皆さんは「アニマルウェルフェア」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。
1960年代にイギリスの動物福祉活動家であるルース・ハリソンが提唱したもので、「飢えと渇きからの自由」「不快からの自由」「傷み・傷害・病気からの自由」「恐怖や抑圧からの自由」「正常な行動を表現する自由」という、「5つの自由」が基本原則となります。ヨーロッパ諸国を中心に取り組みが進んでいますが、日本では国際的な動物保護活動を行うWAP(世界動物保護協会)が2020年に発表した動物保護指数(API)において最低ランクのGにランク付けされたのが現状です。そんななか、日本でもアニマルウェルフェアの取り組みは少しずつ広がりをみせています。
長崎県西海(さいかい)市の森川放牧畜産では、既存の飼養管理方法ではなく、理想の放牧スタイルを追求してアニマルウェルフェアに取り組んでいるとともに、地域資源を有効活用することで、森・川・里・海といった環境の好循環を生んでいるというのです。その取り組みの背景などについて森川放牧畜産代表の森川薫(もりかわ・かおる)さんに話を聞きました。
森川放牧畜産代表。1982年長崎県雲仙市国見町生まれ。2015年に、妻・奈保美の父の影響で新規就農で和牛の繫殖農家をはじめる。2019年、現在の長崎県西海市に牛とともに移住し、2021年に耕作放棄地を牛とともに拓く現在の放牧スタイルをはじめる。牛の放牧を通じて地球環境の再生や食の大切さを伝えるために、牛のお産から屠畜、お肉として販売するまでの全ての工程を自分たちで手掛けている。夢は映画「ビッグ・リトルファーム」の世界。
地域の支えでスタートできた、森川放牧スタイルへの道
森川さんが牛に魅了されたのは、13年前、雲仙市にある妻・奈保美(なおみ)さんの実家で、家業の家畜商(※)の手伝いを始めたことがきっかけでした。その4年後には新規就農し、牛飼いとしての道を歩んできました。その日々の中で、森川さんはある疑問が浮かんできたといいます。
森川さん 牛の繁殖が進み牛舎が手狭になってきたので、何回か牛舎の引っ越しをしたのですが、どんどん牛舎を大きくしていくことに疑問を感じるようになってきて。
もともと黒毛和牛の繫殖農家として新規就農しました。家畜市場で牛を購入することもありましたが、はじめは取引価格が安価で価値の低いとされる牛しか買えませんでしたし、周囲の同業者から飼っている牛をバカにされることもありました。でも、そんな牛でも次第に愛情が湧くようになってきたんです。
そうした牛の飼養管理を続ける中で「一般的なブランド牛の価値はそんなに高いのか?」という疑問を持ち「みんなが買わない牛を飼ってみよう!」ということも考えるようになりました。
そんな背景から「理想の牛飼いスタイルは放牧だ」と思い始めたころ、知人の紹介で現在の牛舎と出会ったんです。自然豊かな土地に対する魅力、そして、私たちの夢である放牧スタイルへの移行も見据えて、現在の西海市西彼町への移住を決意しました。
(※)家畜商とは・・牛、豚、馬、山羊などの家畜を家畜市場で売買、交換、斡旋する者のこと。
しかし、理想の放牧スタイルへの道のりは過酷なものだったそうです。現在の牛舎は当初、水も出ず廃墟のような状況だったため、移住前の2か月間は雲仙市から毎日往復5時間かけて移動し、牛舎の整備をするところからスタート。牛のお産などがあれば昼夜問わず対応する必要があり、奈保美さんと運転を交代しながら車中で睡眠をとるような日々だったといいます。牛を入れられる最低限の状態に整備するまでに2か月間、実際に放牧に向けて動き始めたのは移住してから1年かかったのだとか。
森川さん 朝5時から雲仙の牛舎で餌やりをして、8時に出発して西海市へ移動、作業が終えたら15時には雲仙に向けて出発、帰ってから雲仙の牛舎の掃除と餌やり、というハードな日々でした。
そんな時、いろいろな面で支えてくれたのが近所にある「ふるさと物産館 竹の家」(以下:竹の家)の松尾さんでした。僕らは「お父ちゃん」と呼んでいます。いつも帰りに寄っては話を聞いてもらいましたし、今住んでいる家もお父ちゃんが紹介してくれたんです。移住を決意した時には家が無い状態だったので、牛舎のプレハブ小屋で暮らす覚悟でした。
松尾さん 出会った頃は移住したてでしたし、真夏の時期でハードな日々を送っていたからか、いつも疲れている印象でした。それでも、話を聞くたびに本気度と熱意が伝わってきたので、役に立てることがあれば何かしたい、そう思うようになりました。今では地道な努力が高じて、西海市では誰もやったことのない放牧スタイルで耕作放棄地の活用をしているので驚いています。彼らの動きは地域に新しい流れを呼んでいるので我々としても嬉しいです。
森川さんが西海市で放牧スタイルで牛飼いを始められたのは「地域の人たちのサポートがあったからこそ」だと繰り返し話していたのが印象的でした。とはいえ、開始当初から地域の人たちの理解があったというわけではなかったそうです。
当時からずっと森川さんを見守っている一人が「岳野ぶどう園」の岳野さん。森川さんが放牧地として現在活用している耕作放棄地があるエリアの区長を務め、良き相談役となっているのだとか。
岳野さん 出会いは竹の家でのイベントで、コーヒーの話が盛り上がったのを覚えています。その後、地域の耕作放棄地の活用について相談に来て、そこから仲が深まり、森川さんとはよくお酒を酌み交わすようになりました。
森川さん 西海市では放牧スタイルの牛飼いをされている方はあまりいませんでした。そのため「糞の臭いが…」「脱走したら怖い」といったマイナスな声もありました。それでも、お父ちゃんが地域の皆さんに説明してくれたり、岳野さんが僕たちのことを信じて土地を貸してくれたりするなど、地域の皆さんの支えがあったからこそスタートを切ることができました。僕たちも積極的に地域の集まりに参加し、その中で資料を見せながら放牧スタイルのメリットについて一人ひとりとお話しましたし、わからないことがあれば地域の皆さんに丁寧に教えてもらいながら信頼関係を築いてきました。ありがたいことに少しずつ地域のサポーターも増えつつあります。
牛の放牧が森・川・里・海の再生へ
森川放牧畜産では放牧場内でお産をさせる親子放牧スタイルをとっています。物価の高騰の影響もあり、人口哺乳に限界を感じたことが一つの背景だといいますが、このスタイルは非常に安産で人の介助がいらず、母子がともに過ごすことで仔牛のストレスの軽減につながりました。また、お産の事故や仔牛の病気はほぼなく、獣医に頼ることがかなり少なくなったことも、この放牧スタイルのメリットなのだとか。
現在は、森川放牧畜産では経産牛30頭と仔牛25頭を飼育しています。完全放牧を目指しつつ、現在放牧しているのはそのうち20頭。放牧可能な耕作放棄地や山地が増えれば、もっと放牧を進めたいと考えているのだとか。その背景について聞きました。
森川さん 牛のためでもありますが、放牧することによってその土地が良くなり、森・川・里・海の循環がよみがえり、地球環境が良くなっていくからです。結果、そこに住まれている人も喜んでくださいます。
西海市は、少子高齢化と人口流出によって、消滅可能性都市となっています。2045年には子どもの人口が1,000人を切り、いまのような医療・福祉・教育の公共制度は破綻してもおかしくないと言われています。同時に、人口減少に伴い農業人口も減り、管理しきれなくなった土地はどんどん増え続け、荒廃した土地が増えることで海へ流れる栄養が減り、かつて豊饒の海であった大村湾は年々魚や貝類が取れなくなってきています。荒廃した土地では土砂崩れや水害が起きやすく、大雨のたびに土砂が流れくだり、田畑へ流出し埋められてしまったり、水脈が詰まってしまうことで、暮らしが営めなくなるような状況となっています。
子どもたちにこの環境のまま受け渡すことは絶対にしたくありません。
インタビューの途中、竹の家の裏山で管理している放牧地へ案内してもらいました。中山間地域の耕作放棄地や放置林では土地が荒れ、水や空気の循環が滞り、土中環境が悪化して地下の水循環を止めるような堅い層ができてしまうといいます。
森川さん 人が手入れできればよいですが、広大な土地の管理はなかなか追いつきません。牛を放牧すれば、牛が草を食べて、大地を踏み、空気が通り、水が流れます。また、発酵飼料を食べ胃の中でさらに発酵した微生物たっぷりの糞を土に落とすことで、土壌改善が促進されます。牛の放牧をすることが、森・川・里・海の循環の再生につながっていると考えています。
飼料は自家配合したものです。地域のお豆腐屋さんからおからをもらったり、酒蔵さんから酒粕と醤油粕をもらったりすることで、ロス食品の有効活用や牛の腸内環境改善にもつながっています。地域の方が草刈りをして出た草を牛にあげてくださることもあります。
続いては2年前まで耕作放棄地だった別の放牧地へ。こちらの土地も高齢の方が所有していたため管理が難しく、森川さんらが放牧するまでは背が高い草が生い茂った状態だったそうです。しかし、放牧を始めたことで芝が広がり、牛を見るために地域の人たちが集まる場所へと変化したのだとか。
森川さん 土地がきれいになり、土地の人が喜ぶ顔を見ると嬉しい気持ちになります。放牧場に地域の方が草をやりに来てくださったり、子どもを連れて見に来てくださったりすることも増えてきたので、手応えを感じています。今の時代、少子高齢化とともに離農者も、耕作放棄地もますます増える一方です。そんな中、地域の方の私たちの取り組みに対する理解が進み、さらに若手の農業従事者が増えれば、その問題も解決できるのではないかと考えています。
土地に対するリスペクトを持ち「結の精神」で助け合う集落営農を
森川放牧畜産では牛を単なる経済動物としてではなく、ともに地球環境を再生するパートナーと考えています。通常の食肉となる牛は2年半ほどで出荷される中、10数年生き、ともにはたらいた経産牛が役目を終えたときに、最後は放牧牛肉としていただく、というスタイルをとっています。そのため、常に販売されているわけではありません。
竹の家での店頭販売と、ネットショップ、直接やりとりによる直売をすべて自分たちで行っています。また、SNSで放牧牛肉も含め、環境や暮らしのことなどについて毎日のように発信しています。
森川さんにとって、牛を飼うことは目的ではないといいます。「地球環境の再生や次世代の子ども達がこの先暮らしていけるためのモデルづくりをしたい」と力強く話します。
森川さん 動物や食、環境、暮らしのことなど、もっと知って、次世代のことを想いながら実際にアクションを起こす人が増えてほしいと思っています。それを伝えるためにさまざまなワークショップやイベントを行っています。
耕作放棄地を活用した放牧を行うだけでも多くの時間を割き、体力も相当使います。それでも、これだけ多くの取り組みを積極的に展開するのはなぜなのか。その理由について聞きました。
森川さん このままじゃいけない。それに気づいたからだと思います。僕たちは今まで培ってきたノウハウや技術があります。だから、まず気づいた人が動かないとそれに続く人も出てきません。ただ、僕たちの力だけでは限界があります。だからこそ、地域の方とともに、「お互い様」「結の精神」で助け合って続けていく集落営農を進めています。
移住者として、土地の方をリスペクトしながら、謙虚さと感謝の心を持ち、地域に根差した暮らしをするため、努力をしました。もともと農業をしたことがありませんでしたが、地域の方に教えていただきながら、米づくりや野菜づくりなども行っています。
人も動物も自然もハッピーになる気持ちの循環をつくる
森川さんの思いに共感した仲間も増えてきています。今年4月に西海市へ移住し、森川放牧畜産のメンバーとして加わった前田夏穂さん。関西の大学院で博士課程まで学んでいましたが、以前から教育や農業に対する違和感があり、そのタイミングで森川さんと出会ったといいます。
前田さん どんなに専門分野を極めても、本質を見極め、生きる力を身につけることができているのか。博士課程で学ぶ中で、そんなモヤモヤを抱えていました。そんな時、実家が農家である友人と話をしていたら「過疎地ではお金は稼げない」「両親が離農したから地元には帰らない」という言葉があったんです。そこから教育も農業も立て直しが必要だと感じ、過疎地でさまざまな活動をしているコミュニティを見てまわり、1年前に森川さんと出会いました。出会った時から「この人たちと一緒に動くことで、私の求めている本質的な答えが見つかるかもしれない」と感じたんです。
その後、毎月関西から西海市へ通い、今年1月には移住を決意したそうです。現在は、森川放牧畜産の取り組みや手が回らない部分のサポートにあたっています。
前田さんの口から何度も出てきたのは「気持ちの循環」。実際に地域に根付きながら暮らし、地域の人や動物と触れることで多くの気づきがあったと嬉しそうに話します。
前田さん 良い循環とは、良い気持ちが乗った循環だと思っています。たとえば、森川さんが気持ちを込めてつくった飼料を牛が食べ、それが牛の体内で発酵された糞となって土に還り、その土を通ってきれいな水が川に流れ、海へとつながっていきます。その海水を、想いのある塩職人さんが地域の間伐材を使って炊いたお塩を食した時の幸福度は何とも言えません。お金では買えない循環ですよね。まずは人も動物も自然もハッピーになるモデルをつくり、森川放牧畜産を発信源に全国に広げていきていくことが私の役目だと思っています。
あり方を大事に、本質に目を向け、未来へイノチを繋ぐ
西海市へ移住して5年。自身のスタイルを貫き、地域やサポーターとともに取り組みを広げる森川さん。その中で大事にしていることを教えてくれました。
森川さん 日本全体で農業に対する関心は少しずつ高まってきてはいると思いますが、一次産業の基盤であるゼロ次産業(※)をやっていかないと、この社会は持続不可能になると思います。生命において一番大切な「食」の問題に対して、その本質に目を向けること。何のためにしているのか、どうしたら未来へイノチをつないでいけるのか、豊かな地球をつないでいけるのか、を常に考えています。「やり方」に固執せず「あり方」を大事にしています。
(※)一次産業の基盤は自然であり、自然は社会共通の資本。一次産業を健全化するには今ある自然を保全するだけでなく、修復や再造成が必要であり、それら基盤整備のことを指す。たとえば藻場の再生。移植で終わらせるのではなく、森と海底湧水の関係性なども踏まえた大きな事業計画が必要で、そこには一次産業の伝統的な知恵も加えるといった考え方もある。
現在は放牧が中心ですが、牛だけに限らず、人も動物も植物もともに生きる環境をつくっていきたいと森川さんは意気込んでいます。最後に森川さんが今考えるアニマルウェルフェアについて聞きました。
森川さん 「牛の幸せを考えること」「人の幸せを考えること」は当たり前のことで、放牧というやり方にこだわっている訳ではありません。現に、放牧をしていなくても牛飼いは牛の幸せを考え愛情をこめて牛を育てている農家さんはたくさんいらっしゃいますし、放牧というやり方であっても牛が幸せかどうかはわかりません。この土地で私たちは暮らし、自然界の優しさも厳しさも全部味わい、大切なもの、本質を見抜く力を養いながら、今を生きるしかないのかなと思います。
人と動物の共存の先に、次世代の子どもたちや地球のことを想う森川さん。土地の声に耳を傾けながら、現実から目を逸らさず、常に物事の本質を見ながら行動する姿からは、日々の私たちの暮らしにもつながるヒントが多くあるように感じました。気づいたら行動を。地域へのリスペクトを忘れずに。一人ではなく、誰かと・何かとともに歩む。アニマルウェルフェアに限らず、あらゆる面で大切なことだと思います。今日からでも、それらを小さく実践していくことが暮らしやすい次世代へつながる足がかりになるかもしれません。
(撮影:山田聖也)
(編集:廣畑七絵)