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ほしいものをつくって生きる。100軒の本屋と1対1の関係を育む出版社「夏葉社」島田潤一郎さんに聞く、「ほしい」と「売れる」のつなぎかた

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取材当時に完成した書籍。自分の手で帯を巻き、配本する

この記事は、「グリーンズ編集学校」の卒業生が作成した卒業作品です。編集学校は、グリーンズ的な記事の書き方を身につけたい、編集者・ライターとして次のステージに進みたいという方向けに、不定期で開催しています。

一軒の居酒屋に一組の団体が入店する。

予約席に着き、「とりあえず、ビール!」で乾杯。音頭を取るのは宴会好きのA君、笑い声が絶えないのはお笑い担当のB君と、その取り巻き。そんな飲み会の端で、みんなの輪には入らずに、しんみり焼酎を啜り、お通しに手をつけるC君がいた。

ぼくは、飲み会で全然しゃべらない地味な人が好きなんです。ぼくも、そういう不遇な青春時代を送ってきたから。アッハッハッ!

でも、そういう地味なものの良さが、なんていうのかな、どんどん見失われているような気がして……。

そう言って、島田さんはうつむいた。

島田潤一郎。編集経験ゼロから2009年に出版社「夏葉社」を創業し、これまで16冊の書籍を刊行してきた。

1冊目の書籍『レンブラントの帽子』(バーナード・マラマッド著)から、日本を代表する装丁家・和田誠さんと仕事をし、重版が掛かる。2冊目の書籍『昔日の客』(関口良雄著)では、第153回芥川賞を受賞した読書好きのお笑いコンビ「ピース」又吉直樹さんが同書を読み、ラジオで紹介された。

夏葉社が復刻した古典の名著は、今も多くの読者から支持を集めている。そして、今年で6年になる活動を通じて、夏葉社の本を取り扱う書店は100軒を超えた。

出版不況の現代。ヒット作はマーケティングによって生み出されると言われている。しかし島田さんは、ほしい本をつくり、自分で一店舗ずつ足を運び、一作品ずつ届けてきた。

そんな島田さんに、ゼロから始めた出版社「夏葉社」の6年間で学んだ、「ほしい本をつくり、生きる方法」を聞いた。その話には、自分らしく働くことと社会や時代を結びつける作法が詰まっていた。

自分らしい仕事をして生きいきたい、すべての人々にこのインタビューを捧げる。
 
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島田潤一郎(しまだ・じゅんいちろう)
1976年、高知県生まれ。東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。アルバイトや派遣社員をしながら、ヨーロッパとアフリカを旅する。小説家を目指していたが挫折。2009年9月に33歳で東京都武蔵野市の吉祥に夏葉社を起業。著書に『あしたから出版社』(晶文社)。

ほしいものをつくらないと、良いものにならない!

島田さんには、本をつくる時に必ず大事にしているモットーがある。それは、「自分がほしい本をつくる」ということだ。

そのモットーは、マーケティング・リサーチをして、見込み読者数を計算し、仮に2,000人いれば宣伝、販売するというような既存のアプローチと、明らかに異なっていた。

ぼくの場合、ほしいものをつくらないと良いものにならない。だから、いわゆる経済活動をしているわけじゃありません。ぼくがほしいものをほしいと思う人がいたら、その人と仲良くなれるから、つながって仕事をしています。

「ほしいものをつくる」。その言葉だけを受け取ると、自分勝手につくり、販売しているとも取れてしまう。しかし、夏葉社から刊行された本は多くが重版になり、ヒットしている。自分勝手な商品だとしたら、売れるだろうか。

確かに、前出の2作品に加え、上林暁の『星を撒いた街』や伊藤整の『近代日本の文学史』など、既に固定ファンのいる著者の古典を復刻している。とはいえ、「売れる」と「ほしい」をつなぐ意識があるのではないか。

基本的に古いものが好き。ですけど、少しずつ新しいものを出していかなきゃいけない。だから、古いものを新しくする。今の時代に、やり方を合わせていかないと、飯を食えなくなります。

同じ作品でも、今年読むのと来年読むのと再来年読むのとでは随分印象が違うはずだから、今に最適な届け方を見つける。

それでも、「この内容で、この造本で、この届け方で」と決めていったからと言って、それが時代とズレてくる時がきっとくる。その時に調整できるかどうかはとても大きいと思うんです。

だから矛盾しているようですが、自分がほしいと思っただけで出しているわけじゃないんです。

売れる形は街が教えてくれる

島田さんは、時代に合う「売れる形」と、自分が没頭できる「ほしい形」の橋渡しをしてきた。上手に橋渡しをするヒントは、夏葉社が事務所を構える東京都武蔵野市の吉祥寺という街に隠されているのだとか。

やっぱり、吉祥寺から受ける刺激は絶対、大きいですよ。「あの子、おしゃれだな」とか、そういう感覚って重要な気がする。自分がいいなと思うものが、街とズレていちゃまずい。

吉祥寺に事務所を構えてから、6年が過ぎた。今年、移転した新事務所も吉祥寺に建つビルの一室を借りた。

この6年、吉祥寺という街には大型量販店が増え、商店街も様変わりしていった。変化の中に身を投じて、島田さんは時代と自分の感覚を無意識の意識ですり合わせてきた。

仮に吉祥寺ではなく、東京都千代田区にある世界最大級の本屋街・神保町や渋谷区、あるいは埼玉県の山岳部・秩父市などの山奥で出版社を開いていたら、「やっぱり仕事は変わっていたと思う」と島田さんは言う。

場所が変わると、同じ仕事にはならない。自分のコントロールできない部分っていうのはやっぱりある。

だから、時代と合うために自分から何かしらを変えていくか、自然に変わっていく場所に身を置いていく必要があるんです。

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夏葉社から最初に刊行された書籍『レンブラントの帽子』(バーナード・マラマッド著)

「売りたいな」と思ってもらえる商品をつくる

「ほしい」と「売れる」を橋渡しするヒントは、街以外にも隠されている。島田さんが自ら足を運ぶ、書店の棚もその一つだ。

書店員の方には、売りたい本が2種類あって「自分が売りたい本」と「売上目標を達成するために置かなきゃいけない本」があります。

棚の本の並び、面陳や平積みになっている本を見れば、売りたい本と売らなきゃいけない本がだいたいわかるんです。

書店員の目を通して、本がどう届けられているのか。島田さんは書店の棚の担当者と1対1で向き合い、本を取り巻く多様な環境を意識して、「ほしい」と「売れる」を結びつける。そして、

書店員さんが「売れるから置く」ではなく、「置きたいな、売りたいな」と思う本をつくらなきゃいけないというふうに思っています。

それは一体、どんな本なのだろう?

「地味な本」ですね。地味な本が売れる世の中になればいいなと、ずっと思っていて、同じ気持ちの書店員さんはとても多いと思うんです。

売れるものは売れるけれど、視野を広くしていかなきゃ、本の業界は続かないから。そのような使命感は、みんな持っているんじゃないかな。

地味な本を果敢につくる!

インターネットを通じて、誰でも無料で刺激的な情報を得ることができるようになった今、本が果たすべき役割を島田さんはこう考えている。

本には、ゆっくり自分の心を整えるような、メディアとしての役割があるはず。だから意志を持って、地味な本を果敢につくっていくことを大切にしていかなきゃと思うんです。

ぼくは、飲み会で全くしゃべらないような地味な人が好きなんですよ。そういうものの良さが、どんどん見失われているような気がして……速さとか要領の良さとかばかりに目が向いてしまっている。

細かに見ていかなきゃわからない価値ってあるし、時間をかけていかなきゃわかりあえない良さもある。

地味でも忍耐強く、頑張って生きる人のために、そういう細かなもの対して、良いなと思える価値観を本で残していきたい。

それはきっと島田さんだけの想いではなく、島田さんが交流してきた、本に関わる人たちすべての想いだ。

書店営業に行った際、夏葉社の本を置いてもらうため、どのように頼んでいるのか島田さんに聞くと、以下のような話を教えてくれたことからも、共通の想いだということがわかる。

「書店営業で、頭を下げるかどうか」ですか。ああ、それは絶対にしません。それをしちゃうと終わりなんですよ。やっぱり対等だから。

逆に出版社を立てるような書店員さんもいらっしゃる。でも、そこは絶対に対等にします。

ぼくらは本に対して准じているというか、一冊の本をともに支えているというか。だから、出版社と書店の間に序列はないんです。

だって、同じ目的でやっていることだから。

はじめから好意に思われたわけじゃない。新規の出版社として、低く見られることもあった。だからこそ、「対等」という意識を強く持ち、島田さんは書店員一人ひとりと関係を育んで、ともにほしい本を読者に届けてきた。

その過程で書店員と以心伝心で共有してきた価値が「地味な本を売りたい」という共通の目標なのだ。
 
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夏葉社の旧オフィス。新オフィスも吉祥寺に構えた

営業は世間話。100軒の書店と1対1の縁を育む

島田さんは、書店員と目標を共有しながら、本を届けている。そんな島田さんの営業スタイルは、雑談がメイン。

「出ますよ」とはもちろんお話ししますが、圧倒的に世間話をしています。

このまえ、とある県に行ったのですが、11時から営業をして、14時まで一人目の方と、16時まで二人目の方とお話しして、その日が終わってしまったんです。それでも、気が合うかどうかがわかるというか。

書店営業を通じて、好意を抱いてくれている書店員の方に本を扱ってもらっています。中には、もう5年の付き合いになる書店員さんもいますよ。

出版業界では、他社の編集者同士が飲みに行くことがある。けれど島田さんは書店員の方々と飲みに行くことのほうが多い。それくらい、書店との縁を大切にしてきた。大型書店に勤務する書店員であれば店舗を異動することもあるだろう。その場合、島田さんは異動先に足を運び、書店との関係を紡いできた。

でも、1冊目の時はぼくが大変そうにしているのが伝わったから本を取り扱ってもらえたんじゃないかな。

ぼくは最初に出した書籍から、マラマッドという地味な作家の作品を手がけていたので、「この人は必死だな。頑張っているな」ということで「置きましょう」と取り合ってもらえたんだと思います。

その一冊が売れていなかったら、今も良くしてもらえているかは、わかりません。向こうも商売ですから、情だけではないんです。だから、最初にそういう応援をしてもらえたことは本当に大きかったと思います。

最初から一生懸命に、自分がほしい本を届ける一歩を踏み出したからこそ、島田さんは1軒1軒と向き合って、書店との縁を育めていけたのだ。

初めての仕事は「手紙」から始まる

島田さんは、本づくりでも縁を紡いできた。

夏葉社から最初に出した書籍『レンブラントの帽子』では、日本有数の装幀家・和田誠さんにデザインを依頼している。当たり前だが、初心者の島田さんは和田さんと知り合いではなかった。臆することなく、依頼できた理由は?

好きな人に依頼するのは当たり前というか、そこで引くことは何もありません。買ってくれるのはお客さんで、お客さんだってちょっとでも良いもののほうがいいじゃないですか。だから、手間暇を惜しんじゃいけない。

和田さんに仕事を依頼する時、島田さんは一通の手紙でコンタクトを取ったそう。どんな内容だったのだろう?

「拝啓」から始まる、ふつうの手紙ですよ。

万年筆と紙を買ってきて、2日間かけて書きました。送っても、返事がこなかったので、電話をして。そうしたら直接、和田さんが電話に出てくれて、仕事をお願いすることができたんです。

ぼくは和田さんのつくる本のたたずまいが好き。和田さんがぼくの顔を覚えてくれている、というだけでうれしいんです。

和田さんの話をするとき、島田さんの言葉はとめどなく溢れてくる。
 
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夏葉社の新刊『レコードと暮らし』。レコード全盛期、あらゆるものがレコードになった。ヒットチャートを賑わすような曲以外のレコードレビューで見る当時の暮らしとは?

「好き」でつながる仕事の在り方

書店員と同じように、和田さんとも対等に仕事をしているのか気になった。でも、そこは「従順なファン」だと言う。

「ファン」。素敵な仕事を手がける人には、多くのファンがつく。でも、誰しもがその人と一緒に仕事をスタートできるわけじゃない。どうして島田さんは、和田さんと仕事を進めることができたのだろう。

にわかじゃありませんから。それって隠しようもない部分じゃないですか。もちろん、ぼくよりも和田さんのことを知っている人はたくさんいますけど、でも、伝わったんだと思います。

ファンには、「ちょっとお前、コーヒー買ってきてくれるか」って言われても、うれしくなっちゃうくらいその人を好きだという気持ちがありますよね。

「お前のパシリじゃないぞ」と思ってしまうくらいじゃファンとは呼べない。

当然、「和田さんは有名だから、やってもらえれば箔がつく」というくらいの考えだったらバレますよね。

初めての相手と仕事をするとき、島田さんは必ず手紙で連絡を取るようにしている。書籍『近代日本の文学史』では現代詩作家・荒川洋治さん、書籍『ラブレター』(小島信夫 著)では小説家・堀江敏幸さんに巻末エッセイを依頼した。

もちろん、面識はない。その時も、手紙で好きだという気持ちを伝え、原稿を受け取ることができた。

自分のほしい本をつくる道をまっすぐ伸ばしてきた夏葉社の本が、多くの人の手に渡り、好まれていったのは、この「本当に好きだ!」という純真なファン心理から動き出す、ものづくりへの真摯な取り組みに起因している。

多様な関係性からほしいものを生む

インタビューが終わる頃、島田さんはパソコンから一枚のテキストをプリントして、見せてくれた。そのプリントには、創業当時に島田さんがまとめた、事業目的が書かれていた。

【事業目的】
何度も読み返してくれる、「定番」といわれるような本を、一冊一冊妥協せずにつくることによって、長期的な利益を確保する。初版搬入冊数よりも、繰り返し注文を獲得できる販売戦略をとる。そのために、夏葉社を応援してれる書店を全国に100店舗つくり、そこを重点的に営業していく。

まさに、今の島田さんの活動そのものだ。

事務所を引っ越すために、たまたま整理していたら見つかりました。まったく、意識していなかったんです。でも、本当にこの通りになっていますよね。

そんな島田さんが、今後目標にしていることは?

息子が生まれて、6ヶ月になりました。

昔は、いつ潰れるかわからないという気持ちで出版社をしてきたけれど、今は子どもが大学を出て社会人になるまでの20数年間は続けていかなきゃいけない。

家族ができて、より一層身が引き締まる想いです。

書店員、著名なクリエイターのほか、家族という新しい関係を得て、島田さんの本づくりはより丁寧に、より真摯に進んで行く。独りよがりではなく、そんな関係性の中から紡がれる夏葉社の本は、今後も”地味だけど大事な価値”を届けていくだろう。

あなたには今、ほしいものがありますか? 大切にしている価値は何ですか? その想いと取り巻く環境がマッチせず、胸がウズウズしているのなら、そのままにしないで、自分の「ほしい」に従順な一歩を踏み出してみよう。

勇気を出して踏み出す一歩は、島田さんが100軒の書店と1対1の縁を育んだように、あなたの「ほしい」をともに分かち合う仲間と出会う道とつながっていくはずです。