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そもそも教育って何?「人生の学校」フォルケホイスコーレが人と世界に与えるポジティビティ

Folkehøjskole

デンマークに長年住んでみて思うのは、デンマーク人は「そもそも〇〇って…?」というように、ものごとの成り立ちや、何のためにその仕組みがあり、どうしたら今よりもっと良くなるのか、を考えるのがとてもうまい人たちだ、ということ。

他の回でも触れようと思っているけれど、例えば「そもそも映画とは?」「そもそもデンマークの食とは?」「そもそも町とは?」というような、そのものの根幹や哲学をじっくり考えてみるための問いに、時代の節目節目で向き合ってきている感がある。

フォルケホイスコーレも、そんな「そもそも教育って何?」という問いから生まれた学校である。

大衆教育のためにうまれた「フォルケホイスコーレ」

時は1830年。まだまだ多くの国において、エリート主義的な教育観が主流中の主流である中で、N.F.S.グルントヴィという、デンマークの作家、神学者、詩人、司祭、哲学者、歴史家、政治家が大衆教育を提唱。寄宿舎生活で学校は生徒によって運営されるべきであり、教師は生徒に質問するのではなく、生徒の質問に答えるべきであると主張し、当時としては非常に革命的な考えを世の中に広めていった。

グルントヴィは、社会が発展し、進歩していくことにポジティブな信念を持ち、必要なのは、国民全体の教育や啓蒙だと信じた。

そのためには、当時の人口の大半であった、低学歴で教育を受ける機会が乏しかった農村の人々が、責任ある市民として社会生活に積極的に参加できることが重要との思いに至る。そうして、クリスチャン・フロアの協力のもと、1844年に誕生したのが、「School for Life 〜人生の学校〜」フォルケホイスコーレである。

その後、クリステン・コルが「学校は啓蒙より先に活気があることが大切」との考えから「人生の旅における祈りの場」としてのフリースクールを立ち上げ、物語を通じて学ぶ教育を実践するホイスコーレを1851年にリュスリンゲに設立。

フォルケホイスコーレで実践されたこうした考え方は、その後のデンマークの学校や教育の考え方に大きな影響を与えた。

「人生の啓蒙」を学ぶ学校

デンマークは、フォルケホイスコーレ誕生から5年後の1849年に初めての憲法を制定し、王政から民主主義へと社会が変わっていったが、グルントヴィが重視していたのは、王政であろうが、民政であろうが、国民が権力に対して批判的な、独立した発言権を持っているということで、そのためには表現の自由や、批判的になれる人も必要だということ。

だからこそ、それまでのエリート主義的、ラテン学派が教えてこなかった「人生の啓蒙」を学ぶことができる学校をつくったのだ。

こうした教育を受けた多くの農民は自尊心を得て、協同組合運動を起こすことで自立を促し、結果的に社会生活の中でも平等な立場を得ていくことにつながった。また、多くの政治家もフォルケホイスコーレで学んだ。

歴史的に繰り返されてきた戦争も、グルントヴィがデンマークは政治的、文化的な再構築が必要だと考える根拠となり、デンマーク語、デンマークの歴史、デンマーク民謡、デンマークの憲法と法律、デンマークの文化地理学、デンマーク文学についての教育に力を入れることとなった。それに加えて現代では、自然科学についての洞察を持つことや、世界史の重要性も、気候変動や不安定な世界情勢を世界市民として生き抜いていく上で、非常に重要なテーマとなってきている。

そして、選択できる科目も、芸術、スポーツ、哲学、ジャーナリズム、政治、ウェルビーイングなど、多岐にわたり、学び方も、長期コース、短期コース、サマーコースなどが用意されている。

コミュニティと連帯をはぐくむ「歌」と「対話」

どのフォルケホイスコーレにも共通するのは、そこに『歌』があること。デンマークに今も息づくこの国特有の「共に歌を歌う文化」は、フォルケホイスコーレと
『Højskolesangbogen(ホイスコーレ歌集)』がつくりあげてきたと言っても過言ではない。

グルントヴィは民衆の精神を育む手段としての歌に着目。グルントヴィ自身も多くの歌の作詞を手掛け、歌をともに歌うことは、講義と同様に欠かせない存在となった。1894年に初めての『Højskolesangbogen(ホイスコーレ歌集)』が作られて以来、脈々と歌い継がれ、アップデートされ、2020年の第19版が最新のものとなっている。

ホイスコーレ歌集は、フォルケホイスコーレのみならず、一般の学校や協会・企業活動、そして誕生日や記念日など一般の人たちの日常生活にも浸透しており、デンマーク人はことあるごとに共に歌を歌い、四季折々や人生の節目における感情や思いを共有して、連帯感と幸せを感じている。今でも世代を超えて歌える歌を何十曲も持っているデンマーク人の、心の豊かさを感じずにはいられない。

デンマークの現代の教育の中で特徴的なもうひとつの要素として、「対話を通した学び」があげられるが、これも、グルントヴィがフォルケホイスコーレに取り入れたものだ。

「教育は、対話と経験に基づいて成り立つべきで、自由な対話を妨げるものがあってはならず、教育は、人間の生来の好奇心を決して妨げてはならない」という教育理念は、現代において一般的に行われている教育と照らし合わせてみても、非常に重いテーマである。

現在のフォルケホイスコーレは、フォルケホイスコーレ法という法律に基づいて運営されている。

非常にありがたいことに、フォルケホイスコーレには国からの補助金が出ているが、これは1851年から始まっている。当時はすべての学生に対して補助金が出ていたわけではないが、現在では、長期コースの費用の三分の二は国が負担している。デンマーク人がどうかに関わらず、すべての学生に対して、である。なんて寛大な制度なんだろう…!?

入学試験はなく、特に入学資格もいらず、17.5歳以上なら誰でも入学することができるフォルケホイスコーレは、学校を終えても、資格や卒業証書がもらえるわけでもない。それでもなお、今でもデンマークに70校以上存在し、年間4万人近くの人たちがフォルケホイスコーレで過ごす選択をしている。

180年間続く「フォルケホイスコーレ」の存在意義

海外にもフォルケホイスコーレのムーブメントは広がりを見せている。やはり、デンマーク近隣の北欧の国々では早い時期から影響を受け、ノルウェーでは1864年、スウェーデンでは1868年に最初のフォルケホイスコーレが設立された。フィンランドでは1890年に開校し、その後のフィンランド独立闘争に大きな影響を及ぼした。フェロー諸島やグリーンランドにも存在する。

さらに、第一次世界大戦後には、ヨーロッパ諸国、特にドイツ、スイス、ポーランドにも広がり、第二次世界大戦後には、アフリカやアジアにも開校している。どの国や地域でも、ただ単にデンマークのフォルケホイスコーレを模倣するのではなく、それぞれの国や民族のニーズに合わせた、すなわち、グルントヴィの精神に則った新しい学校教育を考える上でのインスピレーションとなっている。

常々思うのは、フォルケホイスコーレが一般名詞のままで存在する素晴らしさだ。

私が少し学んでいる禅仏教の考え方の中に「物事は概念化すると死んだ経験になる」というものがある。禅の世界をほとんど知らないデンマーク人だが、この真理は共有されているようだ。最初のフォルケホイスコーレが誕生してから180年経った現在も、フォルケホイスコーレは概念化されず、常に人々の手でその時代や社会のニーズに合わせてアップデートされ続けている。かつ、グルントヴィやコルが大切にしていた理念や価値観を失うこともなく、世の中に必要な重要な場と時間、機会として存在し続けている。だからこそ、日本をはじめとする、デンマーク以外の他の国々にも、「学びとは何か?」を考え続ける機会を提供してくれる存在であり続けているのだろう。

[ © Højskolerne ]
編集:三上ゆき

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