番便利なツールがITであり、アウトプットがアプリであったから、今はアプリをつくっているということでした。
それはつまり、求める未来のために「いま自分ができることをやっている」とも言えるのと思います。そして、そうやって「自分ができることをやる」人たちの「マイプロ」的なものが、積み重なって社会が少しずついい方向に変わっていくのだとも思うのです。
私は福岡のまちや天神には数回しか行ったことがないのですが、そんな人たちが集まってコミュニティをつくっているまちならば、これからもきっと新しいいいものが生まれてくるのだろうと楽しみに思えました。
みなさんにもぜひ福岡で生まれる新しいものに注目してもらいたいですし、同じようなことが自分の地元でできないか、岡本さんのようにチャレンジしてもらいたいなと思います。