「働く」で社会を変える求人サイト「WORK for GOOD」

greenz people ロゴ

たった一人の思いから支援のあり方が広がる。「育て上げネット」の体制だからこそ実現した、若者が自分らしく生きるための選択肢に気づく“売らない”珈琲屋さん

[sponsored by 大阪ガスネットワーク]

カウンター席に腰をおろすと、正面にはアルコールのメニュー。店内の落ち着いた雰囲気が、ここが本来は夜に人々が集う酒場であることを思い出させます。

月に数回、午後のひととき、ここは「売らない珈琲屋さん」に姿を変えます。スペシャルティコーヒーの産地や焙煎の説明が書かれたメニューを眺めながら注文をすると、店員さんがハンドドリップでコーヒーを淹れてくれました。

隣に座った方に話しかけてみると、今日、コーヒーを淹れている店員さんのお友だちとのこと。その隣には、かつてひきこもり状態だったという常連さんも。

注文からコーヒーが出てくるまでの流れも、店員さんの佇まいも、喫茶店とさほど変わらない雰囲気。しかし、「売らない珈琲屋さん」で飲むコーヒーは無料です。こんなに丁寧に淹れてもらって、ほんとに無料でいいの?と申し訳なく感じるほど、香り高い味わいを堪能できます。

大阪市内の店舗を借りてオープンする「売らない珈琲屋さん」は、不登校やひきこもり状態にある若者たちに向けた実践型の就労支援プログラム。就労支援とは言っても、カフェ店員になることを目指すものではありません。働くことへの理解を深め、社会と関わることを目的に、認定NPO法人育て上げネット(以下、育て上げネット)が運営(※)しています。

※育て上げネットの自主事業「社会連携事業」の一環として行われている。15歳〜39歳の若者が対象。

2004年に東京で創業した育て上げネットは、大阪にも拠点を構え、時代のニーズに沿ったさまざまな事業を展開しながら、働きたくても一歩が踏み出せない若者への支援を継続的に手がけてきました。そして、2024年に始まったプロジェクトが、この「売らない珈琲屋さん」です。

取材をするなかで見えてきたのは、大きな組織でありながらも支援スタッフ個人の思いをもとに、支援の形を広げていく運営のあり方。どうやらその姿勢に、組織の発展につながるヒントがありそうです。「売らない珈琲屋さん」を企画した宮内大志さんと、事業マネージメントを担当する中町康弘さんにお話を聞きました。

宮内大志(みやうち・たけし)<写真左>
認定NPO法人育て上げネットが受託運営する大阪市の若者自立支援事業「コネクションズおおさか」ユースコーディネーター、社会連携事業「売らない珈琲屋さん」責任者。1983年兵庫県神戸市生まれ。学生時代に不登校、社会人になってからは「ひきこもり」状態を経験。ハローワークで見つけた求人票に「ニートやひきこもりの就労支援」と書かれていたのを見て、自分の負の経験を活かせる場があることを知り、就労支援の職に就く。
中町康弘(なかまち・やすひろ)<写真右>
大阪市若者自立支援事業「コネクションズおおさか」所長。大阪自主事業プロジェクトマネージャー。1984年生まれ。大阪府出身。転職回数6回、2児の父。前職は某飲食チェーン店の店長。人手不足を背景に、前職では無茶な働き方、(部下への)働かせ方をしていたが、そんな生き方に疲れを感じて認定NPO法人育て上げネットに入職。大阪事業所の現場責任者として委託事業を運営。現在9年目で自己最長勤続年数を更新中。

対価をもらいたくない若者×コーヒー好きの支援スタッフ

「売らない珈琲屋さん」は、宮内さんとある若者との会話がきっかけで始まりました。喫茶店での就労体験に参加した若者が、プロ並みに上手にコーヒーを淹れられるようになったので、職業にしては?と、宮内さんが声をかけると……。

宮内さん 「それはいやだ」と即答でした。仕事として対価をもらってしまうと、目の前のお客さまは「おいしい」とは言ってくれているけれど、内心ではそう思っていないのではないか……などと想像して不安になってしまうのだそうです。

ならば、売らずにコーヒーを淹れられる活動をすればいいのでは?と思ったわけです。せっかく好きなことや得意なことを見つけられたのに、続けられないなんて、本人の可能性をつぶしてしまう。それは悔しいじゃないですか。

宮内さんは普段、若者の就労体験の受け入れ先とやりとりしながら、一人ひとりによりそう業務を担う

これまでも、対価をもらうことに不安を抱える若者とは出会ってはいたものの、そうした人たちに適したプログラムはまだありませんでした。そんななかで、このプロジェクトを推進できた大きなポイントは、宮内さん自身がコーヒー好きであること。

宮内さん 僕自身もコーヒーに魅了されていて。趣味が高じて支援の一環で若者向けにコーヒー教室を開いたり、プライベートでイベントに出店をしたりと、コーヒーはいわば得意分野。僕が淹れ方を教えれば、すぐにコーヒー屋さん活動を始められると思ったんです。

そこで、育て上げネットの提携先として以前から付き合いのあった大阪・十三の韓国料理屋「クルクルキンパ」の協力を得て場所を間借りし、2024年7月に「売らない珈琲屋さん」がスタート。当初は、育て上げネットが運営する大阪市若者自立支援事業「コネクションズおおさか」(※)で出会った若者たちが店頭に立っていましたが、初期メンバーが卒業したことをきっかけに、育て上げネットを利用していない若者たちも受け入れることになりました。

「売らない珈琲屋さん」の目的は、あくまでも働いたり人と接したりする“体験”を提供すること。この日参加した若者たちは、コーヒーに興味を持っている人、心身にサポートが必要な人、人との関わりに少しずつ慣れたい人……と、コンディションも動機も、実にさまざま。

※コネクションズおおさか:育て上げネットが営む大阪市からの受託事業で、働くことや進路決定など将来に不安を持つ18〜39歳の若者とその保護者のための支援施設

この日は満席。オーダーが入るたびに豆を測ったり、お湯を沸かしたり、カウンター内も大忙し

中町さん ここで得た経験や知識が、自己決定の材料になればいいなと思っています。例えば、小学生の頃から不登校だった人の場合、学校生活を送るなかで自認していくはずの自分の得意や不得意さえもわかりません。そんな状態でいきなりバイトを始めるなんて不安を感じるだろうし、就職先を選ぶなんてもっと混乱しますよね。だから、「売らない珈琲屋さん」で、裏方として手伝ったり、コーヒーを淹れたり、ボランティア的に関わりながら働くことの体験を重ねていく。そういう機会提供を目指しています。

大事なのは、自分らしく生きるための選択肢を知ること

コーヒー好きの宮内さんが運営するプログラムなので、支援の一環とはいえ深いこだわりを持っていて、自分たちで生豆の選別や焙煎も行います。午前中は練習タイムとしてコーヒー豆の焙煎やドリップの方法について学び、午後から本番を迎えます。シフトは組んでおらず、その日にならないと誰が来るのかわからないという仕組みです。

3種類の豆から選んでオーダー。違いを聞くと、豆の香りを嗅がせてくれた

宮内さん直伝のハンドドリップ

若者たちは、お店に立ち、コーヒーを淹れてゲストに振舞う、という一連の流れを体験することをどんなふうに感じているのでしょうか。

宮内さん コーヒーの知識を身につけるおもしろさもあるようですが、人とのコミュニケーションの質が変わってくる面が大きいと思います。コーヒーを振る舞うことで、「おいしい」「ありがとう」と言ってもらえ、積極的に会話をせずとも人から肯定してもらえる。コミュニケーションは苦手だと言っていた若者たちが、やりはじめたら自然にゲストとコーヒートークで盛り上がるようになるんです。慣れてくると、「振舞う相手が少ない」とつまらなさそうにしていますよ(笑)。

淹れたコーヒーを渡す際、カウンター越しに自ずとコミュニケーションが生まれる

「売らない珈琲屋さん」は、支援プログラムの一部分というよりは、もっとゆるやかな関わりを持てる場のように感じます。そうした居心地の良さもあってか、一度参加すると、継続的に来てくれる若者が多いのだそうです。

そして、“売らない”という看板を掲げた正体不明のお店にもかかわらず、地域の人が勇気を出して来てくれることもしばしば。中町さんは、そうした多様なゲストとの出会いこそが必要な体験なのだと言います。

お店の前の看板。「売らない」の言葉に、思わず目がとまる

中町さん 支援施設で育む関係性には、基本的に支援する側と支援を受ける側の二者しか存在しません。でも、「売らない珈琲屋さん」では、第三者が介在し、そこにしかない小さな社会を体験することができる。その場所で、人と出会ったりつながったりすることが若者たちの自信につながっていくのではないかと思います。

では、そうした体験を重ねることで、対価を得ることへの恐怖は減っていくものなのでしょうか。

宮内さん 絶対にそうとは限りません。人と関わった結果、やはり接客に向いていないと気づく若者もいます。でもその気づきこそが大事なんです。自分らしく生きるための選択肢を知って、自分で選択する力を身につけるための場所なので。その人にフィットする機会を提供できれば、自ら情報を得て、考えて、その人らしい一歩を踏み出すことができるんです。

コーヒーと一緒に、若者から「本日の珈琲担当」として名前を書いたカードが渡される

コーヒーが好きだからそのままコーヒー屋さんになったり、人と接することに少し慣れたことによってスーパーマーケットで働きはじめたりと、「売らない珈琲屋さん」での体験を経た若者たちの次のステップはさまざまだそうです。

支援スタッフ個人の気づきをも事業化できる、組織の風土

育て上げネットほどの大きな支援組織では、一人ひとりの働き方や支援プログラムを設計する際に、どうしても制約がかかってくるものだと思っていましたが、宮内さんと中町さんのお話を聞いていると、個人の思いや気づきが支援事業へと拡張していくのびやかさを感じます。聞けば、どうやら組織のなかに、支援スタッフの興味や社会に対する違和感をも、支援のプロセスとして取り入れる体制があるようです。

例えば、育て上げネットには、スタッフ全員が、代表や役員と一対一で対話できるホットラインがあります。直属の上司だけではなく、相談したい相手に気軽に話せる文化があるので、中町さんも企画の壁打ちをお願いしたり、事業の相談をしたりすることがあると言います。

中町さん いろいろなキャッチアップの方法があると思いますが、支援スタッフも個人ですから、一対一で対話を重ねることが大事だと思います。僕たちの使命は、社会の小さな声、顕在化していない課題を発見して、支援につなげていくこと。目の前にいるのが若者であっても支援スタッフであっても、一人の声を聞くことが、その背後に潜んでいる何百人もの小さな声を拾い上げることにもなりますから。

さらに、育て上げネットには、スタッフの“新しくやりたい”企画を叶えるファンドのシステムがあります。1年に数回、スタッフから新たな支援プログラムなどの企画を募集し、NPOに集まった寄付金の一部を資金として実践をしていく仕組みで、「売らない珈琲屋さん」もこの制度を使って事業化しています。

支援スタッフからの提案をもとに実現した企画内容の一部を聞いてみると、「若者と料理をする会」、今取り組んでいることを紹介する「練習を見守る会」、「ネイルを一緒にやってみる会」……。「単なる趣味なのでは!?」と思えるような内容を、就労支援プログラムに仕立てて、支援スタッフと若者が一緒に楽しむのだと言います。そのなかで、支援スタッフ個人の経験や趣味、価値観が支援にプラスにいかされる場面も多々あるのだそうです。

中町さん 一般的な就労支援施設だったら、例えば「料理が好き」という若者の話を聞いても、“就労支援”とは直接的に関係はないので、支援者が一緒に取り組むことなんてないでしょう。でも、“生き方を応援する”という視点に立つと、「料理が好き」というのは、その若者の主体性やポテンシャルを発揮してもらうためには価値のある情報で、それをいかさない手はない。だから、材料を買いに行ってつくるという工程を一緒に行います。すると、それまでオンラインでしか会ったことのなかった若者が来てくれて、料理を教えてくれるなどコミュニケーションが深まっていく。

さらに、スタッフも「自分の好き」を自己開示しながら自分の得意をかけ合わせていくことで、支援の可能性がもっと広がっていくことも期待できます。

一般的には、就労や進学などの社会参加が“出口”として設定され、そこに向かう過程を支援者側が講座やカウンセリングというパッケージで用意しますが、こうした支援の利用はハードルが高いのが現実。自己評価が著しく低い若者たちにとって「働く」「自立」という言葉は現実味のないものであることが多いようです。だからこそ育て上げネットでは、まず“一緒に楽しむこと”を最初の目標にすることで、若者と社会との接点をつくっています。

中町さん 若者と社会との出会い方をデザインしているんです。代表の工藤は「入り口の目的化」と呼んでいます。相談事業もしかり。来所動機をたくさん用意しておいて、「相談事業」の看板では出会えない人たちとの接点を創出する。ゲームやコーヒーは、その手段の一つなんです。支援を目的としすぎず、一緒にできる活動を増やしていくのが、今の育て上げネットの方針だと言えるのかもしれません。

カウンターの隅には、宮内さんが持ち込んだ珈琲に関する本がずらり

生きづらさと付き合っていくために、自分なりの表現や心地よい場を持つ

取材中、コーヒーを飲みながら、「売らない珈琲屋さん」に参加して感じていることを若者に聞いてみると、「コーヒーは自由だ」という言葉がこぼれてきました。これは、宮内さんが若者たちに話していることなのだそうです。

宮内さん コーヒーって、ドリッパーとサーバーにペーパーを敷いて、粉をいれて、お湯をかけるだけで淹れられるんです。でも、豆の焙煎具合や、お湯のかけ方など、すごくちょっとした違いが、その一杯の味を変えてしまう。常に同じ味を出すのがプロでしょうと言われたらそうかもしれないけれど、現実的には全く同じものを淹れるなんてできないと思うんです。

だからこそ、そこに表現の自由があるなって。飲む側もそう。おいしいと思っても、苦いと感じても、その人の自由。そういう、自分が自由になれる何かが世の中にはあるのだと若者たちが知る機会をもっと増やしていきたいです。

コーヒーというわかりやすいコンテンツであること、低コストで行える事業であることから、宮内さんは、「売らない珈琲屋さん」には今後、全国で展開できるポテンシャルがあると感じています。実際に育て上げネットでは、この支援プログラムをオープンソースとして他の団体にも使ってほしいと考えているそう。ここにも、団体内にとどまらず業界全体にアイデアを拡張するという、組織のびやかな姿勢が垣間見えます。

宮内さん でも、コーヒーを淹れるだけじゃダメなんです。「場」があることが重要。ポジティブな経験をした記憶が、若者たちが生きるうえでの支えになるはずだから。

生きづらさは、そう簡単に消えるものではないと思います。私たちは、ゆらぎ、もがき、社会のなかで圧倒されながら生きていくよりほかないのかもしれません。だからこそ、日々の中で、安心を得られる居場所や、自由を感じられる活動を見つけることが大切なのだと思います。そして、不思議なことにコーヒーには、心地よくいられる場をつくり、自分らしくいられる表現を育む力が潜んでいるようです。

冒頭、カウンターでおしゃべりをした彼は、「ひきこもり経験があって」と語ったあと、少し悩んで言葉を続けました。「いや、僕なんて、ひきこもり経験者だとは言えないのかもしれない」と。私は、その言葉が妙に引っかかりました。それが定義によるものなのか、周りの当事者との比較によるものなのかは確かではありません。けれど、生きづらさを感じ、社会に出るにはしんどかったという彼が、仮に彼の言う「ひきこもり経験者」にあてはまらなかったとしても、何かしらの支援は必要だったはずです。

宮内さん 性別、年齢、障がい、生活環境など、いろいろな要素がありますが、僕たちは、すべてにおいて線引きしない関係性をつくっていきたいと常に思っているんです。2023年に内閣府が出したデータ(※)によると、ひきこもり状態にある人の数は全国で約146万人。調査方法の差はあれど、以前の調査より増えているんです。いろんな線引きがあるなかで支援が行われてきた結果、支援のネットからこぼれてしまった人もいるのではないでしょうか。だから、支援の現場におけるボーダーをなくしていきたいんです。

※内閣府「こども・若者の意識と生活に関する調査(令和4年度)」参照


「売らない珈琲屋さん」のプログラムを、現場で引っ張る宮内さんと、後方で支える中町さん。息ぴったりのお二人

なんだか呼吸がしづらいと感じる人たちが、悩みを語り合わなくても、思いを共有できる場所。「売らない珈琲屋さん」は、人によっては自助グループのような役割を果たすのかもしれません。居場所がないと感じる人でも、一杯のコーヒーがつながりを生むことだってある。育て上げネットのしなやかな体制から生まれた、“支援の枠を超えた心地よい場”が、もっと社会に広がっていくことを願っています。

そして、支援の現場で見えているもの、聞こえてきたことを形にしていくプロセスこそが、データでは決して読み取れない時代の声をすくいあげ、組織をしなやかに育てていく原動力になるのだと思います。

[sponsored by 大阪ガスネットワーク]

(撮影:小黒恵太朗)
(編集:村崎恭子)
(プロジェクトマネージャー:北川由依)