これからの時代、地域の結びつきが大事。自分たちのルーツを受け継ぐ学びが必要だ。
いやいや、グローバルに認め合うつながりが大事。多様性を認め合う学びが求められている。
どっちも大事なのは分かるけど、地域を大事にすれば世界のことが見えなくなるし、世界に注意を向ければ地域のことを忘れてしまうのではと不安になることはありませんか?
一見相容れない、ローカルのつながりと、グローバルなつながり。その矛盾を超える学びを、地域と地域が直接つながることで実現している人たちがいます。
それは、沖縄県那覇市にある繁多川(はんたがわ)公民館の館長の南信乃介さん(以下、南さん)と、そこで学び現在エジプトで公民館を普及する活動を行っているモハメッド・アブデルミギードさん(以下、ギドさん)。
「エジプトの未来には、公民館が必要なんです」
ギドさんが公民館に抱いた熱い想いを南さんに伝えたことから、ローカルとローカルのグローバルな学び合いがはじまりました。
遠く離れたエジプトと沖縄という地域がどのように結びつき、国境を越えてつながり続けることができたのか。今回は、運営にも関わっているギドさんのパートナーのアブデルミギード・美幸さんも交えてインタビューし、その理由を探りました。
沖縄県那覇市にある繁多川公民館の館長。NPO1万人井戸端会議の代表理事でもある。2006年の開館2年目から関わり、さまざまな取り組みを行っている。
グローバル公民館代表。エジプト教育を変えるため、2020年にエジプトで日本式公民館を開館。運営及びコーディネーターの育成を行っている。
「エジプトに公民館が必要だ!」ギドさんが、南さんに”火をつけた”
ギドさん たくさんの人がいました。「ライフ」があると思った。
はじめて繁多川公民館に足を踏み入れた日を振り返り、ギドさんは満面の笑みでエネルギッシュに語りはじめました。
ギドさんが日本の「公民館」を知ったのは、エジプトの大学院で日本の生涯学習について調べていたときのことです。
公民館は、地域の人々が「つどい」「まなび」「むすぶ」、人づくり・地域づくりに貢献する場所。
「これこそ自分が探していたものだ!」と、ギドさんは学ぶほどに魅力を感じたそう。しかし、訪日して実際の公民館へ行ってみると、期待とのギャップに戸惑ったそうです。
そんな2012年の11月、紹介を経て辿り着いたのが、南さんのいる那覇市繁多川公民館でした。
中に入ると壁にはたくさんのチラシが貼ってあり、いきいきと活動が行われている様子が伝わってきたと、ギドさんは振り返ります。南さんもまた、目を輝かせるギドさんに強い印象を持ったそうです。
南さん 私もすごく驚いたんですよ。日本の公民館がこれからも必要なのかを問われて、予算や数も減っていた時期で。どう公民館の良さや可能性を開いていけるのか、考えていたところでした。
そんなときにギドさんが「未来のエジプトに公民館が必要だ!」と熱を込めて言うんです。その想いの深さに驚きました。私に火をつけていったんですよ。これはしっかりアクションしないと、と思いましたね。
ギドさんの公民館への想いで火がついた南さん。「エジプトのことや自分のことについて話してみたらどうか」と、近く催される「カレーライスの会」にギドさんを誘いました。
「カレーライスの会」は、仕事上がりにみんなで食事をとった後に勉強をしよう、というコンセプトで、平日夜、定期的に開かれている会でした。
その日のカレーは、豚肉を避けるムスリムのギドさんに合わせ、南さん自ら野菜だけでつくったのだそう。この気遣いにも、ギドさんは強く心を動かされたといいます。
ギドさん カレーライスのイベントの最初の印象は、「日本人はそんなに学びが好きなの!?」でした。平日の夜で忙しいのに一生懸命、1時間半くらい、私の話を真面目に聞いてくれて、感動しました。
そして、このときに感動していたのは参加した地域の方々も同じでした。自分の国に誇りを持ち、真剣に語るギドさんの姿もまた、繁多川の人たちの心に火をつけたのです。
南さん 「エジプトに公民館を」と言っても、外から場所だけ見て参考にするのは意味がないなと思ったんです。公民館の活動を内側から見てもらわないと、きっと私たちは役には立てない。
ギドさんがエジプトに公民館が必要だと思った背景を私も知りたかったから、まずは話を聞こうと思いました。
この会の後、南さんはギドさんを「繁多川劇場」というプロジェクトに招き入れました。この年のテーマは、「行き会えば皆兄弟」、見る映画はガリバー旅行記。
ミーティングから企画書やチラシづくり、当日のタイムスケジュールを固めていくまでの「内側の」プロセスを、一緒に丁寧に行いました。ギドさんが加わることで、これまでにはなかった企画も生まれたのだそうです。
ギドさん 公民館って実践的なものだから、実践しないといけない。講義じゃなくて、実際にどんなことをするのかを経験する。この社会教育コーディネーターの心を、はじめて教えてくれたのは南さんでした。
こうして繁多川公民館の活動に内側から関わることになったギドさん。数年間、南さんたちと一緒に活動したのちエジプトに戻り、信仰や世代を越えて学び合えるオンライン活動、「グローバル公民館」を立ち上げました。
2017年12月に、繁多川とカイロをつなぐ初めてのオンライン講座を実現。さらに、2020年10月にはカイロにエジプト初の公民館を開館し、繁多川公民館との合同オンライン講座などの交流が現在も続いています。
ギドさん 私は、自分がエジプトにいる繁多川公民館の職員みたいに感じます。南さんも、同じ感じです。
エジプトの公民館の活動では、「これ、南さんに聞いたら」とか「南さんに言おう」といつも言っています。グローバル公民館をつくったときから、南さんと繁多川のみんなも仲間に入っています。
エジプトと沖縄。距離は離れているけれど、二人だけでなくそこに集う人までもが、一体感を持って活動してきたことが伝わってきました。
心の失敗をしないように。終わる瞬間に芽生えた気持ちを次につなげる
こうして南さんと同じように、コーディネーターを支える立場になったギドさん。今、どんなことを感じているのでしょうか。
ギドさん 公民館の運営は、関心がなければできないと思います。だから、関心が一番大事です。私は今、南さんにしてもらったことを実践しています。人がどこに行くのか、どのくらい続けるのか、いつ辞めるのか、関心がエンジンです。
たとえばマンガが好きだとしても、動き出す前はドキドキします。最初はみんな、自信がないから前に出ない。でも3人とか4人とか応援する人が増えてくると、いろんな人の期待が背中を押します。心の失敗をしないように、関心がなくならないようにサポートすることは、私たちの重要な役割だと思います。
若い人が社会教育的なプロジェクトに関心を持つようにするには、工夫が必要だというギドさん。エジプトの公民館で進路に悩む学生たちの葛藤をマンガで表現するプロジェクトには、そのような工夫が生かされています。
マンガという若い人が好きなこと、興味のあるものを通してエネルギーを引き出す。この”やりたい”というエネルギーが出てくる瞬間を捕まえてつなぐのが、ポイントのようです。
南さん 公民館でワークショップをやるとき、今一緒に何かを分かち合ったメンバーが、もっと何かやりたいとか、ここで出会った仲間と何かやりたいとか、ここで思いついた何かを誰かに話してみたいという気持ちって、ワークショップが終わる頃に芽生えたりしますよね。事業の成功を参加者の数だとか、動いた金額で見ているならそこで終わっていいんです。
でも、私たちがやろうとしていることは、「公民館をきっかけにどんな人が関わるんだろう」、「次はどんな思いを持った人が公民館に来てくれるだろう」、「どんな公民館のカラーをまたひとつ増やしていけるだろう」っていうところが大事で。そういう発想で企画をつくっているので、次につながっていくんですよね。
ワークショップのようなイベントは、関心のエンジンに火をつけるきっかけ。そこから次につながる動きをつくり、サポートすることが公民館にとっては重要で、営利目的の活動とは異なると南さんは指摘します。
地域の人々が「つどい」「まなび」「むすぶ」場である公民館は何の目的は何か。一瞬の成果ではなく、つながる動きに焦点を当てる姿はとても印象的でした。
旅の仲間のアイデアが詰まった「秘密のタンス」の3つの引き出し
関心をエンジンに、公民館のプロジェクトやワークショップの参加者の心に火をつけ、サポートし、次につなぐ。
そんな公民館の活動を続けながら、エジプトと繁多川公民館同士の関係はどのように育まれてきたのでしょうか。
ギドさん 私と南さんをつないでいたのは、最初はちっちゃい紐でした。でも、今はもう紐じゃない、架け橋になってる。関係者もどんどん増えています。
たとえば私のパートナーの美幸や、沖縄国際大学でアラブの文化を教えていたエルサムニー先生が公民館とのやりとりの間に入ってくれていますが、2人ともただ間に入っているだけじゃなくて、意見を出して一緒に動いている、旅の仲間です。
南さん 先生もいろいろなアイデアが次から次へと出てきますから。いつも助けられていますね。
関わる人みんなが活発に意見を交わし合う関係性はまさに「仲間」。事務的な役割分業ではなく、全員が自分ごととして関わっているようです。
一方で関わる人が増え、それぞれが意見を出し合うとなれば、その分やることも複雑になるはず。多様な意見を企画にまとめるのには、どんな工夫があったのでしょうか?
ギドさん いままで色々な企画をしましたが、実は私たちが話し合っている考えは、すぐには実践しません。私たちには「秘密のタンス」があって、そこにたくさんのアイデアをしまっています。エジプトの公民館のメンバーとか、大学とか、みんなのアイデアです。
ひきだしは3つあって、ひとつは日本人、沖縄の方のためのオンライン講座。ふたつめの引き出しはその反対で、エジプト人のための講座。先ほどのマンガなどがそうです。3つ目は、書道みたいにそれぞれ教え合えるものです。
ちなみに南さん、昨日在エジプト日本国大使館から連絡が来て、同じことをやりたいらしいです。2月に書道の大きなイベントをすることになりました。
南さん おお、素晴らしい話!
引き出しに整理され、温められた大切なアイデアは、タイミングをみながら企画にするのだそう。実現した企画は次につながり、また新しいアイデアを生むのかもしれません。
学び合いでつながった、受け継ぎたいふたつの伝統
こうして交流を重ねるなか、象徴的な出来事がありました。それは、エジプトの公民館スタッフの来日時に行われた繁多川公民館での交流イベントで、エジプトの公民館スタッフのラニアさんが、古代エジプトの料理を振る舞ったこと。
ラニアさんが料理に込めた「伝統を新しい世代へ受け継ぐ」というコンセプトは、地域の在来大豆を復活させ、次世代につないだ繁多川公民館の取り組みからの学びが映し出されたものでした。
南さん 私が最初に繁多川に来たときに、地域のことを聞き取りする講座をやっていたんです。そのとき「ここはよその地域と同じようなもので、特別なものなんか何もないよ」って、多くの方が言っていたんです。
でも、このインタビューを3年間続けるうちに、「自分たちの地域で豆腐が有名だった」という話が出てきて。沖縄戦の前、今から80年前の話ですね。
そのあとは、「繁多川には在来大豆があって、それをうまくブレンドして豆腐づくりをしていたら、沖縄でも一番有名だったはず」という声が、次々と出てきました。
この在来大豆は、その後家庭菜園で栽培が再開され、復活。現在は若い世代に伝えるために、小学校や中学校で種まきからの豆腐づくりを地域の人から学ぶ総合学習が、公民館の大きなプロジェクトとして動いているのだそうです。
地域の方が誇りの一部を取り戻し、伝統を新しい世代へとつなぐきっかけとなった繁多川の在来大豆。南さんがこの話をエジプトに紹介したことが、ラニアさんがエジプトの伝統料理を振る舞う企画につながったのです。
南さん 在来大豆の事例をラニアさんがこんなにも汲み取って、エジプトの伝統料理の企画にしてくれたことは、改めて驚きです。
企画に際し、古代ファラオの時代の料理をそのまま出すことにこだわったラニアさん。その強い想いの根は、”伝統を若い人に伝えたい”という繁多川から学んだ想いとつながっていたのでした。
ギドさん ラニアさんは今、すごいアイデアがいっぱい溢れている。それは、繁多川公民館に行って、みんなの輝いている目、彼女のしていることの素晴らしさへの尊敬があったからだと思います。ラニアさんにとっては、すごく意味があるものでした。
エジプトと繁多川のように違うところがあるからこそ、同じ気持ちに気づき、互いの文化へのまっすぐな尊敬が生まれる。グローバルに地域がつながることで巡る学びの循環は、さらなる新たなアイデアにつながっているようです。
「やらない理由」を探さない、ギドさんと南さんの共通点
関心のエンジンに火をつけ、支え、次につなげることで地域を結びつけ、国境を越えた地域同士の交流を育んできたギドさんと南さん。
話を聞くほどに、どうしたらこんなふうに上手につないでいけるのか、その秘訣が聞きたい衝動に駆られます。いったい何が鍵なのでしょうか。
南さん 全部が全部、うまくいったわけではないんです。いろんなことがあって、今のかたちにたどり着いたんだと思います。
うまく行っている人は、私たちの知らない何か特別なことを知っているに違いない。そんな浅はかな期待を見透かすように、南さんは微笑みます。
南さん 文化が違う、言葉が違う、時間が違う、予算もない、仲間が少ない。やれない理由を探すと、いくらでも出てくるんですよ。
その中で乗り越えていくと、思いが合わせられる仲間との交流のなかから生まれ変われるというか、生きている間はそうありたいもんだ、と思うような時間や出会いが待ってる。それを信じて取り組み続けられたら、いいんじゃないかって思いますね。
ギドさん ネガティブなものは、多分、色々あります。だから、「生きがい」ですね。種を蒔いて、遠い将来が、少しだけいい方向に変化したら、私は満足。それは「生きがい」になっています。
大変なことは、数え出したらキリがないと口をそろえるギドさんと南さん。実際、地域でグローバルに学び合うことは、複雑で時間のかかる取り組みです。
それでも困難を乗り越え、関心の火をつなぎ続けられるのは、それ自体が自分自身の生きるよろこびや希望になっているから。
国境を越えて地域で学び合う秘訣への答えを聞いて、ふたりの「火」のありかに触れたような気がしました。
(Text: 高橋友佳子)
(編集: greenz challengers community、スズキコウタ)