変化が激しく、未来を見通すことが難しくなっている現代において、既存の公教育とは異なる新たな「学び」に注目が集まっています。地域というフィールドで自分たちの未来を自分たちごととして考え、学ぶことを通じて、地域から「ほしい未来」をつくることを目指す「さとのば大学」もそのひとつ。グリーンズ元編集長のYOSH(兼松佳宏)さんも副学長としてカリキュラムデザインを担当しています。
こうした新たな学びへの期待が高まる一方、短期的な成果が見えにくい教育分野では、経営やファイナンスの面で難しさに直面することも少なくありません。この課題に対応するため、さとのば大学を運営する株式会社アスノオトは、より持続可能な運営を目指し「非営利型株式会社」に移行することを発表しました。今後、一緒に大学をつくるオーナー(非営利株主)を募集していく予定です。(「みんなでつくる、みんなの大学」構想にご興味のある方は、こちらからメールマガジンの登録ができます。)
さとのば大学とはどのような大学なのでしょうか。非営利型株式会社と、NPO法人や株式会社との違いとは。さとのば大学の発起人である信岡良亮(のぶおか・りょうすけ)さんから、これまでの取り組みと、非営利型株式会社化に踏み切った背景、今後の展望について聞きました。
株式会社アスノオト代表取締役・さとのば大学発起人 1982年生まれ。同志社大学卒業後、東京でITベンチャー企業に就職。大きすぎる経済の成長の先に幸せな未来があるイメージが湧かなくなりその後退社。人口2,400人弱の島根県海士町という島に移住し、2008年仲間と共に「持続可能な未来へ向けて行動する人づくり」を目的に起業。6年半の島生活を経て再び上京。都市側からもアプローチし、都市と農村の新しい関係を創ることを目指し、現在さとのば大学を運営する株式会社アスノオトを創業。2023年6月号Forbes JAPAN「NEXT100 世界を救う希望100人」にて、世界の課題解決・地域課題解決を志向する「新・起業家」の一人に選出。
今年度、初の卒業生を輩出。全国の地域・高校と連携が広がる“地域を旅する大学”
さとのば大学のキャッチコピーは「地域を旅する大学」。日本全国の地域を旅しながら学ぶことで、社会課題を抱える地域で未来をつくる人材を育てることを目指しています。学生は1年に1地域、4年で4地域に留学しながら、地域課題の解決のために地域に根ざしたプロジェクトに取り組みます。また、全国各地の在校生や地域共創領域のトップランナーである講師陣とオンラインでつながり、理論のインプットと対話も実施。区分は「市民大学(※1)」ですが、通信制大学との連携により、大学卒業の資格をとることもできます。
信岡さん 設立当初は、3〜6ヶ月のプログラムをさまざまな地域で実践していたのですが、2021年からは通信制大学と連携することで卒業資格も取れるようになりました。通信制大学で単位を取得しながら、さとのば大学にもダブルスクールとして通うような仕組みになっています。
さとのば大学が留学先として連携している地域は、現在15箇所。北は北海道から、南は鹿児島県まで全国各地にあります。現在、4年制コース(地域留学あり)、マイフィールドコース(地域留学なし)、ギャップイヤーコース(地域留学あり)も含めた全学生数は19名で、既存の学校教育に疑問を持つ方も多いそうです。
信岡さん 既存の教育システムが合わないと感じていて、新しい学びを求めている学生が多い印象です。また、こうした新しいかたちの大学を選ぶくらいなので、自分の人生を自分で切り拓きたい、今ふうにいうなら「探究学習」をしたいというモチベーションの人も多いです。
2021年より4年制大学になったさとのば大学は、今年度初めての卒業生を輩出します。1期生の学生は4名。そのうち3名はそれぞれの目的、タイミングですでにさとのば大学から離れていますが、卒業生との関係は今も続いているといいます。
信岡さん 彼らとは今もコミュニケーションをとっていて、「ここに内定が決まりました」と報告をもらうこともあります。学生たちの人生が拓けていく姿を見るのは、ワクワクしますし、嬉しいことですね。
卒業する学生がいれば、新しく入学してくる学生もいます。今年の新入生は4年制とギャップイヤーコースの合わせて9名で、来年度は20〜32名にすることが目標です。ゆくゆくは1学年64名、4年間で約250名が在籍し、連携する地域も増やして「25地域に10名ずつ留学」の体制を目指しているそう。それ以上の規模感を目指さない理由は、提供したい体験の質を担保するためだといいます。
信岡さん 1地域あたり10名を超えてしまうと、受け入れる地域側への負荷が大きくなってしまうリスクがあります。また、留学生だけで楽しめてしまうというか、内輪のノリになってしまう可能性がどうしてもある。学生たちには、ある種の“アウェー”な環境で、自ら仲間をつくっていく体験をしてもらいたいんです。
4年制のプログラムを一順したさとのば大学は、現在学生数の増加に向けて本格的に動き始めています。そのひとつが、高校〜大学の7年間を通じて「プロジェクト型人材の育成」を進める「高大連携コミュニティ」。ドルトン東京学園などを含む全国25の高校と提携を結び、新しいかたちの学びを探究・実践するコミュニティです。こうした取り組みにより、徐々にさとのば大学の世界観を理解してる高校が増え、「指定校推薦で入学してくれる事例も出てきた」といいます。
※1 市民大学とは、学校教育法等に定められた正規の大学ではない大学のことを指し、多世代かつ多様な市民が自主的に集い、生涯学習や地域社会活動を展開している組織のこと
課題が身近でチャレンジのハードルが低い。地域だからこそ取り組める「学び3.0」
信岡さんのいう「プロジェクト型人材」とは何か。ここからは、さとのば大学が提供する「新しい学びのかたち」について聞いていきます。まず、信岡さんは、さとのば大学の学びの根本にある「自分ごと化」の重要性を語ります。
信岡さん さとのば大学の学びは、一言でいえば「プロジェクト・センタード・アプローチでの学習」です。座学で学んだことを社会に適用するのではなく、暮らしのなかで感じた課題や理想をプロジェクトに落とし込み、自分で社会をちょっとずつ動かしてみる練習をします。「経営の勉強をしたいなら、起業してみたほうが早い」といわれるように、すべての学びは自分ごと化から始まると考えています。
たしかに、目的が明確で自分ごと化されているほうが、学びははかどります。しかし、なかには「何をしたいか」がわからないという学生もいるはず。そこで、さとのば大学のカリキュラムは、「プロジェクト」のレベルを10段階にわけ、徐々にステップアップしていくような設計をしています。
信岡さん 「何をしたいか考えてみる」ところから始まって、「やりたいことを小さく始めてみる」「少しのお金を得てみる」「仲間をつくってみる」「収益化してみる」など、徐々にステップアップするようにして、誰もがプロジェクトレベルを高めていける世界をつくろうとしています。
こうしたプロジェクトベースで進む学習体験を、さとのば大学では「学び3.0」と呼びます。
信岡さん ただ、プロジェクト・ベースドな学習に注目が集まっていますが、既存の教育が悪いとは思っていません。先人たちが築き上げた知識体系としての仕組みや手法を学ぶことは、自ら活用できるよう再現性を高めるために必要。これを「学び1.0」とするなら、個々人の興味関心にしたがって学んでいく課題研究や探究学習などが「学び2.0」。この2つの学びで培った個人の力を活かしながら他者との関係性の中で動かしていく学びが「学び3.0」です。
では、なぜ、さとのば大学は「学び3.0」のフィールドとして地域を選んだのか。そこには、先ほどの「自分ごと化のしやすさ」という点と、地域ならではの「小さなチャレンジのやりやすさ」という点があるといいます。
信岡さん 地域をフィールドに選んだ一番の理由は、「身近な社会課題が見えやすい」ということです。「隣の共働きの家が、子どもの送り迎えで困っている」や、「飲食店が少なくて、一人暮らしで料理ができない人が困っている」といった身近な課題が、地域にはたくさんある。自分ごと化しやすい、プロジェクトの種が見つけやすいのがいいポイントです。
また、都市よりも「チャレンジのハードルが低い」という点もあります。たとえば、農家さんから規格外の野菜を仕入れて、調理して販売するビジネスをやるとしましょう。都市でやるとしたら、まずは農家さんを探すところから。野菜を運ぶトラックを手配して、調理する場所を借りて、としているうちに経費がかさんでしまう。ところが、田舎では、近所の農家さんの収穫を手伝ったら、野菜をもらえて、軽トラも無償で借りられるといったことが日常的に起こるんです。
「もちろんそれだけが目的ではないですが」と前置きをしつつ、「足で信頼を獲得することで費用面のハードルを下げることができる」と、信岡さんはいいます。また、地域には個人事業主や経営者など「自分でリソースを持ち、自由に決済できる人」が都市に比べて多く、さまざまなプレイヤーと連携しやすいのです。
社会課題に自ら飛び込む実践者を増やすために。さとのば大学が生み出してきたインパクト
ところで、さとのば大学の構想が生まれた背景には、何があったのでしょうか。そこには、ITベンチャーを退職した信岡さんが、6年半取り組んだ島根県海士町での地方創生の活動がありました。
信岡さん それまではIT企業で約2年半ほど働いていましたが、自分のワークスタイルを顧みると働きすぎていて。成長を追求する働き方が合わないと感じ始めた時に、「島まるごとを持続可能にしたい」「よそ者、若者、ばかもの大歓迎」というキャッチコピーで知られていた海士町(島根県の離島、隠岐諸島)が気になって下見に行ったんです。「ここには面白い大人がたくさんいるな」と感じ、2007年12月に島へと移住し、島で持続可能な社会に向けて学ぶための大学をつくりたいという思いから、同じくIターンしてきていた仲間と3人で起業しました。
海士町では、まずは島外の人に島の暮らしの面白さを知ってもらおうと、「人口2,300人の島だから見える社会とのわかりやすいつながり」を体感できるような短期滞在型のプログラムを企画してみたり、東京で海士町の食材を振る舞って魅力を伝えるPRイベントをやってみたりしたという信岡さん。その最中に発生した東日本大震がさとのば大学の構想につながったといいます。
信岡さん 3.11が起きて、こんな大変なことが起こったのだから、社会は自分たちの足元の暮らし方、生き方を見直して新しい時代が来るんじゃないかと本気で思いました。けれども、時が過ぎていくと、「やっぱり社会って変わらないのではないだろうか」という寂しさに襲われたんです。そこで、社会課題を解決するためには、遠くであれこれ議論するのではなく、社会課題に自ら飛び込むような実践者を増やさないといけないと思い、さとのば大学を構想し始めました。
創設の想いは変わらず、これまで約7年間活動を続けてきた信岡さん。さとのば大学の前身となる「地域共創カレッジ」は5つの地域で活動する起業家と連携して、それぞれの地域で起業家がどう自分の活動を広げていったかを見ながら、その背景を支える考え方や地域との関わり方を学ぶ場として計8期を開催。地域共創カレッジとさとのば大学の受講生を含めると、“さとのば式”の学びを体験した人の総数はのべ340名にものぼります。さとのば大学に通うことで学生に起きた変化について伺うと、「プロジェクトを進めるスキルを学べる」ほか、意外な答えも返ってきました。
信岡さん 日本は先進国のなかでも自己肯定感が低いという結果があります。しかし、学生にアンケートを取ると、さとのば生は日本人の平均に比べて「自己肯定感、社会的肯定感が高い」という結果が出ています。社会的肯定感が高いということは、社会の変化を前向きに捉えていたり、自分が社会を変えていけると考えていたりするということです。
さとのば生の「自己肯定感、社会的肯定感」が高い理由のひとつとして、信岡さんは地域をフィールドにした大学ならではの豊かな「社会関係資本」を挙げます。
信岡さん さとのば大学で、学生が1年間に関わる大人は平均43.8名。これは学校が用意するのではなく、自分自身で関係性を築いた人の数です。いろいろな大人とつながることで、プロジェクトを始めたり起業をしたりする際に相談に乗ってくれる人が増え、その数は1年で平均5.8人となります。こうした豊かな社会関係資本があることで、承認されたり応援されたり、周囲への貢献を感じやすくなって、自己肯定感と社会的肯定感が高まるのだと思います。
また、さとのば大学があることで、受け入れ地域側にも好ましい変化が起き始めているといいます。
信岡さん 受け入れ地域同士が、さとのば生を通じて“親戚”のような関係性になっていくんです。過去に受け入れた学生が次の地域で活躍しているのを応援したり、自分の地域に戻ってきた時に成長を喜んだり。受け入れ地域の人たちが、親戚のように“共同子育て”をしている感覚を持ってくれています。設立当初には想像していなかったのですが、学生が地域を行ったり来たりすることで、地域同士の関わり合いも生まれています。
学生と地域に対してたしかなインパクトを生み出している、さとのば大学。しかし、取り組みを進めたからこそ見えてきた課題感もあるそうです。「地域を旅しながら学ぶ」という新しいコンセプトが社会に浸透していくには、大学進学前の高校生への認知拡大や保護者の方からの信頼獲得にふさわしいブランドイメージの醸成など、もう少し時間がかかりそうといいます。
非営利株式会社に移行することで、新しい学びと大学を「みんな」でつくる
2024年11月8日、さとのば大学を運営する株式会社アスノオトは、非営利型株式会社への移行を発表するキックオフイベントを開催しました。ここからは、当日の内容をもとに、非営利型株式会社に移行した経緯と展望についてお伝えします。
さとのば大学は非営利型株式会社に移行するにあたって、定款で「配当可能な剰余金を配当しないで事業に再投資」「残余財産を寄付する」ことを定めています。こうした形態は株主資本(エクイティ)も含めた柔軟な資金調達ができること、課題解決に向けて利益を最大限投資ができることなどから、社会課題解決に取り組む会社が移行するケースが増えています。信岡さんは、非営利型株式会社について知った経緯を以下のように語ります。
信岡さん 教育事業は成果や売上が出るのに、どうしても時間がかかってしまいます。マーケティング的に見ても、高校1年生からアプローチが始まって、卒業するまでは7年間もかかる。資金調達するにしても、VCのような世界観とは相性が悪いんです。
この問題をどうにかしようと、さとのば大学は、長い間私募債などの仕組みを用いて運営をしてきました。しかし、私募債だと、どうしてもお金を借りているというニュアンスが強く、他者にオープンにしづらい性質でした。より持続可能なかたちで事業を進めるために資金調達の方法を検討していたなかで、非営利型株式会社の仕組みに出会いました。
非営利型株式会社に移行するにあたり、信岡さんが相談したのが、今回アスノオト社の監査役に就任した非営利株式会社eumoの武井浩三(たけい・こうぞう)さんです。信岡さんは武井さんの話を聞き、非営利型のいい点と懸念点を整理したといいます。
信岡さん 配当がないので、出資者は、さとのば大学の事業を純粋に応援してくれる共感度の高い人ばかりになると考えられます。これによって、利益追求を第一優先にすることなく、事業の目的にあった資金の使い方や意思決定をすることができ、ファイナンス的にもガバナンス的にもいい状態がつくれます。また、さとのば大学の学生たちがオーナーのみなさんと触れる機会が生まれることを考えると、コミュニティ全体としても魅力的な選択肢です。これまで私募債の仕組みで支えてくれた方々も、本当に素敵なメンバーでした。組織のあり方を刷新することで、そうした関係性をより広げていけるのがいいなと思いました。
信岡さん 一点懸念だったのは、一度非営利型に移行すると、たとえば上場やM&Aをするのが難しくなり、他の調達手段が使いづらくなるのではという点でした。つまり不可逆な変化であるということ。しかし、逆に、短期的な成長を求めるような資金を入れることで、成長経済から降りられなくなることもあります。どちらにせよ、変化は不可逆なんだと武井さんと話していて気づきました。だとしたら、自分たちの事業との相性がいい調達方法にしよう、と非営利型を選びました。
持続可能な組織にしていくプロセス自体が、民主主義的な意思決定の実践になる
現在想定している株主数は、1口あたり100万円で300名程度。一気に増やすのではなく、様子を見ながら増やしていく予定だといいます。株主になった場合、非営利型といえども株式の現金化や譲渡が可能です。株価の変動もなく出資額以上のリスクはありません。また、株主になれば、「みんなでつくる、みんなの大学」構想に参画でき、定期的な分科会や株主総会、信岡さんアテンドの地域ツアーなどにも参加できるといいます。
信岡さん さとのば大学は、新しい大学のあり方をつくっています。学校法人や私塾などさまざまにありますが、非営利型株式会社として学校をやっているところはほとんど見当たらない。この箱をどうつくっていくか。そんな議論に参加することを純粋に楽しんでいただけたら嬉しいです。それに、このプロセス自体が、集団による民主主義的な意思決定の実践として、学生たちのお手本になれたらと思っています。
2024年9月には、N高/S高に通う生徒数が3万人を超え、今や日本の中でも最大規模の生徒数を抱える高校となったというニュースがありました。(※2)
信岡さん 高校にさとのば大学のことを説明しにいくと、必ずクラスにひとりは興味を持ってくれる生徒がいるんです。需要は確実にありますし、それも高まっていくと思います。SDGsなどの言葉が一般化するにつれて、社会課題や地域課題に興味を持つ学生さんも増えましたし、これからの時代は、さらに、「社会に役立つこと、面白いことをしたいけれど、既存の大学だとその学びを得ることができないのではないか」と考える人たちが、さとのば大学を選んでくれる未来がくると考えています。
「社会課題解決は、収益を上げられなければ持続不可能だ」という意見をよく耳にします。しかし、すべての社会課題がビジネスとして成立するかというと、必ずしもそうではない現実もあります。特に教育のような分野は、短期的な成果や利益を生み出すことは難しい一方で、社会的インパクトは非常に大きく、社会全体で支えていく必要があります。
しかし、支える側に依存するだけの構造では、双方にとって負担が大きくなってしまいます。そういう意味で、さとのば大学の非営利型株式会社化は、「NPO法人でも一般的な株式会社でもない、第三の選択肢の実験」といえるのではないでしょうか。理念に共感するオーナーたちが運営するさとのば大学で学んだ学生たちが、地域課題を解決し、将来的にはオーナー側として次世代を支える。そんな螺旋的で循環するエコシステムが生まれていくイメージが湧きました。さとのば大学を通して、社会を変える実践者が増えていく未来を、みんなでつくりませんか?
※2 2024年9月には2024年8月30日時点でN高等学校・S高等学校の生徒数が30,000名を突破した
(撮影:廣川慶明)
(編集:増村江利子・岩井美咲)