「働く」で社会を変える求人サイト「WORK for GOOD」

greenz people ロゴ

社会がより良いものであるために、私たちはどんな農業を望むのか。店頭からお米が消えたり、価格が何倍にも高騰したり、そんな不安を感じることのない社会をつくるためには、何が必要なのでしょうか。報道を見ている限り、「私たちの食のあり方」について語られることはなく、どこか置き去りにされたような気がしていました。

そんななか、あらゆる可能性を公平に見つめ、土の上に立つ人がいました。東京都三鷹市で「鴨志田農園」を運営する鴨志田純さんは、「どういう野菜をつくるかは、どういう社会をつくるかと同じだ」と言います。

地域ごとの特徴を考慮し、合理的で継続性のある農業を実践しながら、それを各地で広める活動もしている鴨志田さん。どうしてそんなことが可能なのか。またなぜ、農園の外の社会にも軸足を置き続けるのか。願う未来像とともに、その思想に触れたインタビューをお届けします。

鴨志田農園 グリーンズ

鴨志田純(かもしだ・じゅん)
鴨志田農園6代目園主。コンポストアドバイザー。三鷹市市政助言者(委嘱)。青少年赤十字海外派遣プログラムに参加した13歳の時、ラオスで途上国の現実に触れたことをきっかけに教員を目指す。2014年実父である先代が急逝し、失意のなか数学教師と農園運営の両立がスタート。完熟堆肥との出会いをきっかけに、堆肥の可能性を追求しながら2018年より専業農家に。堆肥化のメソッド確立と普及に取り組み、国内外における生ごみの堆肥化、有機農業の仕組みづくりを指導する。東京都三鷹市出身。

代々受け継ぐ都市農業
自主的に取り入れた「完熟堆肥」

鴨志田農園の広さは、3反(たん)弱。具体的には、約2,800平米とのこと。サッカー場の半分ほどの広さの農地で、約60世帯の定期購入者を中心に、年間40種類ほどの野菜を栽培しています。取材にうかがったのは、ピーマンの仲間である「甘長(あまなが)唐辛子」がハイシーズンの時でした。

鴨志田さん 今年は本当に暑くて、雨もほとんど降らなかったので、甘長唐辛子にも日射による焼けが出ました。去年の夏は三日に1回ほどの頻度で雨が降ったので、水を必要とする甘長もすごく良い出来だったんですけどね。トマトやモロヘイヤといった真夏の野菜でも、葉が変色するなどの焼けが出ましたし、年々、つくりやすい野菜とつくりにくい野菜が明確になってきました。

先代から農業指導を受けることなく農園を継いで12年目。昨今の気候変動による影響を語る言葉は、鴨志田さんが日々、野菜や天候を丁寧に観察していることを感じさせます。

野菜の食味を良くしているのは、土壌に漉き込まれた自家製の完熟堆肥です。当初、独学で農業を行うなか、「CNBM分類」と呼ばれる完熟堆肥の手法を確立した師匠に出会った鴨志田さん。炭素(C)、窒素(N)、微生物(B)、ミネラル(M)を適切に配合する完熟堆肥の知識を得た後、農園と並行してコンポストアドバイザーとしても、国内外で複数のプロジェクトに関わってきました。

鴨志田農園 グリーンズ

一般的な家庭用コンポストで処理された状態は、生ごみの一次処理にあたる。年間を通して鴨志田農園でコンポストについて学ぶ会員たちは、自宅の一次処理済みコンポストを鴨志田農園に持ち込み、ここで更なる資材と合わせて、60度以上に温める二次処理を行う

さらに今年は、福島大学大学院の食農科学研究科で2年間の学びを終えたばかり。同大学院で日本初となるアグロエコロジープログラムを開設した金子信博さんも、指導者のひとりでした。greenzでも度々お話をうかがっている金子さんは、ミミズの研究者であり、農地を耕さない「不耕起草生栽培」を提唱するひとりでもあります。

鴨志田さんもこの農地の一部で、試験的に不耕起草生栽培に取り組んでいると聞き、詳しくお聞きしました。

耕起・不耕起の比較実証
小さな農地で試験的にはじめた理由

鴨志田さん うちでは基本的に、耕起して完熟堆肥をすき込む、という栽培フォーマットがすでに確立しています。ただ、状況を見て、その時々の判断もしているんです。小さい圃場ですので、収穫を終えた野菜は早めに片付けて、次の作物の植えつけを行います。その際に、耕起するか否か、施肥するか否か、ビニールマルチを付けるか否かなど、土の状態を見て、必要なことをします。名前のついた農法を実践しているというよりは、持続可能な農業のために、必要なことをするようにしているんです。

そのためには、あらゆる選択肢を持っておくことが大事だと思うんですよね。農園の一部で不耕起草生栽培を始めたのも、選択肢を増やすためです。ここは農園であり、教育と実証実験の場だと考えているので、同じ品種で耕起・不耕起の比較栽培もしています。昨年は初めての不耕起草生栽培であまりうまく育たず、正直お財布に厳しい結果だったのですが、去年の失敗から学んで、今年は結構良くできたんですよ。

鴨志田農園 グリーンズ

2025年は4品種のトマトを栽培し、耕起・不耕起の比較栽培には、こちらの中玉「レッドオーレ」を起用。耕起も不耕起も、どちらも非常においしかったです

鴨志田農園 グリーンズ

農地を耕さない不耕起草生栽培。畝にライ麦のタネを撒き、背が高くなったライ麦を根元から押し倒して、枯れたライ麦をマルチにする。写真は、収穫し終えて片付けられた直後の、不耕起草生栽培の畝。

鴨志田農園

ライ麦を押し倒す道具・クリンパーを実演してくれた。90センチ幅の木に、L字アングルを固定した自作品。金子さんのクリンパーを参考に、より足にフィットするよう、タイヤチューブを使い、ロープを太めに改良した。「ライ麦は5月の1週目くらいに穂が出て、潰すと白い乳液が出る乳熟期になったら、根元から順に、20cmほどの間隔でこれで押し倒していきます」

鴨志田農園では、収穫時期を過ぎた野菜の株を片付けた後、早いときで3日後、遅くとも一週間以内には次の作物を植え付けています。この早さこそ、年間40種類もの野菜が栽培できる秘訣であり、それを叶えるのが、豊かな完熟堆肥のようです。

鴨志田さん 売上でいえば、1ヘクタール(=約10反、鴨志田農園の3倍以上)の農地で栽培している農家さんとあまり変わりありません。それができるのは年3〜4回の栽培をしているからで、そうでなければ経済合理性が取れず、10年、20年と農業を続けていくことが難しくなります。

これまで不耕起草生栽培の実証は、主に大豆で行われてきました。すでにデータがある大豆に関してここで扱う必要はないですし、もしもここで大豆を栽培したら、年に1回だけ、さらに何ヶ月も圃場を占有してしまうため、私たちの生計が立たなくなります。

面積があるならメリットもありますが、うちみたいな小規模多品種の都市農業で、不耕起草生栽培のメリットを出すためには、どんな野菜を、どのように植えるのがいいのか。そのフォーマットを早く確立したいですね。

トマトは挽回し、ズッキーニは半減。
不耕起草生栽培における比較と、省力化の試み

広大な農地ではないからこそ、生活を成り立たせ、農業を続けていくためには、適切な省力化が欠かせません。その上で更なるオプションとなるのが、不耕起草生栽培でした。試してみた結果をお聞きすべく、まずは「去年はお財布に厳しかった」というトマトの畝へ。

鴨志田農園 グリーンズ

不耕起のトマト(レッドオーレ)の畝。耕さず、ライ麦を倒した上から苗を植え付けた

鴨志田さん 去年トマトの不耕起草生栽培がうまくいかなかったのは、いくつかの理由があると思うんですが、主に水の管理に関してよく分かっていなかったことですね。通常うちのトマトは、60センチ間隔の千鳥り(2列のトマトを交互の位置に植えること)で植えているんですが、それでは水分が抜け過ぎてしまったようです。そこで今年は、60センチ間隔で、1列に植えてみました。ひと株当たりの水分吸収が良くなって、不耕起でも、耕起した畝と同じくらいの収穫量でしたね。

食味についても、どちらも同じくらいおいしいです。「不耕起草生栽培の方が味がいい」という意見を聞くことがありますが、味に関して言えば、入れている肥料の影響が大きいでしょう。

あとトマトの他に、今年はズッキーニでも比較実験をしてみました。耕起も不耕起も、味はどちらも良かったです。ただ収量は、耕起した畝だとひと株で10本くらい採れるのに対して、不耕起だと5本前後という違いが見られました。

鴨志田農園 グリーンズ

取材時はちょうどズッキーニの収穫が終わり、片付けられた直後だった。写真中央部、マルチ化したライ麦を広げて、ズッキーニの株が植え付けられていた箇所がわかる。「ここはこの後、大根のタネをまく予定です」

さらに圃場の奥には、「初めて試してみた」という一角が。マルチ化したライ麦に植え付けられているのは、里芋と赤紫蘇。他の農地ではあまり見かけない組み合わせでした。

鴨志田さん これは耕起・不耕起の比較実証ではなく、不耕起草生栽培によって省力化できるかどうかを試しているものです。里芋は、10月の終わり頃に収穫する作物なので、夏の間はまだ生育期間中。一方で赤紫蘇は、夏に収穫し終えた後、このまま放っておきます。また11月頃にライ麦のタネをまいて、翌年のゴールデンウィーク頃に押し倒すんですが、おそらくちょうどその頃、赤紫蘇のこぼれタネがライ麦の合間から芽を出すはずなんです。赤紫蘇はそれほど肥料を必要としませんし、うちでは元々こぼれタネから栽培しているので、これがうまくいけば、赤紫蘇を植え付ける労力がなくなり、管理コストが下がると考えています。

鴨志田農園 グリーンズ

これまで赤紫蘇は、こぼれダネから発芽したものをポットに移し、苗にしてから圃場に定植していた。ライ麦マルチによって雑草の量も抑えられているので、草刈りの作業コストも削減できた

鴨志田農園 グリーンズ

品質を保ちながらどんな省力化が可能なのかを考えて設計されている鴨志田農園の圃場。「平面的な作付けと、立体的な作付け、つまり地中にできて収穫は1回だけで終わる野菜と、葉先を繰り返し収穫できる野菜を考えています。だいたい1つの畝で2〜3種類の作物が育てられるようにしてますね」と鴨志田さん

こだわることは有機的じゃない。
結果的に有機、を目指す

お話を聞いていると、鴨志田さんの農業は、非常に広い視点で捉えながらも、同時に再現性が考えられていることが分かります。不耕起草生栽培は、耕作によって排出される温室効果ガスを抑えることが目的のひとつですが、同時に、労力やコストを削減するためにも有効的だからです。

また、農園が経済的に成り立つことは最重要項目であり、そのためには化学肥料を購入し続けるよりも、地域の未利用資源をいかして、自作の完熟堆肥を追求することが合理的でもあります。環境負荷を抑えて、収益を確保する農業のかたちが、結果的に有機農業を実現できることを体現していました。

鴨志田さん 農法にこだわらずに、おいしい野菜をつくることが大事だと思っています。今やっている方法にこだわってしまうと、新しい情報は入ってこなくなってしまうでしょう。何かを正しい・正しくないと決めつけずに、情報が入る状況に自分自身を置いておくこと。そして両方を学び、自分で両方やってみること。その上で、それぞれの現場や状況に合うものを選ぶことが大事だと思います。また、うまくできた時の情報は多いですが、例えばうちの去年のトマトの不耕起栽培のような、あまりうまくいかなかった事も大事な情報なので、私は特に隠すこともなくお伝えするようにしています。

鴨志田農園 グリーンズ

月の半分は全国各地へ出向き、三鷹にいるうちの5日間ほどは取材や視察といった訪問者に対応。残りの十日間に農作業をする日々。お母様と研修生が日常的な収穫や発送を担当する

そしてもうひとつ。農園の経営方針や、堆肥化に関する活動の広さ、企業や行政等との取り組みなど、一見幅広い鴨志田さんの行動には、通底した思想性があるように感じられました。

鴨志田さん 軋轢(あつれき)を生まずに、緩やかに社会を変えていくにはどうしたらいいのか、それを常に考えています。先鋭的になればなるほど、先鋭的な人しか来なくなるでしょう。そうしたらこの場は全然、有機的ではなくなってしまう。鴨志田農園は有機やオーガニックとうたうこともしていませんし、そもそも有機JAS認証も取っていません。無農薬、無化学肥料、完熟堆肥といった情報から、何かを感じ取った人たちが集まり、いろんな人がワチャワチャしていることが大事だと思うんです。

うちの野菜を食べてもらったり、こういう野菜を食べたいと思うようになることから、おのずと消費行動が変わると思うんですよね。農業も、有機と慣行の二項対立には意味がありません。ただ、良い堆肥をつくれるようになれば、化学肥料に依存せず、資材コストが下がって、商品価値は上がる。そうした「結果としての有機」が良いんですよ。

有機農業の優位性を挙げるとしたら、資源循環性と、環境保全性という二点です。だったらまず、資源循環をしっかりやればいい。その後はもう数珠繋ぎに、自分でできることが増えていくはずです。

そういう人が増えていけば、農水省が2050年までに耕地面積の25%(100万ヘクタール)を有機農業にすると掲げていること(参照)にも、貢献できるかもしれません。ここは、そうした移行を促すハブになることが大事だと考えています。

鴨志田農園 グリーンズ

パートナーである鴨志田佑衣さんは、季節の野菜のおいしい食べ方を担当。定期便にレシピを入れている他、SNSやメディアで発信する。鴨志田さんに好きな佑衣さんのお料理を伺うと「何でもおいしいんですけど、選ぶならトマトの卵とじかな」と教えてくれました

目指すのは
ごみが消えた世界

こだわらず、柔軟であれ。生産者さんによっては、農法の切り替えをリスクだと捉える傾向もありますが、鴨志田さんが言うように「結果的に有機になればいい」と考えたら、少しずつでも切り替えやすくなるかもしれません。

鴨志田さん自身、農法や経営、堆肥のことなど、取り組みながら学びを重ね、どんどん新しいことに挑戦する姿勢を惜しみなく公開しています。だからこそ、この説得力なのでしょう。

では冒頭で触れたように、「どういう野菜をつくるかは、どういう社会をつくるかと同じ」と考えている鴨志田さん自身は、一体どんな社会を望んでいるのでしょうか。

鴨志田さん 「ごみ」という言葉が消えた社会ですね。ごみって、そもそもなかった言葉だと思うんです。昔は、礫(レキ、岩石のかけら)とか瓦礫(ガレキ、瓦や石のかけら)、鉄屑(てつくず)といった、何かに加工する資源のかけらでしかなかったはず。しかし適切な加工技術が失われていくなかで、それらは不要なものと認識され、そしてお金を出して既製品を買うことが主流になった現代では、ごみというものができました。

買い物も楽しいですけど、つくる過程を知らなければイノベーションも起きません。それにつくることって、楽しいことですよね。プロセスを知り、自分でもできるようにしておくことは、結構大事なことだと思います。

鴨志田農園 グリーンズ

「コンポストがある暮らしは、防災の面でも大事だと思います。有事の時に頼り頼られる関係でいるためには、普段からつながりを持っておくことですよね」

鴨志田さん もっと言っちゃえば、新卒のお給料が一番高くて、定年に向かって安くなるような社会もいいですね。新卒でまだ何も技術がないうちは、人の技術をお金で買う必要があって、だんだん年齢を追うごとに自分でできることが増えると、お金への依存がなくなっていく。その時はコンポストアドバイザーみたいな仕事も必要なくなるでしょう。自分でできるからお金はいらないよっていう社会は、けっこう理想的だと思います。

軋轢(あつれき)を生まない社会変容はごみがなくなる世界とは、思いもよらない未来像でした。物事のつながりをこれほど冷静に見ていられるのは、教師としての経験が影響してるのでしょうか。

鴨志田さん どうでしょうねえ。ただ若い頃から国内外を旅して、いろいろな一次情報に触れられたことは良かったと思います。スラム街などで、積み上がったごみが腐敗して、自然発火したり有毒ガスを出す「スモーキーマウンテン」も見ました。その時はまだ、将来ごみや堆肥化に関わることになるとは全く考えてませんでしたけど、でも一度でも情報として触れておくことが大事だったんですよね。蓄積された情報は時間をかけて、自分のなかで咀嚼されていきますから。

自分の場合は30歳でコンポストに出会い、ネパールでの堆肥化事業に関わることができましたけど、人によって「自分にできることはこれだ」と思えることがあるはずです。大きな農場か、小さな農地か、地域か都市かなど、それぞれに適したやり方があって、ひとつに決めつけないことは非常に大事だと思います。

さまざまな取り組みを経て、農園が「教育と実証実験の場」であるという実感をもった鴨志田さんは現在、いよいよ鴨志田農園を第2フェーズに進める予定とのこと。都市農業の利点をいかして、より一層多様な人が集い、具体的に学ぶ場を目指して、事務所部分のリノベーションや堆肥場の拡大などを計画中だと教えてくれました。土の上から社会を良くする取り組みは、じっくりと、しかし確実に広がっています。

(撮影:ベン・マツナガ)
(編集:村崎恭子)