環境再生の担い手となるべく学ぶグリーンズのコミュニティ「リジェネラティブデザインカレッジ」のフィールドワークにて、福島大学の金子信博(かねこ・のぶひろ)さんを訪ねました。金子さんが教授として、持続可能な農業の在り方を「アグロエコロジープログラム」とともに研究する試験地です。
金子さんが長年の研究のなかで出会ったのが、ミミズの存在でした。ミミズが土ごと有機物を食べ、その糞塊によって土を団粒化することで、土壌の水や空気の通り道が守られている。もの言わぬ立役者であるミミズのはたらきと、自然界に学ぶ「耕さない」農業・不耕起草生栽培について、著書『ミミズの農業改革』(みすず書房)でもまとめられています。
「ミミズが苦手な人も、今日きっと、好きになってもらえると思います。」
この日は水田や畑の見学と合わせて、手作業でミミズを探すワークも含まれていました。「きっと好きになる」という言葉に、なんとも深い土壌生物たちへの親愛を感じます。
ただ「耕さなければいい」わけではない
以前こちらの取材でお邪魔した時は冬のため、農閑期だった試験地。地名から取って「桝沢(ますざわ)試験場」と呼ばれる場所が、最初の見学地です。冬の日当たりの悪さなどが原因で耕作放棄地になっていたかつての水田を、金子さんともうひとりの先生によって実験的に活用し始めたのが5年前。
耕さず、草も抜かない「不耕起草生栽培」をいろんな栽培条件で比較検証するために、耕すか耕さないか、除草剤を使うか使わないか、化学肥料を使うか堆肥を使うか、を組み合わせた8種類の違いを観察しています。
共通していることは、カバークロップ(マルチ)もしくは緑肥にする作物としてライ麦を冬の間に育てることと、春からは栽培作物として「里のほほえみ」という品種の大豆を育てること。大豆のタネをまく時期になると、耕起するエリアではライ麦をすき込み、不耕起のエリアでは根元からライ麦を倒してマルチにしています。
近年、世界中で「リジェネラティブ(再生)農業」が注目されているものの、実はまだ、その農法に明確な定義はありません。そのため不耕起栽培であっても、除草剤を使う農法が広まりつつあります。特に、世界でもっとも多く大豆を栽培するアメリカとブラジルでは、リジェネラティブと謳いながらも除草剤を使い、且つ遺伝子組み換え種子を使う農法が急速に拡大しました。環境保全を目的としていたはずの不耕起栽培が、間違った形で広まる可能性を危惧する声も多く聞かれます。
金子さん アメリカやブラジルでは、除草剤をまいても枯れないよう遺伝子組み換えされた大豆のタネを使い、除草剤ありきの不耕起栽培が爆発的に成長しました。実際には、栽培を続けていくうちに除草剤の量を増やす必要が出てくるなど、環境には良くないものになっているようで、ただ耕さなければリジェネラティブで良い、というのは違うんじゃないかな、と思っています。
耕起することだけでなく、除草剤の使用も土壌生物に大きく影響するためです。土壌生物が活動できないと、土の団粒構造が維持できなくなり、水はけが悪くなる。結果として、雨や台風の度に土が流されてしまう土壌侵食の問題につながっていきます。これについてはまたあとで、一緒に実験をしてみましょう。
金子さん 前回撒いた除草剤の効果がもう切れていて、今は除草剤区画の方が草が多い状態です。ちゃんと撒かないと逆に草が増えるので、ここはまた来週、散布を予定しています。また除草剤区画は、草の種類がすごく減ります。もう1〜2種類しか出てこなくなりました。
一般的には草がなく、土が見えている畑が当たり前になっていますが、地面が裸の状態だとミミズはいなくなりますし、化学肥料を使っても、同じくミミズはいなくなります。現実はそういう畑がほとんどなので、生きたミミズを見たことがない人がいても仕方ないでしょうね。
金子さん この区画は不耕起で除草剤を使わない、不耕起草生栽培です。ここだと倒れたライ麦の下にミミズがいます。またここの大豆は小さくて、一見、生育に苦労してるように見えるかもしれませんが、肝心なのは収穫です。化学肥料で栄養過多になった区画では、「つるボケ」といって葉っぱが立派に茂るばかりで実がつかない、ということが起きたりします。昨年も、初めは小さかった不耕起草生の方が、8月頃からグングンと生長し出して、結果的に一番たくさんの大豆が採れました。
不耕起草生栽培で作物をうまく栽培するためには、ライ麦をちゃんと「押し倒す」ことが大事なポイントになります。必要なのは、押し倒すことを意味する英単語から取って「クリンパー」と呼ばれる道具です。
金子さん 秋頃、収穫を終えた大豆畑にライ麦のタネをまきます。翌年5月末頃、まだ実が硬くなる前の乳熟期と呼ばれる時期に、ライ麦を根元から倒し、一方向に、密集させながら倒すことが重要です。
クリンパーは、既存のトラクターに装着する横幅3mほどの大型タイプや、水を入れたドラム缶のようなものをハンドルで押すタイプ、あるいは小規模の場合、足で踏み進みながら倒す人力用の道具など、数種類あります。この日は、水を入れて使うタイプを見せてもらいました。
畑の水はけを守る「土の多孔質」の正体
「ではいよいよ、ミミズを採取してみましょう。」
福島大学の学生のみなさんにサポートいただきながら、土壌生物を採取するワークです。参加者は6つのグループに分かれて、耕起または不耕起の区画によって土壌生物がどう違うのかをチェックします。採取した土を少しずつかき分けながら、目で見える生き物を寄り分ける「ハンドソーティング」という方法の体験です。
金子さん グループA、B、Cが採取した区画は、耕起している区画です。1年前まで除草剤も使っていました。グループD、E、Fの区画は不耕起で、除草剤なし、5月にライ麦をクリンパーで倒した、草生栽培の区画です。それぞれ生き物がいたら、ミミズとそれ以外に分けて容器に入れ、観察してみてください。
金子さん 実は今朝、学生のみんなに頼んで、耕起して除草剤も使用している区画から同じようにハンドソーティングしてもらいました。虫はとても少なくて、試験管に入っているのが全部です。
土中には、ムカデのような捕食者を含めていろんな生き物がいることで、植物に必要な窒素循環が良くなり、その結果、作物がよく育ちます。直接、生きものたちが窒素などの物質を新たにつくり出すわけではありませんが、生き物がいる方が栽培に良い環境ができていくんです。
不耕起の区画でも意外に虫が少ない、と思われた方もいるかもしれませんが、今見つけたのと同じ数の虫を、虫取り網などで空中で捕まえようとしたら、大変むずかしいことです。時間だってもっと掛かります。それだけ土の中には豊富な生き物が生息していると言えます。
金子さん 今ミミズを探しながら、土には硬いところと柔らかいところがあったり、小さな穴があることなどを感じた人もいるかもしれません。本来、土はスポンジ状の、非常に多孔質なものです。土の穴は、もともと植物の根っこがあった場所で、根っこだけが腐り落ちると穴が残り、それにより土壌の水はけや保水性が保たれています。土を耕してしまうと、それらを壊してしまうことになります。
金子さんの著書『ミミズの農業改革』では、すぐ隣の区画にもかかわらず、不耕起の区画から耕起の区画へミミズが移動することはなかったことが書かれていました。
気候変動対策にもなる、新しい稲作のかたち
近年日本各地でも、農地に立てた支柱に太陽光パネルをのせ、発電事業と農業を両立させる、営農型のソーラーシェアリングが増えてきました。さらに、畑を不耕起化してより脱炭素を目指す動きもあります。はたして田んぼでも不耕起草生栽培が可能なのでしょうか。
金子さんは、桝沢試験場の畑と同様に、田んぼでも農法別に3種類の区画をつくり、観測を続けています。
金子さん この田んぼでは、耕起・省耕起・不耕起という3種類の農法を並べた形で区分けしています。お米を収穫した後、田んぼにライ麦やイタリアンライグラスのタネをまき、冬の間に栽培します。一般的な田んぼと同じように耕す耕起の区画と、表面だけを耕す省耕起の区画にはライ麦をすき込み、不耕起の田んぼではクリンパーで倒したライ麦の上から田植えをしています。
3種類ともソーラーパネルの有無による地温の影響と、温室効果ガスの変化を調べるために、パネルの模型を設置し、二週間に1度、ガスサンプルを採取しています。今日はみなさんも、地温計測と温室効果ガスの採取を体験してみてください
金子さん 田んぼからメタンが発生する理由は、藁や草をすき込んだり、代掻き(※)をすることが大きな原因です。不耕起の田んぼでは、草の根っこが腐って土中に空間ができ、土の深い層に酸素が入り込みますが、酸素があるとメタンを食べる菌が多いんです。さらに不耕起だと、メタンをつくり出す微生物の餌となる有機物が土にすき込まれないので、増えません。結果的に、不耕起の田んぼの上ではメタンは発生しにくいと言えます。
※代掻き:しろかき。田植え前に田んぼに水を入れて耕す工程のこと
代掻きも、草取りも、なし
労力も最小限で済む田んぼ
この日は、金子先生がご夫婦ふたりで管理されている田んぼにもお邪魔しました。代掻きせず、ライ麦を倒すことで除草作業もない、不耕起草生栽培の田んぼです。
金子さん ここは、自然農の実践者である故・川口由一(かわぐち・よしかず)さんが提唱するやり方で水路を掘り、不耕起で栽培している6年目の田んぼです。稲刈り後にライ麦のタネをまいて冬の間栽培し、翌年の田植えの前にクリンパーで倒します。緑のライ麦が水の中で腐敗すると微生物が増えて、水中が酸欠になるため、田んぼの雑草が出にくくなります。耕さないからこそ、雑草が生えないんです。
コナギなど一般的に田んぼに生える雑草は、代掻きをすることでタネが表面に出てきて、十分な酸素と光を得るから発芽します。耕さなければタネは眠ったままのことも多い。ここは冬の間にセリが出てきますが、それもライ麦が腐敗する時に一緒に弱っていきます。
発育はゆっくりですが、稲作で理想的だと言われている、扇子を広げたような「開張型」の特徴も確認してもらえると思います。
参加者から「酸欠によって草が抑えられる作用は、稲の生育には影響ありませんか?」という質問に、稲という植物の特徴と、ミミズのはたらきを合わせて教えてくれました。
金子さん 大変いい質問ですね。稲は苗で植えるのですが、水の上に出てる葉があるので酸欠にはなりません。また稲はそもそも、非常に大きな通気組織を持っていて、空気をよく通すパイプのような体のつくりをしているんです。田んぼの土は水を張ると酸欠になりますが、稲の根っこのまわりには鉄が酸化した色が観測できるくらい空気がよく通ります。
先ほど採取してもらったメタンも、稲の通気組織を通って、土の中から大気に放出しているものです。不耕起だからメタンが減るとお話しましたが、いわゆる田んぼのトロトロ層にはメタンを食べる菌が多くいるため、耕していてもトロトロ層がある田んぼではメタンは減ります。そしてそのトロトロ層をつくっているのが、水生ミミズの存在なんです。
田んぼでも、土ごと有機物を食べた水生ミミズは、頭を土中に突っ込んだままお尻だけを出して呼吸し、逆立ちのままフンをします。その糞塊があることであのトロトロ層ができていきます。だいたい1平方メートルの田んぼに10万頭の水生ミミズがいると、メタンは半分に減るというデータがあります。
がんばるから増える雑草。緑は緑で制しよう
最後にこの日のフィールドワークを振り返ります。さまざまな比較検証を見学した上で、不耕起草生栽培におけるメリットを主に三点復習し、土壌侵食の実験も行いました。
・地温(ちおん)が安定する
金子さん 桝沢試験場にあった白い箱が並んだポールは、気温や地温を計測しているものです。不耕起の区画では、ライ麦を倒してあるだけで地表の温度変化が緩やかです。さらに30センチほど深い地中で地温を測ってみると、耕起した畑では毎日地温が上下するのに対して、不耕起の畑ではあまり変動がありません。気温が上がる春からの温度上昇も大変緩やかで、土壌生物にとって棲みやすい場所だと言えます。
・雑草を抑える抑草効果
金子さん ライ麦のアレロパシー(※他の作物の育成を抑える物質)効果もありますが、雑草のタネは、地温の変化をきっかけに発芽する種類があるんです。よく畑に生えるメヒシバは、まさにそういう種類。つまり農家ががんばって耕せば耕すほど土を裸にしてしまい、まるで「メヒシバよ、目覚めよ」と言っているようなものです。
ただ、不耕起栽培を続けていれば雑草がなくなるのかといえば、それは分かりません。新たに、その環境が好きな雑草がやってくる可能性も大いにあるからです。最初から雑草と共生するのは難しいので最初はライ麦をカバークロップにすることで、抑草効果を活かす。緑を緑で制する、という考え方です。
場所によって不耕起区画の作物の成長が遅いことをご覧いただきましたが、これから夏以降、グングンと追いつくことが多いです。また仮に、慣行栽培と比べて収穫量が8割ほどに減ったとしても、使った労力は遥かに少ないはずなんです。資材も軽減されるので、結果的にコストダウンになる。有機農家による栽培が持続的であるためには、より少ないリソースで済むようにすることも非常に重要だと考えています。
・団粒構造によるCO2固定
金子さん 団粒構造の土では、土が小さな固まりになることだけでなく、団粒のなかに隙間があったり、有機物が閉じ込められたりして、土中の有機物が増えていきます。CO2の固定という観点からも、この状態を目指すことが望ましいと思います。
団粒ができるためには、土の中の有機物が粘土にひっつくか、あるいは、ミミズのような生き物が粒をつくることで団粒化していきます。この粒はすぐ壊されて、またつくられる、ということを繰り返すのですが、繰り返すうちに吸着が強まり、土の中で長く有機物が残るようになっていきます。
金子さん 従来の研究では、微生物が落ち葉を食べて呼吸することでCO2を出すから「土中に有機物は貯まらない」と言われていました。しかしこの10年ぐらいでずいぶん研究が進み、実は土の中に長く残っている有機物は、微生物の死骸だったことがわかっています。特に細胞壁の成分が長く残る。それも100年〜1000年ぐらい前のものが残っているんです。微生物が増えれば微生物の遺体も増える。なので、土壌微生物になるべく増えてもらうことが大事だと言えます。
今日はみなさんにミミズなど土壌生物を採取してもらいましたが、一般的には「1㎡にミミズが30gいると相当いい土」だと言われています。今日一番大きなミミズくらいでおおよそ1〜2gですので、今日採取した25cmx25cmの土に2匹以上いましたので換算すると、16倍の1㎡にミミズが16〜32gいるということ。とてもいい状態だと言えるでしょう。
8種類の土で実験。
水はけの良さが大事な理由
耕したり除草剤を使ったりすることで土壌生物が激減すると、団粒が壊され、水はけの悪い土にとなり、結果的に、雨で表層の土壌が流されてしまう「土壌侵食」が起こる。アメリカをはじめとする大型農業でもたびたび起こっている問題です。
逆に土壌生物が活発な場所では、団粒構造が維持されるため、水と土が速やかに分離します。いわゆる水はけが良い状態。大雨が降っても肥沃な表層は流されず、川や海が濁ることを防げます。
金子さん 桝沢試験場の8種類の土を、それぞれガラス容器に入れて、水を入れました。今から同時に攪拌して、違いを比べてみましょう。
金子さん 右側に見える不耕起栽培の4つだけを見ても、除草剤を使っているとすごく濁っていますね。雨が降ると川が濁るのはこのように、団粒が少ない畑の土が流れてしまうためです。特に除草剤を使っていると、地面を保護する草も少ないため、土が流れ出やすくなります。流れるだけではなく、縦方向にも目詰まりするので、どんどん農地が固く締まってしまう。硬くなるからまた耕す。さらに悪化させてしまうわけです。
草が生えている畑は「見栄えが悪い」と言われたり、初期生長が遅いと作物の生育が不安になるとは思いますが、耕すのをやめれば土の中の水はけが良くなり、目詰まりしなくなることがわかると思います。
金子さんの著書『ミミズの農業改革』では、家庭菜園の経験しかなかった金子さんだからこそ、農地の扱い方を変える必要性を論理的に提案しています。農法を問わず、従来のやり方で傷めたシステムを修復することこそがリジェネラティブの意味することではないだろうか、と生産者への敬意と共に記されていました。
私たち一人ひとりが、それぞれの立場で、どんな農法を支持するのか。小さな生き物たちのいのちが、死してなお伝える声に耳を傾けることから始まるのだと思います。
(撮影:本田 健太郎、本田 奏)
(編集:村崎恭子、増村江利子)