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そのフォトジャーナリストは、最期まで希望を失わなかった。ドキュメンタリー映画『手に魂を込め、歩いてみれば』が伝えるガザでの暮らし、人生のきらめき

2023年10月以来、6万人以上の人たちがイスラエルによる攻撃で亡くなったガザ。その犠牲者のなかに、一人のフォトジャーナリストがいました。ファトマ・ハッスーナは最期まで希望を失うことなく、カメラを手にし続けました。彼女の人生における最後の約1年間を伝えてくれるのが、ドキュメンタリー映画『手に魂を込め、歩いてみれば』です。劇場に足を運び、戦争の理不尽さとジェノサイドの残酷さを知り、そんな環境を生き抜いた人生に触れてください。

命の危険にさらされながら、それでも愛するガザを撮影し続ける

2024年、イスラエルによるハマスへの報復攻撃が日増しに激しさを増していくなか、イランからフランスに亡命していたセピデ・ファルシ監督は、ガザの様子を伝える必要があると考えました。けれども、封鎖されているガザに立ち入ることはできません。そこで、知人から紹介されたガザ在住のフォトジャーナリスト、ファトマ・ハッスーナとのビデオ通話を中心とした映画の制作を決意します。

ファトマが窓の外に向けたスマートフォンのカメラからの映像には、コンクリートの瓦礫に満ちた無彩色の街が広がります。建物は崩れ去り、たくさんの人たちが暮らしていたという痕跡は見当たりません。もはや日常となってしまったそんな光景を背に、彼女はすぐ近くの一角を昨日攻撃があったと指差して見せます。ときには通話中に激しい爆発音が聞こえ、緊迫した空気が流れることも。

手に魂を込め、歩いてみれば グリーンズ

©Fatma Hassona

生活を脅かすのは、爆撃だけではありません。食糧不足のために次第に暗い表情を見せるようになり、体調不良を訴える彼女は「鶏肉を食べること」がささやかな夢とさえ口にします。平穏な日常が戻ることを祈りますが、通信環境は悪化していき、ビデオ通話は安定せず、音が途切れたり、映像が切断されたりすることも。

近しい人が次々と亡くなり、攻撃を避けるために知人宅などを転々とする生活を送りながら、それでも彼女は写真を撮り続けます。彼女の作品は、イスラエルによる攻撃が何をもたらしたかを克明に記録すると同時に、ガザの人たちの戦時下の日常を切り取っていきます。

手に魂を込め、歩いてみれば グリーンズ

©Fatma Hassona

写真に映るガザは攻撃の爪痕が色濃い一方で、静謐な美しさが感じられるものもあります。2007年からイスラエルによって封鎖され、断続的に攻撃を受け、天井のない監獄と呼ばれてきたガザ。物資は不足し、人口密度や失業率は高く、人びとはずっと厳しい生活を強いられてきました。それでも彼女は自分たちが暮らすガザを愛してきたのです。

最期まで希望を抱き続けたファトマの生き方

どんな状況でも最期まで撮影を続けたファトマには、フォトジャーナリストとして生きることを全うしたいという強い意志がありました。極限状態の中でも希望を失うことなく、懸命に生き抜こうとする強靭な精神が、その美しい表情の下に垣間見えます。

手に魂を込め、歩いてみれば グリーンズ

©Sepideh Farsi Reves d’Eau Productions

先が見えない状況の中でも、監督とのビデオ通話では冗談を交えながら明るい笑顔を見せ、常に監督への思いやりにあふれる言葉を発するファトマ。初対面で最初は少しぎこちなかった会話は徐々に親しさが増し、二人の間に温かな友情が紡がれていきます。監督との会話は、彼女にとって唯一の外部との接点でした。そのひとときは、ほんのわずかでも息をつける、貴重な時間だったことでしょう。

破壊の限りが尽くされ、死がすぐそばにあるガザで、彼女は夢を失いませんでした。カンヌ国際映画祭にこの映画が出品されることが決定し、二人が喜びをわかち合い、ファトマはカンヌに行きたいと目を輝かせます。けれどもその次の日、彼女はイスラエルの空爆によって、その生涯を終えました。25歳になったばかりでした。

手に魂を込め、歩いてみれば グリーンズ

©Sepideh Farsi Reves d’Eau Productions

死と隣り合わせの生活が続いていても、当然ですが、誰も死を具体的に予測することはできません。いつ来るともしれないそのときまで、いったいどんな生き方をするのか。それは、一人ひとり、その人自身にゆだねられています。ファトマは最期まで未来を信じ、全力で生きました。そんなふうにギリギリまで懸命に生きる人たちの命を、有無を言わさず奪っていく残虐な攻撃は、2025年10月の停戦合意以降もまだ続いています。

劇場で、写真展で、ファトマと出会う

『手に魂を込め、歩いてみれば』が上映されたカンヌ国際映画祭では、審査委員長のジュリエット・ビノシュが、「ファトマは今夜、私たちと共にいるべきでした。芸術は残り続けます」と開会式でスピーチしました。

ガザで亡くなった6万人以上の人たち一人ひとりに、大切な人生や暮らしがありました。亡くなった人の数だけではなく、そこにあった一人ひとりのかけがえのなさにこそ、私たちは思いを馳せたいものです。

手に魂を込め、歩いてみれば グリーンズ

©Fatma Hassona

「もし私が死ぬなら、響き渡る死を望む」。ファトマは生前そう語っていました。その言葉どおり、映画を通して彼女の生き方は、そして残念なことにその死も、多くの人たちの心に響き渡っていくことでしょう。

彼女が残した写真は、外国特派員協会(FCCJ)やピースボート船内やユニセフハウスで開かれた写真展で展示され、さらに多くの人たちの目に触れるよう、クラウドファンディングが実施されています。

ガザから届けられたその笑顔に、ぜひスクリーンで出会ってください。彼女の生きた証が広く、多くの人たちの目に留まりますように。もう彼女はこの世にいませんが、その死が世界中に響き渡れば、少しでもその魂が慰められるだろうと思うのです。

– INFORMATION –

映画『⼿に魂を込め、歩いてみれば


12月5日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
監督:セピデ・ファルシ
配給:ユナイテッドピープル  
2025年 / フランス・パレスチナ・イラン / 113分 /


(編集:丸原孝紀)
(メイン画像:©Sepideh Farsi Reves d’Eau Productions ALL RIGHTS RESERVED.)