8/2 地域経済を動かす仕事 合同採用説明会 by WORK for GOOD

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「この子を可愛いと思えない」「大人を信じられない」。愛着の問題に苦しんだ里親子が、安心な関係をつくり「この家族で幸せ」と言えるようになるまで

「あったかい家族」の姿を描いたCMをよく見かける。以前は何気なく見ていたけれど、最近はずいぶん斜に構えるようになった。「家族ってそんなにあったかいものですかね?」と。

虐待、DV、ハラスメントなど、家庭は問題の温床になりうる。結婚すれば、親子になれば、安心な関係が待っている…というわけはない。安心できる関係性は、自分たちでつくっていくものなのだ。

じゃあ、どうしたら、親密な他者、特に親子関係において、安心できる関係をつくっていくことができるのだろう?

そのヒントをくれたのが、ある里親子。齋藤直巨(さいとう・なおみ)さんと小賀坂小春(こがさか・こはる)さんだ。

小春さんが3歳のときに里子として直巨さんの家にやってきて以来、ふたりは約15年間家族として一緒に暮らしている。

直巨さんは小春さんを可愛いと思えなかったり、小春さんはなかなか直巨さんを信じることができなかったりと、お互いを傷つけ合うくるしい時期もあった。しかしふたりは、力を合わせて安心できる関係をつくってきたのだ。

そんな直巨さんと小春さんに、安心できる親子関係のつくり方を聞いてみることにした。

「あれが最後だった」にならないために、毎日ハグをしあう

東京・中野区にある、公園に隣接したカフェで待っていると、ふたりがやってきた。直巨さんは青いストール、小春さんは青いニット帽という、ちょっとしたシミラールック。「なに飲もっか!」と声を掛け合う姿からも、仲が良さが伝わってくる。

簡単に自己紹介をした後、取材の趣旨を伝えると、直巨さんは小春さんと目を見合わせ「すごいタイミングだよね?」と驚いている。

直巨さん ちょうど今、「『自分と子どもに合わせた子育てスキルをつくるワークショップ』をつくってるところなんですよ!その内容が、「ほしい家族をつくる」って企画とぴったりだな、と思って。

ワークショップの内容、すごく気になる。が、まずは家族のかたちを聞いてからだ。

直巨さん(48)と小春さん(17)は、里親と里子という関係。直巨さんのパートナーである竜(りょう)さん(57)、実子である長女(23)次女(18)、それに保護猫2匹と暮らしている。

ちなみに里親とは、行政から委託を受けて、社会的養護が必要な子どもを家庭で一時的に預かり育てる人のこと(※)。都道府県によって異なるが、一定期間子どもを預かり育てる「養育里親」や、養子縁組を前提として子どもを育てる「養子縁組里親」などの種類がある。齋藤家は養育里親として、これまで短期・長期ふくめて6人の子どもを受け入れてきた。

家の雰囲気は、「大変だけど、賑やか」だそう。夕飯は役割分担して、みんなでつくることも多いらしい。

直巨さん 私、料理が好きなんですけど、子どもたちにもよくつくってもらってます。お姉ちゃん2人は料理がすごい好き。小春は食べる係と、足が速いから買い物係。あと、「チャーハンは好きだからつくります!」みたいな感じだよね(笑)。

小春さん ははは!

仲が良さそうな家族の姿が目に浮かぶようだが、喧嘩はあるのだろうか?

直巨さん ありますよ!だいたい私と夫が喧嘩して、3姉妹は裁判官みたいになってます。「お父さん、それは良くないよ」とか「お母さん、一旦黙ってようね」みたいな。みんなそれぞれ意見が違うから、助かってます(笑)。

仲良くご飯をつくるときもあれば、誰かが喧嘩をし、他のみんなが仲裁することもある。そんな家族には、喧嘩をしてもなるべく欠かさないようにしている、ひとつの習慣がある。

小春さん よくハグするんです。それが、すごい幸せだなって思います。

今では習慣になっているハグ。しかし、かつて小春さんはハグが苦手だった。

直巨さん  小春はうちにきたばっかりの3歳、4歳の頃、ハグするのが苦手だったんです。だからハグの練習したよね。

小春さん  あれじゃんね、何か悲しいことがあったら、自分からハグしにいくっていう「ハグの日」みたいなのをつくって。

直巨さん そうそう。「心がパニックになってるときに、ハグされると落ち着く。でも自分からはなかなかできない」っていうから、じゃあ練習してみよう! って。

練習が功を奏して、いまではすっかりハグが家族の習慣になった。寝る前には、おやすみのハグ。出かけるときには、行ってきますのハグ。喧嘩をした日も、なるべくハグ。

直巨さん だって、 人っていつ死ぬかわかんないじゃないですか。喧嘩したまま家から送り出して、「実はあれが最後だった」ってなるのは嫌だし。「しっかり帰ってらっしゃいよ」って、守る気持ちでハグして送り出してます。

話を聞いていると、笑い合い、支え合う家族なんだろうなぁ、と感じる。直巨さんはそうして得た知見を「一般社団法人グローハッピー」の代表理事として、里親家庭を支援する活動にも活かしている。

けれど、直巨さんは「私、誤解されがちなんですよ!」と、けっこう強めに言うのだ。

直巨さん こういう活動してると、立派な親だからだって思われるんですけど、そうじゃない。里子のことを可愛いと思えなかったり、すぐ怒鳴ってしまったりと、親としてよくないことをしてしまったことが何度もあります。子育てで悩んだ側だから、里親家庭を支援する活動をしてるんです。

毎日ハグをしあうような関係に至るまでに、直巨さんも、小春さんも、くるしい時期を経験してきたのだ。

(※)社会的養護について
保護者のない児童、被虐待児など家庭環境上養護を必要とする児童など、社会的養護が必要な子どもは約4万2千人。(参考:参考:令和4年3月31日 厚生労働省家庭福祉課調べ「社会的養育の推進に向けて」)そのうち、約8割が乳児院や児童養護施設などの施設で暮らしている。政府は、まずは家庭を支援し、それが難しい場合は家庭と近い養育環境である里親への委託を推進する「家庭養育」優先の方針を示しているが、里親委託率は令和3年度で23.5%と、低い水準にとどまっているのが現状。

流産で強くなった「今生きている子どもを大事にできるはず」という思い

直巨さんは、シングルマザーの母親のもと、3人きょうだいの次女として育てられた。母親は2度の離婚を経験しており、姉は異父姉妹。母親も祖母も母親のきょうだいも、みんなで育ててくれるような環境だったという。

里親に興味を持ったのは高校生の頃。不妊に関する報道を目にした直巨さんは、伯父叔母にも育ててもらった経験もあって、「もし自分が不妊だったら、里親になりたいな」と考えた。

25歳で結婚した直巨さんは、長女を出産。しかしその後、流産を経験する。直巨さんは大きな悲しみの中で、「人間が生まれてくることは当たり前じゃない。だからこそ、今生きている子どもを大事にしたい。人生に1人だけでも、親と離れた子どもの力になれないかな」という思いを強くした。

その後、次女の出産の際に体調を崩し、仕事を休んで子育てに専念するように。仲良しの義母との二世帯生活がはじまったこともあり、「今であれば、里親になれるじゃないか」と考えた。

そこで、里親について情報収集を開始。さいわい、パートナーの竜さんも里親になることに賛成だった。同居していた義母を含め、親類は誰も反対しなかった。

最後の背中を押してくれたのは、2人の実子たちだ。当時小学2年生だった長女、2歳だった次女には、世の中には親と暮らせない子どもたちがいるということを伝えたり、里親についてのニュースの特集があるたびに一緒に観て、「できたら子どもの力になりたいな」と話したりしていた。子どもたちも、「寂しい思いをしてる子どもがいるなら、うちで暮らしたらいいのに!」と、前向きな反応をしてくれた。

ある日、直巨さんは東京都の養育家庭(里親)に登録を申請するために、児童相談所に電話をかけようか迷っていた。すると、その姿を見た長女が言った。「早く電話しなよ!なにしてんの!子どもが待ってるよ!」。その一言に背中を押され、直巨さんは児童相談所に連絡。面接や審査を経て、養育里親に登録が認められた(※)。それを聞いた次女は「うちに子どもの仲間がくるの?いいね~!」と、ワクワクしている様子だったらしい。

(※)里親になるための要件
オンライン里親会「ONE LOVE」のサイトによれば、里親になるための要件は4つある。

① 保護を要する子供の養育に対し、理解と熱意、子供に対する豊かな愛情を持っていること
② 都道府県知事が実施する”養育里親研修”を修了していること
③ 経済的に困窮していないこと
④ 里親本人もしくはその同居人が欠格事由に該当していないこと

加えて、養育可能な年齢であるかについても判断されるという。
(参考:オンライン里親会「ONE LOVE」「里親の種類と里親登録の流れ」

(※)里親登録までのステップ
里親にまつわる制度は自治体によって異なるが、主に次のようなステップがある。

① 児童相談所へ問い合わせる
② 登録要件の確認
③ 認定前研修申込・受講
④ 申請書類を作成・提出
⑤ 家庭訪問を受ける
⑥ 有識者による里親認定部会の開催

(参照:「里親になるための6つのステップ | 日本財団ジャーナル」

初めての里子との、耐えられない別れ

里親に登録してから1年ほどで、直巨さんたちのもとに初めての里子がやってきた。父親の虐待によって児童相談所に一時保護されていた当時2歳のエリさん(仮名)を、1ヶ月預かることになったのだ。

目指していた里親になることができた直巨さん。しかし、はじめの数週間は想像以上に大変だった。

不安感が強すぎるのか、エリさんは寝る前やトイレ、ご飯のたびに、パニックになり泣き叫ぶ(あとから振り返れば、それらは父親から虐待があったタイミングだった)。父親に虐待されていたから、「お父さん」という言葉を聞いただけでも怖くて泣きだす。食卓でも大声で泣くので、家族みんな、落ち着いて食事ができないような日々が2週間ほど続いた。

直巨さん 部屋を移動するだけでも泣くので、安心できるようにあの手この手を使って必死に対応するんですけど、それでも理由の分からないパニックを起こすんです。

私も通常の生活ができない状況になり、虐待をしそうなくらい追い詰められてしまっていました。自分が我を忘れてしまうのが怖いから、窓とかドアを開けて話し合いをするんです。自分を守るためだし、その子を守るためにね。開けておくと、少し冷静さが保たれるんですよ。

しかし2週間経つ頃には、エリさんはだんだんと暮らしに慣れ始め、パニックを起こさずに過ごせるようになってきた。竜さんに抱っこされたり、みんなで公園に行ったりすることもできるように。エリさんの顔にも、笑顔が浮かぶようになった。1ヶ月の予定だった委託期間は延長され、直巨さんも、エリさんに対する愛情が芽生えていた。

だが、1ヶ月が過ぎたある時、児童相談所から突然委託終了の連絡が届く。エリさんは父親が住む家の近くの児童養護施設に移ることが決まった、というのだ。

突きつけられた突然の別れ。直巨さんは、悲しみをおさえることができなかった。

直巨さんみんなが愛する存在になって、笑顔も見せてくれるようになったのに…。でも、つらいのは私よりその子のほうですよね。新しい施設で、知らない人ばかりの中で、また頑張っていかなきゃいけないなんて。こんなかたちで子どもを見送るのは、私にはちょっと耐えられない、と思いました。

いつかエリさんと再会できたとき、胸を張って会うためにも、またエリさんのように生きている子どもたちの里親になりたい。次は短期ではなく、長期で育てよう…。直巨さんは児童相談所に、長期での委託の希望を出した。

愛情を持って接しても、信じてもらえなかった

当時3歳の小春さんと出会ったのは、それから1年後のこと。小春さんは、生まれてすぐ乳児院に預けられていた。

今の日本の里親制度では、どの家庭で過ごすかは子ども自身は選べない。そうした制度に違和感を持っていた直巨さんは、小春さんがいる乳児院に足しげく通った。

直巨さん 私はこの子自身に選択してもらいたくて、交流をしてたんです。私たちの家族を見てもらって、「私たちはこういう家族で、あなたにうちの仲間になってほしいと思ってる。仲間になってもいいと思ったら、教えてね」って。

当時のことを、小春さんも覚えているらしい。

小春さん 乳児院に好きな先生はいたけど、いつも帰っちゃうから、置いてかれる気持ちになってました。運動会のときとか、他の子は親が来てたんですけど、私は来ない。悲しい気持ちだった。だから、自分だけの家族がほしいって思ってました。

直巨さんたちと3ヶ月ほど交流するうちに、小春さんにも「仲間になりたいな」という気持ちが芽生えた。こうして、小春さんは直巨さんたち家族の仲間入りをした。

しかし、順調なスタートとはいかなかった。小春さんは虐待をされてきたわけではないが、人を信じることがむずかしい状態だったのだ。

たとえば、家に来てから1年半のあいだ、小春さんは朝食に2時間をかけ、食事中に吐いてしまうことがあった。実は、納豆が嫌いだということを隠し続けていたのだ。直巨さんが「嫌いなものがあるなら、食べなくていいんだよ?」と声をかけても、小春さんは「いや、食べるの」とこたえていた。

小春さん はやくみんなの仲間に入りたいなって思ってたから。嫌いなものでも好きって言って、みんなに合わせたほうが、仲間に入れてもらえると思ってた。

当時の小春さんは、「何をやっても信じてもらえなかった」と、直巨さんは振り返る。

直巨さん とにかく何やっても拒否されるのがつらかった。「嫌いだったら食べなくていいよ」って言っても、「いやだ」って言って食べるのをやめないし。一生懸命つくったご飯を吐かれたりするのも、悲しくなるんですよ。

どんなにこちらが愛情を持って接しても、信じてもらえない。「どうせ私のことなんてどうでもいいんでしょ?きっと嫌いなんだよね?」みたいな対応を取られてしまうと、 すごく傷つくんです。はじめは小春を可愛いと思えない時期もあったな。

こんなこともよくあった。小春さんが直巨さんに「話があるの!」と声をかける。「なに?」と返事をしても、沈黙。痺れを切らして「もうお話やめよう」と言うと、「やだ!私まだ話があるの!」と言うけれど、また沈黙……。

当時3歳半だった小春さんは、なぜそうしてしまうのか直巨さんに問われても、うまく言葉にできなかった。その頃のことを、小春さんはこう振り返る。

小春さん なんか、怒られてる時間でさえも、自分を見ててくれてるから。

--怒られるのも嬉しいってことですか?

小春さん うーん、怒られるのが嬉しいっていうわけじゃないけど。「あ、構ってもらえてる」って。

直巨さん 自分でも、「こうしたら 嫌がるだろうな」と思ってやってる、って言ってたよね。

小春さん あ、そうだね。嫌がることをやっても、許してくれるのかってのを確かめてた。

里親は、子どもの「あたらしい繭」

イギリスの心理学者ジョン・ボウルビィは、養育者など特定の人との間で築かれる心理的な結びつき、つまり「愛着(attachment)」を結ぶことが、子どもの育ちには重要であると唱えた。

たとえば不安で泣き出したとき、養育者がすぐに抱っこしてあげることで、子どもは「自分は愛される存在であり、困った時は助けてもらえる」ということを認識できるようになる。

しかし、幼少期に愛着関係を築くことができないと、のちのち人間関係を構築したり、社会性の確立をするのが難しくなることがある。いわゆる「愛着障害」と呼ばれるような状態だ。

たとえば、わざと問題行動や挑戦的な言動や態度をとることで、「自身の言動をどこまで許容してくれるのか」を試そうとする「試し行動」をくり返すことがある。小春さんの行動も、試し行動だったのかもしれない。

直巨さんは、里親の子育ての難しさの一つは、この愛着の問題にあるという。直巨さんはこのことを、「繭」に例えて説明してくれた。

直巨さん 家庭って、子どもを守る繭(まゆ)だと思うんですよ。親は子どもが一人で羽ばたけるようになるまで、家庭という繭の中で守る。子どもは繭のなかにいるときは、ぼーっとしていていいんです。「お日様あったかいな」「遊びたいな」「ご飯食べたいな」「これは食べたくないな」って、安心して好きに生きていい。

でも、社会的養護下の子どもは、体も心もやわらかいまま、繭から出ざるをえなかった子たちなんです。ぼーっとしていていい時期なのに、守ってくれる人がいないから、自分で全て対処しなきゃいけない。

繭の中で守られながら育つべき時期に、親と離れなければいけなかったり、虐待を経験したりした子どもたちのなかには、私たち大人が想像する以上に心に不安を抱えていて、愛着障害と呼ばれるような問題行動を起こす子もいます。

里親は、そんな子どもたちにとっての「あたらしい繭」になりうると直巨さんは考えている。

直巨さん 子どもたちにとって、あたらしい繭になるのが、 里親の役割。しっかり守って、その子が安心して生きられるようにする。それは、その子の抱えている苦しみや悲しみを一緒に背負って、荷下ろしするのを手助けしていくことでもあると思っています。

安心できる親子関係をつくる12のスキル

しかし、はじめから直巨さんは「繭」になれていたわけじゃなかったらしい。「ダメな親でしたよ、もうほんとに!」と、直巨さん。どこがダメだったんだろう?

直巨さん 子どもに怒鳴り散らすし。しかも私、声がでかいんです。近所のおじさんが「お宅のお嫁さん、だいじょうぶ?」って心配して言いにきたりね。それくらいダメな親でした。(小春さんの方を向いて)ね、今は ちょっとマシになったよね?!

小春さん うん(笑)。怒鳴るの減った気がする。

養育者だって、カンペキな人間じゃない。たとえば幼少期に親からされて嫌だったことを、自分の子どもにしてしまう、という例も良く聞く。なにしろ、子育てのロールモデルが自分の親しかない場合も多い。

だから、「あたらしい繭」になるためには、子育ての方法を学び直す必要があるのだ。では、「あたらしい繭」になっていくためには、なにをしたらいいのだろう?

直巨さんは、自らが代表理事を務める一般社団法人グローハッピーで、里親家庭で育つ子どもの意見、里親の経験、専門家の知見を取り入れながら「里親の子育てスキル12カ条」をまとめた。

さらにその12ヶ条をもとに、子どもが「愛されている」と感じる環境をつくるための「自分と子どもに合わせた子育てスキル」を身につけるためのワークショップもつくった。

それらで示された12のスキルは、次のようなものだ。(情報量が多いが、全て目を通すのがむずかしい方は「スキル」だけでも読んでみてほしい)

1〜12のスキルを眺めてみると、里親に限らず子育て、あとはパートナーシップなど、親密な相手との安心できる関係づくりに取り組む時に活かせそうなスキルな気がする。

と同時に、「こんなにたくさん、できそうにないな…」とあとずさりしてしまいそうになる。が、簡単にはできなくなってしまうものだからこそ、関係がうまくいかなくなったときに立ち返るために明文化したらしい。なので、できていないからといって落ち込んだりする必要はなさそうだ(直巨さんも、今でもカンペキにできているわけではないようだし)。

たくさんの子どもや里親、専門家の意見を取り入れながら整理したスキルだが、振り返ってみれば直巨さんと小春さんも、これらをちょっとずつ実践してきたという。

たとえば「子どもの話を上手に聴くスキル」について。

直巨さん 小春と話すとき、ついついジャッジしてしまうことがあったんですよ。「こうすればいいでしょ!」って。それって大人の考えを押し付けていて、ちゃんと話を聞いてない。そうすると、小春が本当に言いたかったことを言えなくなっちゃうんですよね。

それはよくないから、まず目を見て優しく話を聞く。そして、「こういうことが言いたかったんだよね?」って投げ返すようにしたんです。

なるほど、インタビュワーになったつもりでていねいに聴くと、相手も「話を聞いてもらえたなぁ」と思えそうだ。

「信じるワーク」で、人生のハンドルを握りなおす

でも、小春さんははじめ、自分の意見を聞かれることが嫌だったという。

小春さん たとえば話し合いするときも、「どうしてこうしたの?」「何が欲しかったの?」とか、小っちゃいことも全部聞かれて、小さい頃はそれがすごく嫌だった。 自分の思ってることを言うのが苦手だったから。

思ったことを伝えるのが苦手なのは、愛着の問題が影響していることもありそうだ。人を信じられないから本当のことを言えないし、本当のことを言えないから、自分の思った通りにものごとが動いていかない。いわば、“自分の人生のハンドルを自分で握れない状態”になってしまう。

直巨さん だから、人生のハンドルを握り直してもらうことが大事。 そのためには、自分が決めて、想像した通りに進んだっていうことを体感するのがいちばんだと思います。

人生のハンドルを握り直すためにふたりが取り組んだのが、「信じるワーク」だ。

直巨さん たとえば、「このイチゴちょうだい」と言うとき、「どうせくれないんでしょ」って思いながらではなく、「きっとくれるよね」って信じてお願いする。怖いけれど、心から相手を信じて、思いを伝えてみる。そうすると、自分が願っていたことが実現しますよね。

そんな成功体験を繰り返すことで、人にお願いしたり、SOSを出したりしやすくなるんです。

小春さんも、考えや気持ちを聞いてもらえ、願った通りにことが運ぶ経験を繰り返すうちに、意見を聞かれることが嫌ではなくなっていった。

小春さん 「そっか。私の意見をもとにいろいろと変えていくために聞いてくれてたんだ」って、今では思ってます。

だんだんと、自分の人生のハンドルを、自分で握れるようになっていったのだろう。小春さんは小学6年生のとき、中学校で制服としてスカートを履くことが決められていることに疑問を感じて、中野区長に「自由に選べるようにして欲しい」と訴えた。その訴えが通じ、中野区内では性別に関係なく制服を選べるようになった。

自分が考えたこと、感じたことを相手に伝えていい。自分の人生のことは、自分で決めていい。そう信じて行動できたのは、直巨さんたちが小春さんの話を上手に聴き続けたことと無関係ではない気がする。

日常の中で取り組む

直巨さんは、一般社団法人グローハッピーで、この12のスキルをもとにしたワークショップを提供している。子どもと安心できる関係を育みたいときは、そうしたワークに参加してみるのもよさそうだ。

でも、日常の中で取り組めることもある。小春さんに「どのスキルが一番よかったですか?」と聞いたら、「えー、全部いいからなぁ…」と戸惑いながら、こう答えてくれた。

小春さん なんか、(愛着の問題を解消していくための)大きなきっかけって、別にない気がしてて。日常の生活があったからよかった。たとえば、一緒に遊んでくれたりとか、そんなことでも、「あ、遊んでくれるんだ」って思えたりしたから。

12のスキルは、日常生活にインストールするOSみたいなものなのかもしれない。実際に、直巨さんと小春さんの姿を見ていると、そのはしばしにこれらのスキルを垣間見ることができる。

たとえばインタビュー中、直巨さんは「小春はどう思ってたの?」と何度も話を振っていた。これは「子どもの話を上手に聴くスキル」「子どもの判断力を育てるスキル」のあらわれだろうし、小春さんが「なおさん、前より怒鳴らなくなったよね」と語る姿からは、直巨さんの「自分の失敗を修正し、信頼を勝ち取るスキル」を想像することができる。

他にも、ハグの習慣は「愛情を上手に伝えるスキル」や「子どもの心を守りケアするスキル」、小春さんが制服の自由に向けて、顔や名前を出して行動することを直巨さんが応援すること(児童相談所から「実親の許可がなければ名前や顔は出せない」と言われたことに対し、「本人の意向を尊重し、何かあったら守るのが大人の役目」と、直巨さんは反対した)は「子どもの挑戦を上手に応援するスキル」だ。

そして、「試し行動って、『呪術廻戦』の領域展開みたいだよね!あはは!!」とふたりでゲラゲラ笑い合うあたりは、「困難をユーモアで乗り切るスキル」である。

こうしたスキルは、はじめから日常にインストールされていたわけではないんだろう。失敗したり、反省したりしながら、一緒に取り組んできた、いや、今も取り組み続けながら、日々アップデートしているのだと思う。

その意味では、ワークショップに参加するのもいいし、この12のスキルを眺めつつ、「ここはできているね」「ここはこうしていきたいね」と話し合いながら、日常でトライ&エラーを繰り返すのがいいかもしれない。

問題行動が起きたら「いい調子!」

直巨さんは多くの里親を見てきたなかで、気になっていることがあるという。それは、里子との関係がうまくいかず、委託解除(児童相談所が、その里親のもとでの養育を終了させること)になる例が多いことだ。

読売新聞の調査では、2019~20年度に里親への委託を解除された子どものうち、18%が里親と子どもの関係悪化が原因で委託が解除される「里親不調」が原因だった(参考:「里親への委託解除された子ども、2割が関係悪化原因…子の問題行動や養育の難しさ背景 」読売新聞)。

直巨さんも、里子との関係がうまくいかないつらさはよくわかるという。実は、直巨さんが里親や里子に関する活動を始めたのは、2010年に杉並区で起きた里子虐待死事件がきっかけだった。当時3歳だった里子が、里親から暴行を受け死亡したという事件。容疑者のブログには「里子と向き合っていると、いろんなものが見えなくなっていく」などの書き込みがあったそうだ。

直巨さん 私は、その方が里子を虐待してしまった気持ちがわからないわけじゃない。愛着の問題を抱えている子どもは、石橋を叩いて渡るどころじゃなく、ぶっ壊すほど試すことがあるわけです。で、本当に里親が壊れていっちゃう。

愛情があるからこそ、問題行動があると「なんでこんなにうまくいかないだろう?」「この子は私のこと嫌いなんだ」「私はこの子を守れないんだ」って、つらくなっちゃうんですよね。私もそれくらい思い詰めた経験があります。

でも、社会的養護が必要な子どもがふたたび里親と離れることは、さらに心に深い傷を残すことにもつながりかねない。だから、直巨さんは「つらいけど、踏ん張って欲しい」と語る。「問題行動は、むしろ子育てがうまくいっている証拠だから」と。

直巨さん 里親を10年以上やってわかったことは、問題行動を始めたら、「いい調子!」だということなんです。それまでお利口にみんなに合わせてきたのに、勇気を出して、「周りに合わせないこと」ができたってことなんですから。「この人はもしかしたら、繭になってくれるかもしれない」と思えないと、問題行動はできないですよ。

問題行動は、信じ始めた証。その行動の裏には、本当の願いがある。たとえば「お母さんなんて嫌い」と言ったとき、もしかしたらその裏には「そんな言葉を投げかけても、見捨てないでいてほしい。大切に思っていてほしい」という願いがあるかもしれない。その願いを知ることが、子どもの心を癒して問題行動を解決していくための第一歩なのだという。

ただ、「問題行動はいい調子!」と頭でわかっていても、どうしてもつらくなってしまうこともあるだろう。直巨さんが、いまつらい状況にある里親に伝えたいのは、「人に助けてもらっていい」ということだ。

直巨さん 子どもを虐待してしまった里親さんと私の違いって、里親サロンに参加して、先輩里親さんたちにサポートしてもらえてたかどうかなんですよ。「大変だよね。でも、しばらくしたら楽しくなるよ」って1歩先を教えてくれたり、大変な時にわざわざ顔を見に来てくれたり、色々届けてくれたりしたから、踏ん張れたんです。だから、いま大変な思いをしている方には「助けてもらっていいんだよ!」って伝えたいですね。

この笑顔に会えたのが、最高に幸せ

だんだんと日が暮れてきた。取材の最後に、カフェの前の公園を歩きながら、ふたりの写真を撮らせてもらうことにした。ふとみると、手を繋いでいる。

散歩するときは、いつもこうして?

「あぁ、これね」と、少し照れてから、直巨さんはいう。「小春、3才の頃、死のうとしてたんですよ」。

直巨さん ふたりで手を繋いで歩いてたら、いきなり手をバッて振りほどいて、道に飛び出そうとしたんです。「危ない!!何してんの!?」って引き止めたんだけど、その時は何も答えないの。

数年後に、「あのとき、 死のうと思ってた」って教えてくれました。「自分は生きてても価値がない。親も迎えに来ない。いらない子だからこうなってるんでしょ?だから私なんか死んだ方がいいと思ってた」って。

それ以来、散歩のときはかならず手を繋ぐようになった。小春さんが飛び出しても、ぎゅっと引っ張ることができるように。

あなたは生きている価値がある。いつか繭を出て羽ばたくその日まで、私がこうして守り続けるよ。ぎゅっと握った手は、そう語りかけているように僕には見えた。

最後に、直巨さんに聞いた。里親になってよかったことはなんですか?

直巨さん えー、なんだろう……。

…3歳の頃、生きてるのも嫌だって言ってた小春が、今は「生きててよかった」って言ってくれるんですよ。「幸せ。うちを選んでよかった」って。

別に、すごいご馳走を食べさせてるとか、豪勢に生きているとかじゃない。家族の楽しみは散歩くらいの家なんだけど(笑)。それでも、「 この家にいるって幸せ」って思ってくれて、心の底から笑ってる。この笑顔に会えたっていうのが、私は最高に幸せ。

自分が産んだかどうかなんて関係なく、この子がめっちゃ可愛いんですよ!

繭となって守っているつもりが、直巨さんが小春さんに守られていたこともあった。

直巨さん 心底落ち込んで、「もうダメだ…」って思ってる時に、なんて言われたんだっけな……そう、「なおさん、落ちるところまで落ちたらいいよ!」て。

小春さん はははは!

直巨さん 「落ちるときは落ち切った方がいいよ。そうすると自然に浮上するから」って言われて、「この子すげえ!」と思って(笑)。

直巨さんから見て、小春さんは、里子は、「かわいそうな子」じゃない。子育ては、かわいそうな子を守ることじゃないのだ。

「子育てって、本当に面白いんですよ!」と、直巨さんは目を輝かせて言う。

直巨さん 私、里親とか、教育関連でよくある「かわいそうな子どもたちを助けましょう」みたいなキャンペーン、大っ嫌いなんです。

子どもは、かわいそうな存在じゃない。 それぞれの子どもたちが力があるんだから、「ちゃんと繭さえあれば、いつか羽ばたいて、大人が思いもよらない力を発揮して、びっくりするよ!」って言いたい。

だから、子育てしていて「この子どうなっちゃうんだろう?」って不安になっている人には、「大丈夫だよ、自分のために子育てするんじゃなくて、繭になることができれば、すごい面白い子に育つよ」って、伝えたいですね。

(編集:れい)