みなさんは、「トランジション・タウン」をご存知でしょうか。
トランジション・タウンとは、イギリス南部の小さなまち、トットネスで始まった、持続不可能な社会から持続可能な社会へ移行するための市民運動のこと。日本で最初にトランジション・タウンの活動が始まったのは、神奈川県の旧藤野町(現相模原市緑区)、トランジション藤野です。そして、トランジション藤野を牽引してきたのが、榎本英剛(えのもと・ひでたけ)さん。
世界各地の市民運動を見つめてきた榎本さんに、「エコビレッジ」の広がりについて、greenz.jp編集長の増村江利子が聞きました。
榎本英剛(えのもと・ひでたけ)
NPO法人トランジション・ジャパン共同創設者/「トランジション藤野」発起人。大学卒業後、株式会社リクルートに入社。1994年に同社を退職後、米国サンフランシスコにあるCIIS(California Institute of Integral Studies)に留学し、組織開発・変容学を専攻、修士号を取得。その後、留学中に出合ったコーチングを日本に拡げるためにCTIジャパンを設立(現在は退任)。
——榎本さんは、スコットランドのエコビレッジ「フィンドホーン」に長期滞在されていますよね。フィンドホーンとの出合いや、そこではどんな暮らしをしていたのかを教えてください。
フィンドホーンのことを知ったのは、1994年にサンフランシスコに留学して組織開発を学んでいた頃でした。当時のクラスメイトにフィンドホーンに住んだことのある人がいて、彼から「こんなにおもしろい場所がある!」と聞いていたんです。
そのときからアンテナは立っていたのですが、実際に訪問することになったのは、留学後に立ち上げたコーチングの事業が一段落して、ピースボートクルーズ(※)に参加したことがきっかけでした。船に乗っている間に、いま世界でどのような問題が起きているのか、さまざまな専門家から聞くわけです。環境問題だとか紛争だとか飢餓だとか。それまでは企業におけるコーチングや組織開発、人間の内面といった社会の一部しか見てこなかったので、その周りを囲んでいる世界が知らないうちに大変なことになっているんだという危機感を強くもちました。
(※)ピースボートクルーズは、船で世界を巡る国際交流プログラム。国際理解や持続可能な開発を目指し、船上での講座やワークショップを通じて参加者に異文化体験を提供している。
いろいろな問題を聞いてるなかで最も心に引っかかったのが、気候変動や環境の問題でした。コーチングも組織開発も大事だけれど、そもそもの活動の基盤となっている地球自体がおかしなことになっているのに、それを知らないふりはしていられないという想いがどんどん膨らんでいって、ついにはコーチングの会社経営は他の人に任せることにしました。
まず、2004年の初めに、フィンドホーンで行われている1ヶ月間のエコビレッジ・トレーニングに参加しました。フィンドホーンが提供しているプログラムはいろいろありますが、プログラムをやっている最中はコミュニティ内の宿泊施設に寝泊まりしながら、毎日のように講座を受けます。講座と言っても、座学もあればどこかに見学に行ったり、体験したりがミックスされているので、缶詰めになってひたすら知識をインプットしているという感覚は全くありませんでした。
エコビレッジ・トレーニングというのは、これからエコビレッジをつくろうと思っている人や、エコビレッジのことをより深く知りたいと思っている人たちのためのプログラムです。週ごとに各要素の専門家が来て講座を行うという構成でした。講座では、環境、社会、精神、経済の大きく4つの要素について学びました。
例えば「環境」の週は、フィンドホーンで植樹活動を行っている「Trees for Life」という団体の人と一緒に、彼らが活動しているフィールドに行って実際に植樹したり、パーマカルチャーの講座が3日間ありました。
「社会」では、人と人の関係性を学びます。エコビレッジでは生活も仕事も全てを同じコミュニティのメンバーと共有するので、政治的なことや経済的なことをいかに民主的に進めていくかが大切になります。「誰かに任せておけばいい」ではなく、人間が生きていくうえで起こるあらゆることを、同じメンバーで行うわけです。だから逃げ場がありません。
こうした密な人間関係は、特に都会的な生活のなかで、ある程度隣人と距離があってプライバシーも尊重された生活に慣れた人からすると、最初は結構きついですよね。でも、そういう希薄な関係性に疑問を持って参加してきた人たちが多いので、いろいろな問題が起きつつも、濃密な人間関係の中に身を置きながら1ヶ月間を過ごしていきます。
例えばシャワーに入る順番からはじまり、実際に起きたことを例題としながら、「利害関係が一致しないときに、どのようにして話し合いで解決していくか」というスキルを学びました。このようなかたちで、飽きることなく濃密な毎日を過ごすことができました。ただ1ヵ月だけだと「どうしたら持続可能な世界をつくることができるのか」という当時の自分の問題意識に対する答えまでは得られなかったので、今度は家族と一緒に2年半、そこで暮らすことにしました。
「経済」についての学びで印象に残っているのは、「エコ」と「エゴ」の話です。日本語で書くと「エコ」と「エゴ」、英語で書いても、”ECO”と”EGO”で、Gのところに余計な点が入っている。「この余計な点を取らなくてはいけない」という話をよく覚えています。それから、エコノミー(経済)とエコロジー(環境)の関係を、日本の国旗のような、四角の中に丸のある図を使って説明を受けました。今は経済が外側の四角で、環境が中の丸だと思っている人が多いけど、本当は逆だというんです。外側が環境で、中が経済なんだと。エコノミーありきのエコロジーではなく、エコロジーありきのエコノミーなんだと。この話はもう20年近く前に聞いたわけですが、ずっと自分の中に残っています。
さらに印象に残ったのは、地域通貨という仕組みです。フィンドホーンでは「エコ」という名前の地域通貨が使われていて、その仕組みについて学び、それを発行しているコミュニティバンクの創設者から話を聞きました。この地域通貨は多くのトランジション・タウン(※2)でも取り入れられていますね。
(※2)トランジション・タウンは2005年、英国トットネスで始まり、ロブ・ホプキンス氏が提唱。気候変動への対処やエネルギー転換にコミュニティが主体的に取り組むべきとの理念のもと、地元の自給自足や共同体強化を重視し、現地経済の持続可能性と環境の改善を目指した活動。
——フィンドホーンでの暮らしを経て、どのようにトランジション・タウンの活動へとつながっていったのでしょうか。
フィンドホーンで暮らすなかで、徹底してコミュニティレベルで自給自足を実現している素晴らしさを実感しました。食べ物にしても、エネルギーにしても、経済にしても、さまざまな工夫を凝らしながら現代社会のメインストリームに依存することなく、自分たちで暮らしをつくっていることに大きな感銘を覚えました。
当時「エコ的な生活」というと、環境には優しいけれど、暮らしとしてはみすぼらしいというか、何かを我慢して生活レベルを落とすようなイメージがあったと思います。でも、実際にエコビレッジで暮らしてみると、確かに都市部に住んでいる人に比べて物質的な豊かさは圧倒的に少ないかもしれないけれど、目に見えない精神的な豊かさはむしろ圧倒的に多い。要するに、目指している豊かさが違うんです。人と人との関係性の豊かさも含めて、目に見えない、物質的ではないところの豊かさも総合的に見ると、環境に優しいだけではなく、人間にとっても優しい暮らしをしていることに気づかされました。
一方で、2005年当時、すでに環境問題や気候変動がメディアに大きく取り上げられているなかで、そうした人類が直面している問題に対して、「エコビレッジをつくる」という選択肢がどのくらい解決策として有効なのだろうかという疑問もありました。フィンドホーンは歴史も長く60年以上運営されており、いろいろな意味でバランスの取れた素晴らしいコミュニティです。でも裏を返すと、そこまで成熟したエコビレッジをつくるにはそれくらいの時間がかかるということですよね。気候変動のようにスケールが大きくて、かつ、それほど時間的猶予が残されていないような問題に対処するうえで、これから新たにエコビレッジをつくっていくやり方が問題解決にどれぐらい有効なのだろうかと。
フィンドホーンは素晴らしいひとつの壮大な社会実験ですが、地理的に辺鄙なところにあるので、そこに関われる人や訪問できる人は限られていて、世の中への影響力というか、これからの生き方の選択肢としては限られた人しか選択できない部分があると思います。
もっと大きなスケールで、しかも速いスピードで、エコビレッジが実践しているような暮らしのあり方にシフトしていく方法はないものかと考えているときに、「トランジション・タウン」に出合うんです。トランジション・タウンというのは、まず既存のコミュニティがあり、そこに住んでいる市民の中から、環境やエコな暮らしに意識の高い人たちが集い、その人たちの創意工夫によって徐々に持続可能なまちに変えていくのが特徴です。東京、大阪、名古屋の3大都市圏に人口の50パーセント以上が住んでいる日本の状況を考えると、そちらの方がより多くの人を巻き込める可能性を感じました。
僕もそうでしたが、エコビレッジを立ち上げたり、そこに住もうとしたりする人って、いったん全てを投げ捨てて、社会のメインストリームから離脱する必要があるわけです。だから誰でもできるわけではない。そのためエコビレッジ的なものに関わるとか、立ち上げようとするには、多くの人にとって高いハードルがあります。
一方、トランジション・タウンの場合は、どこかに引っ越したり、仕事を変えたりする必要もなく、一からコミュニティを立ち上げる必要もありません。いま自分が住んでいる場所で、同じ志を持った人たちとつながりながら、エコビレッジ的な方向に移行していくので、社会的なインパクトやスピードを考えた時により現実的だと思ったんです。
——そうやってトランジション藤野が始まっていくわけですね。トランジション藤野で大切にしている哲学があれば教えてください。
トランジション・タウンの活動の肝は、自発性と創造力です。僕がフィンドホーンでの体験に基づいて、あれをやった方がいい、これをやった方がいいって言ったわけではなくて、間接的にそういう情報提供みたいなことはしたかもしれないけれど、次に何をやるべきかを具体的に提示したことはありません。そうではなくて、トランジション・タウンの考え方だけを共有しました。自発性が大事なんだとか、創造力なんだとか、全てをリソースと見る必要があるんだ、みたいなことですね。
トランジション・タウンが立ち上がって具体的に何らかの活動をする段階になったら、そこに共感して集まってくれた人たちの中から出てくるアイデアを大切に進めていくのですが、ここがおもしろい。話し合いをしながらいろいろなアイデアが出てくるわけですが、あるアイデアが熱を帯びる瞬間というのがあって、そういうものは大概うまくいくんですよ。
トランジション・タウン活動では、「誰かが、心からやりたいと思えるかどうか」をものすごく重要視しています。持続可能なまちをつくるときに、これをまずやるべきだとか、順番はこうするべきだとか、理屈で考えてしまうことが多い。進め方に関しても、チームをつくってプロジェクトを立ち上げて、役割と期限を決めて責任も明確にしよう、となりがちですよね。そういうやり方は「熱」、すなわちメンバーの中にある「これをやりたい」という気持ちを殺すと僕は思っています。
あくまでも、あるアイデアに対して「それ、おもしろいね!」となったときの熱量でプロジェクトを進めていくことを大事にしているので、「やりたい人が、やりたいことを、やりたいときに、やりたいだけやる」というスローガンを掲げています。
そうは言っても、誰かがやりたいと言って進めていても、例えばその人が仕事で忙しくなるなど、さまざまな事情で途中でできなくなることもあります。そのときに、それまでの物事の進め方に慣れている人からすると、「やるって言ったじゃないか」みたいな責任論になりがちですが、そのような時こそこのスローガンを徹底していく必要があります。責任論は極力排除していく。
トランジション・タウン活動は、もちろん持続可能なまちをつくることを目的とした市民運動として行ってきましたが、一方で組織開発の実験場でもありました。やらされてやるのではなく、やりたいという自分の熱に従ってやっていく。それも、一人ひとりがバラバラにやるのではなく、アメーバのように有機的につながったり離れたりしながら動いていく。そういう組織のあり方にも個人的に興味がありました。
藤野の地域通貨「よろづ屋」も、食と農をテーマにした「お百姓クラブ」も、再生可能エネルギーに取り組む「藤野電力」も、誰かのアイデアに集まった熱から立ち上がったプロジェクトです。熱を大事にしてきたからこそ、インパクトのある運動が藤野という小さいまちから生まれたと、今でも思っています。
——トランジション藤野は素晴らしい成果を出しているように思いますが、一方で何か課題はあるのでしょうか。
自発性は計画できることではないので、起きるときは起きるし、起きないときは起きない。そのため先が読めないというのは、課題として常にあります。藤野のトランジション・タウンでは金銭的な投資が必要となるようなプロジェクトはほとんどありませんでしたが、投資を受けるようなプロジェクトの場合は当然、事業計画や予算をきっちり示して投資家を納得させないと出してもらえないですよね。そういう部分では非常に弱みがあるとは思います。「始めてみないとわかりません」ということなので。そこがおもしろいところであり、チャレンジングな部分でもあるわけです。
もうひとつは持続可能性をどう計測するか。トランジション活動を通じて藤野というまちが持続可能になったかどうか、何をもって測るかという課題があります。しっかりやろうと思ったらリサーチの専門家とタッグを組んで、例えば藤野で消費されている食料のうち、藤野の地域内で生産されたものがどれくらいあるかを調べたり、その割合が食と農をテーマとする「お百姓クラブ」の活動を通じてどのくらい変わったのかを調べる必要があります。数値的な根拠を示さないと、「藤野はトランジション活動を通じて持続可能なまちになりました」と明確には言えないわけですよね。
これまでのところリサーチに熱がある人がいなかったので、調査プロジェクトとしては立ち上がっていません。なんとなく持続可能な方向に向かっているのではないかという感覚はありますが、「どのぐらい持続可能になったか?」と問われても数値では答えられない。ただひとつ言えることは、もともと藤野が持っていた進取の気性に富む土壌が、トランジション活動を通じてさらに耕されたという感覚があります。藤野は日本におけるパーマカルチャーの中心地のひとつですし、シュタイナー学園というオルタナティブな教育機関もあるし、芸術家のまちと言われるほどアーティストがたくさん住んでいます。目新しいものに出会ったときに、拒否感を示すより好奇心を持つ人たちが多いというのが、藤野というコミュニティの一番の財産だと思います。
僕がトランジション・タウンという横文字の活動を持ってきても、それほど抵抗されませんでした。「なんだ、あいつら」と思っている人たちもいるかもしれないけれど、ここまで広がったということは、それなりに受け入れてもらっているのだと思います。気候変動や環境破壊といったグローバルな問題を目の前にしたときに、「自分には何ができるのだろう」と考える人も多いでしょう。自分一人がLEDの電球に換えたり、電気自動車に乗り換えたりしただけで、いったい何が変わるんだろうという無力感を抱えることもあると思いますが、この無力感こそが何かを変えようとしたときの一番の障害になると僕は思うんです。
でも、人間というのは、その気になれば自分でも想像以上のことができるものです。それもひとりではなく、同じような志やビジョンを持った人たちが集まって一緒にその気になってやれば、いろんなことができる。「その気になる」というのが大事なことだと思います。藤野で起こったこともまさにそんな感じでした。藤野電力をはじめ、メディアなどで藤野の活動を取り上げていただくことが多くなってくると、やっている本人たちが自信を持つようになりました。それまでは「自分に何ができるのだろう」と思っていたのに、同じような想いを持った人たちが現われ、一緒に活動するようになり、気がついたら世の中にインパクトのある活動が、人口1万人にも満たないまちで次々に起こってきている。そのことが大きな自信になり、誰かが思いついたおもしろそうなアイデアをすぐ行動に移して実践する、そういうカルチャーがこの藤野というまちでさらに根付いていったと思います。
明確なデータやエビデンスを示すことよりも、こうしたカルチャーが根付いたことが重要なのではないでしょうか。そういう意味で、トランジション活動の究極の目的は、カルチャーを変えることだと僕は思っています。
——フィンドホーンで暮らし、その後トランジション藤野を立ち上げてきたなかで、「エコビレッジ」と「トランジション・タウン」にはどのような違いや共通点があると見ていますか。
トランジション・タウンの活動よりも、エコビレッジの運動の方が歴史的には古いです。僕の認識としては、1960年代、ヒューマン・ポテンシャル・ムーブーメント(人間性回復運動)がひとつのきっかけとなり、エコビレッジが生まれたというのが最初の流れだったと思います。
1960年代は、どちらかというとエコビレッジのコミュニティとしての側面が注目されていました。人が集住することが強調されていたわけですが、その後、気候変動などの環境問題が深刻になるにつれて、持続可能性の側面を重視する第二のエコビレッジの動きが立ち上がってきたという認識を持っています。
私が住んでいたフィンドホーンも、まさにこの2つのウェーブを両方経験しています。コミュニティとしては1962年に設立されましたが、当初はエコビレッジとしてよりも、スピリチュアルなコミュニティとしての側面が強かった。ところが、その後だんだんと環境意識が高まってくると、同じフィンドホーンというエコビレッジでも、強調しているポイントが時期によって変わってきたという感覚があります。
僕がフィンドホーンに住んでいたのは2005年から2008年までの約2年半ですが、エコビレッジに来る人には3つのタイプの人がいるという話をよく聞きました。ひとつ目はスピリチュアルなものを求めてやってくる人、ふたつ目はコミュニティを求めてやってくる人、みっつ目がエコを求めてやってくる人。「あなたはどれなの?」と聞かれるわけです。僕はエコの部分に特に惹かれて行ったわけですが。
こうして僕はエコビレッジを経験し、その後トランジション・タウンに可能性を感じてそれを実践に移してきたわけですが、トランジション活動を通じて持続可能なまちにしていこうという話をするときに、どういう状態になったら持続可能なまちになったと言えるのかは、なかなかイメージしづらいものです。先ほど述べたように数値化も難しい領域ですからね。
そこで、実際に存在しているエコビレッジの持つ役割がクローズアップされると思っています。というのも、エコビレッジはすでにトランジションしているコミュニティですから。自分たちがこれから取り組もうとしている、自分たちのまちを持続可能にしていこうという未来イメージを具体的につかむという意味で、エコビレッジほど適切な場はありません。
持続可能なコミュニティをつくるという方向性に関して、多くの人がその重要性を認識しているでしょう。それを運動に移すときのモデルケースというか、デモンストレーションセンターのような位置付けに、エコビレッジはあるのではないかと思っています。ですから、エコビレッジをつくるのは時間がかかるから無駄だとはまったく思っていません。エコビレッジをつくる、エコビレッジで暮らすという選択をする人たちがいることも必要であり、そういう意味でエコビレッジとトランジション・タウンは相互補完的な関係性にあるような気がします。
エコビレッジは歴史が長い分、そこには持続可能なコミュニティをつくっていく上での知恵やスキルがたくさん蓄えられていますが、メインストリームから距離をとるために、自分たちで自己完結していた側面がありました。彼ら自身が閉じていたということもあるのでしょうけれど、メインストリームから変わり者扱いされてきた歴史もあります。それではもったいない。時代の風向きも変わり始め、メインストリームもエコビレッジ的な動きに関してオープンになってきているので、これまで自己完結していた知恵やスキルが、外の世界でもより活かせるような状況になってきています。
そうしたエコビレッジの知恵やスキルをどこで活かすかといったときに、真っ先に思い浮かぶのは、既存のまちのなかでも、特に持続可能なコミュニティにしていきたいと考えている人たちが多いまち、つまりトランジション・タウンではないかと思うのです。エコビレッジがこれまで蓄えてきた知恵やスキルを実践し、それを広げていく場としてトランジション・タウンがあるという意味で、やはり両者は相互補完的な関係にあるのではないかと思います。
ゼロから究極の持続可能なコミュニティをつくろうとするエコビレッジと、もう少し現実的に、今あるところから徐々に持続可能な方向へ向かおうとするトランジション・タウンのアプローチ。アプローチは違いますが目指してる方向性は一緒なので、日本で昨今エコビレッジをつくる動きが広がってきていることは非常にいいことだと思いますし、トランジション・タウンの動きとも有機的につながっていくと、より相乗効果が出てくるのではないかと期待しています。
——「エコビレッジ」と「トランジション・タウン」は、それぞれが個別の事象なのではないのですね。持続可能な未来を目指した動きとして、つながって見えてきました。
エコビレッジにしてもトランジション・タウンにしても、僕が一番大事で尊いと思っているのは、「やりたいという熱」です。僕はフィンドホーンというエコビレッジを経験した結果、トランジション・タウンを広げることに熱がいったけれど、エコビレッジをつくる方に熱がいく人もいるわけで、これはどちらが大事という話ではなく、その人の熱がどこにあるのかという話であって、こうして多様な熱があること自体が大事なんだと思います。
例えば藤野でも、みんなが食の問題をやりたいと言ったら、エネルギーはどうするのか、経済はどうするのかという話になりました。食をやりたい人もいれば、エネルギーをやりたい人もいて、両方やりたい人もいる。そういう多様性が大事です。
一般的な優先順位から考えると、まずはエネルギーから入りがちですが、実はエネルギーをテーマとする藤野電力はトランジション藤野の活動の中ではかなり立ち上がりが遅かったんです。僕らの中でもエネルギーは大事だという話はずっと出ていましたが、「やりたい」という人が出てこないので仕方がないなと言っていたら、3.11が起きました。まだ計画停電が続いていた頃に、みんなで集まって何ができるだろうかと話していたときに、その後全国規模に広がることになるミニ太陽光発電のワークショップをやるというアイデアが生まれました。やはりきっかけ次第で、立ち上がるときには立ち上がる。人間がコントロールするものではないと感じた出来事でした。
みんなで持続可能な未来をつくっていこうとしたときに、どれかひとつのやり方に絞るのではなく、トランジション・タウン的なことをやる人がいたり、エコビレッジ的なことをやる人がいたり、それ以外のまったく違う方法を試みる人たちもいたり、その多様性が重要なのではないかと思います。
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