株式会社フューチャーセッションズの野村恭彦さん監訳の『シナリオ・プランニング』が、英治出版から発売されました。シナリオ・プランニングとは、不確かな未来について複数のシナリオを描き、それぞれのシナリオに対応できるよう準備をするという考え方で、その方法自体は以前からあるものですが、この本では今の時代にあった方法論として生まれ変わっています。
さらに、東日本大震災以降、以前にも増して日本の未来は見通しが立てにくくなりました。また、市民参加型の街づくりや社員参加型の経営など、組織活動にも積極的に新しい価値観を取り入れようという動きが活発になっています。
そのような社会情勢のなか、シナリオ・プランニングは、これまで以上に必要性が高まっている方法論だと言えるのではないでしょうか。
多様なステークホルダーに声をかけて、よりよい未来をつくるフューチャーセッションを手掛けている野村さんは、まさにこの本の監訳者にぴったり。そして、本だけではなく、実際にシナリオ・プランニングを体験してもらおうと、2013年12月17日には英治出版で、本の出版を記念した“『シナリオ・プランニング』出版記念フューチャーセッション「シナリオ思考で未来のストーリーを描いてみよう”が開かれました。30名の参加者を集めて開催されたこのセッションでは、どのようなシナリオが描かれたのでしょうか。その様子をレポートします!
ソーシャルアクションテーカーという部族の集会
この日、シナリオ・プランニングのフューチャーセッションには30名ほどの参加者がありました。ファシリテーターを務めた野村さんは、オープニングトークで、このセッションが開かれることになった経緯の話をはじめました。
英冶出版のみなさんとは、この本をつくる前から関わりがあり、社員さんに向けたフューチャーセッションを開かせてもらったこともあります。この英治出版というところは出版社ですから、当然、本をつくっているわけですが、編集部のみなさんに話を聞くと、実は本を売ることが目的ではないというのです。本を読んで、ソーシャルアクションを起こす人が増えること。これこそが英治出版の目的なんだそうです。
この日、英治出版に集まった30名は、よりよい未来をつくることを考えて実際にアクションを起こそうと、すでに動きはじめている人たちだ、と野村さん。
そういった集団の総称として、みなさんはソーシャルアクションテーカーというひとつの部族だという気持ちで、今日のセッションを行ってみたいと思います。ソーシャルアクションを起こす人を増やしたいという英治出版さんの思いに応えるために、ここからすばらしい未来を描いていきましょう。
そんな野村さんの提案から、さっそくセッションがはじまりました。
未来に影響しそうなことをSTEEPの枠組みから考える
セッションの最初は自己紹介から。2人ひと組みになって、自分がどんなソーシャルアクションを起こしているのか、もしくは起こしたいと思っているのかを語り合いました。そしてそのペアを保ったまま4人ひと組になり、すでに自己紹介を終えた相手を他己紹介。その次は一人ひとりが全員の前でソーシャルアクションテーカーとしてのチャレンジをひと言ずつ発表していきました。
来場者の関係性が生まれることでさらに場があたたたまっていく
発表内容をいくつか紹介してみると、たとえば「地域振興と科学技術」「デザイン思考と働き方」「学習能力を解放する」「新しいコミュニティー空間をつくる」など。まさに30人30様のアクションが発表されました。
それぞれの発表が終わるといよいよ本日の本格的なセッションへ。野村さんは場の全員にユーモアを交えて語りかけながら、シナリオ・プランニングへとみんなを導いていきます。
みなさんからの素晴らしい宣言が終わったところで、ここからはシナリオ・プランニングをはじめていきたいと思います。まずはSTEEPという思考の枠組みから、シナリオ・プランニングを進めるうえでの「軸」を考えます。
STEEPとは、社会(Social)、技術(Technological)、経済(Economic)、環境(Environmental)、政治(Political)の頭文字を並べた言葉ですね。これらの中から、みなさんがこれからソーシャルアクションテーカーとして活動していくうえで、もっとも大きな影響を与えそうな要素を考えて言葉にしてください。
いろんな人が顔を会わせているので出てくる意見も個性豊か
グループはそれまでの4人のまま、意見の交換がはじまりました。「地域振興と科学技術」「デザイン思考と働き方」などを進めようとしたときに、どんな要素が影響してきそう…? この段階ではアイデアはいくつあってもかまいません。
いろいろな要素が浮かび上がってきましたか? そうしたら今度は、その中で一番不確実性が高そうな要素を、ひとつだけ選びだしてください。将来、もっとも起こるかどうかわからないことを選んでみてください。
各グループは、野村さんの言葉にすぐに反応して、要素を書き出した付箋を並べて、もっとも不確実性が高いであろう要素を選びだしました。
要素に「主語」を加え、主語を中心に置く対抗軸を作成
そして、ここからが難しいのですが、みなさんに提案していただいた要素をふたつに絞って、対抗軸を作ってください。まずは、いま考えた要素に主語をつけましょう。
たとえば、ソーシャルアクションテーカーに影響を及ぼしそうな要素を「グローバル化」としたなら「マーケットの」という主語をつくり、対抗軸も書き加えます。「マーケットの」、「グローバル化」に対して「ローカル化」とかですね。必ずしも対抗する必要はありませんが、たとえば「社会起業家が増える」に対して「大企業が繁栄する」でもかまいません。そのような軸をつくってみてください。
参加者全員が頭を働かせて対抗軸をつくっていきました
各チームでさらに話し合いを重ねて、不確実性が高そうだった要素に対して、対抗軸をつくりました。そしてまとまったアイデアを付箋に書いて壁に張り出していきます。その結果、6つの対抗軸が出来上がりました。
●『政治が均一化する」社会、「政治が多様化する」社会
●「多様性を認める』社会、「効率を重視する」社会
●「対話の場が増える』社会、「対立が増える」社会
●「ビッグデータを活用したウェアラブルコンピューティングが普及する」社会、「ビッグデータへの信用が築けない」社会
●「評価基準が信用をベースにした経済となる」世の中、「すべてがお金で解決される」世の中
●「足るを知る」社会、「欲望に歯止めがない」社会
その6つの対抗軸のよいと思われるものに、ひとりが2票ずつ、なるべく関連性の低そうなものを選んで投票。最終的に対抗軸はふたつに絞り込まれました。
最後まで残った対抗軸は、「評価基準が信用をベースにした経済となる」世の中、「すべてがお金で解決される」世の中、そして「足るを知る」社会、「欲望に歯止めがない」社会となりました。
軸を交差させてつくった4つの領域にシナリオを制作
次にそのふたつの対抗軸を簡単な言葉に言い変えながら立て横に交差させて、4つの領域をつくりました。その4つの領域は次の通りです。
世界観1:欲望が大きく、社会がお金の枠でできている世界
世界観2:欲望が大きく、社会が信用の枠でできている世界
世界観3:個人は足るを知り、社会が信用の枠でできている世界
世界観4:個人の欲望が大きく、社会がお金の枠でできている世界
グラフィックファシリテーターの山田夏子さんがすぐにビジュアル化
それではいよいよシナリオづくりに入りたいと思います。いままでのグループはバラバラにしてしまいましょう。そして、4つの領域に合わせて、4つのチームをつくってください。そして、それぞれの領域がどのような世界なのかを思い描いてください。将来、それぞれの世界で起きるもっとも素晴らしい状態はどのようなものなのでしょうか。そのシナリオを描いてほしいのです。
それではみなさん、それぞれ自分が描きたい世界に分かれて、シナリオをつくってみましょう。
野村さんのユーモアが場を盛り上げていきます
ここからは十分に時間を取り、チームごとにじっくりと話し合いを重ねていきます。「欲望が大きく、社会がお金の枠でできている世界」はどんな世界で、その世界のもっとも素晴らしい状態とはどんなもの…? そんな考えてもみなかったようなことを、まだ顔を合わせて数時間も経っていないメンバーで話し合ってみるのですから、なかなかスムーズにはセッションは運びません。
ファシリテーターの野村さんは場の全体の様子を眺めながら、ときにチームの話し合いに参加して、発想が硬直しそうなチームに新たな着想を促します。
手探りで描きだされた不確かな4つの未来
また、この日のセッションにはグラフィック・ファシリテーターの山田夏子さんが参加していて、みんなの考えたシナリオを即興で絵にしてくれました。
この日のセッションのイメージイラストも山田さんが担当。野村さん、そっくり!
あっちへ転がり、こっちへ転がり、なかなか決着しない話し合いをどんどんグラフィックに起こしていくわけですから、山田さんも大忙し。各チームをまわりながら、キーワードとなりそうな言葉をメモして、4枚の模造紙に少しずつ世界観を描きだしていきます。
書籍の『シナリオ・プランニング』に紹介されていますが、綿密にシナリオを制作しようとすれば、月単位での時間が必要になる場合もあります。今日のこの場は、シナリオ・プランニングを体験して、みんなのソーシャルアクションテーカーとしての思いを高めることが目的。そこで、尽きない話し合いはある程度で切り上げて、4つのチームそれぞれがどんな世界観を描いたのかを順に発表していきました。
世界観1:欲望が大きく、社会がお金の枠でできている世界
モノやお金はどんどん循環していき、豊かさが増している。その中に「ノブリス・オブリージュ」の精神があり、芸術やサービスといった領域にも十分にお金がまわるような仕組みが生まれている。
世界観2:欲望が大きく、社会が信用の枠でできている世界
お金の価値は下がり、代わりに信用を集めることにこそ価値が高まる。物々交換などが経済システムに取り入れられているほか、教育が見直され、とくに子供は学びたいことが学べるようになる。
世界観3:個人は足るを知り、社会が信用の枠でできている世界
物々交換が広く行われているなかで、たとえば頂き物の野菜を漬物にして返すなど、付加価値を加えて交流する仕組みができあがっている。誰もが感謝する気持ちを持ち、人と人とが支え合う世の中。
世界観4:個人の欲望が大きく、社会がお金の枠でできている世界
物の価値が見直され、たとえばおにぎりひとつにしても、そこにかけた手間暇や愛情などもしっかりと価値基準として認知されている。意識の高い作り手が評価されるだけでなく受け取る側の理解度も高い。
意思を持って望めば、どんな未来もつくっていくことができる
それぞれのチームが発表を行うなか、グラフィック・ファシリテーターの山田さんはその内容をどんどんグラフィックへと変換。野村さんもその様子をにこにこ眺めながら、締めのコメントとなりました。
苦労してつくったシナリオ、いかがだったでしょうか。まったく違う軸から4つの世界観を描きましたが、僕自身、そのどんな未来になっても、そこにいたい、と思えるような未来になっていると感じています。つまり、未来とは、私たちがよいものにしようと決意をすれば、意志を持って作っていけるものだということなのです。私たちソーシャルアクションテーカーが活動すれば、どんな未来も麗しいものにできる。今日はそれが確信できたのではないでしょうか?
野村さんの温かいコメントを受けて、場はさらに盛り上がります。
このセッション自体はここでおしまいですが、ここからは懇親会を行いたいと思います。山田画伯のグラフィックの完成を待ちながら、ソーシャルアクションテーカーのみなさんで、親交を深めていただければと思います!
ソーシャルアクションテーカーたちの話はまだまだこれから
お酒やジュース、お菓子を楽しみつつ、ソーシャルアクションテーカーたちの賑やかな懇親会がはじまりました!
未来を想像することは、未来に希望を持つこと…。参加者一人ひとりの楽しげな様子には、来たるべき明るい未来を予感させる力が溢れていました。