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子どものためのコンサートは、大人にも変化をもたらした! “本物の体験”を届けて、子どもの感性を育むNPO法人「みんなのことば」

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特集「音楽の街づくりプロジェクト」は、音楽の力を通じてコミュニティの未来をつくるプロジェクトを紹介していく、ヤマハミュージックジャパンとの共同企画です。

みなさんは初めてクラシックコンサートに行ったときのことを覚えていますか? おそらく、多くの人が小学生以降のはずです。

というのも、コンサートホールは小学生未満の子どもは入場できないことがほとんどだから。感性を育てるためにさまざまな体験が必要な年齢の子どもたちに、生の演奏がほとんど届いていないのが現状なのです。

感性を育むのに一番大切な時期にある6歳以下の子どもたちにこそ、本物の体験を届けたい。

そんな想いから、NPO法人「みんなのことば」はプロの音楽家が子どもたちに生演奏を届ける「みんなのコンサート」を行ってきました。

主に就学前の子どもたちを対象として、“聴く”、“歌う”、“演奏に参加する”という3つの要素をミックスした参加型のクラシックプログラムを提供。活動に共感した音楽家を中心に、20名ほどが活躍しています。

「みんなのことば」がどのように生まれ、いかに成長してきたのか、代表の渡邊悠子さんとアートマネージャーの横溝宏幸さんにお話をうかがいました。
 
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写真右が代表の渡邊さん。写真左がアートマネージャーの横溝さん

生演奏を届けるべき相手はほかにいる!

代表の渡邊さんは大学生のころに、結婚式やパーティなどへミュージシャンを派遣する会社を経営していました。その仕事をするうちに「もっと生演奏を届けるべき相手がいる」と感じたといいます。

渡邊さん 感性を育てるのに大切なのは、五感を使った「本物の体験」。目の前で体験する生演奏は、耳からの音楽そのものに加えて、楽器の振動を肌で感じ、演奏者の表情や息遣いなども含めて五感で体験することができます。

感性は6歳までに80%以上成長するといわれていますが、その大切な時期に、生演奏に触れる機会が極端に少ないんです。

コンサートホールは未就学児が入場できないことがほとんどですし、文化庁は文化芸術による子どもの育成事業に51億円の予算を割いていますが(平成26年度)、対象になるのはあくまで小中学生。

この事実を知ってからは、6歳以下の子どもたちにこそ生演奏を届けなければという想いが日々強くなっていきました。

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「表現することをためらわないでほしい」という横溝さん。身体の動きや顔の表情も最大限に利用して子どもたちに語りかけるように演奏する

そんな想いを抱いていた渡邊さんは、2008年頃、フリーのチェロ奏者として活動していた横溝さんと出会います。ちょうどそのころ、横溝さんも「生演奏がもっと人々の暮らしの中にあってもよいのではないか」と考えていました。

また、チェロ奏者としても、聴き手との間に心の距離を感じることもあり、「もっと人々の近くで、人々の心にダイレクトに響き、次のアクションを起こさせるような力のある音楽とは、どんなものなのか」を模索していたのです。

そんなふたりが出会い、渡邊さんがビジネスを通して実現したいことと、横溝さんが音楽家として表現したいことが響き合います。
 
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「みんなのコンサート」で、目の前で繰り広げられる生演奏に目を輝かせる子どもたち

もっとも純粋でシビアな聴き手である子どもたちのもとへ、感性を育むコンサートを届けよう——。こうして幼稚園や保育園にコンサートを届ける「みんなのことば」が生まれました。

私たちの奏でる音楽は、年齢も性別も、そして人種や国境も、あらゆるボーダを越えて通じ合う“みんなのことば”でありたい。ユニークな団体名には、そんな思いがこめられています。

すべての子どもたちに届けるために

環境に関わらず、すべての子どもたちに音楽を。その想いを実現するには、「賛同してくれる人の支援を得て活動する」という形が適していると考え、2009年からはNPO法人として活動してきました。

無料で登録できるメール会員をはじめ、月額1000円から寄付ができる「サポーターズクラブ」には、金額に応じてさまざまな個人会員のプランが用意されています。

また、法人会員として「みんなのことば」への寄付はもちろん、サポーターイベントの開催という関わり方をする企業もあります。

ヤマハミュージックジャパンの音楽の街づくりプロジェクト(おとまち)も、CSVの一環で、「みんなの“きずな”コンサート」を協働事業として実施しました。これは地元にお住まいのひとり暮らしの高齢者などを招待して地域に開かれた形で行う幼稚園・保育園での出張コンサートです。

生の演奏に触れた子どもたちの反応や変化を見て、子どもたちにコンサートを届ける意義を感じた人を中心に、次々と支援の輪は広がってきました。

横溝さん 初めて生の演奏に触れた瞬間、子どもたちは思いもかけなかったような反応を示すことがあります。

空気を通して伝わってくる音の迫力に、思わず両手で耳をふさいでしまったり、笑いが止まらなくなってしまったり、五感を使って自由に反応してくれるんです。

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コンサート後の一番関心が高い時に、子どもたちに楽器体験をしてもらうイベントもある

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木片や枝を使ってコンサートごっこをする子どもたち。コンサート後にはほとんどの園でこのようなようすが見られるという

コンサート後には「何かを表現したい」という欲求が湧き起こる子も。子どもたちが描いた絵や手紙からは、その一端がうかがえますね。

渡邊さん 「2歳の子どもが初めて人の顔の絵を描いた」と話してくれたお母さんもいました。コンサート後の子どもたちは、ふだん接している親でも驚くような変化を見せることがあるんです。

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演奏者の様子がいきいきと表現されている

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年長の子どもの作品。弦楽器のf字孔までていねいに描いてある

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画用紙に描かれたたくさんの笑顔。コンサートの楽しかった雰囲気が伝わってくる

コンサートをきっかけにお隣さんと「お醤油を貸し借りできる仲」に

幼稚園や保育園を中心に活動をしている「みんなのことば」ですが、最近では「マンションのコミュニティづくりのためにコンサートを開催してほしい」という依頼も舞い込むようになってきました。

あるマンションでは住民同士の交流の場として、2013年から「みんなのコンサート」をスタート。小さな子どもからお年寄りまで、さまざまな年代が集まったその様子は、これまでの活動の結晶が随所に散りばめられています。

「ぜひ、参加してみたい!」と、私もコンサートにお邪魔してみることにしました。
 
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会場となるのは、子どもたちが自由に遊ぶためのキッズルーム。次々と椅子が並べられて、マンションの住人にとってはおなじみの場所が、あっという間にコンサート会場に変身します。会場の規模や音の響き方、客席との距離なども計算して、入念に本番前のリハーサルを行います。

開演時間に合わせ、マンションの住人たちが続々と集まってきました。前年のコンサートのことを覚えていて、張り切って最前列を陣取る子どもたち。後ろの方でちょっぴり遠慮がちな大人たち。親子三代でワクワクしながら開演を待つ家族。

演奏者たちが入場してきた瞬間、子どもたちから「うわーっ、きれい!」という声が上がります。お姉さんたちのドレス姿に女の子たちの目はキラキラ。

そして1曲目、フルートの音が鳴った瞬間、みんなの意識が音に吸い寄せられたのが目に見えるようでした。さっきまでザワザワしていた会場が一瞬でしんと静まり返り、場の空気が一気に変わって、子どもたちは身を乗り出して演奏に夢中になっていきます。
 
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楽器を紹介したり、曲の解説をしたりしながらコンサートは進む

曲目は誰もが一度は聞いたことのあるような、耳になじみがあるものばかり。表情豊かに客席に語りかけるような演奏に、子どもたちは素直に反応します。

面白いと思えば笑うし、美しいと感じればうっとりと聴き入る。子どもたちの様子を受け取って、さらに演奏側もリアクションを返す。まるで音楽を通した会話です。

そんな様子に、大人たちも自然と笑顔に。最初は後ろの方で見ていた人たちも、いつの間にか音楽に引き寄せられるように身を乗り出していきます。音楽を通したコミュニケーションに、言葉は無くとも一体感が生まれ、終演後はみんな笑顔でおしゃべりしながら帰っていきました。

渡邊さん 昨年も同じマンションでコンサートをさせていただいたんですが、住民の方に「前回のコンサートのあと『お隣さんとお醤油を貸し借りできる仲』になりました」と言っていただいたんです。

音楽は人と人がつながるきっかけづくりとして、とても有効なツールだと思います。そして、こういった音楽を媒介にしたコミュニティづくりの核になるのが、子どもたちなんです。

マンションでのコンサートでは、子どもたちの素直な反応に大人たちが影響を受けて、場の空気が化学変化を起こし、次第に和んでいく様子が感じられました。

幼稚園や保育園などでも、コンサートをきっかけにして地域の人たちが顔見知りになったり、あいさつを交わすようになったりするそうです。

音楽が心の扉を開く

人々の心の垣根を取り払うようなコンサートを展開する「みんなのことば」の音楽家たち。

しかし、最初から幼い子どもから大人まで、観客を巻き込んで会場が一体となるようなコンサートができたわけではありません。これまでもさまざまな試行錯誤をしてきたなかで、特に東北での活動の経験が活かされているそうです。
 
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気仙沼の避難所でのコンサートの様子

「みんなのことば」は東日本大震災後、被災地へコンサートを届けてきました。

第1回は震災からまだ間もない2011年6月。東京都内もまだ不安や混乱が残るなか、南三陸町、気仙沼、気仙沼大島を訪れました。

横溝さん 被災地では、避難所や保育園、学校などへコンサートを届けました。

まだ衣食住にも不自由されているところへ、僕たちはタキシードやドレスを着て、拡声器でトークしながらコンサートをするんです。もしかしたら嫌がられてしまうのではないか、というプレッシャーを感じながら行きました。

でも、実際に行ってみたら、みなさん楽しんでくださって、こういうときこそ音楽が必要とされるのだと感じました。

渡邊さん 東京でのいつもの活動と同じように、自分たちが本当によいと思っているものを、自分たちが思いっきり楽しみながら表現すると、“場”が元気になるんです!

被災地の保育園や幼稚園を訪問すると、演奏に触発された子どもたちが、はじけるように笑ったり大きな声で歌ったり。そんな姿を見て、いつも一生懸命笑顔を絶やさないように頑張ってきた先生たちが、そっと涙を流す姿もあったといいます。

以降、定期的に岩手県・宮城県・福島県の保育園や避難所、仮設住宅などへコンサートを届け、これまでに訪れたのは110か所以上、8,000名を超える方々と交流してきました。
 
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陸前高田の保育園にて

横溝さん 震災後というだけでなく、私たちとも、場所によっては参加者同士も初めて会う環境。そんな中で、一人ひとりを演奏に巻き込んで、みなさんに楽しんでいただけるよう、プログラムに工夫を重ねていきました。

いきなり「みんなで歌いましょう」と言っても、照れくさくてなかなか声が出せないものです。でも、歌う前にみんなで発声練習をやっておなかの底から声を出していると、だんだんと場が和むんです。

大人たちも知らず知らずのうちに大きな声で歌ってしまうのが「みんなのコンサート」での合唱コーナー。はっと気がついたときには、まんまと演奏に引き込まれて一緒に楽しめてしまうのは、東北での活動で得た、人の心の扉を開くためのノウハウが存分に活かされているからなのでしょう。
 
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仮設住宅でのコンサート。オリジナルの発声練習をみんなでやると喉も場の雰囲気もあたたまる

必要とされるところへどこへでも

感性を育むのに一番大切な時期である6歳以下の子どもたちにこそ、生演奏を届けたい。

そんな渡邊さんの想いからスタートし、横溝さんと両輪で進めてきた「みんなのことば」は、子どもたちの感性を刺激するだけにとどまらず、その周りの大人たちにも大きな変化をもたらしてきました。

現在は都内や関東近郊、そして東北の被災地を中心に、年間に約100本ほどのコンサートを行っていますが、「まだまだ届けるべき場所はある」とお二人はいいます。

横溝さん 東北に行くきっかけは震災でした。でも、これからは “被災地”としてではなくて、“「みんなのことば」と縁のある東北”として、今までに訪れたところを拠点に、もっと多くの方々のもとに演奏を届けていきたいと思っています。

渡邊さん これまで、幼稚園や保育園を中心に活動してきましたが、マンションなどのコミュニティづくりを目的としたコンサートにも、引き続き積極的に取り組んでいきたいです。より多くのコンサートを開催するために、音楽家の仲間も増やしていきたいですね。

本当の意味で必要とされるところへは、どこへでも。日本全国に「みんなのコンサート」を届けられる日も、そう遠くはないかもしれません。

コンサートの最初の一音で、子どもたちの意識が一気に吸い寄せられる瞬間。
美しい調べにうっとりと目を閉じて聴き入る子どもの姿。
演奏に合わせて歌ったり手拍子をしたりするときの子どもたちの表現力。

コンサートのあらゆる瞬間に、子どもの感性の鋭さや繊細さ、そして柔軟さを目撃することができることでしょう。そんな「みんなのコンサート」を、あなたのコミュニティにも招いてみてはいかがでしょうか。