こんにちは。東京の練馬区で「アーティスト・イン・児童館」というNPO法人のディレクターをしている臼井隆志です。「放課後アートリサーチ」というテーマで寄稿をさせていただいています。
だいぶ間が空いてしまいましたが、前回の「DJ学んでフェスしよう!ベルリンのユースセンター」では、ドイツの首都ベルリンでの若者の活動の場を紹介しました。2回目となる今回は、子どもたちが絵本をつくり、出版する工房「BUCH KINDER」をご紹介します。
なんとこの工房では、子どもたちがつくった絵本を販売し、その収益の一部を運営にあてています。「絵本づくり体験教室」ではなく、「子どもによる絵本工房」であるわけです。
そんなBUCH KINDERとの出会いのきっかけは、ベルリンにも慣れてきた滞在4日目。留学中の知り合いから「ライプチヒが今おもしろいんです!ぜひ一緒にいきましょう!」と誘ってもらったことがきっかけでした。
ベルリンからバスで南へ約2時間。ひたすらじゃがいも畑が続く風景を通り過ぎると、古風な街並みが見えてきます。知人にライプチヒ大学で都市計画の研究をしながら「日本の家」というプロジェクトを運営されている大谷悠さんを紹介してもらい、ライプチヒの街を案内してもらいました。
縮小都市ライプチヒはスクウォットの街
ライプチヒという都市は、産業革命後に紡績業で繁栄した時期を頂点にゆっくりと人口が減っていて、ベルリンの壁崩壊後は70万人から最も少ないときで47万人に減少しています。
つまり、23万人分の住居+労働スペースが余る! 廃墟になった建物や空き地を、学生や市民団体やアーティストがスクウォット(不法占拠)して、都市型農園をつくったり、子どもが活動する場所をつくったりして様々な市民活動が展開されています。
「やっちゃってから考えようよ」というのがスクウォットの面白いところ。まずはやってみて、運営の形が見えてきたら行政に提案し、承諾をもらうという段取りです。
そんなライプチヒにも、ベルリンと同様に子どもの放課後の活動施設が、たくさん存在しています。ぼくたちが今回大谷さんに連れて行ってもらったのは、「BUCH KINDER」という絵本工房でした。
子どもたちが絵本をつくり、出版する。
「日本の家」(*1)から自転車で移動していくと、廃墟になったビルがたくさん並んでいます。日本だったら耐震工事が大変だろうな~という街並み。そんなマンション郡の地下に「BUCH KINDER」はありました。
階段を降りると、へんてこな小人のようなポスターが出迎えてくれます。子どもが描いたであろう絵本の登場人物が貼りつけられていたり、トビラに描かれていたり、なにやら賑やか。
室内の様子
扉を開けて中に入ると、版画を乾かす棚や台紙、大量の文字のハンコや絵の具、クレヨン、そして包装された絵本の山が目に飛び込んできます。子どものための場所というよりは、レトロな印刷所の雰囲気です。
ここで子どもたちがつくっている絵本とは、一体どんなものなのか、いくつかの作品をご紹介します。
ぼくが気に入って買った絵本。内容はまったくわからないけれど、さくらんぼに人間の顔がついていたり、ヘンチクリンな虫が沢山でてきたり、ファニーでポップなんだけど、ちょっとグロい印象さえ感じる。
子どもたちが「連歌」のようにしてつくった物語。動物園から海賊までいろんな場面がめまぐるしく展開していく。「BUCH KINDER」の記念作品らしく、気合の入った装丁。
これは「ナンニモナイ」と出会う少年の話。夜寝ていると、「ナンニモナイ」が話しかけてくる…というミヒャエル・エンデを思わせるダークファンタジー。
どれも、大人のそれにまったく引けをとらない質の作品ばかり。どうやってこんなに面白い作品がうまれるのか。残念ながら今回はその制作過程をみっちり見学することはできませんでしたが、子どもたちの本の編集を担当しているティムさんにお話を聞くことができました。
60人の子どもが所属する工房
「BUCH KINDER」は、7人の常勤スタッフと、15人のインターンやボランティアで運営されている、NPO組織。ぼくが訪れた工房の他に、移民の子どもたちに向けたワークショップや、ブックフェアでの販売、そして現在ライプチヒ市内の空きビルを活用した幼稚園の設立準備をしているとか。
この工房には60人ほどの子どもが所属していて、月謝は30€(日本円にしておよそ4000円~4500円)。NPOの運営資金として、この月謝、本の売上、そして子どもの放課後の施設として行政からの補助金を得ているそうです。
火曜日から金曜日まで、曜日ごとにメンバーが違い、棚には子どもたち一人ひとりのボックスがあります。中を覗いてみると、イメージ画や登場人物の切り抜き、試し刷りしたページなどがたんまり。
ぼくが感激したのはやはり、絵本が販売されている、ということです。子ども向けのワークショップの成果物は、多くの場合、個人が持ち帰るか、あるいは廃棄されてしまいます。子どもが何かをつくる体験には意味があるけれど、そこでできた成果物には価値があまりない場合が多いです。
しかし、この工房の活動は、子どもたちが絵本をつくることができるだけでなく、それが販売され、見知らぬ他者の手に渡っていきます。
子どもの想像力を、大人が編集する
ティムさんによると、絵本のテーマや内容は、すべて子どもたちが考えるそうです。子どもたちがプロットをもってくる。それをティムさんらスタッフが編集者となって、ページ構成や台割を考え、子どもたちに提案をしていきます。
「このページは物語の大事な転換点だから、紙質を変えてみない?」
「そうだね、じゃあグレーかカーキーがいいかな」
「この文字のレイアウト、もうちょっと絵を引き立たせたほうがいいと思うんだ」
「うーん、じゃあ文章をもうちょっと短くするよ」
制作中の工房では、こんなような会話がくりひろげられているそうです。
製作期間に〆切はなく、「できた!」と思ったときが完成なのだとか。中には2年間構想を練りつづけ、「この長編を完成させるには、5〜6年はかかるわね!」と言っている7歳の女の子もいるそうです。どんな内容なんでしょうね?
実際に工房を見る前に「子どもがつくる絵本」と聞いたとき、「どこかで読んだ、ありきたりな話の再生産なんだろうな・・・」と思ってしまいました。しかしここでの絵本は、子どもが描くものの愛くるしさはもちろん、好奇心にあふれた世界の感じ方、にじみ出る暴力性、子ども特有の文字の間違い、状況のトンチンカンさなどが惜しげもなく盛り込まれている、未知の物語の数々でした。
子どもたちの表現が湧き出づる街 ライプチヒ
ライプチヒには、この「BUCH KINDER」のような「絵本工房」の他にも、多様な放課後の施設が存在します。日本に例えると「習い事の教室」と「児童館」のちょうど中間のような施設です。
ベルリンのユースセンターのような「音楽スタジオ」、子どもたちが料理をする「レストラン」、元コンドーム工場を学生団体がスクウォットしてうまれた「農園+バー」など、子どもの放課後に開かれた遊び/活動の場は多様な形態をとっているし、どの場所も子どもがつくったもので満ち溢れていました。
放課後の遊び場が多様であることは、子どもが学校が終わったあと、自分の好きな活動を選ぶことができる。そして学校の友達とはまた異なる、関心を共有する仲間をつくることができる。地縁・血縁・社縁を越えた「選択縁(*2)」は、子どもにも大人にも必要です。
そして、「習い事」や「保育」の名目のもと子どもを囲い込むことなく、「ごっこ遊び」に留めることなく、子どもの活動を大人の活動/仕事と対等に扱っているように感じます。
子どもは、活動を通して大人を楽しませることで、能動的な社会参加の経験を積むことができる。大人は、生活の中で子どもの愛くるしくも生の欲動に満ち満ちた表現にふれることができる。子どもが遊びながら社会と接続し、面白い「仕事」を通して大人になっていく環境がつくられています。
人口減少によって空いた土地を市民団体が活用し、子どもや高齢者のための面白いテーマと活動を掲げた場を企て、行政に提案する。こうしたライプチヒの取り組みは、ボトムアップ型の放課後児童対策として日本の自治体が参照すべき、良い事例だと感じました。
次回はルールトリエンナーレ「CHILDREN’S CHOICE AWARDS」の活動をご紹介します。
「都市の『間』」をテーマに、日独共通の課題である「空き家・空き地の再生」についてのリサーチと実践をおこなうプロジェクト。日本の「縁日」をとりいれた芸術祭や、ライプチヒの様々な事例について研究するワークショップなど、活発な活動が行われています
*2 選択縁
上野千鶴子氏が提唱する「地縁」「血縁」に対する新しい縁のあり方。加入脱退が自由で、強制力がなく、包括的コミットメントを要求しない人のつながり方のこと