全国をめぐって自然エネルギーの取材をしているノンフィクションライターの高橋真樹です。今回は、東日本大震災のあと自然エネルギーのベンチャー企業「自然電力株式会社」を、若干30歳で設立した磯野謙さんのインタビューをお届けします。
たった3人の若者が実績ゼロから立ち上げた会社は、世界トップレベルのドイツ企業と提携するなど、設立から4年で、大きな成果と雇用を生む事業に成長しました。
この4年で、日本社会の自然エネルギーをめぐる状況も大きく変化しました。新たなステージを迎えて、磯野さんはどのような展開を考えているのでしょうか。greenz.jp編集長の鈴木菜央さんとともに伺いました。
「大学卒業後、株式会社リクルートにて、広告営業を担当。その後、風力発電事業会社に転職し、全国の風力発電所の開発・建設・メンテナンス事業に従事。2011年6月、自然電力(株)を設立し、代表取締役に就任。主に地域産業と連携した事業開発を担当。2013年1月juwi(ユーイ)自然電力株式会社設立後、同社取締役も兼務。長野県生まれ。慶應義塾ニューヨーク学院、慶應義塾大学環境情報学部卒業。コロンビアビジネススクール・ロンドンビジネススクールMBA。」
未来に対して、もっと責任を持てる環境をつくる
高橋 磯野さんが、30歳のときに自然電力株式会社(以下「自然電力」)を設立した背景には、どのような思いがあったのでしょうか?
磯野さん ぼくは大学時代から、社会貢献ができるビジネスを模索していました。その後、風力発電所を建設する会社に就職します。その経験を活かして、会社の同僚と3人で自然電力株式会社を設立しました(2011年6月)。
起業した理由は、原発事故が起きたとき、自分たちの世代が未来の世代に対して、もっと責任を持てるような環境をつくりたいと思ったからです。
高橋 自然エネルギーを増やすという意味では、以前務めていた風力発電の会社でも可能ですが、なぜリスクを冒してまで起業したのでしょうか?
自然電力株式会社を立ち上げた代表の3人。(c)Shizen Energy Inc.
磯野さん 前の会社では、風車100基を建設するといった巨大プロジェクトに携わっていました。発電所をつくるところから運営するまでに携わることができ、良い経験にはなりましたが、それと同時に、より良い再エネの形がないかを考えました。
自然エネルギーを増やすためには、ある程度の規模も必要です。でも本当の意味で社会に普及させるには、地域のメリットになるようなものを、地域の人たちと一緒につくることではないかと考えました。
高橋 会社を立ち上げてからの4年間で、会社はもちろん、自然エネルギーをめぐる日本社会の環境も変化したと思います。その辺りについて教えてください。
磯野さん 会社を立ち上げた当時は、まだFIT(再エネ固定価格買取制度)の売電(※1)も始まっていなかったので、いろいろ変わりましたね。設立時の実績はもちろんゼロで、信用してもらうのも難しい状態でしたが、いろいろな方に協力していただいたお陰でひとつずつ形をつくる事ができました。
4年経った現在は、工事中の設備を含めると合計出力700メガワットのプロジェクト(※2)を手がけています。これまでは太陽光発電だけでしたが、来年以降は風力発電や小水力発電も建設していく予定です。
大きな変化としては、再エネ企業の世界でもトップクラスになるドイツのjuwi(ユーイ)株式会社(以下「juwi」)と提携したことです。また、会社を3つに増やして、3人だったスタッフが今では100人を越えるようになっています。
高橋 100人ですか! すごいですね。実はスタッフがまだ3人だった頃にも話を聞かせてもらいました。そのときに「自然エネルギーという産業を根付かせて雇用を産みたい」と語っていましたが、こんなに早く実現しているとは驚きです。
60代の建築現場の担当者。(c)Shizen Energy Inc.
磯野さん グループ企業を合せるとそれくらいです。しかもうちのグループの特徴は、社員に60代の方が大勢いるということです。
いわゆるベンチャーなどではたいてい20代、30代の若い人が中心となっていることが多いのですが、再エネ産業は、建設現場や電気工事など、さまざまな分野のノウハウが必要となりますから。
日本には、「宝物のようなおじさん」がたくさんいます。彼らの力を活かさないのは、日本にとって本当にもったいないといつも思っているんです。
(※1)FIT(再生可能エネルギー固定価格買取制度)
2012年7月から始まった自然エネルギーで発電した電力を、電力会社が20年間決まった価格で買い取る制度。費用は電気の消費者に「再エネ賦課金」として上乗せされる。価格は毎年見直される。
(※2)出力700メガワット
数字には、開発、建設中、完工済み、共同開発案件、コンサルテーションで関わったものなどすべてを含んでいる。1メガワットは1000㌔ワットのこと。出力1メガの太陽光発電設備では一般家庭300世帯分の電力になる。700メガでは21万世帯分。2015年10月末現在、自然電力グループが工事を完了した設備の総出力は37.4メガワットになる。
地方において、再エネで何ができるか
高橋 地域へのこだわりというのも着々と実現していますね。
磯野さん 自然電力では、ただ再エネを増やすのではなく、地方の人口が減って産業が衰退する中で、何ができるかということをテーマにしています。
それを実現するには、ただ設備をつくるのではなく、地元で信頼されている人たちと一緒にやることが大切です。まずは2012年に熊本県合志市の地元企業と一緒にメガソーラープロジェクト(合計出力2メガワット)を始めました。それは熊本県では地元企業が主導する初のメガソーラーとなりました。
合志市ではその後、自治体も出資するプロジェクトが始まるなど、地域全体の取り組みへと成長してきています。いずれは一般の市民が参加するスタイルにもつなげていきたいと考えています。
高橋 地方の企業が自然エネルギーの事業を新しく始める場合、実績がないことが理由で銀行からの融資が受けにくい、ということがよく課題となります。その点についてはどうでしょうか?
磯野さん 地域によってさまざまな新しい試みをしていますが、例えば関西エリアでは地方銀行と地元企業、そして自然電力という3者が連携するプログラムを進めています。
自然電力が設置した秋田大館自然電力太陽光発電所。雪が降っても発電できる仕組みになっている。(c)Shizen Energy Inc.
高橋 地元の企業に地方銀行がお金を融資して、エネルギーのプロである自然電力が技術的な部分を担う仕組みですね。それぞれの得意分野を組み合わせればリスクも低く、地方が都会の企業にだけ利益を奪われる構造が変わりますね。従来は難しかった融資もハードルが下がるというわけですか。
磯野さん 銀行にとっても地方の企業にとっても新しい取り組みですが、このような仕組みが広く普及すれば、これまでの地域社会の構造を変えていくことができるかもしれません。
世界トップの再エネ企業、juwiと提携
高橋 ドイツの再エネ企業であるjuwiと提携されましたが、その狙いと効果はどのようなものでしょうか?
磯野さん 日本の再エネ産業は、2000年代は機器の選定から運営に至るまで大変な苦労をしてきました。その理由は知識と経験が足りなかったからと考えています。
でも、再エネの先進国はそういう経験をすでにしています。欧州では太陽光は10年前から、風力は20年前からすでに市場ができあがっているんです。世界トップレベルの企業と組んで、そうしたノウハウを手に入れる事は、うちの会社だけでなく、日本にとってもとても大切だと考えました。
保守・点検の様子。自然電力グループのスタッフはバラエティ豊か。(c)Shizen Energy Inc.
2012年、まだ自然電力の社員が3人だった頃に、ドイツのjuwi本社を訪ねたんです。当時、うちの実績はほぼゼロでした。
一方、向こうは当時年商1千億円以上の大企業です。それでもきちんとぼくらの話を聞いて、将来のビジョンに賛同してくれました。その敷居の低さは、juwi自体も約20年前に始まったベンチャー企業だったという経緯が関係しているかもしれません(※)。
juwiは世界の再エネでトップを担う会社ですが、できたばかりの自然電力と対等な提携をしてくれました。それで2013年1月にjuwiとの合弁会社としてつくったのが、建設工事会社のjuwi自然電力と、設備のメンテナンスを行うjuwi自然電力オペレーションの2つです。現在は自然電力本体と合わせて、グループで3社になります。
※juwi株式会社の創業は、1996年。2015年現在で、世界中に計3,200メガワット(太陽光1,400メガワット、風力1,800メガワット)の設備を設置している。
“エネルギーの民主主義”をつくるには?
さて、ここからはgreenz.jp編集長の鈴木菜央さんも交えての対談をお届けしましょう。
菜央 ドイツの再エネ政策はエネルギーヴェンデ(大転換)と言われています。また、エネルギーによる民主主義の実現を「エネルギーデモクラシー」とも言います。
日本のエネルギーの状況を見ていて、ぼくはそういう事がまだ実感できないのですが、日本がドイツのようになるには何がポイントになるのでしょうか?
磯野さん ドイツと日本では、歴史とか国の成り立ちが違います。ドイツではそれぞれの地域に都市が分散していて、自立心がすごく高い。東京みたいな規模の巨大都市もありません。そこがエネルギーの取り組みにもすごく関係しているのではないでしょうか。
だから日本はドイツを単純にマネするわけにはいきません。もちろん違いを理解した上で、ドイツの取り組みで活かせる点はたくさんあるのですが。
自然電力グループの社員研修にて(2015年2月)。(c)Shizen Energy Inc.
磯野さん その観点から言うと、日本は東京中心の社会のあり方を変えていくべきでしょうね。一極集中ではなく、地方に分散する必要があると思うんです。災害に対してもその方が対応できる。そのような理由もあって、自然電力の本社は東京から福岡に移転しています。
菜央 エネルギーについてだけの議論ではなく、日本社会の本質を考え直す必要があるということですね。
磯野さん 欧州のエネルギーへの取り組みを考えると、背景には「自国の産業を守る」という意識があることがわかります。
ドイツは、隣のフランスを常に意識してきました。農業も強いし、原発で電気を生んでいる。自分たちはそのフランスに依存したくないという意識が強いと思います。エネルギーは安全保障ともつながっていますから。
磯野さん その意識を持っているのは、ドイツだけではありません。
例えばスイスという国は、フランスとドイツという大国に囲まれた小国です。山がちのスイスは、平坦なフランスに比べて食料生産の効率は悪い。だから安いフランスから輸入してもいいのに、食料自給率は60%近くで日本より高いんです。
エネルギーも、フランスやドイツから安く買えるのに、エネルギー自給率(発電)は50%程度と高い水準です。これはほとんど水力発電です。いずれも「安全保障を考えると、自分たちの国でつくるべきだ」という意識が強いからです。
高橋 食とエネルギーの自給率を考える事は、自分たちの安全保障を考える事だという視点ですね。日本ではこの視点が決定的に欠けていると思います。
地方創成のカギは、現場のプレイヤーを増やすこと
高橋 欧州の例を踏まえて、日本に自然エネルギーを普及し、根付かせるためには何が必要でしょうか?
磯野さん 日本の大きな問題は、構想や技術はあっても、プレイヤーがいないということです。ドイツは分散しているので、地方にもいろいろな人材がいるから、それぞれの地域で構想を実現できます。でも日本では資本や人材が都市部に集中しているから、地方だとそれらがとても限られてしまうのです。
そこでぼくらが地方に行って、地元の人たちと一緒につくり上げるというモデルをやり始めています。このモデルがうまくいけば、日本式のエネルギーヴェンデを実現できることになるはずです。
設備の建設工事の様子。(c)Shizen Energy Inc.
菜央 そのような新しいカタチができると、日本社会がガラッと変わる可能性もありますね。
磯野さん 今必要なのは、地べたを這いつくばって形にする人を増やしていくこと。だからうちは建設会社までつくりました。会社をつくったとき、ほとんどの人から「ゼロから建設会社を初めるなんて、お前はアホだ」と言われました。
でも、ぼくは最初から最後まで責任を持ってものづくりをする人が出てこないと、世の中の問題は解決しないと考えています。今は盛んに「地方創成」と言われていますが、そういう存在がもっと出てこないと、何も変わらずかけ声だけで終わるんじゃないか、と思うんです。
菜央 プレイヤーを増やして、具体的にひとつひとつ実例を示す事で社会を変えていこうということですね。
磯野さん 日本社会が培ってきた良さは、たくさんあります。
例えば、海外の人からよく素晴らしいと言われることのひとつに、みんなが一丸になって行動するチーム力があります。そのような良さを残しつつ、日本流の変革モデルをいろんな産業で起こす必要があるように思います。エネルギーの分野では、ぼくらの会社がそのモデルの一つなれたらいいと思ってやっています。
菜央 エネルギーの分野では、まだまだ起業家が参入できる雰囲気があります。もっとそういう人に出てきてほしいですか?
磯野さん もちろんビジネスだから利益を上げる事は大事ですが、目の前のお金の話にとらわれず、「社会的に価値あるものづくり」をめざす人たちに新しいビジネスをやってほしいと思います。
そして日本社会が、そんな人たちにとって大きな事業に取り組めるチャンスのある社会に変わっていけばいいのかなと。アメリカでは「クリエイティブ・ディストラクション(創造的破壊)」と言いますが、そういうことができる人にたくさん出てきてほしいですね。
「都市部と地方との関係を新しく構築するモデルになりたい」と語る起業家、磯野さんのインタビューはいかがでしたか?
ぼくは、エネルギーの話を通して日本社会のあり方そのものを、違った視点から考える事ができたのかなと思います。
2016年4月には電力自由化も控えています。
そこで、エネルギーと私たちの暮らしとか、社会のあり方について考える機会は、これからますます増えていくことでしょう。
磯野さんの言うように、地域の産業として自然エネルギーを選ぶ人や、このエネルギーの分野に参入する若い人たちが増えれば、社会のあり方も少しづつ変わっていくかもしれません。
自然電力は、電力自由化に向けて行動を起こす予定があるようなので、これからも目が離せませんね。
(Text: 高橋真樹)
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。世界70カ国をめぐり、持続可能な社会をめざして取材を続けている。このごろは地域で取り組む自然エネルギーをテーマに全国各地を取材。雑誌やWEBサイトのほか、全国ご当地電力リポート(主催・エネ経会議)でも執筆を続けている。著書に『観光コースでないハワイ〜楽園のもうひとつの姿』(高文研)、『自然エネルギー革命をはじめよう〜地域でつくるみんなの電力』、『親子でつくる自然エネルギー工作(4巻シリーズ)』(以上、大月書店)、『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)など多数。
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