きりん商店の2人。右から杉川明寛さん、真弓さん
鹿児島県霧島市牧園町。耳を澄ませば清流・天降川(あもりがわ)のせせらぎが聞こえ、見上げれば霧島の雄大な山々がそびえる自然豊かな地域です。
2014年6月、そんな牧園町に一軒のお店がオープンしました。その名も「きりん商店」。築140年の古民家を改装した趣ある佇まいで、庭の大きな金木犀が目印です。
店を営む杉川明寛さん・真弓さん夫妻曰く、ここは“セレクト物産店”。2人がこだわりを持って集めた地元の“よかもん”が並んでいます。商品のパッケージは自らの手で一新。そこには、地域おこしへの熱い想いが込められていました。
温泉だけじゃない、霧島の魅力をもっと知ってほしい。
そう語る2人の取り組みを、ちょっと紐解いてみたいと思います。
右側に写っているのが金木犀。秋には甘い香りで辺りを包む。
地域に根付いた品物を新しいカタチで
「きりん商店」に変わったものはありません。ただ、大切にする基準が2つあります。
・霧島でつくられていること。
・できるだけ人の手でつくられていること。
店先には同じ牧園町の万膳地区で採れた野菜。地域のおばちゃんたちがつくった味噌やめんつゆがテーブルに並び、ショーケースには有機栽培の霧島茶がディスプレイされています。
どの商品も生産者のもとに足を運び、作業を見学して、話を聞き、時には自ら体験して選んだもの。それだけに商品に対する思い入れもひとしおです。
店内の様子。ポップも2人の手書き。
グラフィックデザイナーである杉川夫妻は、商品の魅力がより伝わりやすくなるように、パッケージや包装のデザインを自分たちの手で行います。
理論派の明寛さんと感覚派の真弓さん。デザインのこととなると「ケンカばかり(笑)」と言いますが、2つの感性からでき上がった商品はどこか懐かしく、あたたかい感じがします。
抹茶を使った飴。三角形の可愛らしいパッケージ。
そして、接客の仕方もひと味違います。お店に入って商品を見ていると、程なくして明寛さんから緑茶のお誘いが。「どうぞどうぞ」と椅子を勧められ、「まあまあ」とまず1杯。
美味しさの秘密や淹れ方などを語りながら、手を休めない明寛さん。次に出てきたのは、七輪で温めていた湯豆腐。
お豆腐は普通なんですけど、実はめんつゆが万膳のおばちゃんの手づくりで。小さな工房で朝早くからつくってるんですよ。
ふんふんと聞いていると、すかさず2杯目のお茶が注がれます。
決して押しが強いわけではないけれど、なぜだか聞き入ってしまう語り口。商品に思い入れがあるからこそ、その言葉はリアリティにあふれています。
雑音の少ない環境も手伝って、まるで親戚の家に遊びに来たような気分に。ふと時計を見ると1時間以上経っている。そんな光景も、このお店ではよく見られます。
お茶を供する明寛さん。すでに3杯目。
ここまで手間ひまをかけるのは、やはり霧島を知ってほしいという思いから。ほんの1年半ほど前まで福岡に住んでいた2人が、どうして霧島という土地に強く惹かれるのか? そのきっかけは、「きりん商店」オープン前夜にあります。
そこにある“当たり前”こそ素晴らしい
2013年9月、2人は霧島へやって来ました。真弓さんにとっては、久方ぶりの里帰りです。一番の理由は、お子さんの育児環境を考えてのことでした。
真弓さん 当時住んでいた地域では、公園ですら安心して子どもを遊ばせてあげられなかった。子どもにとって良い環境をと考えたときに、浮かんだのが自分のふるさと・霧島でした。
ちょうどその頃、独立を考えていた明寛さんも、
明寛さん いくつか案があったけれど、友人に相談したらみんな「霧島がいい!一番かっこいい!」って(笑)それが後押しになった部分もありますね。
この時点で、お店の構想はほとんどなかったと言います。ですが、気づきはとても身近にありました。真弓さんの実家でつくられる“霧島茶”です。
今では全国的にも珍しい手揉み茶。
真弓さん 昔から有機栽培でお茶をつくっていて、春には手揉み茶も出していました。霧島に帰ってきて、改めてその大変さ、技術の貴重さ、品質の高さ、そして美味しさに感動して。もっと知ってほしいと思ったんです。
再発見したお茶の美味しさ。そこから周囲に目を向けると、同じように隠れていた魅力が次々と見つかります。
例えば近所のおばあちゃんがつくった味噌や、分けてくれた野菜。これが本当に美味しい。でも、聞くと道の駅などにお小遣い程度の値段で卸している。その地域で当たり前にあるものが、当たり前に美味しい。けれど当たり前すぎて、正当な評価を受けていないのです。
さらに、牧園町が抱える解決すべき課題にも直面しました。それは歯止めの効かない人口減少と、一世帯あたりの収入の少なさ。
この気づきによって、2人は「きりん商店」オープンに向けて走りだすことになります。商品の中身はそのままにデザインを刷新する取り組みは、商品を適正な価格で販売して生産者へ還元するためのアイデアでもありました。
明寛さん “地域おこし”というと、新しいものを生み出そうとなりがち。その地域に根付いた食材、料理、民芸品みたいなものが実はとても素晴らしい。それを全国に発信することのほうが先だと思うんです。
まつり開催、地域のカンフル剤へ
昨年、11月30日。「きりん商店」で、あるイベントが開催されました。お店の庭を開放した小さな祭、「きりんまつり」です。
お茶の手揉み体験や地元食品加工グループによる実演販売、陶器・カゴなど手仕事雑貨の販売、霧島のネイリストによるネイル体験など盛りだくさんの内容。あいにくの雨にも関わらず、子どもから大人まで多くの人で賑わいました。
手揉み茶を教えるのは真弓さんの兄、西大樹さん。
あまりの人出に臨時で用意した駐車場までパンク状態。反省する点もありましたが、近隣の協力を得られたことは大きな自信に。次回開催は、1周年となる6月を予定しているそうです。
オープンから半年を超え、ようやく土地に馴染んできたことを実感する2人。次に考えるのは、同じように牧園町の魅力に気づき、盛り上げてくれる人の存在についてです。
明寛さん 私たちの店を手本に、という言い方はおこがましいですが、様々な人がこの町で活動を始めてくれたらなと。
霧島に“癒やし”はあふれているけれど、“楽しみ”が少ないと思うんです。牧園町がその“楽しみ”の部分を担えれば、きっと多くの人がやってくる。「きりん商店」だけでは難しくても、集まれば地域活性化のカンフル剤になり得る。
きりんまつりのひとコマ。お茶の美味しさを伝える明寛さん。
観光客が増えればそこに産業が生まれ、移住者もやってくる。人口減少、低収入の問題に少しでも貢献したいという願いが込められた言葉です。
とは言え、お店も地域おこしも、まだまだ始まったばかり。ゆったり流れる時間の中で、今日も2人は美味しいお茶を淹れています。
鹿児島県霧島を訪れることがあれば一度「きりん商店」を訪ねてみませんか? まずはお茶を1杯、いや2杯、3杯・・・。飲むほどに「きりん商店」が、牧園町が好きになるはずです。
(Text: 塚本靖己)