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古来の土木が未来を変える。『土中環境』著者・高田宏臣さんに学ぶ、共生のまなざし

便利さに喜んだ瞬間、同時に込み上げてくるのは、いつも一抹の不安です。

例えば、AI(人工知能)が瞬時に弾き出す回答に対して、何かを失うような寂しさ。あるいは、これでいいのだろうか、という戸惑い。人類の未来が変わるとすら感じるこの最新テクノロジーが話題に上がる度、迷走している自分がいます。

そんな時、ある方のお話を聞いて、大きな示唆を得ることができました。

「答えだけ求めても、本当に理解することはできません。本来『分かる』とは、分からない自分を知る、ということです」

造園と土木の専門家である高田宏臣(たかだ・ひろおみ)さんが、自分以外の存在との向き合い方を教えてくれた時、(そうか、AIの回答と、それを理解することは別だ)と、腑に落ちました。情報だけで物事を分かったつもりでいると、道を誤りやすい。現場に出向き、対話を重ねることによって、人間はもちろん、植物や大地、微生物であっても、こちらの動作次第で相手は変化する。まずは自分自身がどう在るか。

高田さんはAIについて言及したわけではなかったのですが、その言葉に、心の霧が晴れていくようでした。

「変化を起こせないと決めつけてはいけない。変えるために大事なことは、向き合い方と、まなざしだと思います」

千葉県館山市、安房大神宮の現場を歩きながら聞いた、高田さんのお話をお届けします。

高田宏臣(たかだ・ひろおみ)
一般社団法人 有機土木協会 代表/株式会社 高田造園設計事務所 代表/株式会社 森と海 共同代表。千葉県生まれ。土中環境の健全化、水と空気の健全な循環の視点から、環境改善と再生の手法を提案、指導。大地の通気浸透性に配慮した伝統的な暮らしの知恵や土木造作の意義を広めている。著書に『土中環境 – 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技』(建築資料研究社)他。安房大神宮の森コモンプロジェクト主宰。生きものとしての土木研究会主宰。

目には見えない
土の中の豊かな世界

高田さんは、土の中の水と空気の流れを健やかにする「土中環境」の視点を提唱し、自然環境を傷めない「有機土木」の実践・普及のために活動しています。

高田さん 土木と聞くと、自然やいのちと対立しているものだと思う方もいるかもしれませんが、私たちが行っている「有機土木」は、自然環境を育てる土木、という意味です。

現代の建設土木で使われている資材は、ほとんどが無機物の人工物。例えばコンクリートや鋼材、あるいは石油由来有機物である高分子化合物やアスファルトといったものですが、有機土木では、木や落ち葉、石、藁、炭など、全て生きもの由来の有機物や自然の中の無機物を用います。

その違いは、環境に合わせて変化するか、しないか。木や葉っぱは、時間が経つと朽ちたり分解されたりしていきます。変化することは、自然界では当たり前のことであり、変化する中で自然と一体化して馴染んでいくのですが、現代の建設土木においては自然界の中で性質が変化することはなかなか許容されません。強度が測れない、だったら使えない、と考えるからです。

古来、先人たちはずっと環境に応じて移り変わるという当たり前のことを活かして生活環境を整え、少しずつ変化する環境の手入れをして、調和を保ちながら暮らしてきました。それを許容できなくなったところから環境と開発の相反する問題が生じてきたように思います。

大きな機械もない時代、先人たちは、地形が安定していくように変化を促す土木の造作(ぞうさ)を重ねていた。その視点と技術を見直したいと考えて、私たちは生きもの由来の有機物を使うことにしています。

杭として使う木は表面を焼くことも。炭化させることで多孔質になり、水と空気の動きをより良くする。生命科学者の中村桂子さんは、高田さんらの有機土木を「生きものとしての土木」と称した

有機土木で行うことは、土の中の微生物・水・空気の流れを促し、地形を安定させること。その時に重要なのが、「土中環境」という視点です。

高田さん 土中環境とは、土の中の有機物や微生物を含めた、生態系全体を指しています。土中環境について、土壌だけの話だと思われることがよくありますが、土中環境と土壌とは違う話なのです。土の成分とか、どんな土が良いとか悪いといった話ではなく、土の中で、有機物の受け渡し関係が健康かどうか。水と空気が土の中に健全に流れていけば、微生物がネットワークを広げ、木々の根が成長しやすくなり、そこで健全な命の受け渡しが行われる、この状態こそが良好な土中環境であります。

逆に有機物の循環が崩れてしまうと、水も空気も動かなくなり、山が全体的に荒れ、雨の水も大地に浸み込まずに表面を流れてしまいます。そうなると乾燥で木が枯れたり、土中の水が行き場をなくして斜面が崩壊するなど、環境劣化に繋がりやすくなってしまう。私たちは、大地を生きものとして捉える見方や向き合い方を、土中環境と定義しています。

もともと現代土木による施工も行っていた高田さんは、30代のある時、それまで行っていたことが環境を傷めていたと気がついた。全国の災害現場を視察し、トンネルやダムなどの人工的な土木構造物が周辺環境を傷つけている事実に気づいて以来、土の中の健康状態に意識を向けるようになる

数千年前の息吹を吹き返す
生きものが集う楽園へ

有機土木による施工は、個人庭園や所有林に限らず、自治体など公の土地や、コモンズ(共有財産)での実施機会が増えています。今回の取材では千葉県館山市、「安房大神宮の森コモンプロジェクト」にて、高田さんをはじめ10名ほどの技術者のみなさんが作業されているところへお邪魔しました。

言い伝えでは、この森一帯は約2700年前、神武天皇から肥沃な土地の開拓を命じられた天富命(あめのとみのみこと)が開いた場所。安房神社の裏山一体を中心としたご神域には、早くから人びとのコミュニティができていたそうです。

高田さん 少なくとも1300年前、大神宮に仕えていた神職たちが全部で190戸、おそらく500名ほどの人たちがこのご神域で自給生活をしていたことが当時の記録から推測されます。近年は長らく人の手が入っていなかったため荒れてはいますが、数千年も続いた人びとの暮らしの営みが、水場や畑、棚田などの跡として、いたるところに残っているとても貴重なエリアなのです。さらに、付近では縄文時代の営みの痕跡も発掘されていて、海と山との豊かな恵みを古来から活かし、人々がここを守り暮らしてきたことがうかがい知れます。

高田さんの案内で歩いていると、豊かに苔むした岩や、湧水、見事な石積みなどを見ることができた。「大神宮」は、このエリアの地名でもある

この山域の水が豊かな理由は、山全体が海底隆起によって形成され、岩盤を通してこの森が海とつながっていることによります。

高田さん 「鬼の洗濯板」と言われるような岩浜があるんですが、ところどころ、岩の間にすごく透明な水があるんです。濁ってしまっているところもあるんだけど、きれいなところで水を舐めてみると、塩っぱくない、甘みがある。つまり淡水に近い水です。これは、山に染み込んだ水が木々の根元を通り、岩の間を通って浄化され、海底から湧き出しているから。そういうところは海藻や稚魚など、生きものたちも生きられる場所となるのです。

そもそも陸が海に張り出す半島は、海にとっても重要な場所です。特にここでは黒潮と親潮が交わり、海流に乗って北からも南からも、さまざまな魚や生きもの、植物のタネや空気など、いろんなものが集まりぶつかり合って、生きものたちの宝庫になります。

この森が健康な土中環境を取り戻したら、海にもまた生きものが集まるはず。私たちはこの地域一帯を、生きものたちの楽園にしたいと考えています。

柔らかな日差しと、足裏に感じられる自然の凹凸が心地いい山中。車や重機は入れずに、人々の手作業によって道が開かれている

この土地を、傷めてはいけない

2023年末、高田さんたちはこの大神宮の森を購入しました。県立「館山野鳥の森」と隣りあう敷地は約55ヘクタール。東京ドーム約12個分という広大な山域です。

かつてバブルの終わり頃、ゴルフ場の建設計画が頓挫したこの土地を、個人的な楽しみのために購入した方がいました。しかし十分な手入れがされないまま次世代に渡り、ついに売りに出されることに。情報を聞いた高田さんは、環境破壊につながる開発用途だけは避けたい、と考えました。

高田さん 最初は、ここを買ってくれるお金持ちを探したんです。手入れは僕らがしますから、って。興味を持ってくれた人も幾人かいらっしゃいましたが、ここは道もないので使いようがなくて、なかなか最終決定にまでは至りませんでした。そのうちに、風力発電の企業が目をつけていると聞き、もう僕が買います、と言う他なかった。お金は後からなんとかするとして、とにかくこの土地を傷めてはいけない、という気持ちでした。

高田さんたちの活動を知り共感したオーナーは、大きく地代を下げてくれました。3名で法人を設立し、高田さんは共同代表に就任。融資を受けて、無事にこの森を購入するに至ります。所有ではなく、未来に向けたコモンにするための整備が始まりました。

高田さん ここでは新しい道を開くのではなく、かつてあった道を整備しています。1880年代に当時の陸軍によってつくられた迅速測図(じんそくそくず)を参考にして 当時からそこにあり実際に使われていた道を忠実に辿っています。全部の道が残っているわけではありませんが、大方は痕跡が残っているのです。痕跡があるということは、道がついたのは何百年前かわかりませんが、繰り返される豪雨や地震を経てもいまだに残っているということですから、すごいことです。

また人びとがかつての生活の中で使っていた道ですから、周辺にはいろんな史跡が出てきます。南房総が舞台になった『南総里見八犬伝』で描かれている里見氏は、戦国時代から約170年間この安房国を治めていた大名ですが、かなり高度な石工の技術を持っていたことが当時の史跡からも分かります。大神宮の森の中にも当時の農家がつくったのではなく、専門集団の手によることがわかる、とても優れた水門なども出てきました。文化的にもここは貴重な宝の山です。

案内板も設置された。「季節のいい頃までに、海まで抜けるコースも案内できるように整備したいと思っています」

イノシシに見る、ちょうどいい掘り方
野生動物たちとのコミュニケーション

大神宮の森を歩いていると、目に留まるものがいろいろ気になります。好奇心のままに「あれは何ですか?」「なんでこうしてるんですか?」と質問が途切れない、我ら取材班。有機土木の特徴とも言えることをたくさんお聞きできました。

高田さん まずこの道を栗ロードにしようと思って、道に沿って苗木を植え始めました。栗にはいろんなメリットがあるんですよ。まず、イノシシの大好物ですし、いろいろな動物や虫たちの餌になり、生きものが賑わいます。山に十分な食べ物と水があれば、イノシシは里に降りてこなくなります。栗は、人も他の生きものたちにとっても豊かさの源にもなりうるのです。

昔は山の仕事に馬を使ったり、棚田をつくるために、山の中にも湧水を活かした水源がありました。ところが今、山が乾き、岩を掘ってつくった馬の水飲み場も埋まり、山が荒れた今は、水場がない。イノシシは里に来て田畑を荒らす、と言われますが、それは山に水も食べ物もないからです。

また栗の木はすごく丈夫で腐りにくく、縄文時代以前から主要な建材に使われてきました。例えば三内丸山遺跡では5000年ほど前の、栗の木の掘立柱の根本部分が朽ちずに発掘されています。反面、近代になってからはかつての国鉄が腐りにくい栗の木を枕木として採用したため、山の民たちはどんどん栗の木を切り出して売ってしまった。そして山は杉ばかりになりました。

写真右側、細く長い枝のような2本が栗の苗木。1箇所に2本、それぞれの菌根菌が絡み合うように植える。

植樹予定の栗は約800本。苗木の育成には落ち葉を活用し、根に土を付けないようにすることで軽量化させ、運びやすくしている

栗の木があることで、人だけではなく、イノシシをはじめとする野生動物にも生きやすい環境を育むことができる。それは同時に、環境にも良い変化をもたらします。

高田さん 栗の木の菌根菌は、栗のためというよりも、土を育てるために重要です。有機物は、分解によって水と二酸化炭素になり、その過程でエネルギーが出ます。このエネルギーの連鎖によって生きている。それを担うのが、根と共生する菌根菌から土中全体につながる菌糸の働きによるのです。

人間でいえば、ミトコンドリアです。人間の体内で100兆個の微生物がバランスを取っているように、土の中でもエネルギーの受け渡しができないといけません。そのためには酸素が必要になります。土の中の循環も、酸素の通り道、つまり呼吸がとても大事です。

例えば苗木を植える時も、根元には土や枝や落ち葉を挟み込みながらこんもりと盛り上げる。そして横に杭を打つことで水が浸透しやすくなり、盛土の下も、空気と水が動きはじめます。この後は、雨風によって自然に安定していきます。

木や落ち葉、石で根元を盛り度にし、横には、表面を炭化させた杭を打ってある。「多様な森にするために3種類ほどの木を混植するんですが、ここではどんぐりなどが実を落とすので、勝手に混植になるはずです」

イノシシとの共存は、とても大切で、大きな意味を持っていることも教えていただきました。ところどころで見掛けたのが、「沼田場(ぬたば)」と呼ばれるところです。

高田さん イノシシたちは、匂いや柔らかさから判断して、実に上手に掘るんです。地下水の流れが滞ったところ、谷筋、道の際など、そのままにしていたら悪化していくところを見つけて掘り、空気や水が動きやすい高低差をつけてくれるんです。しかも掘り過ぎずに、ちょうど良いところで止める。これが人間にはとても難しいんですよ。

掘って染み出してきた水で泥浴びをしたり、そこで体を擦り付けることで体についてる虫を落としたりする。そうした、沼田場と呼ばれる場所は、この森にもたくさんあります。

イノシシは水が湧いているところを見つけて掘るため、沼田場に滲み出た水は透明できれい。このはたらきによって、土中で詰まっていた空気と水も動き出し、回復してくる。「ここに稲を植えたらお米がつくれますよ。昔の人たちはこういう場所を田んぼに変えながら暮らしていたんです」

高田さん 私たちは、イノシシが掘ったところを目印にして、その周辺を整備することもあります。また、すでに整備したところであっても、もしイノシシが掘りに来たとしたら、そこはまだ詰まっているということ。空気が通るように落ち葉や枝を入れて整備し直します。ちゃんとできたらもうイノシシはそこに来ません、OKサインです。

彼らは必ず必要があって掘っている。ある意味では臆病な性格でもあり、人間との棲み分けができる動物なんですね。

昔の人たちは山の農地に、シシ垣と呼ばれる垣根を建てましたが、けっこう低いものが多いんです。イノシシもシカも、越えようと思ったら越えられる高さしかない。それでも意味があったのは、動物に対して、ここは農地だからね、と伝えるサインの役割だったからです。

現代では物理的な作業だけを優先して、畑を電柵で囲うようなことをしますが、こちらからはたらきかけたら、動物たちにも話が通じるんです。

「シカも、崩すのは荒れた部分だけです。木々が伐採されて乾きだしたようなところでは、ガリガリと削りながら、まるでリセットするように崩して歩きます。でもきれいな苔が生えているようなところでは、そっと歩き、苔を踏み荒らすようなことはしません」

木々たちが静かに交わす
いのちのリレー

2020年に上梓されて以来、版を重ね続けている高田さんの書籍『土中環境』には、森の木々が、土中に張り巡らされた菌糸のネットワークでつながっている話が出てきます。今でこそフィールド研究や様々な実験を通して証明されつつありますが、先人たちはどうやって、重要な木を見極めていたのでしょうか。

高田さん この森にも、いかにもマザーツリーといった、立派な巨木がたくさんありますよ。昔の人たちは、土中の菌糸ネットワークなんて考え方をしていたわけではありませんが、でも切ってはいけない木はちゃんと分かっていた。御神木とされてきたり、これは大事な木だと長老みたいな人が伝えることもあったようですが、そもそもかつては暮らしの営みの中でみんなで認識されていたことです。実際に大事な木を伐ることで水場が枯れたり山が崩れたりすることを、かつては身に沁みて見てきたのですから。

ここの山頂部にも、岩を抱き込むようにして生える巨木がたくさんあるんです。そうした木は切っちゃいけない。木があることで水が引き込まれ、それが岩から水が染み出す、ポンプのようなはたらきをしているんです。それが水源となり、頂上付近なのに棚田ができたりする。そうやって、木が人々の暮らしを守ってきました。

「木は倒木しても、それで終わりではありません。上を向いた元気な枝が出るもので、それを大事に育めばまた命がつながって大木になっていきます。また枯れたとしたとしても、菌糸が張って他の木々の養分となってつながってゆくので、その後もずっと森を育む役割は続いていきます」

整備によって出た枝木は道の際に並べられ、ゆっくりと朽ちて土手となる。


斜面では水の流れを緩やかにするよう階段状にすることも。「この急な崖みたいなところは、昔の人ならお茶の木を植えるでしょうね。お茶の木は、他の植物の妨げになりませんし、根っこは5〜6mほど深く伸びるので、周辺の水はけや空気の流れも良くなります」

整備が済んだ道には一定区間ごとに、枝木を燃やした灰の山がありました。まだ温かい灰の上で私たちが両手をかざしていると、ただ廃棄のために燃やしたのではなく、「煙に意味がある」と教えてくれました。

高田さん 草木を燃やす煙は、山の記憶を目覚めさせるんです。環境DNAといって、土や水や空気にはその土地の記憶ともいうべき長年のDNAを含んでいることが解明されています。例えば、大地を通ってきた水は、大地の中の長い長い歴史で触れた生命の破片を含んでいるんです。

整備した枝木をここで燃やせば、煙と一緒に環境DNAが森に広がり、木や大地が昔の記憶を取り戻していきます。同じように、焼畑跡地では、何十年も姿を見せていなかった昔の木が芽吹いたりすることがあるんです。

生きている間はもちろん、折れても、枯れても、燃えて煙になろうとも、周囲へはたらきかける植物のすごさ。「火は本当に大事ですよ。空気の流れもつくり出すし、植物たちが喜んでいる感じがします」

100年先も生きる力
民衆の暮らしが生んだ土木

科学や機械が登場する前、私たちと同じ体の仕組みを持つ先人たちは、確かにこの場で暮らしていた。当たり前すぎる事実ですが、しみじみと尊敬が込み上げてきます。自然の仕組みにも、その仕組みを体得しながら共生していた先人たちにも、畏敬の念でいっぱいになりました。

高田さん 健康な大地に、いろんな木や生きものがちょうどよく暮らしていたら、土砂崩れみたいなことは起きにくい土地になります。でもそこで、高く売れる木はどんどん出そうとか、違う土地の木でも無理して増やすとか、あるいは1種類だけをたくさん増やすといったことを始めると、将来にツケが回ってきちゃうんですよ。

暮らしの中で育まれた先人たちの土木を、高田さんは「民衆の土木」と捉え、有機土木に展開しています。

高田さん 今、全ての文明が停止したら、1ヶ月間生きられる人って日本には少ないと思います。自然の中での過ごし方を知らないだけでなく、自然環境自体も変わってしまったからです。

でも、例えば僕の暮らす土地でも、戦争を経験した世代の方に聞くと、戦時中も「海でアサリをいっぱい獲ってみんなで分けた。すぐにバケツいっぱいになったよ」とか、「ドジョウやウナギばかり食べ過ぎて飽きた」とか「芋ばっかりで辛かった」など、大変な状況でも自然の中にいくらでも食べられるものがあったことがわかります。しかし100年もしないうちに、土に食べ物の残渣も還さないし、人間の遺体も還さないで、山が荒れて水が止まり、人間は生物的にはいつでも絶滅してしまうくらい弱くなってしまいました。

だからこそ今から100年先、孫の世代のことを見据えて、今の自分が暮らす環境をつくること。それが本来のあり方なんじゃないかと思うんです。

整備作業中のみなさん。電波が届かないところも多いためトランシーバーを使い、道に迷わないようお互いに配慮する。ここでは高田さんが細かく指示を出すのではなく、それぞれの経験則に沿って作業を行っているそう。活動を発信されているプロジェクトのnoteはこちらから

この日は共同代表の一人である、精神科医の渡辺克雄さんも作業に参加

日本では特に明治以降、そしてバブル期以降、環境破壊とも言える開発が一気に広がりました。近年、日本各地で頻発する土砂災害などは、開発によって土の中の水や空気が行き場をなくしたことも大きく影響しています。

高田さん 東日本大震災以降、私は全国で有機土木の普及に取り組んできましたが、各地の自然災害を見たときに、単純に「気候変動だから仕方ないよね」と終わらせてはいけないと思っています。

2024年元日は、家族で能登半島にいたので私自身も大地震を体験し、同じ年には、奈良の生駒山の土石流や、愛媛の松山城の土砂災害がメデイアでも話題となりました。地震後はこれまで能登にも20回以上、現地調査に行っていますが、被害を大きくしてしまった原因の多くに人為的な土木造作などの影響がうかがえるのです。

例えば輪島市では、数百年もの歴史がある白米千枚田(しろよねせんまいだ)の棚田も崩れたということで調査に行きました。でも棚田が崩れたわけではなく、棚田の中に通したコンクリートの遊歩道や排水設備の影響によって、その周辺に被害が集中しています。昔からある棚田が地震に弱かったのではなく、その意味を知らずに現代のやり方で無造作に道を通したり、排水溝を設置したり、それが今回の被災を大きくしたのでした。

そもそも棚田は昔から、地滑り地帯を水田として活かし、土中の水を下の田んぼへと誘導しながら安定させているんです。千葉で言えば鴨川も同じですね。水が豊富が故に地滑りしやすい土地を、田んぼにすることで、生産力として活用していたんです。

そうした現場をたくさん見たからこそ、高田さんは「誰かを責めてはいけない」と言います。

躊躇なく、楽しいことを選ぶ理由

大神宮の森には、縄文大工の雨宮国広さんを筆頭に、6日間でのべ200人が参加して共に共に建てた縄文小屋がある。10名以上はゆったり座れる広さで、篠竹を使った壁で覆われており、中で火を焚くと風が冷たい日でも暖かく過ごせた

高田さん これはいろんなところでお伝えしていますが、そもそも昔から土木の歴史は常に失敗と学びの繰り返しなのです。その事実を受け止めて、何が悪かったのか、これからどうすればいいのかと考えることが大事です。誰のせいとか、工事を許可した行政が良くないとか、そんな責任追及をしても仕方がないんです。

それに、この10年ですごく変わってきたことも実感しています。僕たちの活動に参加してくれる人も毎回たくさんいますし、矢野智徳さんの「大地の再生」や、坂田昌子さんのワークショップに参加する人たちが全国各地にすごく増えました。そうした人たちが、自分が住む自治体にまでこうした活動の有益性を伝えてくれています。

高田さんたちは昨年、とある自治体からの要請を受けて、高速道路の新設予定地を調査しました。現代の建設土木でも最難関と思われる、山に道路を通す工事。それはもちろん、壮絶な環境破壊にもつながります。高田さんはそれでも冷静に、工事関係者に対して共生のまなざしを注いでいました。

高田さん まず誰かが行政に声を挙げてくれたおかげで、先方から調査の依頼がありました。そこで、工事を行う国内屈指の建設企業の担当者と一緒に数日間、山や谷を見て過ごしてきました。僕らは普段こういう仕事をしているから、大きな岩を発見すれば、おおー!すげー!とか喜ぶわけですよ。木の裏側に大きな窪みがあれば自分でも入ってみたり、きれいな景色にも感動の声を上げる。そういう僕らと一緒にいると、少しずつ企業の人たちも柔らかくなってくるんです。

今回の工事で僕らの提案書が通るかどうかは分かりませんが、連日一緒に過ごした彼らにはちゃんと伝わりました。一緒に歩いて、感情を共有して、体温をもって向き合えば、自ずと本来の自然の成り立ちを理解して、「本当にこの谷を埋めて良いのだろうか」と考えることができるんです。

「お天道様に恥じない生き方」って言ったりしますが、心からこれだと思うことを躊躇せずに選択できると、ものすごい喜びとエネルギーが湧いてくるでしょう。それが周りにも伝わるんです。だから楽しくしていないといけない。僕もまだまだできていないことも多いですが、でもそういう魂を育てることこそ、人間がすべき仕事だと思っています。

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(撮影:ベン・マツナガ)
(編集:村崎恭子、増村江利子)

– INFORMATION –


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〜自然環境を再生して、社会と私たち自身もすこやかさを取り戻す〜

本カレッジは「環境再生」を学ぶ人のためのラーニングコミュニティ。第一線で挑戦する実践者から学びながら、自らのビジネスや暮らしを通じて「再生の担い手」になるための場です。グリーンズが考える「リジェネラティブデザイン」とは『自然環境の再生と同時に、社会と私たち自身もすこやかさを取り戻す仕組みをつくること』です。プログラムを通じて様々なアプローチが生まれるように、共に学び、実践していきましょう。

こちらの記事でお話を伺った高田宏臣さんは、「目に見えないものに目を向ける」の講師として登壇します。

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