最近耳にするようになった「ネイバーフッドデザイン」という言葉、皆さんはご存知ですか?
「ご近所づきあいをデザインする」という言葉の通り、集合住宅や地域の人々のコミュニティや信頼関係を築くことによって、暮らしを豊かにしていこうという考え方です。この活動を多彩なプロジェクトを通じて提案している「HITOTOWA INC.」が、誕生して3年の節目を迎えました。
今回はHITOTOWA INC.代表の荒昌史さんに、これまでの活動を振り返ってもらうとともに、都市生活における「ネイバーフッドデザイン」についてお話を伺いました。最近シェアハウス生活を始めた自分にとっても、暮らしの場面でのより良いコミュニティ作りのヒントがたくさん聞けました!
しがらみでない、適切な人とのつながりを作る
もともとデベロッパー会社で集合住宅のCSRを中心に住宅企画などを手掛けていた荒さん。最初から「ネイバーフッドデザイン」という考えがあったわけではなかった、と言います。
はじめはエコライフ/環境共生という暮らし方を、マンションでできないだろうかということを考えていたんです。都市で暮らしながら畑があるライフスタイルっていいよね、というニーズはあるじゃないですか。
でもいくらハード面が充実していても、それだけでは住む人たちはシェアできない、シェアしてくれないわけです。その土台にコミュニティというソフト面があって初めて機能するということに気づきました。
そこで“コミュニティのある暮らし”というスタイルの集合住宅を幾つか手がけたんです。それが2007年頃です。まだ大手分譲マンションではコミュニティという考えを取り入れた集合住宅はほとんどなくて、コーポラティヴというスタイルが少し話題になっていた頃でした。
その後、HITOTOWA INC.を創設し「ネイバーフッドデザイン」を提唱されていくわけですが、荒さんが考えるご近所づきあいのコミュニティとはどういったものなのでしょうか?
コミュニティの捉え方は時代時代で変わってきています。かつてコミュニティというのは、極端に言ってしまえば“しがらみ”というイメージが大きくて、少し面倒でネガティブなものとしてとらわれていたんだと思います。それが嫌でマンションライフやアーバンライフというニーズ高まり、大手デベロッパーはそれにあわせた集合住宅を供給してきた時代がありました。
ところが嫌だったはずの“しがらみ”がなくしてしまったら、今度は“孤独”になってしまった。
荒さんとHITOTOWA INC.、CCJのメンバーのみなさん
そのことに少しずつ気がつきはじめて、いまはその揺り戻しが起きていると思います。“しがらみ”は嫌だけど、もうちょっと良いコミュニティのつながり方ってないのかな?という気持を多くの人が持つようになってきたように思います。
そのちょうど良さというものを、集合住宅や地域にあったスタイルでご近所づきあいができる環境をつくることができたら、社会課題も共有して解決できるかもしれません。これは既存の民間会社ではなかなか難しいのが現実です。
HITOTOWA INC.で考える「ネイバーフッドデザイン」は、この役割を担って、少しでも社会貢献をしていけないだろうかと考えています。
ネイバーフッドデザインを実践する集合住宅「A-standard」
HITOTOWA INC.をスタートさせた荒さんは、コミュニティを取り入れ新しい価値観を持った集合住宅「A-standard」を、本郷三丁目と渋谷桜丘に企画します。
そのパンフレットに掲載されているのは、よく見かけるマンションの外観や間取りなどの案内ではなく、「good neighbordsになるためのきっかけづくりをお手伝いします」という言葉でした。
これまでの集合住宅でも“エコ”とか“子育て”とか予めはっきりしたテーマが決められていることは、同じ価値観や課題を共有している方々が集うわけですからコミュニティは作りやすかったんですね。
その一方、A-standardに入居されてる人は、単身者から共働きのご夫婦や50代ぐらいの方までとても幅広い。多様な価値観を持った人たちにちゃんと評価される企画が作れるのかという点を考えました。
荒さんと住民のみなさんのミィーティング風景
「コミュニティに求めるつながり方の濃度は人によって違います」と荒さん。
距離の近い関係性を受け入れられる人もいれば、緩やかにつながっていればいいだけの人もいる。当然のことですが、コミュニティに求めるものは人それぞれバラバラなんですね。これは住まい手と丁寧にコミュニケーションをしてみないとわからないことです。
共有フロアには住民同士が情報交換をしあうタウンマップ。ここにも一工夫がありました
A-standardではネイバーフッドデザインやります!という抽象的なテーマしか決めてないんです。それぞれの住まい手とコミュニケーションをとり、みなさんが望んでいる共有する部分を見つける。そこからより良い暮らし方ができるきっかけを見つけて、コミュニティのソフト面を充実させていきたいと考えています。時間や手間がかかることですが、そうしないとコミュニティは育たないんじゃないかと思います。
そういったことにまで入り込んで、初めてのチャレンジをしている集合住宅がA-standardと言えるかもしれません。A-standardに集う人たちは通常の集合住宅で行われるミィーティングやイベントに比べて参加意欲は高いと感じています。
A-standardでは入居者同士が良き隣人関係が築けるきっかけ作りの場として、“relax・share・tour・learn”のキーワードのもとで様々なコミュニケーションプログラムが用意されています。その中から素敵な事例をご紹介します。
本郷の物件では、本郷エリアの活性化を行っている地元のNPO法人の「街ing本郷」の方々をお招きして入居者の皆さんと懇親会を開催しました。
以前から本郷に住んでいる方は、新しい住民の方に地元のお祭りとか本郷の良い部分を知ってもらい地域の一員として迎えたいと思っているのに、なかなか良い機会がなかったんですね。
本郷にまつわる話を熱心に耳を傾ける入居者のみなさんの様子
また新しく本郷で新しく暮らす方は、街の魅力を深く知ることができる機会にもなります。
いきなりお祭りの担ぎ手にならなくても、自分が暮らす街を好きになるひとつのきっかけになればいいいというか。そんな思いで開催したのですが、今までの住民の方も新しい住民の方も非常に喜んでくれ理解が深められた場になりました。
すぐにではなくても、自分たちが暮らす“街”と“住まい”、そして“コミュニティ”の3つの愛着を持てたら新しい“ふるさと”となっていくんだと思います。
ネイバーフッドデザインと地縁コミュニティ作り
荒さんはHITOTOWA INC.と同時に、共助の防災に特化したプロジェクトとして「Community Crossing Japan」(以下、CCJ)のオーガナイザーもしています。
東日本大震災がひとつの契機となり、「共助の防災」は集合住宅や地域において大きく見直されています。そしていまや「ネイバーフッドデザイン」の中核になっているテーマといえます。
CCJでは災害時に、特に集合住宅や商業施設、駅といった、公的な避難所ではないけれども避難生活者があふれてしまうような場所で助け合える関係を作れるよう、一人ひとりが良き避難者として行動ができるよう、勉強会やワークショップを行っています。
HITOTOWA INC.の「ネイバーフッドデザイン」のノウハウをCCJ に活かして、また、CCJで学んだことを「ネイバーフッドデザイン」で活かして、とそれぞれのノウハウを共有し事業化する補完関係を作っています。
CCJによる防災ワークショップ。子どもたちには風船を使って楽しく説明。
「ネイバーフッドデザイン」はより良いご近所関係作りから災害時に助け合える関係作りまで、多岐にわたるようです。
防災・減災はもちろんですが、子育て、多世代交流、シニア共生など、暮しの中にいくつもの社会課題があります。これらのひとりで考えたり行動するには限界のある課題に対して行動できる環境がライフスタイルを本当に充実させることにつながるように思います。
そのために欠かせないのは、やはり暮らし方の根本であるご近所付き合いであり、そういった地縁を作ることでコミュニティとして育っていくのだと思います。
CCJでおこなわれている共助の防災勉強会
暮らし方も多様化していくなかで、今後コミュニティはどのように進化していくのでしょうか。
いまニーズのある住まいのコミュニティは、基本的には同じ世代、同じ価値観を持っている人たちが集って構成されています。例えばシェアハウスやソーシャルアパートメントを利用する若い人たちが増えてきているのもまさにそれですよね。
このスタイルが地縁コミュニティ1.0だとすると、今後は多世代を巻き込んだり、多様性を持った地縁コミュニティ2.0、3.0へより社会貢献性の高いものへと発展するようにしていきたいです。
多種多様な人や価値観がシェアされる自立した個人が集まる共助のコミュニティがたくさん生まれるためにも、HITOTOWA INC.の「ネイバーフッドデザイン」の価値観をもっと浸透させていきたいですね。
集合住宅から、街を舞台にしたネイバーフッドデザインへ
最後に、これからHITOTOWA INC.が取り組もうとしているプロジェクトをお聞きました。それは老朽化した大規模団地の建て替えに伴う、ネイバーフッドデザインの理念を取り入れたコミュニティ作りなのだそうです。
僕自身わくわくしてます(笑)。A-standardは20世帯から50世帯のコミュニティですが、このプロジェクトはひとつの街といっていいぐらいスケールです。同時にここに暮らす人はとても幅広い世代にわたります。
この団地ができたころから住んでいる高齢者の方や、この団地で生まれ育った40代~50代の方。そして新しくやってきた20代~30代の単身層やファミリー層、そしてこれから地域の中核になっていくことになる30代~40代のファミリー層まで、おそらく8,000前後の人たちが暮らす街です。
多くの人たちが暮らす場面で、「ネイバーフッドデザイン」はどのようなカタチになっていくのか楽しみです。
まさにジェネレーションミックス型のコミュニティになるわけです。これだけ多様な人たちが集まるわけですから、たくさんの課題や価値観も存在するはずです。その中で色んな合意形成ができて、課題解決につながるコミュニティをつくりたいでね。
一つひとつのニーズを僕たちが見つけてシェアできる場作りをすることで、みんなが新しい「ネイバーフッドデザイン」を発見し、地縁コミュニティ2.0、3.0へつながっていきたいと思っています!
都市生活の中で私たちは会社や学校などで過ごす時間を中心に考え、ご近所づきあいは遠いものになっているのではないでしょうか。自分たちが暮らす場所や地域でのコミュニティが築ければもっともっと生活は豊かになるのだと、荒さんのお話を聞いて実感しました。
いま若い世代の人たちはシェアハウスやソーシャルアパートメントで暮らすことがごく自然になってきてます。そんな人たちが、近い将来「ネイバーフッドデザイン」を当たり前のように取り入れた暮らし方をしていけば、荒さんのお話のように身近な社会課題がすこしずつ解決できる時代になるのかもしれません。
(Text:山本雅美)