2024年の元日に、能登半島を襲った大地震。突然の大きな揺れは、たくさんの命を奪いました。そして、おだやかな暮らしが営まれていた住まいも。能登半島地震で全壊となった住宅は6,483戸、半壊となった住宅は23,458戸にものぼります(2025年3月現在)。
暮らしやコミュニティの日常を取り戻すためには、住まいの再建が求められます。ところが能登半島地震では地理的な要因とインフラの破壊が重なったこと、そして以前から進んでいた大工の高齢化や後継者不足もあり、住宅の再建が進みづらいことが懸念されていました。
こうした状況に、いち早く動いた企業のひとつが株式会社VUILD(以下、VUILD)でした。VUILDは、「いきるとつくるがめぐる社会へ」というビジョンを掲げる建築系スタートアップ。これまで専門家しか携わることのできなかった建築分野においてデジタルファブリケーションを組み合わせることで、すべてのひとが「つくり手」となる社会を目指しています。
VUILDは早くも2024年の2月に金沢の21世紀美術館を拠点にして「被災地のことばをかたちに」というイベントを開催。そこで被災地での困りごとに耳を傾け、建築・ものづくりに携わる立場としてできることを検討して動き出しました。
NESTINGの家づくりは、これまでとは全く違います。設計は、アプリを用いながら施主自身がカスタマイズ。デジタル木工加工機で部品加工されたキットを、仲間といっしょに組み立てていくように建てていきます。「家は自分たちでつくるもの」という発想で、これまで当たり前だった家づくりのあり方を変えるNESTINGは、被災地が直面している課題の解決に貢献できるのではないか。そんな想いからプロジェクトは具体化に向け動き出しました。
能登半島地震におけるNESTINGを活用したプロジェクトのひとつは、奥能登の積雪2Mにも耐えうる構造の「能登モデル」の実例をつくるというチャレンジです。
海沿いの道で被災。家族は助かったものの、実家は全壊判定
能登半島地震では、石川県羽咋市(はくいし)にあるVUILD社員である沼田汐里さんの実家も全壊判定に。NESTING「能登モデル」は、沼田さんの実家再建プロジェクトとして進めることになりました。そして先日、ボランティアの方々を交えたみなさんによる延べ40日の作業を経て、ついに完成。発災当日に能登にいたという沼田さんに、そこまでの道のりと、これからについて話をお聞きしました。
沼田さんが被災したのは、実家から生活の場である神奈川に戻ろうと金沢に向かう車中でした。
沼田さん のと里山街道というずっと海沿いが続く道を走っている時に、緊急地震速報と津波警報のサイレンが鳴り響きました。すぐそこに海が見えるので、これは危ないと。すぐにGoogleマップを開いて、そのあたりでいちばん高い建物だった病院に避難することにしました。混乱の中ですぐに現実とは受け入れられず、まるで映画の世界にいるような感覚でした。
発災当時にひとりで実家にいた沼田さんの祖母も含め、家族全員の無事を確認。沼田さんは実家の様子を見に行きます。そこで見た実家の被害状況は…。
沼田さん ドキドキしながら実家に向かいましたが、倒壊はしていませんでした。家としての形は保たれている状態で。ホッとはしましたが、直下の地盤に亀裂が入っていて家の一部が沈んでおり、梁も損傷していて至るところに損傷はある状態でした。
全壊という罹災証明が下りるのは2月2日まで待つことになったのですが、そのままでは住めないことは明らかな状態。被災地で家を建て直そうということになったとき、沼田さんの胸に浮かんだのが、東日本大震災のときに感じた想いでした。
沼田さん 当時、建築を学ぶ学生だったので、あの震災をきっかけに建築のあり方が変わっていったことを実感していました。あの時から、コミュニティの一部として、建物がどう地域に貢献できるかといった観点が生まれ、自分たちの手でつくり出すことの重要性が語られるようになりました。
1月9日にCEOである秋吉浩気さんをはじめとするVUILDのメンバーに実家の状況と自らの想いを伝えたところ、実家で被災地における家づくりの新しいモデルとしてNESTINGの仕組みを使った再建にチャレンジしては、という話が持ち上がりました。沼田さんは、さっそく家族に提案します。
沼田さん 愛着のある家とお別れすることや、新しいスタイルの家づくりに戸惑いもありましたが、提案していく中で結果としてNESTINGでの再建が自然と受け入れられていきました。日本は地震大国なので、これからいつどこでまた大地震が起きるかわからない。これからの新しい選択肢を示せるという意味で、誰かの役に立てるのであれば、と。それに、友達を呼んでみんなで楽しみながら家づくりができることや、新しいことに挑戦できるワクワク感があったようです。
家族とのワークショップで設計し、地元企業とコラボ
古い家を支えてくれた立派な梁や柱、北陸ならではの欄間などを引き取りながら、思い出いっぱいの傷ついた家は解体。どのような家を建てるかの構想をまとめるために、再び家族会議が開かれることに。NESTINGでは基本、アプリ上で設計をするのですが、デジタルツールに慣れていないご家族とはスムーズに話が進んだのでしょうか。
沼田さん 設計は、建築の仕事をしている私とVUILDメンバーがワークショップのような形で進めていきました。画面に写った図面は、特におばあちゃんには読み取りづらいので、紙に描いた敷地の上にダンボールや発泡スチロールを立てるなど工夫して、家族それぞれの願いを聞きながら何度も何度も話し合いをしてまとめていきました。
設計のあとは、建てるための材料づくり。NESTINGの家は、デジタル木工加工機「Shopbot」で部品加工されたキットで構成されます。そこで活用されたのが、VUILDがShopbotの導入を通して築いてきたネットワークでした。
沼田さん キットは、神奈川県厚木市にあるVUILDの工場と、石川県能美群にある設計事務所の株式会社BEYONDさんの工場で加工されました。わたしも一部加工に参加したんですよ。復興のプロセスでは、被災地で経済を回していくことも求められますが、その地域だけでは材料を調達できないこともあります。そのため、Shopbotを導入している全国の拠点で支え合い、分散して加工をしていく動きも重要になってくるのではないかと思います。
はじめましてのボランティアも、大工としてトンカントンカン…
材料ができたら、いよいよ建てる作業に。NESTINGのコンセプトの中核となるプロセス「co-build」のはじまりです。能登モデルの建設に当たっては、延べ152人がボランティアで参加。これだけの人が、どのように名乗り出てくれたのでしょうか。
沼田さん まずは、うちの実家の再建を含めた、NESTINGを活用した自立再建型復興住宅プロジェクトのクラウドファンディングを行っていたので、そのページを見た人からの応募がありました。そして、取り組みを伝えるために立ち上げたnoteやInstagramから連絡してくれた人。友だちや、知り合いの友人という人まで来てくれて助かりました。私たち3姉妹も明るい叔母たちもいたので、現場は本当ににぎやかでした(笑)
NESTINGの建設現場では、大工さんなどのコンストラクション・マネージャーが見守る中、体力も技術もさまざまな人たちがCo-buidメンバーとして手を動かします。ビズを打つインパクトドライバーを持つのも初めてというDIY初心者も含めたボランティアの人たちが建てるということで、正直、不安があったのでは…。
沼田さん それが、それほどでも…!私自身、学生時代から小屋づくりワークショップを主催していたり、社会人になってからもシェアハウスのリノベーションプロジェクトを手がけていたりしたので、素人でもそれなりにDIYはできるということを経験から実感していたので。家族も最初は戸惑いもあったようですが、おおらかにボランティアのみなさんを受け入れてくれましたね。
沼田さん自身も、自分の実家を自分たちの手で建てるという体験を通して、当初は予想していなかったたくさんの気づきがあったと語ります。
沼田さん まずは家族とのつながりですね。大人になると、親とか親戚とゆっくり過ごす時間って、ほぼないですよね。いっしょに手を動かしたり話したりしていて、『お父さんって、こういうの得意だったんだ』とか、『お母さんって、こんな能力あったんだ』といった新しい発見がありましたね。そしてボランティアのみなさんと、新しいつながりがもてたこともうれしかったです。基本は泊まりで来てくださるので、夜は食事をしながらお話をすることも多くて、友だちのような関係になっていきました。NESTINGを通して、『また来てね!』と言える人がたくさん増えたという印象です。
人とのつながりだけでなく、自分の故郷である地域とのつながりも深まったとか。
沼田さん ボランティアで来てくださる方の中には、羽咋に来るのは初めてという方がほとんどでした。そうなると、せっかくなので地元のことを知ってもらいたいという気持ちになりますよね。そういう視点で、小さい頃に行っていたいわゆる名所的なところに足を運んでみると気づかされることがとても多くて。羽咋にはこんなに面白い場所がいっぱいあるんだよと自分自身で伝えられるようになったことは、大きな収穫ですね。
家を建てるというプロセスを通して、人や地域のつながりが育っていく。こうしたNESTINGならではの家づくりからは、被災地との新しい関わり方が見えてきます。
沼田さん まず、NESTINGでの家づくりのお手伝いというのは、他の被災地ボランティアよりも入りやすいと思います。一般的な被災地ボランティアって、早朝に集合で現地に行ったらその都度、ボランティアセンターなどが行き先や作業内容を振り分けることが多いです。NESTINGの家づくりボランティアは、自分で行く場所も時間も決められ、どんなことをするのかがわかるのが良かったみたいです。そして、ボランティアにきてくださった方自身が楽しんで被災地の人といっしょに取り組むことで、何度も訪れてもらえる可能性も高まりますよね。今回は個人宅の再建でしたが、パブリックな建物だと、より多くの人が継続的に関わる役割と人とつながることになります。ボランティアから新しい関係人口を生み出すことにつながるのではないでしょうか。
住まいづくりのプロが現場で見た、NESTINGの可能性
NESTING能登モデルの建築現場を、コンストラクション・マネージャーとして支えていたのが、shopbotでのキットづくりにも携っていた設計事務所BEYONDの田中順也さん。住まいづくりのプロとしての立場から、co-buildという新しい発想のNESTINGはどのように映ったのでしょうか。まずは、家のパーツとなるキットづくりの段階から、家づくりの考え方のユニークさに気づいたとのことですが…。
田中さん BEYONDでは、天井や壁のパーツ、家具まわりのキットを加工しました。NESTINGは設計の段階からパーツをはめ込むようにデザインされているので、キットを加工した段階で、現場で複雑な加工をしなくていいようになっています。なるほど、こういう形なら素人でもスピーディに作業ができるなと。そして、人が持ち運べるくらいのキットで構成されているので、重機が入らないような土地、極端な話、小さな島でも家が建てる。これは面白いですね。
現場ではボランティアのみなさんを導いていく立場になりますが、DIYスキルもまちまちで、初対面の人たちもいるという状況の中、どのように家づくりを進めていったのでしょうか。
田中さん 基本的にDIYに慣れていない人が集まることを前提に、一から十まで教えるつもりで取り組みました。インパクトドライバーなどの機械や道具の使い方や部材の名前といった、基本的なところから丁寧に説明するようにしていましたね。そして、作業の流れ。みなさんが集合した段階で一日の流れをお伝えして、それぞれの日によって違う作業内容を把握してもらいました。あとは、様子を見て、機械の扱いが苦手な様子の人には、塗装や気密テープ貼りといった作業をお願いするなど、分担にも気をつかいましたね。
さまざまな所からたくさんの人が集まり、家を組み立てていく現場で、田中さんは一般的な家づくりにはないNESTINGの価値を感じたと語ります。
田中さん まずは、家づくりを通して建築の知識を学べたり、道具の使い方を身につけたりできる所がいいですね。ふだんの仕事を通して、職人不足を痛感しているんですよ。いま現場を支えている60代や70代の職人さんたちが引退したら、今の半数くらいになってしまうんじゃないでしょうか。そういう意味で、普通の人も家の補修くらいはできたらいいと思っているので。そして、この建て方は復興の力にもなると実感しました。沼田家の人たちと交わりながら40日間いっしょに作業をすることで、一体感が生まれたんですよ。その、人と人とのつながりって、何よりの力になるなあと。
Co-buildメンバーたちが、その手で感じたことは…
田中さんが見守る中でco-buildしたボランティアのみなさんからも感想をお聞きしました。
田中なつきさん(石川県、BEYONDの田中順也さんの息子さんで、中学生!)
道具を使った作業は初めてで、やりがいを感じました。難しかったのは、外壁のパーツを取り付ける作業です。一つ間違えると全部やり直しになるので、みんなで声を掛け合いながら慎重に進めました。震災でたくさんの家が壊れたので、建て直す作業に参加できてうれしかったです。
岩井有紀さん(石川県) 全国各地いろいろな地域から参加されるボランティアの方々と家づくりを通して出会い、交流できたことがうれしかったです。子どもから大人まで、どんな素人でも携われる役割があって、みんなで力を合わせてつくり上げるよろこびがありました。普段使うことがないいろいろな道具を使うことで、『この道具があればこんなことができる!』という発見もありました。これからもこのような形で、家づくりを通じて多くの人とのつながりが深まって、復興が進むことを願っています。
杉山緑さん(石川県) コンストラクション・マネージャーの田中さんに指導のもと組み立ての作業をしましたが、やはりプロの大工さんはすごいなぁと感心しました。その一方で私たちのようなアマチュア作り手でも丁寧に根気強く手を動かしていくことでちゃんとできていくので、リアルに出来上がっていくのが何より感動的でした。建築設計の仕事に携わっているので、ドキドキして現場に臨みましたが、いざ始まってみると現場の雰囲気は明るく穏やかで驚きました。古民家をリノベした家に住んでいるので、今回学んだことはさっそく活用できそうです。
黒田真衣さん(東京都) 1日、2日で家の骨格と屋根がかかり、目まぐるしく建築が成長する姿を目の当たりにして、しかもそれが自分たちの手でつくられていることを実感してうれしい気持ちになりました。子どもがタッカーを持ったりしている姿も印象的でした。自分自身子ども時代にこんなことを体験できていたら、今とはまた違う世界が見えていた可能性も考えてしまいました。『自分でできる、つくれる』という実感は人間にとって大きな支柱になるうるものなので、どんな人も折に触れてその実感が思い出せる機会があることを願います。
高橋宏誌さん(群馬県) 能登にゆかりがあって、震災のボランティアをしている時に沼田さんのお家の再建のお話を耳にして、参加をさせていただくことにしました。本職が大工なのですが、NESTINGの現場では刺激を受けたと同時に、仕事でやる家づくりとはまた違っていろんな人と和気あいあいと作業できるのが、こんなに楽しいものなのだということを教えていただきました。復興の途上にある能登では、まだたくさんの方が建築の力を必要としています。ぜひVUILDさんには今後とも能登に力を貸していただきたいです。
「みんなでつくる」が秘めた可能性を伝えたい
NESTING「能登モデル」は、沼田さんが学生時代から学んできたこと、そしてVUILDでの仕事を通して取り組んできたことがすべて集約されたようなプロジェクトだったそうです。
沼田さん みんなでつくるというプロセスには、本当にいろんな可能性が秘められているのだなと実感しました。ものづくりは、やってみるまではハードルが高いように思えるのですが、一度手を動かしてみると、意外とできるのだということがわかってきます。家だけに留まらず、庭やインテリアなど、生活の一部を、どこかから買ってくるのではなく、自分で考えたりつくったりする。そこで得られる喜びを、もっとたくさんの人たちに体験として伝えたいですね。
被災地で暮らしを建て直すときや、新しい土地で生活を始めるとき、住まいができることは次のステップへの大きな土台となります。さらに、その住まいをつくるプロセスを家族や仲間、そして地域の人びととともにすることで、人からしか得られないほっとする気持ちや、前に進もうという気持ちが芽生えていく…。
生成AIなど、人を楽にするテクノロジーがどんどん進化し、普及していっています。しかし、NESTINGはむしろ、人が自分たちで考え、手を動かし、人と人とがつながることを促すデジタル・サービスと言えます。主体的に生きる力を育むサービスを活用してのチャレンジが被災地から始まっていることに、希望を感じずにはいられません。
(撮影:山田康太)
(編集:増村江利子)